PHYS.308

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第19回) by tonnbo_trumpet

 視界いっぱいに目玉が回転している。その向こうには、真っ赤な肌の肥満体をぴちぴちした黒いタイツに押し込んだ、角と羽根のあるモンスター、デーモンレスラーたちがいやらしい笑顔を満面に浮かべて笑っていた。
 頭が重い。それ以上に瞼が重い。
「くそ、ラリホーか」
抵抗しなくては。勇者フォースはそう思ったが、腕さえ上がらない。体が動かないのだ。必死で唇を噛んで痛みで目を覚まそうとしたが、歯の力さえ長くこめていられなかった。
 ぐらっと体が揺らめきダンジョンの床が近づいた。倒れる、そう思った瞬間だった。何かがたんっと音を立てて肩の後ろをたたいた。
「起きてくださいっ」
ぎくっとフォースは震えた。
 とたんに周囲の情景が鮮明になった。生あたたかくて不快な空気を新鮮な風が一掃した。目の前には、あわてふためいたデーモンレスラーたち。お手玉にしていた目玉がまたぐるぐる回りだした。もう一度眠らせるつもりのようだった。
「勇者さん、ザメハを!」
そう言ったのはクリフトだった。さきほど自分の肩を剣の峰でたたいて起こしてくれたのも彼のようだった。
「わかった。ザメハ!」
アリーナとマーニャが文字通り跳ね起きた。
「このっ」
アリーナが突撃した。強烈なキックがぶよぶよの腹へ命中した。
「倍返しくらえ!」
イオナズンがさく裂した。
「クリフト、そっちの弱ったやつ頼む!おれはあっち!」
男二人は手分けしてモンスターのHPを削ぎにかかった。
 ようやく片づけたあと、四人は肩で息をしていた。
「ちょっとやばかった」
ふだんめったにそう言うことを言わないフォースが、珍しく弱気だった。
「ザメハ使えるのおれだけなのに、寝ちまった……」
マーニャは首をすくめた。
「しょうがないわよー。確率ってやつ?何回かに一回はひっかかるようにできてんのよ」
クリフトはフォースに、おもむろに回復魔法をかけた。
「ども」
「いえいえ。さっき剣でたたいちゃいましたから」
殺す気はみじんもなかったしパーティアタックとは言え、クリフトは勇者のHPを削ってしまったのだ。
「気にすんな。あのとき起こしてくれなかったら、まじやばかった」
アリーナが笑顔になった。
「あ、クリフトが起こしたの?気が効くわね。グッジョブ!」
ぱっとクリフトの顔が輝いた。

 青い魔石が元の光を取り戻すように心をこめてミネアは拭き上げた。魔石は飾り鋲の頭につけてあるもので、鋲は神聖金属オリハルコンのプレートをつなぎとめている。プレートから汚れを落とし、柔らかい布できれいにふいてやれば、それは新品の輝きを取り戻した。
 はぐれメタルの鎧。守備力が高く、極めて高価な防具だが、勇者の発案で回復・蘇生役のメンバーが主に装備している。つまりミネアとクリフトだった。
 クリフトは少し離れたところに腰を掛け、鎧の肩当ての手入れをしていた。肩当てには鋭い突起がついていて、クリフトは注意しながら扱っていた。
「いざってときに蘇生役が死んでちゃ笑うに笑えないからしかたないけど」
とクリフトは言う。
「なんか申し訳ないですね、これ」
ほかに装備できるメンバーも多いのに、ほぼミネア達が独占していることを言っているのだった。
「せめてお手入れしておきましょう」
とミネアは答えた。
 るん、るん、るん、とクリフトは鼻歌交じりに鎧を磨いている。事の詳細はそのときいっしょにいたマーニャからミネアは聞いていた。アリーナからGJをもらったのがとにかくうれしいようだった。
「眠らされる状況って怖いですもんね。今日はいいお仕事をされましたわ、クリフトさん」
いやあ、その、とまたクリフトは照れた。
「でも、その、今日はなんだか私にとって特別な日になりました。神官で回復魔法使いですが、戦闘は呪文だけじゃないってそう思いました」
頬を染めて話すクリフトは初々しかった。
「魔法がなかったら道具を使えばいい。賢者の石があるし、そういう意味では薬草だってある。ほしのかけらは混乱した時に役立つし、誰かが眠らされたらパーティアタックすればいい」
そうですよね、とミネアは言った。
「自分にできることをすればいいんだわ」
「そうです。地味ですが、こんな積み重ねがパーティに貢献するんですよ、きっと」
と、力強くクリフトはうなずいた。

 ゾンビソルジャーの集団が次々と槍を突き出した。彼らの攻撃や毒やマヒの効果があり、ひどくやっかいだった。
「毒でもマヒでも対応できるわ!」
キアリーもキアリクも習得しているミネアは心の中でそうつぶやいた。が、目の前でピサロの長身が、ぐらりと揺れた。
「ううっ」
隣でライアンが膝をついた。
「やべっ」
平手で自分の頬を勇者は叩いたが、もう瞼は開けられないようだった。
「眠り攻撃!」
意識があるのは自分だけだとミネアは悟った。
 クリフトなら、後の三人が起きるまでベホマラーでしのげる。だが、自分は……。ミネアは頭を振った。自分にもやれることがある。
「フォースさん、起きて!」
声だけではやはりダメだった。ミネアは手を出した。
「起きてください!」
びしっとパーティアタックがヒットした。
 ミネアがひとつ、忘れていることがあった。
 クリフトの今の“ちから”は52、はぐれメタルの剣を装備して+130。合計して182となる。ミネアが持っているのはグリンガムの鞭で+135、ただし基礎となる“ちから”は、実に114。合計して249。
 横合いから攻撃された勇者はいきなり吹っ飛んだ。地べたへ激突してからさらに滑っていく。
「あああっ、勇者さん!?」
確かに勇者の目は覚めたようだが、息も絶え絶えだった。
 どうしよう、頼みの綱を、というか、勇者を、もしかして、私、殺っちゃった……?さきほどからの戦闘で、けっこう勇者のHP、減ってたんじゃない?
 思わず顔がひきつった。こうなったらもう、やけくそ、と覚悟を決めたそのとき、ゾンビソルジャーの一人がくるっと踵を返して逃げだした。見事な集団行動で、残りのゾンビもその後を追った。
 神経の高ぶった末のミネアのひきつり笑顔は、ゾンビたちにとってひどく不気味に見えたらしい。
 その日ミネアは、物理ザメハに続いて物理ニフラムにも成功したのだった。