捜神アレフガルド 8.ゴーレム・オブ・メルキド

 そのモンスターは巨大な岩の塊だった。石を積み木代わりに、幼児が作り上げた無骨な人形のような人型をしている。だが、頭も腕も胴も足もすべて岩。そして立ち上がった時の頭部は教会の尖塔よりも高い。メルキドの守護神、ゴーレムだった。
 ゴーレムの背後には高い壁で囲まれた城塞都市メルキドが見えた。このメルキド高原の中心地であり、王国第二の都市でもあった。
「まいったな」
とアレフはつぶやいた。
「門番がいないぞ。門番ならゴーレムをおとなしく下がらせてくれるはずなのに」
「それは人間なんですね?」
とエイトが言った。
「門番はメルキドの町の役人だ。公務員が持ち場を放棄してどこへ行ったんだ?」
 ラダトームでは町役人が夜になると城壁の門を閉ざす。リムルダールでは濠にかけた橋を引き上げる。周辺に強力なモンスターが跋扈するこのメルキドでは、わざわざガードモンスターを置いて町の入り口を守っているのだった。
「見て、アレフ、あれはもしかして」
レックスが緊迫した声で何か指さした。アレフは見るなり、うっとつぶやいた。ぼろ切れのようなものがメルキドの壁の上にひかかっていた。あり得ない姿勢にねじ曲げられた人間だった。壁から片方の足がぶらんと下がり、黒い上着の胸にはラダトーム王家を意味する天翔の獅子の紋章の鮮やかな彩りがまだ見えていた。
「ゴーレムが、町役人を殺したのか!」
一行は互いに顔を見てうなずいた。
「噂は本当だったんだな」
フォースがつぶやいた。
 ドムドーラの東から、一行は一度南下していた。アレフガルド南西端の橋をわたり、海岸沿いに北東をめざす。そのあたり、メルキド高原は、ドラゴンの生息地だった。
 フィフスがつれてきたダースドラゴンたちは、あのあと内海の真ん中にあるイシュタル島へ戻っていった。野宿した夜が明けると、島の陰から登る朝日を目指して、ダースドラゴンたちは次々と海へ入った。内海の水面を埋め尽くすような数の竜が続々と海を渡っていく光景を、アレフたちは息を詰めて見守った。
 金茶色の巨体の群が移動するどまん中にフィフスは立ち、片手をまっすぐのばしてアレフガルドの中心にある孤島を指した。マントが肩にはねあげられていたので、むき出しの胸から肩にいたるまで渦巻きのような模様の青黒い刺青に覆われているのがよく見えた。
 あんなもの、昨日もあったか?
 アレフの心を読んだかのようにレックスが言った。
「あれは父さんがドラゴン化すると出てくるんです。ほんとに竜になると鱗に変わるけど」
最後の一頭、昨日話をしていた巨大なダースドラゴンはフィフスの手の下に自分の頭を差し入れ、目を細めて角をこすりつけた。モンスター使いが甘やかすような仕草でなでてやるとやっとダースドラゴンは後ずさり、仲間を追って海へ入って泳ぎだした。
「お待たせ~」
すべて終わらせ、にこにこしながらやって来たのは、ガキ親父である。そのギャップにアレフはだいぶとまどった。
 一行はドラゴンを追う旅を開始した。元々ドムドーラは宿場町として発展したところだった。本来、メルキドからガライまで人の密集する土地はない。手強いモンスターが出没する上にあまり農地に向かない土壌なのだ。
 山の中には狩人や炭焼きがそれぞれぽつんと住んでいたり、狭い土地で家畜を飼ってなんとか暮らしている農家もあるのだが、ほとんど孤立していた。
 旅の間にそういう家の者を助けることもあった。そのたびに彼らは、メルキドの噂を聞くことになった。
 いわく、「ゴーレムが、おかしくなったらしい」と。
「ずっと飼われてたら飼い主にムカツク時もあるんじゃねえの?」
あいかわらずチンピラめいた感想をフォースがつぶやいた。
「基本的にそのような感情をゴーレムは持っていないはずです」
レックスが答えた。
「まじレス乙……」
「じゃあ、何が起きたんだろう?」
エイトはそうつぶやいた。
「魔王の影響だ、と答えただろうな、転変前だったら」
とアレフは言った。
「魔王……女神ラーレが勇者を欲した原因ですね?何者ですか?」
アレフは首を振った。
「正体を探っているさいちゅうだったのさ、俺と仲間は。ただ、魔王の居所はわかっていた。あれだ」
アレフは後ろを向いて、内海の孤島イシュタル島を指した。
「いくらなんでも距離がある。ゴーレムが狂ったのには別の原因があるんだろうと思うが」
う~ん、と一同は考え込んだ。
 メルキド市は岩山と入り江に四方を囲まれているが、城壁正門の前は広い草原になっていた。平和な時代には、橋を渡って大勢の旅人がアレフガルド各地からこの町めざしてやってきた通り道だった。アレフたちは草原の縁取りのような森の中から、メルキドの門の前を観察しているところだった。
 狂ったゴーレムはうろうろと門の前をさまよっていたが、メルキドから離れようとはしなかった。
「よし、決めた」
そう言ってフォースが立ち上がった。
「俺が行ってくる」
「何しに?」
「ボコる」
「ちょっと待て。まだ原因もわかってないのに」
「まだるっこしい!あいつぶっ倒してから町の人間に聞いてみようぜ」
直情径行勇者フォースは、天空の剣を鞘から引き抜いた。レックスが立ち上がり、膝から草の葉を払い落とした。
 「ぼくも行きます」
「パパんとこにいなくていいのか、ボウズ」
「だって、ほら」
パパことフィフスは、草むらをのぞきこんで何かと話し込んでいた。
「フォース、おれも行くよ」
「つきあいましょう」
残りのメンツも、心を決めた。
「おうりゃあぁぁぁぁぁっ!」
気合いを放ってフォースが飛び出した。
 勇者には、二種類あるんじゃないか、とアレフは思うことがある。まずパーティをまとめ、司令塔の役割を果たし、メンバーの能力をうまく引き出すタイプ。もうひとつは自分が突出し、そのあとしまつをパーティメンバーにやってもらうタイプ。
「フォースはあとのタイプだな」
「世話好きな仲間に恵まれたんですね」
そういうエイトは明らかに前者のタイプだとアレフは思った。童顔にもかかわらずどことなく苦労人な雰囲気があるのは、けっこう仲間にふりまわされているのだろう。
 ゴーレムは、いきなりすっとんできたフォースをけげんそうに観察した。勢いをつけてフォースが一撃を見舞ったとことでやっと反応した。鈍そうに動き出し、太い腕を振り上げてフォースのいた場所へ振り下ろした。戦闘用ブーツのかかとを打ち鳴らすようにフォースは跳び下がった。だが、岩でできたゴーレムの指にぶつかって吹っ飛んだ。
「いてっ」
反対側からアレフが跳躍した。関節の継ぎ目をねらって斧を打ち付けた。がん、と衝撃を受けてアレフは落ちた。頭の上から巨大な足の裏が迫ってきた。あわてて転がってよけた。
 今の攻撃の間にエイトがいい位置につけていた。町の門からゴーレムの巨体しかも背中のほうへ飛び移り、肩へ乗ってゴーレムの死角から槍をしごいた。
「くらえ!」
エイトはうなじをねらった。が、槍は岩石の肌にぶつかって穂先を弾かれた。
「一閃突きが……」
呆然とするエイトに、ゴーレムが手を伸ばした。
「エイト、逃げろ!」
エイトは思い切りよくゴーレムの肩の上から跳んだ。
 どすんどすんと音を立ててゴーレムが追ってきた。ゴーレムは鈍重だが、一歩の幅が人間よりはるかに大きい。
「みんな、かたまれ!」
走りながらアレフは嫌な感じに苦しんでいた。
「堅いぞ、あいつ」
防御力がえらく高いのだ。物理攻撃がきかない相手には、今のアレフはなすすべもない。
「魔法を試してみます」
とエイトが言った。問題はゴーレムの魔防の高さだが、試してみないことには何もわからない。
「時間は稼ぐ。てんしょん、てのをガンガン上げろ」
追いかけてくるゴーレムに面と向かってアレフとフォースは並んだ。フォースは先ほどの攻撃にでたとき、ダメージをもらっていた。ぶっきらぼうにアレフに尋ねた。
「どうすんだ?」
「二人でおなじところを一度に攻撃してみたいんだ」
ふん、とフォースは言った。
「じゃ、右肩の付け根で」
よし、とアレフが言うが早いか、フォースはまた飛び出した。捕らえようとしてゴーレムが右腕を伸ばした。
「デクノボーがっ」
走り、跳び、岩でできた指をすりぬけて、フォースはなんとゴーレムの腕を駆け上がった。
「無茶するな!」
しかたなくアレフも後を追った。
「やるぞっ、せーの!」
ぼやぼやしているヒマはない。左手が二人を追ってくる。右肩の関節にアレフとフォースは武器をたたきこんだ。ががっと音がして、岩石が削れた。
「よけてーっ」
エイトが叫んだ。アレフたちは巨人の背後へ跳んだ。右肩の付け根をねらってテンションアップベギラゴンが襲いかかった。その勢いにゴーレムは右肩を押されるように一歩下がった。
「あぶねぇ」
待避しながらフォースがつぶやいた。
 アレフたちの目の前にゴーレムがいた。その向こうに愕然とした顔のエイトがいた。
「効かない……」
ゴーレムは左手で右肩の付け根を抑えていた。岩でできた左手の指は二、三本欠けしまった。だが、右肩は無事だった。そのあたり、赤茶色の岩石が、焦げて茶色味を増していた。
「くそっ」
結論。物理防御も魔法防御もけっこうな高さ。なら、どうする?!アレフは必死で頭を回転させていた。
「みなさん、こっちへ」
レックスが森の中から呼んだ。ベホマラーのほのかな光がパーティをそっと覆った。
「ありがとよ。だが、これからどうする」
「魔防は高いですね」
「物質系モンスターはそういうの多いよね」
他人事のようにフィフスが評した。
「あの子、どうやって作ったんだろう。よくできてるなあ」
「作ったって?ラーレ様が?」
言ってしまってからアレフは苦笑いをした。自分はまだ太陽神ラーレをこの世界の創造者だと考えているらしかった。
「神様じゃないよ、アレフ。あの子を作ったのは人間だと思うよ。ただのゴーレムならこれほど苦戦しないでしょ」
「んじゃ、誰がつくったんだよ」
とフォースが聞いた。
「メルキドの町の人、たぶん魔法使いじゃないかな」
飄々とフィフスは言った。
「だからあの子、正確にはモンスターじゃなくて人形だよ」
「でも、停め方がわからないよ、お父さん」
「絡繰りが停まれば停まるよ。あの肩のとこ見て。岩のハゲたところ」
アレフは森の中からゴーレムを透かしみた。
 焦げ茶色になった部分の中に一カ所、銀の輝きが見えた。
「そういうことか」
アレフはつぶやいた。
「じゃ、アレですね」
「うん、アレだね」
「アレなら俺もできるぜ」
フィフスはにこっとした。
「ぼく、できません」
「悪い、おれも転変以来、できなくなってるんだ」
アレフが言うと、レックスが答えた。
「四人が理想ですが、まあ、三人いれば大丈夫でしょう。MPもあるし」
 三人の勇者はうなずきあい、そろって森をでた。ゴーレムが三人に気づいてこちらを向いた。エイト、レックス、フォースの三人はそれぞれ少し離れてフィールドに並んだ。
 ゴーレムが鈍い動きでこちらに近づいてきた。
 勇者たちは、呪文の詠唱を始めた。
 空が、変わった。
 薄曇りの空に雲が走り、次第に暗くなった。呼び出された暗雲の中にぎらっと輝く不穏な光があった。
 三人は余裕で詠唱を終え、天に向かって高く片手を差し上げた。
「聖なる雷よ、勇者が命じる。我が敵を滅ぼせ。ギガデイン!」
雷鳴が轟き、頭上の暗雲から稲妻がひらめいた。三条の稲妻は、まっすぐゴーレムへ向かい、すべて同じ場所、右肩に露出した電装部分へ命中した。
 メルキドの市民が見ていたら、急変した天候の下、突然激しい落雷が起こったと思っただろう。直撃を受けたゴーレムは、その場に立ち尽くした。
 焦げくさい臭いがあたりに漂った。役目を終えて空はまた明るさを取り戻した。ゴーレムは、一見、ダメージがないように見えた。
 ゆっくりとゴーレムは動き出した。左手をそろそろと上げ、右肩にふれようとした瞬間。ごとんと音を立てて、右腕が落ちた。
「やった!」
ゴーレムの全身がバランスを欠き、左側へ偏った。ごとん、と音がして、今度は左腕が抜けた。ゴーレムの顔に表情はない。だが、何を考えたのかメルキドの方へ戻ろうとしてきびすを返した。そして一歩動いたところで、全身が揺らいだ。
「おばかさん」
とフィフスがつぶやいた。
「直してくれるはずの人を、きみは先に殺しちゃったんじゃないか」
ゴーレムのひざが折れ、巨体がその場にうずくまった。ひざまづいているようなかっこうで、ゴーレムは動かなくなった。メルキドの守護神の最後だった。

 メルキドの領主は、ラダトーム王家に近い貴族が代々就任することになっている。当代のメルキド公は高齢だが領民思いの、気の優しい貴族だった。
 メルキド公は町を守るために魔法使いを何人もお抱えにしていた。彼らの大事な仕事の一つが、セキュリティの要であるゴーレムの整備だった。そのゴーレムがおかしくなったのは、つい先日のことだった。
 命令の言葉の組み合わせでゴーレムは、町役人の意図を理解して実行する機能がある。それが突然、コマンドが効かなくなった、と大慌ての兵士が連絡に来た。ただでさえ竜王によってアレフガルドが脅かされ、人々の不安が高まっている状態である。メルキド公初め、上層部は青ざめた。
 お抱え魔法使いたちは必死になって原因を調べ始めたが、何もわからない。こんなことは初めてで、前例も何もなかったのだ。
「とにかく、現場だ!」
主席魔法使いの命令で一同は一斉に町の門へ向かった。
「見てください」
狂ったゴーレムが居座っているために町の門は機能しなくなった。食糧も何もかも、持ち込めない、運び出せないという状態になってしまったのだ。このままでは飢え死にが待っている。
「担当の町役人がへんなことをやったんじゃないのか」
魔法使いの一人がそう言うと兵士も他の町役人も悔しそうな顔でこちらをみた。
「だとしたら、あいつはもう報いを受けていますよ」
兵士がそっけなく言った。
 メルキドの城壁の上に、ゴーレムにつかみあげあれ、ねじられ、あげくにたたきつけられた哀れな町役人の死体が乗っかっているのが見えた。その遺体の回収さえおぼつかなかった。
 とりあえず、ゴーレムは、町の中へ入って暴れる気配はなかった。兵士も役人も魔法使いたちも、門の上から監視することしかできなかった。
ようすが変わったのは、数日たったある日のことだった。
「ムツヘタさま、至急おいでください!」
弟子が呼びに来たので、主席魔法使いムツヘタはあわてて書庫を飛び出した。今までゴーレムを作成したときの記録を探し回っていたのだった。
「どうしたのだね?」
「旅人がゴーレムと戦ってるんです!」
「なんと!そんな危ないことを!」
これ以上犠牲者がでるのは困る。ムツヘタは城壁へ急いだ。
 メルキドの壁の上には、兵士や役人のほかに市民が鈴なりになっていた。みな旅人たちを指さして、騒いでいた。
「すごいですよ、あれ」
互いに仲の良くない役人や魔法使いがそろって興奮している。
「強いの何の」
眼下の平原でゴーレムと相対しているのは数名のパーティのようだった。それぞれ斧、槍、剣でゴーレムを攻撃しているが、硬さに辟易しているらしい。ムツヘタは森の奥にあと二人のメンバーを見つけた。
「苦戦しているようだの」
ムツヘタはじれったい思いで見守った。メルキドのお抱え魔法使いたちが総力を挙げて強化、硬化したゴーレムなのだ。なかなか壊れないだろうとムツヘタは思った。だが、たたきこわさなくてもいい、旅の戦士らが動きさえとめてくれれば、メルキドの魔法使いが修理してやるというのに。
 パーティが一度森の中へ下がった。
「連中、諦める気じゃないでしょうね!」
「そんなはずはない。感じないかね。魔力の匂いがする」
ムツヘタはなじみのある気配を感じていた。魔力が大気の中に満ちている。魔法使いなら誰でも感じ取れる、発動寸前の魔力の気配だった。
 森の中から、先ほどの旅人たちが現れた。槍使いの若者、剣をふるっていた若者、そして年端も行かない少年の三人だが、武器は手にしていない。口元が動いている。呪文の詠唱、とムツヘタは見当をつけた。
「ムツヘタさま、空が!」
弟子は天を指した。暗雲が次々と群集まってくる。
「もしや、聖雷の呪文か」
理論的には可能とされているが、今の世界に使い手はいないという、あの……。
三人の旅人がいっせいに呪文を放った。稲妻がゴーレムを直撃した。
 彼らの勝ちをムツヘタは確信した。どのような方法かわからないが、彼らはゴーレムの弱点を正確に把握したのだった。