捜神アレフガルド 12.勇者アレフ

 間合いを取って黒竜はうずくまり、そのまま収縮し始めた。
「お父さん!」
やがて竜は、フィフスに戻っていった。腕の片方がねじれ、明らかに骨折している。全身が青い内出血と血の滲む生傷だらけ、片目も傷のために開けていられない状態だった。
「ぼくはここまでだ」
それでもフィフスはかろうじて笑顔を見せた。
「ごめんね」
「いや、十分だ」
とアレフは言った。
「あれだけ削ってくれれば、あとは何とかなる。休んでくれ」
フィフスは無言でうなずき、目を閉じた。
「みんな、あともうちょっとだ!」
アレフは剣を構えて激励した。
 フォースは足を開いて両手で両膝をつかみ、荒い息をしていた。頭をあげてつぶやいた。
「つきあうぜ」
エイトは無言で槍を取り、大きく息を吐いた。
「貴重な休みでした。ぼくはまだいけます」
 白竜、太陽女神が変化したドラゴンも、無事ではなかった。勇者からなるパーティに攻め立てられ、同じ大きさのドラゴンと取っ組み合いをした結果、太陽竜はぼろぼろになっていた。
 首やわき腹はじめ、いろいろなところに深い傷を負っている。美しかった鱗の列は崩れて地肌が見え、左後ろ脚は黒竜のカギ爪にやられて筋を切られたのか、動きにくそうに引きずっていた。
 ほとんど同時に勇者たちは動き出した。三方から間合いを詰められて太陽の竜は明らかにおびえた。どちらから対処してよいかわからないようすできょろきょろしている。
「行くぞ!」
王者の剣が、天空の剣が、英雄の槍が、ドラゴンに襲いかかった。
 黒竜が傷をつけた左側の後ろ脚は彼らの標的だった。太陽の竜はいやがって身をよじり、前足で払おうと振り回したが、勇者たちは陽動と攻撃を使い分けて攻めたてた。
「もう少しだ!」
ついに太陽の竜は叫び声を上げてうずくまった。左の後ろ脚の傷が裂け、骨が見えそうなほどの深く傷を負っていた。
「もう動けないぞ!」
仲間にと言うよりドラゴンに聞かせるためにアレフは叫んだ。
「死角から行け!」
仲間も無事ではない。ついにレックスのMPが切れた。今の自分に使える回復魔法は単体回復のみ。エイトも同じだった。
「レックス、これ使え!」
レックスは宙を飛んできた天空の剣を軽々と受け止めた。
「いいの?」
おう、と威勢よくフォースが答えた。
「おれはこっちでいく」
フォースが取り出したのは、巨大な金槌だった。
「魔神の金槌はひとあじ違うぞ」
「フォース、回復を」
アレフが言うと、鼻を鳴らしてフォースは言い返した。
「今ベホマズンしたらもったいねえだろ?男ならぎりぎりまでもたせろや」
言い方は噴飯ものだが、理論は正しかった。
「今から魔法力はすべて回復に使ってくれ。あとは攻撃あるのみ」
ガンガン行こうぜ!と回復役勇者が叫んで飛び出した。もともとフォースの剣法は、戦闘セオリーをおびただしく逸脱している。斬るというより、刃物で殴ると言うほうが近い。が、返り血が顔にはねたのを舌でなめて“上等じゃん”とつぶやき、スタミナの限りに殴りまくる。確かに攻撃力は高かった。
 フォースのあとから苦笑してエイトが続いた。敏捷に跳び、ブーツが高温の鱗に耐える限界まで太陽の竜の背を踏んで果敢に攻める。愛想が良く控えめな少年の顔が、情け容赦のない戦士のそれに変わった。片手で高く振り上げた槍にもう片方の手を添えて的確に急所を突く。その動作は舞うようだった。
 太陽の竜は背を波打たせて嫌がった。脚が動かずにうまく振り向けない。その顔面にレックスが剣をつきつけた。
「ごめんね?僕が相手だよ」
目の前の小さな敵に向かってドラゴンは怒りとさげすみをこめて前足を振り下ろした。
 ぱっ……と血が飛び散った。
「ぐああああっ」
カギ爪をすっぱりと斬り飛ばされてドラゴンがのけぞって悲鳴をあげた。
「お父さんをあれだけボコボコにして、ぼくが勘弁すると思うの?」
レックスは、彼の専用装備、天空の剣を構えなおした。
「ここにお母さんがいないことを感謝するといいよ。今のお父さんを見たら、お母さん、ものすごく怒るよ」
太陽の竜は聞いていなかった。四方から攻撃を受け、泣き叫んでいた。絶え間なく悲鳴を上げ、叫び続けた。
 アレフはその中に、異質な声を聞いたと思った。
「みんな!」
とアレフは叫んだ。
「引いてくれ、頼む」
攻撃が止んでも、竜は叫び続けた。叫びながら床にぐったりとうずくまり、丸くなった。太い鳴き声が静かになると、異質な声ははっきりと聞こえた。
「やめて……やめて……」
少女の泣き声だった。
 太陽の竜の真上に、少女、太陽女神ラーレの幻が現れた。朱色の裾の白いドレスは血に染まっていた。
「なんであたしばかり……」
ラーレは両手を顔にあて、しゃくりあげた。
 アレフの目配せで、勇者たちは前線を下がった。今しかない、とアレフは思い、ひそかに待ちかまえた。
「アレフ、お願い。あの女の紋章など捨てて」
他の勇者には目もくれず、ラーレは言った。
「この世界の半分をあなたにあげるわ。私の勇者にもどってちょうだい。ね、いいでしょう?」
待っていた、とアレフは思った。この問いを、アレフは予想していた。
「ラーレ様」
問いに答えるためにアレフは口を開いた。

 精霊ルビスは叫んだ。
「ラーレ様、おやめなさい!罪を重ねてはなりません」
「煩い!」
女神どうしの会話は瞬時に通じ、いらだった口調の答えが返ってきた。
「勇者アレフが何をしようとしているかおわかりになりませんか?!彼はあなたと一緒に死ぬつもりです」
あざけるような口調が返ってきた。
「どこが悪いの……」
「死ぬより悪い!アレフはあなたの問いに"はい"と答えて、あなたと一緒に忘却の淵へ沈むつもりですわ、それも永遠に」
それは一筋の光もささない暗黒の淵、そこに閉じこめられる罪人は身動きひとつ取れない。
 ひくっと喉の鳴るような音をルビスは聞いたと思った。
「ラーレ様、そんなことをなさりたかったのですか?」
「違います!」
少女が泣き叫ぶような悲鳴が返ってきた。
「そんなことしたかったんじゃないの!あたしは、アレフ……」
ルビスはしばらくの間、ラーレであった少女がしゃくりあげるのを聞いていた。やがてラーレが話し始めたとき、神格を得てしまった少女の幼くも哀れな恋がついに結末を迎えたのをルビスは知った。
「手を貸してください」
「できることなら」
「太陽女神としての神格を封じ込めます」
「貴女の人格は消えてしまいますよ」
「かまわない。アレフが答える前にあたしは消える。でもずっとアレフガルドの主神を務めてきたあたしの記憶は大きすぎるの。余った分はあなたが吸収して」
神に"死"はない。ラーレが選んだのは、死より徹底した自己の抹殺だった。ルビスは彼女の決意を察した。出来ることは一つだった。
「引き受けましょう」
 唐突にラーレは言った。
「あたし、やっぱりあなた嫌い。でも、ありがとう。最後にあたしは、あたしの信徒を一人だけ救うことができるわ」
数百年の歳月の間に成し得なかったこと、"成長"を、ラーレは果たしたのだった。
「アレフガルドをよろしく」

 アレフが今にも答えようとした瞬間、太陽の白い竜が雄叫びをあげた。先ほどまでの白い竜の叫び声とは何かが決定的に違っていた。
「!ラーレさ……」
鳴り響く声はイシュタル島ダンジョンの最深部に響きわたった。勇者たちはたまらずに耳をふさいだ。
 竜の上に浮かんでいた少女の幻は、片手で涙を拭ってアレフを見下ろした。アレフは思わず手を伸ばした。
「連れて行け、俺を、いっしょに!」
響きわたる竜鳴のさなか、ラーレは涙の残る顔に微笑みを浮かべ、無音で唇だけ動かした。
“さ、よ、う、な、ら”
そのまま幻は空中へ溶けてしまった。
 レックスがアレフの腕をつかんだ。
「見て!」
白い竜を指さした。
 竜は身をよじり、全身が縮み始めた。それはフィフスがヒトに戻るときに似ていたが、人体の大きさよりもさらに小さくなっていった。
 白熱した鱗は堅く圧縮されてかたまっていく。やがて白い竜は首と尾を丸く曲げて縮こまった形のまま球体となった。オーブ状の塊のなかで鱗、牙、爪、眼球などが溶け、形態を失った。真球と化した太陽の竜は、朱色と金色に輝く中心部を持つ透き通ったオーブとなってダンジョンの岩床へめりこんだ。
 勇者たちは声もなくドラゴンの変態を見守っていた。
「終わったのかよ」
とフォースがつぶやいた。
「そうみたいですね。アレフ、」
話しかけようとして、エイトはぎょっとした。アレフの体がぐらりと揺らぎ、そのまま前のめりに倒れ込んだのだった。

 その日、お日様が昇ると同時に、アレフは寝床からおきだした。
「夢、見てたのか」
ここまではっきりした夢は久しぶりだとアレフは思った。
「勇者たちが集まって、女神の力を借りてダンジョンの奥でドラゴン退治なんて……」
なんでそんな夢を見たのかと思いながらアレフはいつものように、生成りのだぶっとしたズボンとうわっぱりを着て、部屋を出た。まだ暗いうちから水を汲み、掃除をし、火を起こす。それが教会に養われる学生の決まりだった。
 リン、ゴンと鐘が鳴る。年下の孤児たちを世話している間に礼拝の時間が近づいていた。裾の短くなった法衣を被ろうと手に取ったとき、ふと違和感があった。
「これ、おれのか?」
「“おれ”?何言ってるんだ、アレフ」
すぐそばで働いていた厨房職の修道士が、こちらを見てそう言った。
「え、あ、いや、ぼくの服です。けど、なんとなく」
自分のに決まっている。赤ん坊のころ両親が亡くなり、孤児としてこの教会に引き取られてから十年以上、自分の服と言えるものは数えるほどしか持っていない。清貧といえば聞こえはいいが、孤児のために新しい衣装など問題外なのだ。
「まだ寝ぼけてるのか?早く片付けないと、おつとめに遅れるぞ」
アレフは遅刻しそうになってあわててうわっぱりの上に法衣をかぶって礼拝の列に並んだ。それも昨日までの日々となんら変わらない、はずだった。
 リン、ゴン。
 高位の僧侶たちがゆったりと列を作って入ってくる。正面の精霊女神像に一礼して僧侶たちは席に着いた。早朝の礼拝が始まる。冷たい石の床にじっとひざまづいて、祈りの文句をささげるのだ。
「天に地に、あまねく御心を、慈悲深きルビス、精霊女神よ」
最高位の僧侶、このラダトームの町の教会の長が、低い声で祈りを述べた。
「女神よ、この地は今、大きな脅威にさらされております。なにとぞわれらの声を聞き届け、この地をおまもりくださいませ」
 薄暗い礼拝堂の、高い天井に、声は響きわたった。
 長年の平和を享受してきたアレフガルドは、今、竜王に脅かされているのだった。各地でモンスターが急増し、また凶暴化している。地方の町では、人が逃げ出して無人になったところもある、とうわさされていた。
 その対策にラダトーム城におわす王様を初め、偉い人たちがたいへんなのだ、とか。だが、アレフには自分のような見習い僧侶に関係のあることだとは思えなかった。
 今のアレフは、孤児院を卒業して、僧侶養成学校の生徒になっていた。10名ていどのクラスメイトといっしょに、僧侶の資格を得るための勉強をさせてもらっている。
 リン、ゴン。鐘の音を合図に、礼拝堂から人々は退出した。アレフは、ひざがじんじんしているのを抑えて立ち上がった。これから厨房へ行って、毎日やっているように、朝食の準備を手伝うのだ。そうした雑用がすべて終わって、やっと学校へ行くことができる。
「アレフ」
後ろから呼ばれて彼は立ち止まった。
 礼拝堂から教会の奥へつながる渡り廊下を、小太りの人影がせかせかと歩いてくる。高位の僧侶の秘書官だった。アレフは脇へのいて、うやうやしく頭を下げた。
「アレフか。ちょうどよかった。これから、お城へ行きなさい」
驚きのあまり、しばらく声も出なかった。
「国王ラルス16世陛下が、じきじきにおまえをお召しになっておいでだ」

 アレフは、身丈にあわなくなった古い法衣を気にしながら、ラダトーム城謁見の間にひざまづいていた。
 秘書官に言われてラダトーム城へ来ると、身分の高そうな役人や位の高い戦士が、よってたかってアレフを謁見の間へつれてきてしまったのだ。国王陛下がじきじきにおでましになる、と聞いて、アレフはふるえあがった。
 まもなく、ラルス16世が現れた。アレフは、脇にじっとりと冷や汗を感じていた。広い謁見の間には、貴族や戦士が大勢いたが、みんな広間の壁の方へ寄ってしまい、アレフの周囲は無人だったのである。
 アレフはたった一人で、国王の前に出た。
「アレフよ、そなたの来るのを待っておったぞ」
アレフはおそるおそる顔を上げた。国王は眼光の鋭い、堂々とした壮年だった。
国王はじっとアレフを眺め、何か言いたそうにしたが、一度首を振り、話し始めた。
「その昔、勇者ロトが、神から光の玉を授かり、魔物たちを封じ込めたという。しかし、いずこともなく現れた悪魔の化身竜王が、その玉を闇に閉ざしたのじゃ」
アレフはぼうっとして聞いていた。その話は、見習い僧侶でも風のうわさに聞いている。なぜそんなことを自分に、とアレフは思った。
「この地に再び平和を!アレフよ、竜王の手から、光の玉を取り戻してくれ!」
命令の重大さにアレフは飛び上がった。
「そんな、私は一介の僧侶、それも見習いにすぎません。そのようなお役目は、どうか、強い戦士の方々にお命じになってくださいませ」
どもりながら何とかそう言った。
「心配無用」
まるで父親のような微笑みを浮かべ、不思議とおかしそうに王は言った。
「アレフ、そなたにはできる。わしは知っているのだ」

 見習い僧侶アレフはラダトームの町の門を入ったところで呆然としていた。子供のころから見慣れた景色だが、なんだかひどくよそよそしく映った。
「ど、どうしよう、どうすればいいんだろう」
竜王って、いったいどこにいるんだ。そこまで行くったって、道中危ないことだらけなのに、いったいどうすれば……。
「どうしました?」
数人の旅人が街角で立ち話をしている。よほど挙動不審だったらしく、一人が心配して話しかけてくれたようだった。
「これから旅ですか?」
 旅人は自分と同じくらいの年の若者だった。人のよさそうな誠実な雰囲気の人で、青いシャツに黄色い上着をつけ、髪をバンダナでおさえていた。
「え、ええ。ぼく、ラダトームから外へ出たことないんです」
旅慣れた若者にそう言うのは、少し気恥ずかしかった。
「それならお金を貯めて、まず武器と防具を買いそろえないと」
「あ、そうか。そうですね」
黄色い上着の若者の隣に、緑の髪と草色の上着の、ちょっと目つきの悪い若者がいた。
「おまえ、町の外歩いて傷ついたときは町に戻れよ。宿屋に泊ると傷が回復するからな」
見た目は怖そうだが、言ってることはごく優しかった。
「あ、はい」
「でもちゃんと闘わないとだめだぞ。経験値が貯まらないから。経験を積みレベルが上がった時は、王様に会いに行けよ」
 街角の旅人の最後の一人は子連れのようだった。利発そうな8歳くらいの男の子がアレフを見上げて笑った。
「知ってる?毒の沼地っていうのがあるんだよ。沼地を歩くときは体力に気をつけてね」
男の子に良く似た紫のターバンの黒髪の男が言い添えた。
「それから橋に気をつけて。橋を渡って遠くに行くほど強い魔物たちが出ますからね」
みんな、優しい。ちょっとアレフは涙ぐみそうになった。
「ありがとうございます。ぼく、がんばってみます」
「がんばれ。武器屋はあっちだ」
もう一度礼を言って行こうとした時、別の声が話しかけた。
「あのっ、旅に出るんですかっ?」
ふりむくと、まだ若い女、というより少女だった。髪を短く切って、僧侶の身につける法衣をまとっていた。
「僧侶の御用はありませんか?ぼく、一回旅ってしてみたいのに、町から外へ出たことないんです。お願い!連れてって!」
ぼく、と言うが、どう見ても女の子である。
「え、ええ?ぼくも僧侶のはしくれなんで、いちおう、その。もし旅に出るなら攻撃力の強い人を探したほうがいいよ」
「え~、だめですかぁ?あなたは武器を買うんでしょ?」
「ええまあ。でも、ぼく、王様の命令で旅立つんで、人を連れてっていいかどうかわからないんです。ほんとにごめん」
「そんなっ、あなたはいい人そうなのに。お願い、いっしょに連れてって!」
武器屋に向かって歩きかけているのに、その子はついてきた。
「ちょ、ちょっと」
「お願い、お願い、いいって言ってくれるまでぼく、離れませんからっ」
「いや、だから」
 どこかでくぉらっと怒鳴る声がした。
「ヒフミ、おまえ、また旅人さんにしつこくして!ダメだって言ったろう!」
ヒフミというらしいその少女は振り返った。
「でも伯母さん!」
「ダメなもんはダメなんだよ、人さまに頼るんじゃないの!すいませんね、姪がどうも失礼を」
い、いえ、とアレフは口走り、ぱっと駆けだした。いろんな人がいるなあ、と思いながら。
「これからぼくの旅が始まるんだ。がんばらなくちゃ!」

 エイトは微笑んだ。
「ヒフミさんも、戻ったんだね。よかった」
「これでよかったんだろうよ」
とフォースが言った。
「やけにかわいくなっちゃったけどな、あいつ」
「レベル1だよ。しょうがないさ」
とフィフスが答えた。
「あのアレフじゃないんだ」
沈黙が漂った。
 最後の戦いの後、アレフは目を閉じて動かなくなった。あわてるパーティの前に、精霊ルビスが降臨したのだった。
「あなた方の使命は終わりました」
と彼女は告げた。
「ラーレ様は」
まぶしいような姿でルビスはダンジョンの岩床に降りたった。
「御自ら神格を封じて己を抹消されました。そのオーブに太陽神であった神格がすべて封じ込まれています」
勇者たちは白い竜の変化した透き通った石を見つめた。その中心には確かに炎のようにゆらめく金と赤の輝きが宿っていた。
「これを太陽の石と名付けましょう」
とルビスは言った。
「太陽女神の力はこの石の中に、ラーレ様の人格はこの精霊ルビスの中に吸収されたのです」
今やアレフガルドのただ一人の女神となったルビスは、凛としていた。
「アレフガルドは、ラルス一世の時代にさかのぼってすべてが塗り替えられています」
指を動かすとアレフの体が浮き上がり、その身体を覆う青い鎧が色を失い、透明になって消えうせた。
「彼はどうなるんですか?」
「太陽神ラーレに捧げられた勇者はもういません。ですが私は、精霊ルビスの名のもとに、彼を勇者に任命します。勇者アレフよ、ラダトームへ戻りなさい。もうすぐあなたを召し出す命令が来る」
アレフは空気の中へ溶けて消えた。
「さあ、あなた方を元の世界へ戻しましょう。でもその前に、まだひとつ、頼みがあります」
とルビスはその時、言ったのだった。
 フィフスは自分の手の中の包みを確かめるように抱きしめた。
「さあ、行こうよ。太陽の石を預けたら、ぼくたちもお別れだ」
一行は歩き出した。
「またあなたに会えるかな、ね、フォース」
歩きながらレックスが、傍らのフォースを見上げてそう言った。
「いい子にしてたらな」
ぼそっとフォースが答えた。レックスは手を伸ばして、フォースの服の袖を握った。
「ウソつかせてごめんね」
小さな声でレックスが言うと、フォースはまったく違う方向をにらみながら黙ってレックスの髪をわしわしと撫でまわした。
 湿っぽくなる気持ちを振りはらうようにフォースが言った。
「その石、賢者に預けるって言っても、中身はあのツンデレなんだろ?」
「もうラーレ様の人格とか意識はないんじゃないかな」
包みの中にあるのは、太陽の石こと、あの白い竜が変化した金のオーブだった。ダンジョンの岩床にめりこんでしまったため、岩ごと掘り出して持ってきたのである。
「人格はたぶん、ルビス様の中にはいってるんでしょう」
「そのことなんだけど……」
フィフスがつぶやいた。
「ルビス様お一人の中にラーレ、ルビス、二つの人格があるのかな」
「ルビス様がラーレ様を吸収したのでは?」
「そうだとしたら、ちょっと怖いね」
「何が」
「ルビス様が、自分が任命した勇者に恋するところまで吸収してしまったらどうなる?」
勇者たちはちょっとこわばった顔で互いを眺めた。
「またくりかえすの?転変を」
こわごわとレックスが言った。フィフスは首を振った。
「ま、そこまで同じ道をなぞることにはならないと思うよ。ぼくの見た限り、ルビス様は冷静で思慮深い御方のようだったから」
「そうですね、たぶん」
エイトもつぶやいた。
「わかんねーぞ?」
とフォースが言った。
 四人はなんとなく立ち止り、ラダトーム城の方角を眺めてしばらく沈黙していた。