はいと答えた男 0.ビルダーの問い

 アレフガルド内海の孤島に竜王の城は黒々と不吉な姿を見せていた。全体が紫色の毒の沼地の中にあり、そこに魔城ブロックを高く積み上げて城はできていた。
 その魔城ブロックは、たとえ王者の剣で殴りつけてもまったく変化を受けない。見た目、石とも金属ともつかない、濃紺の不思議な素材だった。
 しかし竜王はヒト型からドラゴン型に変化した時、巨大化のついでに竜王城の奥の郭の上部構造をふっ飛ばしてしまっていた。ビルダーに残されたのはまるで船の甲板のような細長い足場だけだった。
 ひかりの鎧を身にまとい、アッシュはその足場に一人、立ち尽くしていた。あまりの疲労に動くこともできなかった。今頃になってやっと顎ががくがくし、膝が震えている。なぜか竜王が目の前で荒れ狂い、凶暴なブレスを吐いては噛みついてくるときは、妙にアッシュは冷静だった。
「勝てると思ってなかったもんな」
薬草、メルキドシールド、うさまめバーガーを拾い、大砲とマシンをゲットして飛び回る。執拗な攻撃を避け、避け、避け続け、チャンスがあれば一太刀見舞ってすぐに退く。
 そうして辛抱強く削り続けたHPは、竜王が突き出した首に柄も通れと刺し貫いた一撃でついに尽きた。竜王の巨体が揺らぎ、倒れ、全身が煙と化して消えうせた。
 ただ一つ、目の前に、赤黒く光る球体を残して。
「よくやりましたアッシュ」
よく知った声が響いてきた。精霊ルビスだった。アッシュは目を閉じて大きく息を吐き出した。
 ここからだ、と思った。
「みごとに竜王を打ち倒しましたね。そもそも私と竜王は太古より地上における人と魔物のことわりを……」
「相変わらず話長いな。むかし話はいいから」
「……え?むかし話はいいから早く空の光が見たいですって?おお……それもそうですね。それではまずあなたの力で光の玉を作り出すのです」
疲れた体を引きずって、竜王の残した球体に向かった。何をすればいいかが頭の中に流れ込んでくる。意識する前に勝手に体が動いた。赤黒い光の球体は、少しだけ小さめの金色の真球へと変わった。
「よくやりましたねアッシュ。ではその光の玉を天へとかかげるのです」
アッシュは片手に光の玉をつかみ、もう片方の手を握りしめた。
「やだ」
しばらく沈黙があった。
「……え?なんですって?」
それ、アンタの口癖だよな、とアッシュは思った。
「いやだと言ったんだ」
「では、何のために竜王を倒したのです?アレフガルドの空に光を取り戻すためでしょう?やり方がわからないのですか?手で持って、こう、空へ」
「やり方ならわかるよ。こういうの何度もやったし」
「では、どうしてアレフガルドを闇のままにしておくのです」
「そのままにしておくとは言ってない。でも、今のままこれを使うのはいやだ」
再び沈黙が訪れた。壊れた竜王城のかなたにアレフガルド内海の暗い水平線があり、波頭が白く見えていた。
「私にどうしろというのです?」
と精霊ルビスは言った。
「あなたの寿命を延ばしてほしいのですか?」
「ちがう」
とアッシュは答えた。
「俺は本当のことを知りたいんだ」
「そんなことを知って、今更何になるのでしょう。理性的とは言えません」
「さあ?」
アッシュは肩をすくめた。
「俺はただの人間なんだ。時々理性で測れないことをやりたくなるのさ。なあ女神さま、俺は、何者なんだ?」
「説明したはずです。あなたはロトという人物の遠い遠い遠い子孫。あなたは戦う力をさほど持たなかったかわりに物を作る才能に恵まれた若者だった」
「そして、荒廃した世界で魔物に殺されて、あんたが見つけるまで死んでた、そう言ったよな」
「そのとおり」
「それ、嘘だろ」
「精霊は嘘をつきません」
「それがそもそも、嘘だ。まあいいや。あんたが素直に吐くとは思ってなかったし」
アッシュは光の玉をしまいこみ、片手を伸ばした。
「じゃあ、最初の証人を召喚する。アンタも知ってるやつだよ」
伸ばした手の先にぼんやりとした光が現れた。それはやがて半透明ながら人の姿になった。
「あなたは……」
精霊ルビスは絶句した。
 現れたのは、角のある黒い兜に黒い鎧を身に着け、その上から朱色のマントで覆ったまだ若い戦士だった。誠実そうな瞳ときりりとひきしまった口元をしていた。
「お久しぶりです、精霊ルビス」
「よく私の前に顔を出せたこと。戦士アレフ」
アレフは静かに苦笑した。
「もう勇者とは呼んでくださらないのですね」
アレフ、とアッシュは言った。
「あんたのことを語ってくれ」
「僕のやったことは、アレフガルドのみんなが知っていると思う」
淡々とアレフは言った。
「でも、僕の身に起こったことをここで話そう。それがすべての始まりだったのだからね」