電光石火

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第50回) by tonnbo_trumpet

 何気なしに出たその言葉が、パーティに戦慄を巻き起こした。
「ヘアスタイルも大事よ」
ただ、それだけ。それだけなのだが、パーティに、正確にはパーティの一部、アモス、チャモロ、そしてハッサンの三名から笑顔が消えた。
「俺は関係ないだろ?」
ハッサンはそう言った。
「そんなことないわ」
とバーバラが答えた。
「ベストドレッサーコンテストで競うのは参加者だけじゃないのよ。チームそのものも採点対象になるの」
「本当ですか?」
懐疑的な声でチャモロが聞いた。
「そんなルールはなかったと思うのですが」
バーバラは肩をすくめた。
「ルールブックがすべてじゃないわ。ジャンポルテさんがそう言ってたのを聞いたのよ」
 こほん、とアモスが咳ばらいをした。
「ならば次のコンテストでは、私はご遠慮しよう。ゼクス殿とお嬢さん方が参加されればよろしい」
「アモスのおっさん、じゃあ、おれたちは男同士でいっぱいやらないか」
ハッサンはどこかほっとした表情だった。
「そうですな。たまには腰を据えて飲みますか。チャモロ君、きみはどうする?」
「私はお酒はたしなまないのですが、ここはひとつ」
 ぱん!とバーバラが手をたたいた。
「だ・め。次のコンテストはメンズ部門だもん。あたしとミレーユが抜けるから、男性オンリーで行ってきてね」
え、そんな、とチャモロが口走った。
 たおやかなしぐさで美女がふりかえった。
「このランク、勝ち抜きたいておきたいの」
ミレーユは、野宿しようが戦闘中だろうが、常に優雅さを失わない不思議な女性だった。
「みなさんにお願いするわ」
アモスたちはうめいた。
 バーバラがさっとミレーユの腕を取った。
「私たちはその次のランクに向けて磨いてくるから!レイドックのエステ、楽しみよねっ」
天真爛漫にバーバラが笑う。姉のようにミレーユが微笑みかけた。
「バーバラはきっと綺麗になるわ」
そっかなー、ミレーユほどじゃないよーと無邪気に返し、バーバラは男たちのほうをふりむいた。
「だから、わかった?三人とも服はぱりっとしたものを選んでね。洗ってないなんて論外。お風呂も入ること。髭は剃って!それでもって髪もきちんとしてほしいの!」
約束よっとバーバラは言った。
「もうすぐスタイリストさんたちが来るから。おとなしく髪切ってもらってね。キャンセルなんかしたらすぐわかるんだからねっ」

 パーティの中には、「チャモロの髪」を確認したものはいない。ゲント族の聖職者が身に着ける風変わりな帽子を常に被っているからだ。ちなみに眠るときは先端に丸いぼんぼんのついたニットキャップを愛用している。
 アモスの場合、それは兜だった。彼もまた、人前ではその特徴のある兜を取らない男だった。
 そしてハッサン。彼だけはモヒカン刈りにした頭部をさらしている。
 女性メンバーが出かけたあと、三人は無言のままお互いの顔を眺めていた。
「やばい」
「困りました」
「どうしたもんか」
……ミレーユたちのリクエストは絶対だった。ジャンポルテの館へ、男性メンバー全員で行ってほしい、と。
「行くだけなら行くんだが」
アモスの言葉に二人はうなずいた。
「問題は床屋だ」
アモスは考えながら貧乏ゆすりを始めた。
「床屋さえやりすごせるなら、どこへでも行ってやる」
「ヘアなんちゃらが来る前に出かけてしまえばいいのでは?」
「無理です。もう、来ました」
三人が額を集めて相談している部屋の窓から、外に客が来ているのが見えた。
「あいつらか。くっそぉ、おしゃれじゃねえか」
恨みがましい口振りでハッサンが嘆いた。
 美容師の数は三人だった。ひょろっとした体型で顎髭のある若い男、口うるさそうな眼鏡の女、そしてリーダーらしいかっぷくのいい男性だった。リーダーはいかにも一家言ありそうな雰囲気で、まわりの人間を値踏みするようにじろじろ眺めていた。
「ああ言うの、だめなんだ、私は」
とアモスが弱音を吐いた。
「どうしても向こうの意見に押されて変な髪型にされちまう」
「あのご婦人、口じゃまず負けないでしょうね」
チャモロもつぶやいた。
「賭けてもいい。あの野郎、絶対にオレの頭を気に入らねえだろう」
「いいじゃないですか、髪、あるんだから」
ぼそっとチャモロが言った。
「この頭はオレのアイデンティティなんだよ」
まあまあ、とアモスが言った。
「どうする。キャンセルできないなら、犠牲になるか?それとも……」
三人の視線が一点で交差した。
「あちらがキャンセルしてくれればいいんですよね」
「そんな都合よくいくか」
「私にまかせていただけますか」
ハッサンの眉がピクっと動いた。
「何をやる気だ?」
「ハッサンとアモスさんが協力してくれるなら、切り抜ける方策がなくはないです」
ゲント一族の神童の眼鏡が、きら、と光った。

 ハッサン、アモス、チャモロの三人は、闘志をたたえて自室を出た。敵は同じく、三人。宿のフロントでスタッフと話していた。
「ミス・ミレーユのご依頼でこちらの……」
話しているのは髭の若いのだった。眼鏡女は大きなツールボックスを広げて道具を確認している。リーダーはハンカチを口元にあて、目を半眼閉じたまま、まだまわりを見下していた。
--ターン、スタート!
相手より先に行動できる技はふたつです。まず、「すてみ」。すべての行動に先行しますが、くらうダメージは二倍になります。
「よっしゃあああっ」
ハッサンが飛び出した。大股に駆けだして眼鏡女の前にぬっと顔をつきだした。
「くらえ、ステテコダンス!」
ややくたびれた男性用の下着をハッサンはばっと取り出して大きく打ち振った。
「ちょっ、あなた」
「あ、それっ、ほっ、ほっ、ほっ」
「なにこれ、やめて、セクハラじゃない!おまわりさ~ん、痴漢ですっ、この人ですっ」
それそれそれ~とからかうようにステテコを振りまわしてハッサンは走り出した。
「待ちなさいよ、このバカ!」
眼鏡女はツールボックスを放り出して追ってきた。
「捕まえてっ、そこのセクハラ男!」
走りながらハッサンはぼやいていた。
「くそっ、ダメージ二倍か……」
--ターン、続行。
さらに相手に先行するために選ぶ技は。
「私が行きます」
「チャモロ、君の犠牲は忘れない」
ふっとチャモロはつぶやいた。 
「すべてはこのあとにかかっています。アモスさん、お願いします」
力強くうなずくアモスに一礼して、チャモロは戦いの場へ乱入した。
 チャモロが目を付けたのは、リーダー格の男性だった。見るからに自信ありげで生半可な攻撃では通用しない。
「アナタハカミヲシンジマスカー!」
目の前にゲントの杖をつきだしてチャモロは叫んだ。
「えっ、なに?」
「ウチュウハ、アイデミチテイマース!」
「きみ、やめてよ、うわ」
リーダーが後ずさった。
 「しっぷうづき」、成功。
「コウカハバツグンダ!ちがった、アナタノタメニイノラセテクダサイッ」
目の前で杖をばっさばっさと振り回し、チャモロはリーダーに迫った。
「え、なんなの、君?」
最初迷惑そうだったリーダーが次第に気味悪そうな顔になり、ついに逃げ出した。
「こんな話聞いてない!」
--ターンはまだ続きます。このままでは相手方の攻撃になってしまいますが、それを避けるために……。
 後に残されたのはあごひげの若い男だけだった。上司と先輩があっというまに姿を消すあいだ、ぽかんとしていた。
「あ、あのう」
宿のフロントスタッフもおろおろしていた。
「ええと、何でしたっけ」
「は、あの、空いている部屋があったら機材と道具をもちこみたいんですが、あと大きな鏡……って、いいのかな、このまま」
 ずかずかとアモスは近寄った。
「きみ、何やってるんだ!」
は?と若者が顔を上げた。
「あなたは?」
「私を知らないのか?モンストルの英雄と呼ばれた男だ!」
若者はぽかんとしていた。
--こちらのペースに巻き込んでください。アモスさんのペースに乗せればオシに負けたりしません。逆に呑んでかかりましょう。
「詳しい事情は言えないが、一般人は退去してくれ」
せかせかとアモスは言って、背を向けた。
「あの、でも、私たちはミレーユさんから」
「私たち?」
言葉を遮るようにしてアモスは聞き返した。
「君だけじゃないか」
ハッサンが「すてみ」で、チャモロが「しっぷうづき」で嫌な相手を先に葬ってしまい相手が一人だけになれば、アモスだけで対応できる、とチャモロはふんだのだった。
「え、でも」
「命の保証はできないぞっ」
うっと若者は言葉に詰まり、あたりを見回して、それから外に向かって宿を取びだした。
「先生?どこですか?どうしましょうっ」
--相手に行動させず、ターンを終わらせる技、「ラウンド・ゼロ」成功。
 ふっとアモスは息を吐き出した。凶悪と呼べ、反則と呼べ、なんと言われようともその日チャモロ、ハッサン、アモスの三人は、ヘアスタイリストチームに勝利したのである。
 そして余談ではあるが、ダンディーを競うベストドレッサーコンテストにてパーティはゼクスを代表に見事ランク優勝を果たした。
「う~ん、君もなかなかおしゃれだけど、そちらの応援のみなさんもなんか輝いてるね」
しっぷうゼロトリオはステージ下で観戦していた。審査員の言葉通り、勝利の余韻と団結が、彼らの顔をきらっきらに輝かせていたのだった。