パラケルサスの犯罪 4.第一章 第四話

 ペインター大尉は国のあちこちから来た錬金術師たちを検問所へ案内した。
「あらためまして。自分は、グラン・ウブラッジ管理部所属の、ローレンス・ペインター大尉であります。彼は同じく管理部のスタンリー・ウィーバー軍曹です」
二人ともぴしっと敬礼を決めた。
「今回、錬金術師のみなさんの、案内係兼護衛を務めます」
ウィーバー軍曹は肩幅が広くいかついあごの持ち主で、いかにも軍人らしかったが、大尉のほうは、軍服よりもホテルマンの制服のほうが似合いそうな雰囲気だった。
「すみません、予定の車両がまだグラン・ウブラッジから回されてきていないのです。ちょっと見てまいりますので、こちらでしばらくお待ちになってください」
検問所は田舎町の医院の待合室のようで、板張りの床の上に、壁に沿って木のベンチが置いてあった。
 アルはちょっと後ろに下がった。
「エルリックさんも、どうぞ」
「ぼく、体が入らないみたいなので、遠慮します」
ペインター大尉は、赤面した。
「これは……申し訳ありません」
アルはあわてて手を振った。
「気にしないで下さい」
「では、できるだけ大きな車両を準備してきます」
「ぼく、歩けますよ。すぐそこに見えるんだし」
「そういうわけにもいきません。もう少々お待ちください」
また敬礼して、行ってしまった。
「いい人なんだなぁ」
 エドは、木のベンチにどかっと腰掛けて腕組みした。目つきがどうも険悪だった。アルはひそかにためいきをついた。さきほど、ロングホーンとかいう人が言ったせりふがこたえているらしい。〝小学生の錬金術師〝、というあれだった。
 実際問題として、錬金術師の国家試験に年齢制限はない。ただ、一度で合格する受験者も少ないので、当然合格者の年齢は高くなった。アルは、三人の錬金術師がまだじろじろと兄を見ていることに気がついた。どうやら三人とも、何度も受験しては失敗している、国家錬金術師予備軍らしい。
 エドはエドで、彼の弱点を突いた人間を、まず容赦しない性格だった。おそらく胸の中には、〝誰が小学生だ、くぉら〝のようなセリフが渦巻いているに違いない。
「天気いいよ、兄さん。外へ来ない?」
無用のケンカざたになるまえに、アルは兄を外へ誘い出すことにした。むかついた熊のような態度で、エドはのっそりと外へ出てきた。
「天気ぃ?」
アルは、正面に大きく見える、グラン・ウブラッジを指した。
「汽車の中でディビスさんが言ってたの、このへんなんだね」
「流血の戦場か。今はなんか、おだやかだな」
アルにはもう感じることのできない風が、エドの前髪をゆすって吹きすぎていった。
 検問の列は、あいかわらず亀の歩みを続けている。が、その横を緊張した表情の憲兵の一団がやってきた。中央に制服を着ていない初老の男がいた。その両手が前にそろえられていて、手錠がかかっていることにアルは気付いた。
「あの人、何なんだ?」
外にいたウィーバー軍曹に、エドが聞いた。
「〝ニムロデ〝が護送されるところです」
「なんだって?」
「その」
軍曹は声をひそめた。
「横領グループの一員ですよ。先日、同じグループの〝マイダス〝、ベイツ社長と〝ハンニバル〝、ローフォード大佐を射殺した男です」
「凄い警戒だな」
「なにせ、正体が、狙撃の名手ですからね。南部戦線にこの人ありと言われたリチャード・ラッシュ少佐です。射殺の現場に居合わせたやつの話では、たった二発で、見事にふたり死にました」
「うわ」
アルは、思い当たることがあった。
「ぼく、聞いたことがあるよ。ライフルの銃身に、一人につきひとつ刻み目をつけている、狙撃の名人のこと。その刻み目が」
「全部で300個以上。そのラッシュ少佐です。少佐がグループの最後の一人について自白してくれれば、この事件もケリがつきます」
「まだいるのか?」
「はい、正体不明で、通称が」
 そのときだった。風景の中、グラン・ウブラッジの最上段の砲塔の上で、何かが光った。金属が反射した、などというものではない。
「練成反応?」
アルはぞくっとした。いきなり兄の上に覆い被さった。
「なんだ!」
「危ない!」
次の瞬間、甲高い発射音が立て続けに鳴り響いた。
「グラン・ウブラッジからだ」
「だれか撃ってくるぞ!」
「まさか!機銃は全部取り外されたはずなのに」
憲兵が叫んだ。
「見ろ、機関銃が、生えてくる!」
 それは悪夢のような光景だった。ずらりと並んだ砲塔がつぎつぎと練成反応に輝くと、にょっきりと機関銃が生まれ、こちらへ一斉射撃してくるのだった。
 検問所から、ボイドたちが飛び出してきた。
「何事だ!」
一瞬、ラッシュ少佐〝ニムロデ〝を護送していた一団がたじろいだ。ラッシュはいきなり横にいた憲兵を肩でつきとばし、走り出した。
「脱走だーっ」
憲兵たちとラッシュの間に、びしびしと着弾が入った。ラッシュは後も見ずに走っていく。
 一方、検問待ちの列は大混乱を起していた。
「うわぁああ」
「助けてくれっ」
「撃たないでっ、一般人よっ」
 アルは思わずとびだした。金属製の体のいいところは、銃弾の雨の中でもしばらくは耐えられることだった。
「駅に近い人は駅へ逃げて!そうでない人は検問所へ!」
エドが叫んだ。
「みんな、こっちへ!」
近くにいた憲兵も乗客たちも、検問所の陰に走りよってきた。木製の壁に弾丸が炸裂して、激しく震えている。
「何が起きたんだ!」
「わかりません」
憲兵隊長らしい男が、冷や汗をかいてそう言った。
 お互いの声が聞こえないほどの音量で、機関銃が砲火をぶつけてくる。
「まさか、〝南〝が再占領に来たのでは」
「ぼくは違うと思います」
アルは隊長に向かって言った。
「あの機関銃、練成反応で生まれたものだと思います。そんな技術、あっちの国は持ってないと思う」
「では、横領グループか!」
エドが言った。
「〝ニムロデ〝を消すか、あるいは脱走させようとしているんじゃないか?」
「くそっ」
と隊長はつぶやいた。
「もしグラン・ウブラッジが、もう制圧されているとしたら、ここに隠れていてもむだということか」
アルはエドのほうを見た。エドは、にっと笑った。
「隊長さん、あんた、〝ニムロデ〝を確保してくれ。おれたちが、グラン・ウブラッジまで行って、あの機関銃をとめる」
「君が、いや、ええと」
エドの外見と能力がちぐはぐで、隊長はなんと言っていいかわからないらしかった。
「アル、そのへんに使えそうなのはないか?」
エドは、右手の手袋の指先を軽くかんで脱ぎすてた。金属の手があらわになった。アルは石壁の脇から戦場をうかがった。
「2メートルさきに、放置されたトーチカ」
「まずは、そこだ。行くぞ!」
アルは、エドの前に飛び出した。
「ぼくの陰を走って!」
「血印を撃たれないように注意しろ!」
 アルは走りぬけた。体は金属だが、もし弾丸が貫通して、アルの魂を保持している血印が損なわれれば、普通の人間よりもあっさりと即死である。
 そのとき、エドの手が、放置されていた大型トーチカの上にかかった。次の瞬間、鋼の波が噴出した。今の今まで緑の古戦場だったその場所に巨大な柱が次々と生えていく。機銃掃射が跳ね返って、鋭い音をたてた。
 検問所の陰にいた憲兵や錬金術師の間から、驚嘆の声がもれた。
「は、早い」
アルは苦笑した。エドは練成陣を書く必要がまったくない。初めて見る人間は、素人でも玄人でも驚くのが普通だった。
「次、あれななんかどう、兄さん」
「よし」
トーチカからトーチカへ、兄弟は走った。大量の機銃が容赦なく弾丸を浴びせてくる。
「くらえっ」
だんっ、と音を立ててエドの手が大地をたたく。轟音を上げて地面がえぐれ、まくれかえった。師匠ゆずりの大質量瞬間練成だった。伝説のゴーレムのように土壁が立ち上がり、たちまち激しいつちぼこりがたった。
「まだまだ!」
高いところからこの戦場を見ているものがいたら肝をつぶすだろう。エドが試みたのは、放置された障害物からの練成だった。いきなりにょっきりと金属のレールが立ち上がり、グラン・ウブラッジへ向かって倒れていく。
「そこで撃ってるやつ!命が惜しけりゃ、逃げとけよ!」
そう言ってエドは飛びのく。一瞬後、同じ場所が蜂の巣になった。
「兄さん、こっち!」
古い塹壕へエドが走りこんできた。
「このへんからやるぞ。ええと、カルバリン砲、口径6インチ」
「銃架はいらないね?ぼくが持つよ」
へっ、とエドは笑った。
「よし、それで行くか」
アルはうなずいた。塹壕前の石壁に着弾の音がひっきりなしに響く。
「せえの!」
エドの指先が、斜めにかしいだ鉄鋼にふれると、明るい練成反応が塹壕の中に満ちた。いとおしむような手つきで、エドは仕上げにかかった。
「よし、砲塔つぶすぞ」
無鉄砲に飛びだしていく。アルは肩に帆船用の艦砲を抱えてついていった。戦場から生えた金属の柱の陰から、アルは砲塔のひとつに狙いをつけた。
「角度よし、方角よし、いっけぇ!」
さすがのアルの肩にも、衝撃が走った。
 正面にあった砲塔に弾丸がめりこんでつぶれていた。
「どうだ?」
アルは顔を出してうかがった。
「回転砲塔のはずなのに、他の砲座が、こっちに首を振ってこないよ」
「人間が操作しているんじゃないってことか」
エドは軽く唇をしめらせた。
「何人錬金術師がいたかしらないが、トリガーを固定して逃げたんだな。かえって都合がいいや……派手に行こうぜ」
「そんなこと言うと兄さん、ふだんは地味で上品で奥ゆかしい練成ばかりやってるみたいだね?」
言い返してアルは、別の砲塔に狙いをつけた。
「そこらへん一帯、全部つぶしてくれ。そこから斬りこむ!」
アルはちらりとエドを見下ろした。エドの右腕から、青光りする鋭い刃が伸びてくるところだった。そのブレードの表面に、闘志を燃やす兄の顔が映っていた。
「わかった。援護は、まかせて」