RDB・CR

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第18回) by tonnbo_trumpet

 ピリリリリリ……と空気をふるわせて呼子笛の音が鳴った。
「やべっ」
小さくそうつぶやいて、勇者フォースは立ち止まった。
 明るいグレーのそろいの服をつけた係官たちが一斉に集まってきた。みな、呼子の音を聞いて血相を変えていた。係官は半円を描くようにパーティを取り巻いた。制帽を目深にかぶり、腰の後ろに両手を回して脚を肩幅に開き、梃子でも動かないという決意をみなぎらせていた。
「早まってはなりませんぞ、勇者殿」
そばにいたブライが鋭くささやいた。
「蹴散らせばよかろう」
眉間にたてじわを寄せ、険悪な表情でピサロが言った。
「だめです。我慢してください、ピサロさん」
ミネアが懇願した。
「相手が悪すぎるんです」
ブライは勇者に言った。
「ここで下手な対応をしたら、あとでこちらが困ることになります。わかっておりましょうな?」
「お、おお」
とフォースは言った。
「けど、どうすればいい?」
「わしが受け答えをしますので、とりあえず黙っていていただきますぞ」
「わかった。まかせる」
 取り巻いた係官の中から、ひときわ背が高くがっしりとした男がこちらをじっと見据えてやってきた。
「こちらはRDB保護対策部の検問です。ご協力いただけますか」
言葉は丁寧だが、口調は有無を言わせないものだった。
 ブライが前にでた。
「今日中にエンドールへ行くつもりなんじゃが、多少の時間はありますぞ?」
忙しいのに協力してやるんだぞ、と強調してブライは相手の目を見た。
「おうかがいしますが、そちらの若い男性の装備は、刃の鎧ですね」
いきなり言われてフォースがぎくっとした。
「なんか文句が」
ブライが口を挟んだ。
「通常装備がちょっと、その、ええ、ナニで、その代わりですじゃ」
「ナニというと」
落ち着いてミネアが言った。
「錆を落として、再塗装中です。エンドールの防具職人に預けてあります」
こくこくとフォースがうなずいた。
「ああ、うん。そうだった。さびちまったんだ」
じろ、と係官はフォースをにらんだ。
「失礼ですが、手持ち品を拝見できますか?」
ブライは肩をすくめ、持ち物を取り出した。
「賢者の石、稲妻の杖、満月草、装備品のほかは薬草のたぐいです」
ブライはちら、とピサロの方を見た。
「なぜ私が人間ごときの」
「魔王殿、ここはこらえて!」
ピサロはぎりりと奥歯をかみしめたが、持ち物を取り出した。
「装備品以外はとりたてて何も」
ピサロの持ち物は、ダンジョンの宝箱から出てきたものが多かった。例外は一種類だけ。
「聖水ですね。こんなにたくさん持ち歩く必要があるのですか?」
ピサロはフォースのほうに顎をしゃくって見せた。
「モンスターが落とすのをこやつが拾って、持ちきれなくて私に預けた。それだけだ」
係官はじろじろとピサロを眺めた。
「少なくとも人間のパーティなら聖水を持ち歩くのはふつうではないのか」
係官は不服そうな顔をしていたがとりあえずうなずいた。次は勇者だった。
 フォースもしかたなくポケットを探った。
「地図だろ、鍵だろ、角笛だろ、あとは、あ……」
いきなりフォースの手首を係官がつかんだ。
「これは!おい、来てくれ!」
だだっと数名の部下が駆け寄った。
「こ、これは、時の砂!」
「きさま、まさか」
フォースは詰め寄られて思わず手を振り払った。
「何すんだ、いきなり」
あわててミネアが押さえた。
「勇者さん、落ち着いて」
「あなたも所持品を開示していただきます」
「ええ、どうぞ。やましいことは何もありませんから!」
たんかを切ってミネアは持ち物を広げて見せた。係官の目が光った。
「これは?銀のタロットですね?」
ミネアは胸をそらせた。
「いけないでしょうか?私はプロの占い師です」
「パーティに同行しているのに、占いもするのですか?」
「馬車の中で占いをやってはいけないかしら」
係官はじっとミネアを見つめた。
「戦闘中に使ってはいないでしょうね?」
「え、その、き、今日は使ってません」
係官はさらにミネアに問いただそうとした。そのとき、別の係官が横から小声で話しかけた。上長はしばらく聞いていたが、小さくうなずいた。
「お嬢さん、武器はお持ちですか」
ぎくっとミネアがふるえた。
「……持ってますけど」
「見せていただけますね?」
ミネアは挙動不審ぎみにきょろきょろしたが、ブライは小さく首を振った。ミネアはあきらめて革製の鞘をはらって見せた。
「ほう。毒蛾のナイフですか」
「悪いですかっ?」
とミネアが言った。
「私、回復魔法が得意で武器はめったに使いませんので!」
係官はブライの方を向いた。
「あなたは?」
渋々とブライは自分の武器を見せた。係官たちの顔色が変わった。
「毒針とは!」
こほん、とブライは咳払いをした。
「伝統的な魔法使いの武器ですじゃ。と言ってもほとんど護身用で持ち歩いておりますがな」
「お嬢さんが回復系、長老様が魔法使いとなると、攻撃役はこちらのお二人ですね。武器は?」
フォースとピサロは互いの顔を眺め、お互いにおまえ先に出せ、と顎で言いつけた。が、結局二人同時に見せることになった。
「隼の剣だ。文句あっか」
「魔神の金槌。私は呪われたものでも問題なく装備できるのでな」
二人ともそう言い張った。
 係官の上長は迫力のある低い声で言い放った。
「とうとう尻尾を出したな」
まわりを取り巻く部下たちの視線がフォースたちに突き刺さった。
「聖水と時の砂、さらにこの武器類と刃の鎧。そして銀のタロット」
上長はじろじろとブライとピサロを眺めた。
「さらに貴殿はバイキルトを使われるようですな。そちらはなんとメタル斬りが特技ではないか」
わざとらしく驚きを見せてから、上長はぞっとするようなほほえみを見せた。
「すべてのものがただひとつの事を指し示している」
ざくっと音を立てて部下たちは一歩前にでて包囲を狭めた。
「おまえら、メタル狩りだなっ」
「待たれ!」
ブライが声をあげた。
「何を証拠に!」
「二度斬ることのできる隼の剣!一撃必殺の毒針!会心の一撃に特化した魔神の金槌!そして麻痺効果でモンスターを動けなくさせる毒蛾のナイフ!これ以上の証拠があるかっ」
くそっ、とフォースがつぶやいた。
 短気な勇者を片手で押さえ、ブライは叫んだ。
「そんなもの、証拠にはなりませんぞ!武器はただの武器。装備は偶然以外の何者でもないっ」
「時の砂は」
「それも状況証拠にすぎん!」
「タロットを使って経験値を倍増する気だったのだろう!」
「占い師がタロットを持っていてどこが悪いんじゃ!?」
上長とブライがにらみあった。どちらも口を利かなかった。
 小声でピサロがつぶやいた。
「面倒だ。蹴散らすことができないのなら、ルーラすればよい」
ミネアがしっと言った。
「この人たちはRDB保護対策部なんです。ここはどうでも知らぬ存ぜぬで通さないと、あとから困ることになるんです」
RDB、すなわちレッドデータブック。そのCRとは、クリティカリー・エンデインジャード、遠からず絶滅の危険性が極めて高い危惧種を指し、はぐれメタル以上のメタルスライム系のことだった。
「これから先ずっとメタルキングを狩れないとなったら、どれだけ苦労することか」
ピサロは沈黙した。
「証拠はありませんな?」
ブライが重ねて確認した。上長は苦虫を噛み潰したような顔で黙っていた。が、ついにあきらめたようだった。
「通行を許可する」
部下たちが一斉にざわめいた。
「あれだけグレー、というか、真っ黒に近いのに」
上長は大きくためいきをついた。
「みんな、行こうぜ!」
生き生きとフォースが言った。
「じゃーな、みなさん、お仕事がんばれよっ」
絶滅危惧種を守るという崇高な使命に燃える係官たちは、忌々しげに勇者一行をにらみつけた。

 部下の一人が、あわててやってきた。
「係長、手配書、やっときました!」
でかでかと顔を載せた手配書を何枚も抱えて彼はとんできた。
「あの野郎、ロイヤルメタルハンターですよっ」
係長は片手の拳を反対の手のひらに強く打ち付けた。
「くそっ、そうと知っていれば……!」
悔しそうなざわめきがRDB対策部事務所にわき起こった。
「おい、手配書を壁に貼っとけ」
事務所の壁は、もう半分以上が手配書で埋まっている。そこにはもちろん、歴代勇者とそのパーティが顔をそろえていた。
「次は現場を押さえるぞ。みんな、がんばれ!」
うおおっっと雄叫びが事務所を揺るがした。
 ドラクエ世界のどこかで今日も、彼らはメタル狩りと闘い続けている。