錬金王トロデ

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第10回) by tonnbo_trumpet

 茨の呪いを受けて廃墟と化した城の中庭に、一台の馬車が停まっていた。馬車は城の厨房に食糧を配達するような、何の飾りもない質実剛健かつ庶民的なしろものだったが、馬車につながれている馬は惚れ惚れするような白馬だった。
 幌馬車の荷台の前に立って一人の若者が木箱を抱えたまま途方に暮れていた。
「姫に重い荷物を引っ張らせるなんて、ぼくはとても」
馬は小さくいななき、“荷物を乗せろ”という仕草で首を振った。
「でも、これ、本当に重いんです」
蹄鉄をつけた蹄がかっかっと中庭の敷石をたたいた。若者はまだちょっとためらい、それから木箱を馬車に積み込んだ。
「ひひん!」
「まだ大丈夫ですか?ほんとに?」
心配そうに見上げる若者に、白馬はそっと自分の鼻先を押しつけた。
「ミーティア姫……」
廃墟の中、不安なのにどこか高揚した表情で馬と若者は無言で佇んでいた。二人だけの時間は長く続かなかった。
「エルトー!どこじゃー?こっち手伝ってくれー!」
エルトはぱっと振り向いた。
「は、はい、トロデ様、ただいま!」
あわてて白馬から飛び離れ、声の方向へ走っていった。
 とんがった耳と押し込んだような奥目、蛙めいたでかい口に緑の肌をした小柄な魔物……に見えるがれっきとしたトロデーン王、トロデが、自分の体とほぼ同じくらいの大きさの荷物と格闘していた。
「これを馬車に載せるんじゃ!」
これというのは、大きな布づつみだった。エルトが持ち上げると結び目がほどけて中身が見えた。小ぶりな釜のようだった。陶器なのか金属なのか、材質は測り知れない。底に支えの三つ爪をもち、本体下部にはクサビ型の、上部にはリボン状の飾りが施され、一番上には翠と朱色の魔石がとりつけてあった。
 エルトは布包みを結び直して抱えあげた。
「大事に運んでくれ。我が国の国宝じゃ」
「この釜がですか?」
「おうとも!」
とトロデは言った。
「わしがこやつに出会った時、まだ少年であった。王子の身分での。12歳になったとき、わしの亡父、先代のトロデーン王じゃな、それがわしを宝物庫へ連れて行き、同行した宮廷魔法使いの口から我が国の秘宝、錬金釜の説明を聞かされたのじゃ。わしは興奮してのう。まったく異なるもの複数から、ひとつのものが出来上がるというその仕組みにどきどきしたものじゃ」
トロデの歩みにあわせて荷物を抱え持ちながら、エルトは黙って聞いていた。
「この世のあらゆるものは本質とそれ以外でできておる。たとえばエルト、厨房にころがっているブロンズナイフ。あれの本質がわかるかのう?材質はブロンズ、実態はナイフじゃ。それを二つ集めて錬金釜へ入れる。そうすると本質どうしが反応してまったく別ものが出来上がる。銅の剣じゃ」
「え、そうなんですか?」
トロデは胸を張った。
「そのうち見せてやろうかの。宮廷魔法使いの話によれば、熟練した錬金術師ならさらにもうひとつの材料をくわえることができるそうじゃ。ブロンズナイフ二つに石の帽子をいれておく。そうすると出来上がるのはブロンズキャップとなる。どのような本質が反応したかうかがい知ることができるはずじゃ」
「……奥の深いものなんですね」
「じゃろう?」
ふん!とトロデは自慢そうに鼻息を噴きだした。
「トロデ様はずっと研究してこられたのですか?」
スキップしかねないありさまでうきうきと歩いていたトロデの足取りが鈍くなった。
「いや、それがの。わしも王位継承がきまってからは多忙でなあ」
自嘲のような口ぶりだった。
「確かに錬金釜は国宝じゃが、王子が錬金術に没頭することは誰も賛成してくれなんだ。王位継承者である以上、まず政治、内政、軍事、外交。覚えなくてはならんことはあまりにも多かった。それでも暇を見つけては錬金術を研究しておったのだが、わしは変わりもん扱いじゃった」
身体に比べて大きすぎる頭をトロデは静かに振った。
「トロデ様は変わりものなんかじゃありません。立派な王様で、知的な研究者だと思います」
エルトが言うと、ははっとトロデは笑った。
「ありがとうよ。思いだしたぞ。ずいぶん前にそう言ってくれた者がいた。トロデーン東部の貴族の令嬢で、すらりとして姿の佳い黒髪のひとであった。わしはその令嬢をもてなすことになっていたのじゃが、どこへお連れしていいか迷ったのじゃ。城内や庭などへはもう案内してしまっていたし。しかたなく宝物庫へお連れして先祖伝来の宝物などをお見せしていた。錬金釜も、そこにあった。それでわしは説明をはじめ、つい熱中して熱く語ってしまったわけじゃ」
きらきらした目で語るトロデを、エルトは容易に想像することができた。
「気がつくとわしの侍従や護衛の兵士、令嬢の侍女たちがうんざりした顔になっていた。こりゃいかん!と思って令嬢を見ると、なんと彼女はにこにこしていた。『申し訳ない。退屈させてしまっただろうか?』とうかがうと、令嬢は口元をほころばせた。『確かに難しいお話でしたけれど、トロデ様が嬉しそうにお話しくださるのがすてきでした。研究に没頭される方はとても知的だと思います』と。その瞬間から、令嬢は特別なひとになったよ、わしにとってな。その方がミレーナ嬢だ。数年後に結婚してミレーナ王妃となり、ミーティアを産んで、みまかった。ミレーナの忘れ形見だというのに、あの道化師めのせいでミーティアは馬に、そしてわしはこのような姿に……」
トロデはうつむき、肩を落とした。
「トロデ様……」
ぐっとトロデは顔を上げた。
「こうしてはおれぬ!行くぞ、エルトよ!きっと元の姿を取り戻すのじゃ!」
「ミーティア様もお待ちになっておいでです」
「もう誰にはばかることもない!わしゃ、錬金術の研究にうちこめるんじゃ。その力で必ず元に戻る!続け、エルト!」
「はい!」
ぼろぼろの壁を越えると中庭で待つ白馬と馬車が見えた。冒険と研究に向かってトロデーンの主従は力強く歩き始めた。