パラケルサスの犯罪 5.第一章 第五話

 アルたちがすべての銃撃をとめたのは、それからまもなくのことだった。町のあちこちから、そのころようやく、兵士たちが現れた。
「申し訳ありませんっ」
リーダーらしい兵士が最敬礼した。
「町の内部から、なぜかこの砲塔群に出るドアがみんな溶接されていたもので」
このあたりは、〝巨人の階段〝の一番下の段にあたるところだった。グラン・ウブラッジの内部の兵士たちは、機関銃を止めにこようにも、出てこられなかったらしい。制圧されていたのではなかったことに、とりあえずアルはほっとした。
「それじゃ、犯人たちは、どうやって逃げたんだ?」
エドが聞くとリーダーは困惑した表情になった。
「皆目……」
「そうか」
リーダーの後ろから、ペインター大尉が肩で息をしながらやってきた。
「ご無事でしたか!」
「大尉、〝ニムロデ〝はどうなった?」
ペインターは顔をしかめた。
「身柄確保の際、流れ弾があたりました。生きてはいますが、重傷です。たったいま、グラン・ウブラッジ病院へ収容されました」

 クラウンは電話口にむかって叫んだ。
「目の前で、凄いネタが出たんです!」
駅舎の中、駅員を脅すようにして借りた電話で、クラウンは「セントラル絵入り新聞」の編集部を呼び出したのだった。
「スケッチは速達でそっち送りますから、原稿はこの電話で、ええ、はい、まちがいないですとも。誰か速記タイピストいますか?お願いします」
受話器の向こうで、チンと音がして、タイプライターの用意が整ったのがわかった。
 クラウンはぞくぞくしていた。ついに夢の大スクープを社におくるのだ。
「用意、いいかい?」
「いいわよ、ジョン」
タイピストの甘い声が応じた。
「じゃ、ヘッドラインからね。『史上四人目にして最年少!天才錬金術師兄弟、戦場を突破!』」

 グラン・ウブラッジ病院の3階病棟では、まだ興奮冷めやらぬ状態だった。
「あ~ら、どうすんの、これ」
古戦場から突然生えてきた金属のレールのうちの一本が、病棟の窓枠のすぐ上にぶつかっているのだった。
「あの男の子、むちゃをしてくれるわよねぇ」
看護婦たちが、窓を開けて騒いでいる。
 かつての砲座がいきなり息を吹き返して、外に向かって乱射を始めたとき、看護婦も患者たちも、悲鳴を上げたのだった。病院のほかの部署と同じく、何が起こったのか分からない状態だった。
「結局、誰が撃ってたの?」
「さあ」
 最初、〝南〝の敵軍がグラン・ウブラッジを再占領した、特殊部隊に砲塔群を乗っ取られた、敵の精鋭に完全に包囲されている、などの情報が乱れ飛んで、いっとき看護婦たちは青ざめたのだった。なにせ、砲座の機関銃は取り外されたはずなのに、銃声が聞こえてくる。
 病院に常駐している兵士たちでさえ、外に敵がいるのではないかと疑い、動けなくなっていた。
 そのとき、駅舎のほうから人影がふたつ、グラン・ウブラッジを目指してくるのが見えたのだった。
「びっくりしたわよね!」
「凄かったわ」
 まさしく、魔法使い。入院患者まで病室から出てきて、外の見える窓に鈴なりになり、少年の双腕が繰り出す華麗な術に声援を送っていたのだった。
 一人の看護婦が、階段を上がってきた。
「ちょっと、ちょっと。患者を興奮させてどうするのよ」
「あら、ロッティ、どこにいたの?」
ロッティは肩をすくめた。
「管理部で電話してたの。母と、姉の息子が、今の汽車にのっててね。駅から電話してきたわ。事件にぶつかったんですって」
「まあ、けがはなかった?」
「おかげさまで。甥っ子ったら、汽車の中であの錬金術師の人たちと乗り合わせたらしくって、すっかり喜んじゃって」
看護婦たちは、興奮して声を高めた。
「ほんと!じゃ、知り合いなわけ?」
「紹介してくれない?」
ロッティは笑った。
「あの子、子供よ?十三ですって」
「大人がいっしょにいたでしょ?」
「それがねえ」
とロッティは言った。
「兄弟なんですって。小さいほうがお兄さんだって言うんだけど、信じられる?」
「うっそでしょう!」
ひとしきり笑った後、一人がまたためいきをついた。
「でも、これどうしようかしら」
窓を塞ぐ、鉄のレールである。
「元に戻すの?それほど難しい錬金術じゃないと思うわ。頼んだら、やってもらえるんじゃない?」
「ロッティ、錬金術に詳しかったっけ?」
ロッティは困ったように微笑んだ。
「詳しいってほどじゃないのよ。ただジャックが、あ、死んだ亭主のことだけど、アマチュアの錬金術師だったんで、あたしもちょっとかじったていどよ」

 グラン・ウブラッジ病院の一階、総受付でも、事務員や外来患者たちが、あちこちにかたまって、目の前で起こった事件の話をしていた。
「無事に帰ってきましたぞ」
入退院受付で老人がそう言うと、事務員たちはすぐに親しげな笑顔を見せた。
「ディビスさん!よかったわ、あの汽車で帰っていらしたんでしょう」
「おけがはないようね?心配してたのよ」
「せっかく外泊許可がおりて同窓会をお楽しみだったのに、とんだ災難でしたわね」
「あたしたち、この部屋で抱き合って震えてたの。こわかったわね」
ディビス老人はにやにやした。
「なんのご婦人方、わしはこう見えても若いころは、戦場の猛者でしたぞ。軍隊格闘でちょっとはならしたもんだ。あれしきでちぢむような肝はもっとらん」
事務員はくすくす笑った。
「顔見知りの兵隊に検問をパスしてもらったのでな、あの一斉射撃の始まったとき、もう、この病院のなかにおったのです。そんなに怖かったのなら、駆けつけるのだったな」
 小柄で痩せたからだで、ディビスは胸を張った。ディビスの1.5倍はありそうな、太めの女性事務員が、片目をつむった。
「さぞ、心強かったでしょうね」
「しかもな、たった今戦場突破をやってのけた若いのと、わし、汽車の中で話をしましてな」
「あら、あの子、どんな子でした?」
「天才なんですって?」
ディビスはひげをかるくひねった。
「生意気盛りのガキだが、見所はあるな。うむ、肝がすわっておりましたよ」

 マーヴェルは、あごの肉をふるわせてためいきをついた。
「着く早々、ひどい目に会った!」
ボイドは、額のすみに筋を浮かべている。
「こんな仕事だとは聞いていなかったな」
二人の後ろから、兵士たちが荷物を個室へ運び入れている。部屋の中では看護婦たちがベッドメイキングをしていた。
 一人の兵士が敬礼して言った。
「清掃終了しました」
「じゃあ、部屋に入るか。はしの部屋をもらっていいかな」
いそいそとマーヴェルが言った。ボイドが固い口調で答えた。
「ぼくは、どの部屋でもかまわない。うるさくないならね。ロングホーン君、きみは?」
若い錬金術師は、いきなり顔を上げた。
「え、あ、はい」
「はいじゃわからないな」
「部屋ですか。どれでもいいです。じゃあ、ここにします」
管理部の兵士が、困ったような顔をした。
「すみません、そちらは二人部屋なんです。エルリック様の」
ロングホーンはきっとその兵士の顔をにらみつけた。
「ふん、そうか、わかったよ!あいつらは、どこまで行っても特別扱いか!」
陰にこもった声、恨みがましい上目遣いでそう言うと、ロングホーンは別の部屋に飛び込み、音をたてて扉を閉めた。
「あの、院長先生がおよびになっていらっしゃいます」
あわてた兵士が扉に向かって叫んだ。
「会議室へお越しください。ブリーフィングがありますので」
「わかったよ!後で行く。疲れてるんだ、ぼくをほっといてくれっ」
泣き声のまじったような返事が返ってきた。ボイドとマーヴェルは、顔を見合わせた。