金と力はない男

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第30回) by tonnbo_trumpet

 街道の脇に馬車が停まっていた。正確には馬を外して幌馬車だけが置いてきぼりになっていた。馬車の前に若い男女、髪をツインテールにした赤い服の少女とマイエラ修道院の聖堂騎士団の制服を来た若者が疲労困憊したようすでもたれかかっていた。
「なんで、私まで馬車を押さなきゃならないのよっ」
赤い服の少女、ゼシカはへとへとになっていた。
「悪ぃ、悪ぃ、オレは非力なもんでね。馬姫様をはずしちまったら、馬車を寄せることさえできないんだ」
 ついさきほど、ミーティアの蹄鉄が壊れてしまった。しかたなく馬車からはずして、トロデとエルトがつきそって慎重に歩かせながら近くの村の鍛冶屋へ連れていくことになった。通行の迷惑になる重い馬車を街道の脇へ寄せよう、という時になって、ククール一人では馬車が動かない。しかたなくゼシカが手を貸す羽目になった。
「自慢そうに言うんじゃないわよ。よりによってこんなときにヤンガスがいないなんて」
先日オークニス郊外で氷の塊と化したヤンガスは、ゲルダの家に預けたばかりである。
「ヤンガスとは違うのさ。昔から言うだろ?『色男、金と力はなかりけり』って」
「あー、あんたってほんとうざいわ」
「おほめの言葉を」
どうも、と続けようとしてククールが沈黙した。
「何か聞こえないか?」
エルトたちが行ったのと逆方向から、人声が聞こえてきた。かなりの大集団がこちらへやってくるようだった。
「お待ちください、お坊様」
と甲高い声が聞こえた。
「ええい、こんなところにいられるか!」
野太い声がしたかと思うと、濃紺の僧服を身に付けた小太りの中年男がどすどすと歩いて姿を現した。
「お待ちください、どうか、お祓いを」
そう言ったのは品のいい老女だった。必死の面持ちで僧に取りすがっていた。
「拙僧の助けが必要なら、それなりのお布施がいると言ったはずだ!それが出せないと言うのなら拙僧は必要とされるところへ行くまで!放して下され」
「このお金は差し上げますから」
老女の哀願を僧は遮り、唾を飛ばしてまくしたてた。
「勘違いしては困る。お布施は当然。そのほかに特別の宿舎、三度の食事、専用の馬車、世話係がいると」
「それは、私どもには」
「そのていどと思われては拙僧の名にかかわる!放して下され!」
 ははっとククールが笑い声をあげた。
「名前にかかわるって、あんたどれほど御大層な名前を持ってんだ?」
いきなり言われて僧は驚いてこちらを見た。
「なんだ、おまえは」
ククールは鼻で笑った。
「オレは聖堂騎士団のククール」
僧はじろじろと眺めまわした。
「赤い制服の聖堂騎士など見たことないぞ」
「こっちもあんたのツラに見覚えがない。さてはもぐりだな」
おろおろしている老女の後ろから老若男女七~八名がやってきて二人の言い合いを眺めている。先頭の老女にククールは話しかけた。
「奥様、何を祓ってほしいのか知りませんが、こいつは偽物です。無駄金使うことはありませんよ」
きさま!と僧が叫んだ。
「わしは本物だ!ちゃんとマイエラ修道院長の発行した免許を持っているのだ!」
ククールが真顔になった。
「あの野郎、僧侶の免許、売り出してるのか。バカ野郎が」
彼の言う野郎というのが、異母兄のマルチェロだということをゼシカは悟った。
「あの、私たちは本当に困っておりますの」
若いころは美人だっただろうと思われる老女がそう言った。
「村の中に事故や病気が絶えないのでございます。かわいい孫までが辛い目に会いまして。そこへこの方がお見えになって、うちの孫に何かが憑いているのが見えるとおっしゃって」
老女のすぐ後ろには若い母親と10歳前後の少女が隠れるように立っていた。少女は自分の体を両腕で抱きしめ、痛むのか時々うめいていた。
「憑きもの?んなわけあるか、このにわか坊主」
「なんだとう!みなさん、この若造を信じてはいけません!このままでは村に恐ろしい災害が起こります」
でも、と後から来た若者がつぶやいた。
「マイエラのククールって聞いたことがあるぞ。確かおん……」
にや、とククールが笑った。
「女たらし、だろ?どんな噂か見当つくな。おい、にわか坊主、見逃してやるからさっさとケツまくって帰んな」
「ふざけるなっ、わしはきさまなど知らんぞ」
「『拙僧』はどうした」
とククールは笑った。
「あんたがオレを知らないのは、オレがマイエラを出て行ったあとにあんたが僧侶の免許を買ったからさ」
ざわざわと村の人々が騒ぎ出した。
「頭に来たぞ!こうなったら……」
にわか僧はぐるぐると首を回して、それから見下したように笑った。
「おい、ククールとやら、ならば勝負だ。ここでこの小娘にかかった呪いをといてみろ!」
「あんたはできないんだな?それから坊主になり済ます気なら、正式な呼びかけ方を覚えな。『兄弟ククール』だ」
くすっとゼシカが笑った。つられて村人のなかに失笑が広がった。かっとしたにわか僧は、老女の孫娘をククールの前へ乱暴に引きずり出した。
「さあ、祓え!」
「はいよ」
「いいのか?できませんでしたじゃすまんぞ」
「女たらしだと思って見くびってるだろ。オレは金も力もないが、お祈りだけはマイエラ仕込みなんだ」
ククールは手袋をはずし、人差し指で少女の額に触れた。もう片方の手をもっともらしく自分の胸に当てた。
「偉大なるかな、母なる女神よ、我ら人の子を憐れみたまえ。愚かなる者も卑しき者も、等しくその優しき御手に抱きとめ、その慈愛、降る雨の如く……」
 ときどき、まったく珍しいほど時々、ククールは僧侶らしいことをやることがある。もともと姿のいい男だが、すらりと立って真顔でこんなふうに祈りの言葉を唱えたりしていると、もしかしてホンモノなのかしらんとゼシカは思うことがあるのだ。
 ククールの指先に光が生まれた。少女の額が一瞬明るく照らされ、すぐに消えた。消えた瞬間、孫娘は驚きに目を見開いた。
「あっ、えっ?」
「痛くなくなったろ?」
下心ありありの顔で笑いかけるのは、いつものククールだった。
「きみ、おばあさまもお母様も美人だね。あと5,6年したら声をかけにいくからよろしくね」
少女はぱっと赤くなり、走って祖母の後ろへ隠れた。
「おう、勝負あったな?」
くそっ、とにわか僧侶は口走った。
「覚えてろよ、若造!」
「あんた、坊さん向いてないぜ?」
あわてて駆け去る男の背にククールは忠告まがいのからかいを投げつけた。
「あの」
老女が金袋を捧げて話しかけた。
「ありがとうございました、マイエラのククールさま。どうか、これを。お布施でございます」
ククールは虚をつかれた顔になった。
「あ、いえ、その、悩める者を救うのは神のわざ、オレはその手伝いにすぎません。どうか、お納めください」
あらまあ、とゼシカは横から眺めていた。
 押し問答の末、やっと老女はあきらめ、村人もまとまって村へ帰っていった。
「いいの、お布施?」
ククールは手を振った。
「いいって。ホイミ一回かけてやっただけだからな」
「え、そうなの?」
元通り手袋をはめながらあっさりとククールは言った。
「あのくらいの年の子供は骨がいきなり育って、病気じゃなくても痛むのさ。マイエラにいたとき、ときどき金持ちに呼ばれて子供の“憑きもの落とし”をやったことがあってね」
へえ、とゼシカはつぶやいた。目の前に居るのがプロの僧侶でもあることをやっと実感した。にや、とククールは笑い、肩をすくめた。
「第一、色男が小金で喜んじゃこけんにかかわるだろ?」
ちょっと!とゼシカは叫んだ。
「あんた、それが言いたいためだけにお布施断ったわね?!」
馬車によりかかり、両手を胸の前で組んで空を見上げ、ははっとククールは笑った。