捜神アレフガルド 4.勇者フォース

 ロッコがこちらを見て、そしてうんざりした顔つきになった。
「誰かと思えばラダトームにいた酔っぱらいかよ。やれやれ、おれはあんたの知り合いじゃないって」
戦場慣れしたがらがら声でロッコは答えた。
「けど、あんたはガライのロッコだろ?」
「たしかにそういう名だが、別人だ。おれはあんたとは一緒に戦った覚えはないんだ。わかったら邪魔しないでくれ。大仕事なんだ。武器屋のおやじをこれから口説き落とすからな」
武器屋の主人はむすっとしてよしてくれと言った。
「びた1ゴールドまからないよっ」
一緒にいた戦士たちがバカ笑いの声を上げた。
「おいおい、つれないこと言うなよ」
心底、値切り交渉の方が大切だという態度だった。
 むっとしてアレフはロッコの腕をつかんだ。
「なあ、いい加減に子供っぽい嫌がらせはやめろよ。いくら口げんかしたからって、他人のふりをすることはないだろう!まだ根に持ってるのか?」
はぁ?と小馬鹿にしたような声でロッコは言った。
「口げんかってなんのことだ?」
「しただろうが!」
後ろでエイトたちが落ち着けと言っているのはわかっていたが、アレフはつい、大声が出た。マイラの広場にいる者たちがちらちらとこちらを見ていた。
「ラーレ様のことでおまえらがあんまりうるさいから、おれがリーダーとして注意した。そのときにぎゃーぎゃー」
ロッコはうるさそうに遮った。
「知らねえよ。第一ラーレ様って誰だ」
アレフは頭に血が上りそうになった。このわからずやが……!
「太陽女神ラーレ様だ!知らないはずないだろう!」
ロッコの表情が変わった。ちょっとうんざりしているが本来快活な旅の戦士の顔が、敵を見つけたときの警戒心むきだしのそれに代わっていく。
「あんた、本気でうざいな」
ロッコの仲間たちは互いに目配せをした。そろそろと動いて、ロッコとアレフを取り囲むような位置についた。
「うざい?立場をわきまえろ!」
これ以上言うとあのときの口論の二の舞だと、頭でわかっているのに口がとまらない。
「あの方は正義を司る女神だから、白黒はっきりつけるのはあたりまえじゃないか。それを厳しすぎるっていったら立つ瀬がないだろう。あのかたは女神様だ、おれたちにとって一番言いようにしてくださるに決まってる。どこか間違ってるか!?」
「こっちはあんたが何言ってるかわからねえんだよ」
 ロッコは両手を腰にあててこちらを見た。マイラ中の人間がひそひそ言いながらこちらを遠巻きにしていた。
「おいおい……誰だよ、こんなやつを野放しにしてるの。あんたら、ツレか?」
それはエイトたちに言っているらしかった。
「アレフ、ここは下がりましょう。これじゃ」
アレフはエイトの手を振り払った。
「ロッコ!答えろ!」
ロッコは戦士仲間にむかって、自分の指をこめかみにあてて振って見せた。狂人扱いされていると悟って、アレフはかっとした。
 戦士たちが近寄ってきた。アレフの装備を見て、たいしたことないと思っているらしかった。
「よう、威勢のいい兄ちゃんよ」
人間相手には力を行使しないのが勇者にとって暗黙の掟だった。が、武器さえ使わなきゃいいんじゃないか?アレフは闘る気になっていた。
「おもしろそーじゃん」
と誰かが言った。
「おれも混ぜろよ」
町のちんぴらが喧嘩と知ってしゃしゃり出て来たらしい。かまやしない、いっしょくただ、とアレフは思い拳を握りしめた。
 殺気が爆発した。しかも、背後で。ぎょっとしてアレフは躰をひねった。その脇を高速で走り抜く者があった。草色の上着の、ちんぴらにしてはむしろ地味な服の若者だった。その手に武器はなく、鎧さえ身につけていない。が、武装した戦士たちに襲いかかった。戦士の一人が叫んだ。
「てめぇっ」
という語尾が、ごふっという音で終わった。若者のつまさきが顎を蹴り上げ、叫んだ男が見事に舌を噛んだのだ。続く回し蹴りが数名を吹っ飛ばした。
 あっけにとられてアレフは戦闘を眺めていた。猫のよう、と言うにはあまりにも凶暴だったが、速度で戦士を翻弄し、敏捷に立ち回って的確に蹴りを決めていくようすはしなやかで流麗だった。
「いいかげんにしやがれっ」
ついにひとりが剣を抜いた。ちっと若者が舌打ちした。
「おれ、弱いくせに刃物で脅かすやつ、嫌い」
「好き嫌いを言う前に、命の心配をしたらどうだ!」
「ばーか」
悪そうな目つきで若者は笑った。ふとアレフは、若者が頭につけているサークレットに気づいた。両耳の上のところに竜の翼を模した飾りのあるそれを、見たことがある。ふりむくと、まったく同じサークレットをつけたレックスが驚いて若者を見つめていた。
「レックス、あれ」
「まちがいないです」
きっぱりと少年は言った。
「あれは天空の」
天空の兜を装備した草色の上着の若者は頭上に落ち掛かる刃の下を走り抜け、無謀にも素手の拳を鉄の鎧の腹部へたたきこんだ。
 アレフは目を見開いた。まちがいなく金属のプレートである鎧が、拳の形にへこみ、裂けている。もちろんその中身も無事ではなかった。
「ぐぇ」
剣を手に持ったまま、戦士は白目をむき、動かなくなった。若者が腕をもどすと戦士はうずくまった。
「あんた、どこの流儀だ」
思わずアレフは話しかけた。
「流儀なんてしらねえ。ケンカを繰り返して覚えたんだ」
若者がこちらをふりむいた。若者の片方の耳たぶで、スライム型の青いピアスがさらりと揺れた。
「おれはフォース。“ブランカの狂犬”だ」
そう言って彼は、握った指の関節の擦り傷をぺろっと舐めた。

 話を切りだしたのはフォースだった。
「俺のことを話せってんなら、あんたの方から先に説明してくれよ。特にラーレ様ってのを」
 ケンカ騒ぎのあと、倒された戦士たちは主にロッコが介抱して、泊まっている宿へ連れて帰った。アレフが手伝おうとしたのだが、ロッコににらまれて手がとまり、エイトたちにも止められた。
 けが人たちはぼやいていた。
「ロッコ、すまねえ」
「気にすんな。でもマイラはけちが付いた。リムルダールまで行って仕事を探そうぜ」
そんなことを言いながら戦士たちは引き上げていった。
 アレフたちはとりあえず場所を移すことにして、広場の屋台で井戸で冷やした甘い瓜を買って木陰へ集まった。フォースも当然のような顔でついてきたのだった。
「逆に聞くが、どうしてあんたらは女神ラーレのことを知らないんだ?」
とアレフは聞き返した。フォースは冷やし瓜をかじり、指に付いた果汁を舐めた。
「俺はこの世界のもんじゃない。そいつらもそうだ。だよな?」
レックスは片手で天空の兜に触れた。
「僕の神はマスタードラゴンです。世界を見守る偉大な黄金の竜。フォース、あなたもそうでしょう?」
フォースはちらっとレックスの装備に目をやり、軽くうなずいた。
「偉大かどうかはともかく、まあ、そんなもんか。おまえ、天空人だな?」
「母方からちょこっと天空の血を引いてます」
エイトが言った。
「ぼくの世界の神はちょっと複雑です。立派な教会組織があり聖地もあるのですが、信仰の対象だった女神は……」
エイトは口をつぐんだ。
「まあとにかく、ぼくの世界で神々にラーレ様という方はいませんでした」
そうか、とアレフは考え込んだ。
「ラーレ様は、太陽の女神だ。この世界を作られた御方で、ずっと世界と人間たちを守って来られた。アレフガルドを脅かす巨悪が現れたとき、勇者を指名してパーティを作らせたのは当然のことだった」
「それがあんたか。勇者アレフ」
面と向かってそういわれて、アレフはちょっと面はゆかった。
「まあ、そうだ。俺は、最初驚いて、それから誇らしいと思った。で、一生懸命ラーレ様の期待に応えようと思った」
マイラの広場の木陰に集まった勇者たちは、何も言わずに聞いていた。
「あちこち出入りする間に仲間ができた。戦士ロッコ、魔法使いのムツヘタ、女僧侶ヒフミ。どれも俺にとって頼りになる、そして大事な仲間だった。それなのに、だんだん仲間とうまくいかなくなってきた。挙げ句の果てに口論になった」
「あの」
とエイトが言った。
「ロッコと口争いをしたと言ってましたね。不満を持っていたのはロッコだけじゃなかったんですか?」
「ああ、そうだ。理由はわからない」
「厳しすぎる、じゃなかったですか、先ほどは」
「まあ、そんなこと言ってたが、おれはこんなもんだろと思ってた」
アレフは首を振った。
「最初、ヒフミがおかしくなったんだ。あまりそういうことを言う子じゃなかったんだが、なんか切羽詰まった顔でラーレ様は間違ってるって言い出した。確かにあの方の言い方はきついんだが、悪気があるわけじゃないんだってヒフミに説明した。けどあいつは納得しなくてな。気が付いたらムツヘタがヒフミの側について、おれとロッコが説得するほうだった」
「でも、ロッコも?」
しかたなくアレフはうなずいた。
「いつのまにか、な。仲間と女神とどっちが大事だと聞きやがった。そんなの比べられるわけないじゃないか。おれは勇者なんだぞ」
ぴしゃっと音がした。フォースが寄ってきた小犬のほうへ瓜の皮を放ってやったのだった。
「あんた、バカじゃねえか」
「なんだと?」
「おれならパーティ一択だよ。神様がどうした。いざとなったら神様なんもしてくれねえぞ」
「ふざけるな!」
フォースが正面からアレフを見た。
「じゃあ聞くが、悪気がなきゃ何やってもいいのかよ」
「それは」
「あんた、ヒフミとやらの話をちゃんと聞いてやったか?おかしくなったっつったな?それ、ほんとか?どうしておかしいと思った?どっちが正しいこと言ってるか、ちゃんとラーレ様とやらに確かめたか?」
「ああ、確かめたさ!」
頭にまた血が上りかけている。
「中立を守りたかったから、ヒフミを連れて、直接ラーレ様にお伺いをたてた。ヒフミの奴、何も言えなかったぞ」
けっとフォースが吐き捨てた。
「当たり前だろうが。ヒフミってただの僧侶だろ。女神とサシで何か言えるか?そもそも口べたな子だったみたいだな?それが勇気出してあんたに訴えた。それなのにあんたは、女神の前へ引きずり出して、しかもヒフミをかばわずに中立に立った」
アレフは言い返そうとして口ごもった。真っ青になって立ちすくみ、声も出ずにふるえていた少女の横顔がまざまざとよみがえった。
「で?ラーレ様とやら、何て言った?」
そのときのことは、あまり思い出したくない。聞いたこともない冷たい声音で、人間風情が、とラーレは吐き捨てたのだった。
「……何も言い訳されなかった」
「へーえ!じゃ、どうして」
まあまあ、とエイトが抑えに入った。
「そんななりゆきでアレフ、あなたはロッコが嫌がらせをしていると思ったわけですね?」
「そうだな」
でも、とレックスが言った。
「先ほどの感じでは、ロッコという人は本当にあなたのことをわかっていないように見えました」
「俺もそう思う」
とアレフは渋々言った。
「ロッコはもともと、芝居のできるたちじゃなかったんだ。ほんとにまるっきり俺のことを忘れているみたいだ」
そっとレックスが片手をアレフの腕に置いた。
「アレフ、そんなに落ち込まないで」
答えようとしたとき、フォースがまたけっとつぶやいて肩をすくめた。
「フォース、アレフはいきなりパーティも神様も失って、誰も勇者だと認めてくれなくなったんです。もう少し、話のしようはないですか」
とエイトが言った。
はぁ?というのがフォースの答えだった。
「おれが十六の頃、いきなり家族も知り合いも幼なじみもいなくなって、誰も勇者だと認めてくれなくなったぞ。よくある、よくある!いちいち落ち込まれちゃたまらねえよ」

 マイラの宿ではチェックアウトの時間まで少し間があった。旅に出る客が会計の順番待ちになり、帳場はたてこんでいる。アレフもその中にまじって並んでいた。その、どことなく騒がしい時間、宿の片隅で話し込む人影があった。
「何て言えばいい?」
「言えませんよ。ぼくたちが神鳥の頼みでアレフを、抹殺しに来ただなんて」
ため息がもれた。
「彼がもっと……イヤなやつならよかったのに」
一人が荒っぽく言った。
「成り行きにまかせるしかねえだろ!」
「と言ったって」
「もしアレフがすべての事情を知ってじたばたしたとしても、もう決まっちまったことはしょうがねえんだ。救いようがない」
あの、と一人が言った。
「少し冷たくはないですか。あなたはひとりぼっちになったあと、仲間を次々と増やしていった。でも彼は、もう」
沈黙が漂った。
「だから」
ぽつんと言葉が漏れた。
「長引かせんな。あいつがどんなふうに感じているか、俺にはわかる。少しでも早く終わらせてやれ」
「どんな終わり方を考えてるんですか?」
「聞くなよ、おれ、頭悪いんだから」
「そもそもどこまで知ってます?」
「マスタードラゴンが出張ってきて説明してくれたんだが、正直何がどうなったのかはよくわかんねぇ。くそっ、やっぱピサロに行ってもらえばよかった」
「ピサロって?」
「知り合いの魔王」
「!」

 その土地は昔、低地の林だった。が、いつのまにか毒を含んだ水が溜まって排水できなくなり、あたりは一面悪臭を放つ沼地と化した。
 ずぶっ、ぐしゃっと音を立ててアレフ一行は沼地を進んでいた。一行のメンツ、つまり戦闘要員は四人に増えていた。時々モンスターにもエンカウントしたが、手こずるような強敵はなかった。
 フォースの早さは圧倒的だった。レックスのスクルトが間に合わない。そしてちんぴらじみた言動にもかかわらず、判断は的確だった。敵の中で一番いやな行動をとるモンスター……集団的な行動不能や完全蘇生、仲間呼び、即死などの技を持つ敵をすぐに割り出してまっさきに葬ってくれる。あとはエイトの攻撃呪文でざっとつぶし、HPの高い敵をアレフがたたきのめして戦闘はたいてい終わった。
 レックスにとって、フォースはエイトよりも、もちろんアレフよりも身近に感じられる存在のようだった。レックスは優等生の弟が喧嘩の強い兄に憧れるようにフォースになつくようになり、フォースは最初戸惑っていたがだんだん弟分として受け入れてきているのがアレフにはわかった。
「ついたぞ。ここからリムルダール島へ渡れる」
沼地の端には洞窟が口を開けていた。天然ではなく、ラルス一世のころに掘り始めた人工的なトンネルである。中は真っ暗だった。
「気をつけてくれ。時々沼地の水が中へ浸水するんだ」
レックスがつぶやいた。
「壁がぬるっとしてる」
「コケだよ」
エイトが慎重に足をおろした。
「マイラで松明を売ってたのはこれか。少し買ってくればよかったですね」
ぎゃっと悲鳴があがった。フォースの声だった。
「くそっ、滑った」
アレフは両手を結びあわせて気持ちを集中した。
「レミーラ」
両手の中に光がうまれた。手を広げると、洞窟の中が明るくなった。
「これで歩けるか?」
レミーラは光をつくる呪文だった。その光の中に、あっけにとられた三人の顔が照らされた。
「なんだ、これ」
「何って、レミーラだ」
「初めて見ました!」
「君は子供だからかな?」
「いえ、僕も知りません」
アレフは当惑して頭をかいた。
「って言われても、すごく初歩的な呪文だぞ」
レックスは感心したらしく、目をきらきらさせてこちらを見上げた。
「いいなあ。便利だなあ。父さんの知り合いで古魔法の研究家がいるんです。教えてあげたいな」
なんとなくこそばゆくて、いや、とか、うむ、とかアレフはうめいて、先頭に立った。
「行くぞ。ここは一本道だ。さっさと通り抜けよう」
そう言って、歩き始めた。