ヤンガス、漢を上げる

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第28回) by tonnbo_trumpet

 女盗賊ゲルダは、気に入りの椅子にゆったりと背を沈めて暖炉の火が燃えるのを眺めていた。先日の仕事はなかなかいい稼ぎになった。懐のあたたかいゲルダは子分どもを指図して冬支度をさせた。薪も食料もたっぷりと買い込み、なおかつゴールド金貨も大量に蓄えてある。あとで酒でももってこさせようか、とゲルダは楽しく考えていた。
「おい、おい、勝手に入るんじゃねえ……って、なんだそりゃ!」
門番に使っている子分の声だった。誰か来たらしい。ふと幼馴染の顔を思い浮かべ、ゲルダはそんな自分に苦笑した。
「おまえらいつだか馬のことで騒いだやつらだな?そのバケモノまだ連れて歩いてんのかよ。ちょ、待て、そんなもん置いてかれたって困るんだよ、おう、人の話を聞けや!おい待て、待って下さいっ……わああっどうすりゃいいんだ、ゲルダさまーっ」
「ったく、うるさいね!」
言うと同時に扉が開いた。
「あいつら、こんなもん置いていきました。どうしましょう!」
こんなものというのは、人の背丈ほどもある大きな氷の塊だった。幅の方も大人一人分、いや、一人分半。透明な氷の中に閉じ込められているのは、たったいまゲルダが思い浮かべていた幼馴染、ヤンガスだった。
「こっちへ持っといで!」
ゲルダは叫んだ。
「早く、暖炉のそばへ!」

 氷の中から白目を剥いたヤンガスが全部出てきたのは、日も暮れた後だった。びしょびしょの服を脱ぎ、巨大バスタオルにくるまったヤンガスは強い酒を一杯あおってやっと人心地がついた顔になった。
「助かったでがす……」
 ゲルダはふん、と鼻を鳴らした。
「いったい何をしでかしたんだい。あんたのこったから、なにかとんでもないヘマやらかしんだろう」
「そうぽんぽん言うなって。自分でも言うのもなんだがオレはがんばったんだ」
「がんばったあげくに大事なお仲間から見捨てられてんじゃないか。みっともないねえ。何があったか話してみな」
ヤンガスは手にしたマグからもう一口酒をすすった。
「オレたちはちょうど、オークニスへ向かってたんだ。何度も通った道だから正直油断してた。兄貴の好きな寄り道と宝箱探しをやって、いつもと違う道を通ってたらいきなり道が細くなりやがった。雪で見えなかったんだな。道はふきさらしの崖で幅は馬車一台やっと通れるかどうかって狭さだった。悪いことにふぶいてきやがった。ヌーク草は品切れ、みんなブルブルしてたんだが、後ずさりするよりも前へ向かった方が安全だってトロデのおっさんが判断してオレたちは先へ進んだ。
 兄貴はおろおろしてた。馬姫さまの体に毛布をかけてやって、その上から一生懸命さすってた。人間は厚着できるが馬はそうはいかねえからな。悪い時は悪いことが重なるモンで、蹄が道の端を踏み壊してがたっと滑った。
『ミーティア、これ、しっかりせい!今助けてやる!』
おっさんはわめいた。物も言わずに兄貴は膝で雪を蹴散らして駆けだして、前足を支えに行った。
『エルト、冷静に!手伝ってくれゼシカ、幌車を外すぞ。軽い方がいい』
『わかった!』
かじかんだ手でククールもゼシカの姉ちゃんも一生懸命馬具を外した。馬姫様がそろそろと動いてようやく落っこちた前足をひっこめようとした時、突風が吹いた。
『わあっ』
一瞬、マジで馬車が浮いた。外しきれなかった幌車が道から空中へ飛び出して、その重みで馬姫様を引きずった。
『姫!』
兄貴が抱きとめようとして濡れた馬肌に手が滑った。
 オレはみんなの一番後ろにいた。足場が狭いから手伝おうにも手が届かなかったんだ。けど、オレのいたところから、どうすればいいかがよくわかった。そっからはオレの独壇場よ。三歩下がって息を大きく吸い込んで助走をつけた。
『兄貴ーっ、どくでがす!』
まるまる肥えたこの腹と皮下脂肪にモノを言わせて雪の上をヘッドスライディングの要領で飛び込んだのよ。浮き上がった幌車の車輪を山側へふっとばしてな」
ゲルダは目を見開いて聞いていた。
「そんなことしたら、あんた、道から空中へとびだしちまうじゃないか」
おうよ、とヤンガスは妙に威勢よくうなずいた。
「最初からそのつもりだったさ。最後に振り向いてみたら、馬姫さまも馬車も無事だった。思わずにやりとして、オレは指を二本そろえてデコへつけて挨拶した。あとはもう、真っ白……」
「あんた、バカだねぇ」
ゲルダはそう言わずにはいられなかった。
「バカでけっこう。利口な生き方ができるほど器用じゃねえよ。で、さっきこれを内ふところに見つけたのさ。へへへ、兄貴の字だ。『ありがとう、ヤンガス。よく休んでね。あとで迎えに行くから』だってよ。義理堅ぇなあ、うちの兄貴は」
そういうことかい、とゲルダは思った。あのときビーナスの涙を取ってきた黄色い若いのは、どうやらヤンガスのために気をきかせたらしいのだ。
「それで、あたしンとこに」
「なんか言ったか?」
そのホケホケとした笑顔に、ゲルダはむかっぱらをたてた。
「じゃ、何かい。あんた、仲間をオン出されたわけじゃないのかい!」
「縁起でもねえ、そんなことあるわけねーだろうが」
「くそっ、クビになった、ってんなら、しょうがないからあたしが拾ってやろうかと思ってたのに、ちくしょう!」
「さっきから何怒ってんだ?」
「あーっ、むかつく!」
 あの黄色いのになんとなく気を遣われたらしいことも、その気遣いに一切気付いてないらしいヤンガスの鈍感さにもゲルダは本当に腹が立っていた。
「これが呑まずにいられるかってんだ。子分ども、酒だ、酒!いつまでそこに座りこんでるんだよ、この贅肉ダルマ。居候しようってんなら、酌のひとつもしちゃあどうだい」
「おまえと差し向かいか。悪くねえな」
ガキのころと同じ、無邪気な笑顔でヤンガスは笑った。