愛と信頼のスパスタ

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第39回) by tonnbo_trumpet

 傷ついた身体に温かい息吹がまとわりつき、一気に体温が上昇した。その脳天へつきぬけるような感覚はなじみのものだった。
「経験値だ。しかも……」
サマルトリアの王子は思わず口元をほころばせた。
「4倍?本当に?」
「そうだよ」
手で膝のあたりについたほこりをさっと払って、伝説の魔物使いがそう答えた。
「さっきの双六の目が4だったからね。経験値も4倍もらえるんだ。おかげさまでレベルアップしたみたい」
ふふふ、とトロデーンの近衛隊長がつぶやいた。
「ぼくもレベルアップのおかげでスキルが戻って来ました。ここは奇妙な世界ですが、なかなか気前はいいですね」
三人の男たちはうなずきあった。
「何やってんのよ!」
突如、きつい口調で少女が割って入った。
「まだゴールはずーっと先なんですからねっ。ほら行くわよ!ぐずぐずした男は嫌いなの!」
サマルトリアの王子は真っ先に我に返った。
「ごめんね、マリベル」
ぷーっとマリベルはふくれたままだった。
「知らないっ」
そう言って先に立った。
 やれやれ、と王子は思った。
「ぼくは高飛車な女の子には慣れてるんだけど、マリベルは格別だねぇ」
あははっと魔物使いは笑った。
「君もかい?ぼくの知り合いにもすごく上から目線の女性(ひと)がいるよ。でも言ってることは正しいし、それに美人なんだ。頭が上がらないよ」
「奇遇ですね」
と近衛隊長がつぶやいた。
「ぼくの知り合いの女の子も上から目線に超がつきます。事実お嬢様なんですけどね」
「いやーどこにでもいるもですねえ」
いやまったく、と男たちは言いあった。
 精霊ルビスのみそなわす、音楽の精霊の支配する不思議な世界である。冒険者の酒場で知り合った4人は、音楽の精霊の力を高めるためにいっしょに冒険を始めたのだった。何度かステージをくぐりぬけたあと、彼らはすごろく場への出入りを許された。
 すごろくのマップの上ではあるが、闘いあり、宿屋あり、ただし移動だけはさいころの目が許すだけしかすすめない。彼らは経験値をたっぷりもらってひとつのステージを完走し、近道に成功した。だが、そこで行き詰ってしまった。
 マリベルの声が飛んできた。
「もう、どうなってんのよ?!」
王子は笑い返した。
「何イライラしてんの?」
マリベルはふくれて赤くなった顔でさいころを指した。
「イラつくわよ!さっきから少なすぎたり多すぎたり!あたしは早くゴールしたいのに」
男たちは顔を見合わせた。
「でもしょうがないよ?ここはすごろく場なんだから、さいころの目がピッタリじゃないとゴールできないんだ」
マリベルは地団太を踏んだ。
「そんなのとっくに知ってるわよ!あたしはっ」
そのときだった。ころころと転がったさいころが、運命の数字を吐きだした。あと3。パーティは思わずマス目を数えた。
「やったわ!」
真っ先に完成を上げてマリベルが走り出した。
「凄いな。すごろく券まだ一枚しか使ってないのに」
「ラッキーすぎて怖いくらいです」
パーティがあとに続いた。ゴールではマリベルが立ちつくしていた。
「どうした?」
「あ、あいつ」
ゴールの向こうには、このすごろく場の主、ホイミスライムが待ち構えているのが見えた。パーティは身構えた。戦いの気配だった。
「ダブルアップか。みんな、どうする?」
ダブルアップは、ゴールの先のボスモンスターを倒して倍の報酬をもらえるシステムだった。ただしボスモンスターに負けたらせっかくもらった報酬もなしになってしまう。王子はためらった。
「レッドとパープルのオーブはもう一個づつ確保してるんですよね?」
「ああ、だが」
 いきなりマリベルが一歩踏み出した。
「ダブルアップしようよ」
え、とパーティは彼女の顔を見た。どちらかというと、やらなくて済むことはやりたがらない子だ、という印象があったのだ。
「やるでしょ?それでも男?」
魔物使いと近衛隊長と王子は顔を見合わせた。
「女だからとか言われるのいや、って言ってたような気がするんだけどね」
と同時に女の子にそういうことやらせる気?とも言われている。矛盾だらけの美少女なのだ。
「最初からマリベルはやけに熱心だったね」
このホイミスライムのすごろく場でオーブが二種類手に入ると聞いて、マリベルは目の色変えた。欲しい、絶っ対に欲しい、と。
「あたしは欲しいものは全部手に入れて来たわ。昔からね。だって、美少女だもん」
両手を腰にあててマリベルはそう言い放った。
「悪い?かわいいは正義でしょ?」
「周りの人もそう思ってくれればいいんだけどね」
思わず王子はそう言った。
「あら思ってくれてるわよ。少なくともあたしの幼馴染はそう。だからなんでも言うこと聞いてくれるの」
「ご両親も?」
マリベルはちょっとためらった。
「パパとママは、うるさいけど……でも幼馴染がいるからいい!」
おやおや、と再び男たちは顔を見合わせた。
「苦労してるやつっているもんだねえ」
ふん!とマリベルは鼻息も荒かった。
「さあ、しゃべっててもしかたない。初のダブルアップだ、やってみようか!」
最年長でリーダーでもある伝説の魔物使いが決断を下した。
「経験値上乗せといきますか」
あとの二人も覚悟を決めた。

 マリベルは獅子奮迅の働きだった。
「メラミ、ヒャダルコ、イオラっ!」
回復機能を持っているモンスター、ホイミスライムは、その回復力を上回るダメージを与え続けなくては勝つことができない。パーティは力の出し惜しみをしなかった。
 必殺技を発動、会心の一撃を繰りだして、ついにホイミスライムが倒れた。
「やった……」
すごろく場はクリアした。報酬は死守した。パーティは快い疲労とともに酒場へ戻ってきた。
「今日はやりましたね~」
「明日もこの調子でいきたいですね」
そう話すパーティの中から、マリベルは一人歩き出した。
「え?マリベル?」
さきほど手に入れたのも含めてパーティの所有するオーブを両手に抱え、マリベルは酒場のカウンターに並べた。
「さあ、6個そろえたわ。召喚させてもらうわよ!」
6個のオーブの力を集約すれば、この酒場に冒険者を呼び寄せることができるのだ。ちょ、ちょっと、とパーティはあわててカウンターに集まった。が、マリベルは抗議など聞きはしなかった。
「フィッシュベルの漁師の息子アルスをここへ呼んでちょうだい!」
あっと言う間に指名が具現化した。緑色の服を着て緑色の頭巾をつけた小柄な少年があっけにとられた顔でカウンターの前に立っていた。
「え、あれ?ぼく、なんでこんなとこに」
きょろきょろしている。マリベルはこほん、と咳払いをした。
「あ、マリベル?よかった」
アルスと言うらしい少年は素直な笑顔になった。が、マリベルは両手を腰に当ててふんぞりかえった。
「誰が“マリベル”ですって?あたしは“冒険に旅立つ愛と信頼のスーパースター、マリベル”よ?」
え、とつぶやいてアルスは固まっていた。
「そこでなにやってんのよ。別に来てほしかったわけじゃないけど、またいっしょに遊んであげてもいいわよ?」
と言い放った。
「あー、オーブを欲しがったのはこういうことか」
「ホイミスライム討伐、やけに熱心だと思ったら」
「命短し、恋せよ乙女、と」
きっとマリベルは振り返った。
「うるさーいっ」
はいはい、と男たちは笑いをこらえた。