ミニハンバーグ弁当

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第44回) by tonnbo_trumpet

 久々に見るふるさとの町は、奇妙なほど平和だった。そこは世界から隔絶した亜大陸、巨大な島だった。人口はそれほど多くない。人口が集中しているのは耕作地域の真ん中にある村、そして海岸の入り江に作られた王都。それこそがアリアハン、彼の故郷だった。
 町で一番大きな酒場の厨房の裏手に男はぼんやりとすわりこみ、白い雲が空をゆっくり動くのを眺めていた。
「ここは静かだな」
その手にはうっすらと煙を上げるパイプがひとつ。異国の友人からもらった最初で最後のプレゼントだった。
 厨房の扉は開け放たれ、その中から女将がこちらへ声をかけた。
「あんたのいたとこが騒がしかったんだよ、ミニハン」
女将、ルイーダは前掛けで手を拭き拭き裏庭へ出てきた。
 遠い大陸のとある町で、最近ひとつの革命が起こった。町の名はミニハンバーグと言った。商人のミニハンがその地に住む老人の頼みで一生懸命作り上げ、最後には自ら独裁者と化して君臨し、そして不満を募らせた住人たちが革命を起こしてミニハンを投獄した町だった。
 ミニハンをその町へ連れて行った勇者たちが、先日ミニハンをアリアハンへ連れてかえってきた。そしてルイーダに預けたのだった。
「刺激が欲しいなら、あの子たちと一緒にまたクエストいきゃあよかったのに」
いや、と無気力にミニハンは言った。
「オレの代わりに入った子がいたじゃないか。おれの居場所なんかないよ」
ミニハンの抜けた穴を埋めたのは、まだ若い魔法使いだった。アリアハン出身の十七歳の少女で、後から入った分レベルが低いようだった。
「あの子、抜けろって言われると思ったのか、びくびくしてた」
「あんたねぇ」
ルイーダは言い掛けたが、口をつぐんだ。ミニハンは、町を作って欲しいと言った老人からもらったパイプにたばこを詰め直し、無気力に煙を吐き出した。
「ねえ、ひまだったらちょっと手伝っておくれ」
とルイーダは言った。
「このあいだからうちはランチの時間に弁当を売り出してるんだよ。けど、弁当係だった子が、親がケガしたって聞いて昨日の夜レーベへ帰っちまったのさ。あたしも他の女中も、もちろん料理人も忙しいし。あんた、店の前に立って弁当の売り子をやってくれないかい」
ミニハンはルイーダの方をまともに見ずにつぶやいた。
「なんで弁当なんか……」
「弁当は大事なんだよ?有名なダンジョン探検家がね、”女房の作ってくれた弁当のおかげで一番奥までもぐれました”って言ったんだってさ。冒険に持っていくんじゃなくたって、いい弁当は午後の活力なんだ。わかったかい?さ、もう、昼だ。さっさと動いた、動いた!」
のろのろとミニハンは立ち上がった。
「金を受け取って、弁当とつりを渡すだけでいいんだな?」
にこにことルイーダはうなずき、のっそりと厨房へ向かうミニハンを見送り、小声でつぶやいた。
「あんたがそれで満足できるんならね」

 ルイーダの酒場の前に台を出して、その上に弁当箱を並べた。箱と言っても軽い素材を編んだかごで、その中には料理人が作り置きした食品を店の女中が詰めたものが入っていた。
 しばらくミニハンは台の前に立っていた。ルイーダの酒場はアリアハンの名物だったし、店はアリアハン城の正門のすぐ脇にある。人通りは多かった。一人の兵士がちらちらとこちらを見て、そしてやってきた。
「弁当か。中身はなんだ?」
ミニハンは無言でひとつ取って、ふたを開けて見せた。
「ロールパンにチーズに、腸詰め肉、ゆで卵か。いくら?」
「10ゴールドです」
決められた定価をミニハンは告げた。兵士はベルトに吊った巾着からゴールド金貨を出してミニハンへ渡した。
「ひとつもらうよ」
ミニハンは手の中のゴールド金貨を、不思議なものを見るような目で眺めた。そして弁当箱をひとつとり、相手に差し出した。
 そのとき、長年ミニハンを動かしてきた何かが、ミニハンに命じ、重い口を開かせた。
「……あ、ありがとう、ございます」
兵士は弁当を受け取るとミニハンを見た。
「商売、初めてか?」
「う、まあ、はあ」
商売は、アリアハンでは初めてだった。
「そうかい。がんばれよ」
兵士は弁当を持って、城の門の中へ戻っていった。
 ミニハンはぽかんとしていた。革命以来、ものを売ったのは初めてだった。
「いや、その前からだ」
町を牛耳り、すべてを支配し、利益を独り占めしていたころ、ミニハン自身は店頭に立って売り子などやってはいなかったのだ。
「へっ」
苦笑したつもりなのに、何かがこみあげてきた。それは熱いすすり泣きとなって唇をふるわせた。
「忘れてた。忘れてたよ!」
店の中ではルイーダがミニハンの嗚咽を聞きながら、自分のささやかな計画が見事に当たったのを知って、安堵のため息をもらした。

 一ヶ月後、勇者一行がアリアハンへ戻ってきた。ルイーダの酒場へ立ち寄ったのはちょうど昼時だった。
「なんだ、なんだ」
けっこうな人だかりがしている。その先頭はどうやら弁当売りの屋台のようだった。
「今日の弁当は、半熟卵としゃきしゃきレタスのサンドイッチ、酢漬けキュウリ、マッシュポテトのチーズ焼き、甘辛ミニハンバーグだよ!ルイーダの店特製弁当、一個10ゴールドだ!」
最初に戦士が気づいた。
「ミニハンの声だ」
勇者は思わず笑った。
「元気そうだね」
目の前で特製弁当が飛ぶように売れていく。店の中からルイーダと女中の二人で作りたての弁当をひとやま持ち出してきた。
「プラス2ゴールドで、ポテトのチーズ焼きは揚げたてフライドポテトにできるよっ」
ミニハンの声が弾んでいた。
 ルイーダが気づいてこちらへやってきた。
「ミニハンのやつ、もう大丈夫みたいですね」
勇者が言うとルイーダはうれしそうに笑った。
「商人が一番元気になるのは、やっぱり売り出そうとがんばるときみたいね。火がついたらすごかったわ。評判のいいメニューを日替わりで考えて、入れ物を工夫して、チラシを自作して配って回って。おかげでごらんの通りよ。今じゃ、売り上げの三割は特製弁当がたたき出してるわ」
 よかった、と魔法使いの少女がつぶやいた。
「元気になってくれてほんとに良かった」
少女の肩を、僧侶がぽん、とたたいた。
「おれも弁当食べたいな。みんな、並ぼうぜ」
いそいそと勇者一行は弁当を買う列に並んだ。ミニハンがそのメンツに気付いた。営業スマイルよりもっとうれしそうに彼は笑った。
「らっしゃい!」