パルミドの決闘

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第18回) by tonnbo_trumpet

 パルミドの酒場は、お世辞にも上品という言葉が似合わない。ここへ来るのは上質な空間で酒の味と香りを楽しもうという粋人ではなく、ひたすら酔えればいいという酔っ払いばかりなのだ。
 カウンターもテーブルもしみだらけ。開店以来ほぼ毎日あった喧嘩沙汰のために調度備品で傷ついていないものはないと言ってよい。殺伐とした雰囲気の中でケンカ腰の客が酒をよこせと怒鳴ると、無愛想な店主が親の敵にふるまうかのようににらみながらグラスを滑らせてよこすような店だった。
 が、その夜の雰囲気は単に殺伐という段階を越えていた。
「おい姉ちゃん。粋がるのもかわいいが、ほどほどにしとけよ」
険悪な表情で荒くれが言った。
 それは体格のいい男だった。ほぼむき出しの上半身はがっしりとしていて、筋肉の鎧で覆われている。黒いズボンにベルトを締めているが、胸は二本の太い革帯をみぞおちのあたりで交差させて金属のリングで留めているだけだった。
 荒くれの周りには似たような雰囲気の、すなわち口を利くより早く拳が出るような、脳みそまで筋肉でできている類の男たちが集まっていた。
「誰があんたみたいな格下相手に粋がるもんかい」
姉ちゃんと呼ばれたのは若い女だった。上背のあるスタイルのいい美人だった。黒髪を頭頂部で結い、長い綺麗な足を巻きスカートに隠している。そのかわり上半身は赤い胸当てだけだった。
 荒くれは鼻の下をのばして彼女の足を観察していた。
「おまえ、名前何つったっけ?ゲラゲラだったか、ああ?」
きっと女が睨みつけた。
「ゲルダ姐さん」
女の後ろに固まっていた酒場の客の一人が小声で話しかけた。
「あいつ、やばいよ。こないだベルガラックから流れてきたやつなんだけど、オッセさんが挨拶してやろうとしたら、逆にたたきのめされたって」
「なんだって……?」
知り合いの名を聞いてゲルダは紅の唇をぎりりと噛んだ。
 ゲルダの周りに子分はいなかった。パルミド育ちのゲルダが、幼いころから知っている女たちと久しぶりに宴会をやろうとしたときに、酒場で傲慢にも騒いでいるよそ者とでくわし、たちまちにらみ合いになったのである。
「姐さん、こらえて。今、南のアジトへ使いを出してるから」
「くやしいけど、あたしらじゃ戦力にならないし」
女たちがささやいた。
 それが聞こえているかのようにベルガラックの男はにやにやとゲルダ達を眺めていた。
「ぴーちくぱーちく何やってんだ。御託はいいから手をついてあやまりな。悪うございましたと言えたら許してやらないでもねえからよ」
くそっ、とゲルダは口走った。
「や、や、もったいないぜ!」
調子に乗ったパルミドのくず男どもがはやしたてた。
「後ろのお姉ちゃんたちもそれなりじゃねえか」
完全に獲物を見る目つきでゲルダと後ろの女たちを眺めまわした。
 がたっと音を立ててゲルダが前に出た。
「あたしもパルミドで一家を構えた女だ。やすやすと降参するわけにゃいかないよ」
荒くれは腕を組んで仁王立ちになり、汚い歯を見せて笑い声をあげた。
「へー、じゃあ、どうする気だ」
後ろで動揺する女たちをかばい、ゲルダは言った。
「どうするもこうするも、ここは酒場だろうが。呑み比べと行こうじゃないか」
かすかに雰囲気が変わりかけていた。
「んな面倒くさいことしないでも、よりどりみどりなのに……」
取り巻きの一人が言いかけた。荒くれより早くゲルダが言い放った。
「なんだい、ベルガラックから流れて来たって聞いたが、あっちじゃミルクで宴会やんのかい」
「おい、ふざけんな!」
荒くれが言いかけるのをゲルダが冷笑で遮った。
「およしよ。女に酒を挑まれていやがるような男が粋がってどうすんのさ」
くそっと荒くれは吼えた。
「ようし、その勝負乗った!おまえら、ごちゃごちゃ言うんじゃねえぞ!おまえ、ゲルダだったな?おまえが先に潰れたら、アジト、お宝、子分、それにお前自身も一切合財おれのもんだからな、それでいいんだな?」
ゲルダは鼻で笑った。
「やれるもんならやってみな!」
 おそるおそるケンカを見ていた店の主人が、ようやくカウンターの中から顔を出した。
「酒代は負けた方が払うってことでいいんだな?」
ごちゃごちゃ言わずに酒持ってこいっ!という声が両陣営から降り注いだ。

 酒場のドアが開いた。客が一人中に入り、とたんに顔をしかめた。
「ひでぇ臭いだな」
ころころ肥えた身体、顔の真ん中にでんとすわった団子鼻の、凄みより愛嬌の勝った山賊男だった。
「あ、ヤンガスさん、ゲルダ姐さんが」
ひとりが話しかけた。
「町の入口で聞いたよ。あいつ、呑み比べだって?」
なんだ、と話しかけた男が言った。
「聞いてんなら早く来て下さいよ」
「って言われてもなあ」
ニヤニヤ笑うヤンガスの視線の先には、木の椅子の背にもたれて足を組み、ふんぞり返る女親分の姿があった。
「ゲルダの一家は、ねっから酒好きでな。一家全員めちゃくちゃ呑めるんだよ。ゲルダにいたっては、ほとんど雌のうわばみだ」
「おいなんか言ったか、そこの贅肉野郎」
酔って半眼になっているゲルダが突然そう言った。
「どこほっつき歩いていやがったんだ」
「仕事だよ。しかたねえだろ。それにしてもまあ、よく潰したもんだな」
パルミドの酒場に充満する酒臭さは、死屍累々と横たわる男どもが発していた。アルコール度数の高い酒を次から次へとグラスで煽った結果だった。
「しょうがないじゃないか。この野郎、せこい手で来やがったんだよ。先にあたしと子分の勝負をやらせて、あたしが酔ったところで自分が出るつもりだったんだ」
子分全員返り討ちに討ち取ったあげく、親玉、ベルガラックの荒くれと闘飲を始めた。今は酔いつぶれて酒場の床によこたわっている荒くれの脇腹をゲルダはつま先でけり上げた。
「口ほどにもないよ、こいつ。たったこんだけで、げぇげぇしやがった」
たったこんだけ、というのはカウンターの脇につみあげられた酒樽の山のことだった。
「ヤンガスか。いいところへ来た。この姐さん連れて帰ってくれ。頼む」
酒場の主人が涙目で手を合わせてきた。
「ゲルダ、帰るぞ」
「えらそうに言うんじゃないよ」
言いながら立ち上がった。長身がかすかにふらついた。
「アジトまで送ってやるって言ってんだよ。しょうがねえな、ほら、おぶされ。お前一人くらい運べるから」
「うるせぇ」
ぶつぶつ言いながら、それでも酔って赤くなった顔でなんとなく幸せそうに眼を閉じ、ゲルダは幼馴染の背に覆いかぶさった。
「一人で大丈夫か?俺も手伝うから」
と言いかけた男を、酒場に居合わせた全員が止めた。
「バカ野郎、よけいなことするとあとでゲルダ姐さんにブッ飛ばされるぞ」
しーっと互いに言いあい、でこぼこカップルが酒場を出ていくのをみんな神妙に見送ったのだった。