美しい淑女

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第37回) by tonnbo_trumpet

 華奢な羽根ペンにインクをつけ、羊皮紙にさらさらと文章を書きこんでいく。ペン先は金、机は磨いたマホガニー。調度品は贅沢で瀟洒で、どこか女性的だった。
「『カースルメーン公の未亡人にどうかお気を付け下さい。父の後妻の座を狙っているようで、私にも親しくお話しくださいます。が、あの方はどことなく冷たい目をしておいでです。私はメリンダ姉さまのような方に、新しいお母様になっていただきたいのに……』」
しばらく書いてペンが停まった。
 そこはサマルトリア城の奥にある王女の私室だった。王族の私室にしてはそれほど広くはない。壁や床、カーテン、ベッド、いす、物入れなどは白か薄いピンク色が多く、布という布にはレースがついている。王女自身も薄紅色と白のドレスを身につけ、髪は金のリボンでとめていた。
 部屋の入り口から侍女が話しかけた。
「ローレシアの王子さまがお見えになっていらっしゃいますが、お通しいたしますか」
侍女の背後には隣国の王子の長身が見えていた。
「あら、珍しいこと。どうぞお入りになって」
剣を取っては当代においてかなう者のいない戦士だったが、ローレシアの王子アロイスは宮廷での礼儀をたたきこまれた貴公子でもあった。作法通り部屋の真ん中、王女の机から数歩はなれたところで立ち止り、女主人に挨拶するチャンスを待った。
 王女は侍女を呼んだ。
「手紙はできたわ。お届してちょうだい」
書きあげた書状をくるりと巻き、リボンでとめた。
「赤いリボンのはメリンダ嬢へ、青いのはカースルメーンの奥様へ。間違えないでちょうだいね」
「かしこまりました、アリス様」
侍女は答えて、二通の書状を受け取り、しずしずと部屋を出て行った。
「いらせられませ、アロイス様」
アロイスは従妹の姫の側へ寄った。
「体調はいかがですか、アリス姫」
 サマルトリア王家の兄妹は、どちらも亡くなったサマルトリア王妃から虚弱体質を受け継いでいた。兄のアーサーはそれでもアロイスのパーティに加わってクエストに参加できる体力があるが、妹のアリスは生まれてこの方、城を出たことがなかった。
「夜になると熱が出ますが、それ以外は大丈夫。でも退屈で死にそう」
そう言ってアリスは微笑んだ。
「あんまり暇だったものですから、父の後妻になりたがっている女二人、互いに争うように仕向けてみました。せいぜい潰し合えばいいわ」
虫も殺さない顔で言い放つアリスに、アロイスは小さく口笛を吹いてみせた。
「いつもながらお見事な」
「あの女たちが新しく王子など産んだ日には面倒ですわ。父には、私以外の王位継承者など要りませんもの」
アロイスはそばにあったレースのストールをそっとアリスの肩にかけてやった。
「アーサーもですか?」
口元にかすかな笑みを浮かべてアリスはストールを巻き付けた。
「ええ。男子の後継ぎは特にだめ」
 サマルトリアの王女アリスは、生まれから一度も城を出たことがない。この私室から出ることさえめったにない。病的に色白で透き通るような肌と金の髪の持ち主。だが、彼女の野心は大陸一だった。
「アロイス様、遠慮なく兄にメガンテを使わせて下さいませね。で、アロイス様は無事にお帰りになって下さい」
彼女の外見や肉体のか弱さと、神経のずぶとさのギャップが面白くて、いつのまにかアロイスはサマルトリアを訪れると必ずアリスを訪ねるようになっていた。
「ぼくの無事を望んでいただけるとは光栄です」
うふふっと乙女らしい笑いをアリスはもらした。
「だって、アロイス様が戻ってこないと、ローレシアへの足がかりがなくなってしまいますわ」
アロイスは笑い返した。
「アーサーを排してあなたがサマルトリアの女王になるのでしょう。そのうえまだローレシアも御入り用ですか?」
「父はきっと私の即位に反対しますわ。そうなったら父もいりません」
あっさりとアリスは言った。
「いく人か、家臣に私のいきのかかった者がいますけれど、あいにく力仕事にはむきません。アロイス様のお力を借りたいのですわ」
「剣でサマルトリア王を脅せ、とおっしゃるのですか?」
アロイスは苦笑した。
「勇者をやってるとなかなかまわってこない役回りですね」
「気が進まないとおっしゃるなら、薬の力を借りましょう。ベラドンナでもカンタレラでも」
物騒なことをさらっと言ってアリスは天使のような微笑みを見せた。
 実の兄でも父でも邪魔になれば排除する、とアリスは言う。おそらく実行するだろう。そしてアリスは、アロイスがローレシア王となったら必ず外交ルートで二国の合併と婚姻を提案してくる。王妃としてローレシア入りし、家臣たちを掌握し、やがて邪魔になった夫をあっさり始末してしまうだろう。
「アロイス様には毒薬など使いませんことよ?」
心を読んだようにアリスは言った。
「命を取らないで排除する方法はいくつもありますもの」
彼女はやってのける。華奢な身体と鋼鉄の意志を持ったこのメスのドラゴンは。
「やれやれ。ハーゴンがかわいく見えてきました」
くすくすとアリスは笑った。
「こんな身体に生まれついていなかったら、私、旅に出たかったですわ。勇者アロイスさまについてハーゴンと闘いたかった。ロトの末裔なのに、私だけお城においてけぼりなんてね」
口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。
「それとも私、本当はロトの末裔じゃないのかしら。こんなに自分勝手だし、それに、魔力もないし」
ロト三国の王家の子たちは、ムーンブルグのアナベルとサマルトリアのアーサーが強い魔力を受け継いでいる。だがローレシアのアロイスと、そしてサマルトリアのアリスはMP0だった。アリスは、だが、MPがないことを問題にされたことさえなかった。戦闘そのものが論外なほど虚弱だったのだ。
 アロイスはレースのストールの上からそっとアリスの肩を抱いた。
「魔力の有無は何ひとつ証明していない。ぼくが証人です」
風邪をひいただけで生死をさまよう、病室に閉じ込められた哀れなドラゴン。彼女が懸命に生き急ぐありさまを、息を詰めるようにしてアロイスは見守っていた。
「これを」
アロイスはアリスの手に、メダル状のものを握らせた。
「何かしら?綺麗」
アリスの手のひらから、はみだすほどの大きさがあった。目の覚めるような青の地に、デフォルメした金の霊鳥が描かれていた。
「ローレシア城の宝箱から見つけてきました。伝説では精霊ルビス様より勇者ロトに賜った“聖なる守り”、すなわちロトの紋章です」
 アリスの手の上でメダルの中央の赤い宝石がうっすらと色を増し、きらりと輝いた。
「麗しのアリス姫、あなたはぼくが知る中で一番強欲な女ですが、間違いなく勇者の末裔、ロトの一族です」
アリスは手の中の紋章をそっと両手で捧げていた。
「……こんなことで、私の性格が治ると思わないでくださいまし」
ちょっと声が震えていた。
「私は今までもこれからも、欲しい物を手に入れるために生きますから」
「どうぞ、どうぞ。アーサーはあっさり死ぬほど弱くない。もっとしたたかですよ。そう言う意味ではぼくもね」
少し風が冷たくなってきた。アロイスは部屋の窓を閉めた。
「もうお暇します。ひと晩回復を取ったら、またクエストを続行します」
ストールにくるまったままアリスは見上げた。
「なら私は、お兄様とアロイス様をなきものにする計画を練り直しておきますわ」
その手からアロイスは聖なる守りを受け取った。
「はい、がんばって。美しい淑女には、殺しが似合いますね」
美しい淑女(ベッラ・ドンナ)、アリスは艶やかに微笑んだ。