攻撃の要

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第22回) by tonnbo_trumpet

 巨岩に穿たれた黒い大きな穴として、ダンジョンの入り口はその姿を見せていた。見上げれば断崖絶壁、周辺は不毛の荒野である。
「どうもイヤな感じがする」
とライアはつぶやいた。
「どうしても入らなくちゃだめかなあ?」
厚地のマントで覆ったライアの背を、ぱし、と音を立ててソフィアがたたいた。
「だめよ、だめだめ」
「でも」
「ダイジョーブだって!いざとなったらベホマしてあげるわよ。なんならザオラルでも」
ソフィアは女賢者だった。赤い魔石をはめたサークレット、肩を露わにした白のミニドレス、みずあさぎのマントの颯爽としたスタイルである。アクセサリはインテリ眼鏡。賢さは高いのだが元遊び人なだけにどうにも楽観的で口調も軽かった。
「縁起の悪いこと、言わないでよ……」
血圧が低く寒がりのライアはフード付のマントの襟元をかき寄せた。ちなみにライアも眼鏡をしているが、彼女は本物の近視だった。
 荒野から見上げる空は不穏なようすだった。暗雲が集まってきている。風は鋭さを増し、今にも雨が降り出しそうに見えた。
「引き返すとしたって雨にやられる可能性が高い。雨宿りのつもりで入ってみることも検討すべき状態だと言えなくもない」
武闘家ヒエンはつぶやくようにそう言った。背の高い黒髪の謙虚な若者だが、性格を反映して言いたいことがわかりにくいきらいがある。が、ストイックな男で今も緑の武闘着の上には何も身につけていない。ねばり強く強風に耐えていた。
「濡れるのも嫌だけど、このダンジョンのなか、じめじめして不潔っぽいんだもの。虫とかいそうじゃない?」
ライアはまだ渋っていた。
「このあいだみたいに、入ったとたんに蜘蛛の巣が顔にかかったらやだし」
とたんにははっと勇者アクスが笑った。
「あれは傑作だったー」
「だよねーっ」
ソフィアが同調した。
「ライアがきゃって言って、振り向いたらだだーって一人でダンジョンの入り口まで下がってるんだもん。何が起きたかと思ったら、クモの巣!」
「ライアのセルフリレミトだよな」
「もうっ、ほんとに気絶するかと思ったのに」
ライアはうつむいて、だが憤然と言った。
「あーそこまで、そこまで。おまえ、ぼやき始めると長いしくどいからな。まーいつものようになるだろ?大丈夫、大丈夫」
アクスは勇者歴三年ほどになる。今のメンバーはアリアハンを出発して以来の固定メンバーで、それぞれの性格は熟知していた。
「なんで決めつけるのよ……」
「なんでと言われても。ほら、降ってきた。ダンジョン入るぞ?」
ぶすっとした顔でライアはしぶしぶパーティのあとについてきた。

 洞窟トロルの群れは侵入者を見るとやみくもに襲ってきた。それはまあ、彼らの本能だし、襲ってきたことを非難するつもりはアクスにはなかった。ただし、汚いよだれを口元に垂らし、生臭い息を吐き、げへげへとしか言いようのない下品な笑い声をあげて襲ってきたこと……あまつさえ、パーティの先手を取っていきなり攻撃してきたことは残念だった。
「おまえらが残念なんだぞ?言っておくが」
いつもと同じくあまり感情を露わにしない冷静な口調だったが、トロルの棍棒でアクスはHPを削られていた。別のトロルは痛恨の一撃でヒエンをほとんど潰していた。ヒエンはダンジョンに膝をつき、荒い息をしていた。残りHP、ひと桁である。ソフィアは落ち着いてパーティを回復させていた。
 一人、ライアだけは違った。
「いい度胸じゃない……」
低い声で言うと、フード付マントを自らむしり取った。
 女戦士ライアは、臆病に近いほど慎重で潔癖性でグチり屋で寒がりの近眼だが、剣を取ってはアクスの知る限り天下無双の腕前だった。
 パーティのうしろからついてきたので、トロルと出くわしたときにライアは傷を負わなかった。両足を肩幅に開き、やや前屈みになって重厚な剣を鞘から抜いた。重さのあまり、剣の切っ先はダンジョンの床に触れている。右手で柄を握り、左手のひらを添えて柄を包み込むようにする。その上にトロルが棍棒を振りかざした。
「おうりゃぁっ」
真下からあがる剣がトロルの出っ張った下腹へまっすぐ突き入った。体液が飛沫をあげた。
「汚い、汚い、汚い!」
トロルの断末魔よりもライアの叫び声のほうがでかい。ライアの鎧の肩当て胸当て、兜が燃えるように赤く輝く。ふだんから豊かなロールした黒髪がたてがみのように逆立った。
「下品、下品、下品!」
ぶん、と音をたてて剣の切っ先が舞った。トロルの腕が棍棒ごと切り捨てられた。生き残ったトロルたちが怯えてあとずさりした。
「不潔、不潔、不潔!」
「そりゃ、モンスターだもんな」
アクスは冷静に一人ごちた。つっこみなどもう耳に入らない。ライアの目が据わっていた。
「一匹も逃がさない!そこへ直れ。ぶった斬る!」
ライアの眼鏡に、蒼ざめた顔で震えるトロルが映りこんでいる。全回復してもらったヒエンがヘルプに入った。
「残念だが、おまえたちの寿命はここまでと了解していただきたい」
わかりにくいヒエンに代わって、率直にライアが吼えた。
「死ねっ」
 ソフィアがアクスにささやいた。
「やっぱり、いつもみたいになったね」
「だろ?」
いたって戦士らしからぬ女戦士ライアはアリアハンを出てから今まで、こんなわけで常に攻撃の要である。