ロイヤルストレートフラッシュ

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第17回) by tonnbo_trumpet

 ラインハットのヘンリーは、両手を肘かけに置き、上体を背もたれに預けて足を組んだ。生まれついての王族の余裕を見せて、不敵なほどの笑みを浮かべていた。
「では、これが本当に最後の勝負だ。よいかな、バートルミ?」
豪華な貴族の服がよく似合う。口調もこちらをなめきっていた。
「勝負は時の運です。そちらこそ、これで負けてもうらみっこなしで願います」
勝負の前に呑まれるわけにはいかない。バートルミはできるだけ落ち着いて答え、彼の反対側に腰をかけた。宮廷で貴婦人を迎えているような笑顔が返ってきた。
「おお、潔い。さすがラインハット貴族だな」
にやにやしたまま横を向いて、カードを、と要求した。カジノのスタッフがやってきた。
 オラクルベリー名物の巨大カジノのフロアの一画だった。二人の客がさしでポーカーの勝負をできるようにわざわざ特設のテーブルが設置されていた。
「いやみですか、殿下」
わざと敬称をつけてバートルミはそう言った。
「私は貴族だった父の庶子で、正妻の妨害で称号も土地も財産も継げなかった貧乏人ですよ」
「親父の位を継いでないのはおれも同じだよ。バートと呼んでいいかい?」
ポーカーマスターがつつましく封印をしたカードひと組を提示した。それでいいという印にヘンリーは軽く手を振った。
 バートはポーカーマスターにうなずき、マスターは紙封を破って真新しいカードをシャッフルし始めた。
「参加用のチップをお願いします」
まだ若いらしいポーカーマスターがそう促した。
 ヘンリーは先に、リボンで封印した羊皮紙をテーブルの端に置いた。
「俺の屋敷の権利書だ」
バートは自分も羊皮紙を取りだした。
「ラインハットの邸宅と、郊外の城です」
それはバートが先日ラインハットの老貴族との賭けに勝って巻き上げたものだった。おかげでその一家は破産してしまった。
「なあ、バート、おまえがこのところラインハット宮廷の誰彼をくいもんにしてたのは、不遇な生まれへの復讐ってとこか?」
「冗談でしょう」
バートは答えた。
「そんなもん、どうでもいいんですよ。私は単にギャンブルが好きなんです。たまたま運が良かっただけで食い物にした覚えはありません」
くす、とヘンリーは笑った。
「それにしちゃあ派手にやったよなあ。破産が三件、借金による絶家が一件だ。君が手にした土地家屋、現金宝石その他動産は天文学的だ。これで復讐じゃないって言うなら、悪意があったらどうなるんだ、ええ?」
「殿下のようなやんごとなき方が気になさることではありません」
「すばらしい!」
熱心な賛辞が返ってきた。
「『人のやることに首突っ込むな』を丁寧に言うとそうなるのか。勉強になるね」
バートは奥歯を噛みしめてヘンリーのからかいに耐えた。
「ところでバート、おれは君をイラつかせちゃいないだろうね?どうも社交にはうといものでね」
絶対にわかってやってる、とバートは思った。
 実際、どうしていきなりラインハット王国のプリンスとカジノで勝負をするはめになったのか、バートにはわからない。おそらく仕事が派手すぎたのだろう。ヘンリーの言う借金による絶家というのは、庶民で言えば夜逃げのことだ。この数カ月、ラインハットを舞台に道楽貴族に賭けをもちかけてだいぶ甘い汁をバートは吸ってきた。
 そこへ、昨夜突然ヘンリーの名でこのオラクルベリーのカジノへ招待されたのだった。口上は、バートと勝負をしたい、ついてはこの数カ月の稼ぎを賭けないか、ということだった。
 バートは、のった。もちろん負ければ稼ぎを吐きだすことになる。だが、勝てば倍になる。ラインハットで国王に次ぐ貴族から巻き上げる分はぐっと金額があがるだろう。たいそう魅力的だった。しかもラインハット城の中とちがって、オラクルベリーのカジノではさすがのヘンリーも兵士で取り囲むような無茶はできないはずだった。
「イライラして見えましたらどうかお許しください。モンスター闘技場での成績で動揺しておりますので」
はっはっは、と快活にヘンリーは笑った。
「こっちにツキがあったってだけさ」
 バートは確かに貴族の庶子として生まれたが、子供のころ虐待されたわけではない。むしろ愛人だった母に父は贅沢をさせていたし、バートも遊んで暮らしていた。今稼ぎにしているギャンブルの腕前は遊び仲間から教わったものだった。モンスター闘技場にも出入りしていた。勝ちやすいモンスターはわかっていたし、倍率も熟知していた。
 にもかかわらず!
「殿下の強運には恐れ入ります。おばけねずみとメラリザードとラーバキングが出た時はまずラーバキングが勝ちますのに」
それぞれ倍率は4対3対2。バートはラーバキングに、ヘンリーはおばけねずみに賭けた。勝負の結果、倍率二倍、すなわち一番強いラーバキングを抑えておばけねずみが勝負をさらったのだ。
「珍しい事らしいなあ、うん」
このにやにや笑いを止めさせられたらどんなにいいか。バートはなんとか冷静さを保とうと深呼吸した。
「あんまり勝ったんでこちらがめんくらった」
うれしそうにヘンリーは言った。モンスター闘技場での勝負は、倍率とは別に二人の間で賭け金をやりとりしていた。何回か勝負をした結果、バートは大事な稼ぎの半分を失っていた。
「待てよ、これはもしかしたら、君の戦略なのかな?先に俺を勝たせていい気にさせておいて、このポーカーで逆転するわけか」
「ええ、まあ」
そうであってくれ、とバートは祈った。胃のあたりが痛くなってきていた。
 ポーカーマスターはシャッフルを終え、慣れた手つきでカードを配り始めた。ヘンリーはカードを伏せたまま両手の指を組み合わせ、その上に顎を乗せた。
「ひとつ残念なことを知らせなくてはならないんだ」
ポーカーの勝負の前に相手をゆさぶるのはよくあることだった。
「おうかがいしましょう。けれど、私が信じるとは限りませんよ」
「なに、すぐに確かめられるさ。君の相棒はさきほど逮捕されたよ。賭博の不正でね」
ひっとバートは息をのみ込んだ。
「私には、相棒など」
「おお、失礼した。相棒じゃないとしたら、何だろう、サクラか?」
くっくっくとヘンリーは笑った。
「きみとよく一緒に賭けに加わっていた男だよ。イカサマに使うカード一式を所持していたのさ」
あの野郎、よくもそんなドジを!バートは額からどっと汗を噴き出した。
「失礼ながら……なんのことやら、さっぱり……」
「覚えがない?それは悪かった。大事な勝負の前に詰まらないことを言ったようだな。申し訳ない」
笑いながら、誠意のかけらもない謝罪の言葉を口にして、直後にヘンリーは爆弾を放った。
「一般論だが、ギャンブルのイカサマをどう思う?」
バートは口をぱくぱくさせながら、言葉を発せられないでいた。見抜かれている。バートは全身に冷や汗がつたうのを実感した。何か言わなくては!
「もちろん良いことではありませんが、人間というものは、もともと自分が一番かわいい」
やっと言葉を絞り出した。
「イカサマに走る者の気持ちもわからないではありません」
「騙されるほうがバカ、ということかな?」
バートは少し落ち着きを取り戻した。
 相手はラインハットのヘンリーだった。幼少のころからいたずら王子として名をはせ、国へもどってきてからは辣腕の宰相として腕をふるっている。あたりまえの道徳を説くほうが野暮というもの。
「それは殿下の方がよくご存知のはずです」
「さきほどの言葉を返すようだが、それは嫌みか?」
まだにやにやしながらヘンリーは言った。
「たしかに政治上敵対している相手はいるさ。そういうやつらから賛成を引き出すには、なだめたりすかしたり、時には話術のテクニックも必要だ。まるっきり騙してるというわけじゃない」
「もちろんでございます」
今度はバートがにやにやする番だった。あんただってやってるじゃないか。完全に御清潔というわけじゃない。
「おれにだって、一応の線はあるんだがな」
とヘンリーは言った。
「真っ当な相手には真っ向から説得するさ。けど相手が下種なら下種な方法でいく。おっと、カードがそろったようだ」
ヘンリーは五枚のカードを取りあげて扇形に開いた。
 バートは自分のカードを見た。
 ツキが来た。そう思った。さきほどモンスター闘技場で雲散霧消したように見えたツキが、三枚のクイーンになってもどってきたのだ。
「どうなさいますか」
ポーカーマスターは、順番通りにバートに尋ねた。
「これでいい。ビッド」
これを逃す手はない。そしてバートがビッドしたからにはヘンリーはルール上パスはできない。ドロップ(棄権)したとしても、最初に置いたチップはバートのものとなる。
 にこ、とヘンリーは笑った。
「こちらも交換はなしだ。レイズ」
そう言うと、屋敷の権利書の横に大きな宝石を置いた。さきほどバートが負けて差し出したものだった。
「これはこれは」
 よほど手札に自信がないとレイズ競争はできない。どちらがより自信を持っているかのチキンレースになる。
 バートはつくづくと相手を見た。もともとが悪ガキだった上に根性曲がりと評判の王子だった。無役の手札をもっともらしく広げてはったりかますくらいのことはやりかねなかった。こっちには三人の女王がいる。バートは美女の微笑みに勇気づけられていた。バートは、別の邸宅の権利を書き連ねた羊皮紙を取りだした。
「レイズです。本当に手札は替えなくてよろしいので?」
「ああ。なかなかいいのが来たんだ。レイズ」
ヘンリーがそう言うと、従僕がゴールド金貨のつまった袋を運び込んできた。
「楽しいな、うん?のめりこんでしまいそうだよ」
「まったくですな!」
せりが終わった。マスターの合図で手札が開かれた。
 バートはクイーンのスリーカード。
「悪いな」
バートは目を疑った。テーブルの白いクロスの上に、昇順にならんだ数字札が五枚そろっていた。フラッシュ。スリーカードよりひとつ上のハンズだった。ポーカーマスターがしずしずとチップを移動する。郊外の古城と王都の大邸宅が目の前からかっさらわれていった。
「……お見事」
「一生分のギャンブル運を使いはたしそうだ」
にやにやしながらヘンリーは言った。
 もしそうだとしたら、彼のギャンブル運は底なしなのか?真っ白なクロスの上にカードが音もなく降り積もるようにバートには思えた。ポーカーは次々と続いた。そしてバートは負け続けた。
「これは、いったい……」
用意してきたチップこと邸宅や宝石、金貨、有名な絵画などがほとんどなくなった段階で、バートは背筋が寒くなった。ラインハットでやった荒稼ぎがほとんど全部ヘンリーの背後に積み上げられていた。
 ギャンブラーのプライドを犠牲にしても勝負から降りるか、それとも最後の勝負に出るか。バートはじっと相手のようすをうかがった。
 カードになんらかの作為がされていない場合、これだけ一方的に負け続けることはあり得ない。それは長年のギャンブル経験から明らかだった。だとすれば、答えはひとつ。こいつはイカサマをやっている。バートは唇をなめた。
 あははっとヘンリーが笑った。
「言いたいことがあるようだな?」
「……カードを拝見したい」
「どうぞ、どうぞ」
バートは血走った目でカードを確認した。少なくともバートにわかるような異常はなかった。
「人間というものは、自分が一番かわいい、だよな?」
さきほどバートが言ったことをヘンリーは繰り返した。
「騙される方がバカだ、と」
バートはカッとなった。
「おいおい、一般論だぜ?さあ、どうする?」
「もうチップもありません」
歯を食いしばってバートは言った。
「私は、これで」
「ざけんじゃねーよ」
いきなり言われてバートは顔をあげた。
「てめぇのせいでじいさまがひとり、首をつってんだよ。これで仕舞って法があるか。有り金全部だしな」
口調さえそれまでとは違う。バートは王子様の姿をした追剥にあったような気がした。
「あんた、最初から」
「あたりまえだ」
とヘンリーは吐き捨てた。
「てめぇの身ぐるみ剥ぎに来たんだよ。勝負しな」
「誰がイカサマ野郎と」
「どの口でほざく」
酷薄に笑って彼は真後ろに積んであったお宝の中から宝石箱をつかみあげ、音を立ててテーブルに置いた。
「だいぶ金額がちがうが、おれのチップだ。さあ、賭けろ。イカサマかもしれないし、そうじゃないかもしれない。おまえが勝てばこれだけは持って帰っていい。どうする?」
兵士に取り囲ませて剣で脅すよりも強力な手をヘンリーは使ってきた。もしかしたら勝てるかもしれない、もしかしたら。すべてのギャンブラーを強制するその願望を目の前にぶら下げられてバートは浮いた腰をおろした。
 上着の隠しを探って数枚のゴールド金貨を取りだし、クロスに載せた。
「よし」
最後の勝負のためにポーカーマスターはカードを配り始めた。

 従僕たちは音もなく動き回りヘンリーが取り返したものを馬車へ積み込んでいた。これから護衛をつけてラインハットへ戻るのだ。一文無しになったバートがふらふらとカジノを出ていった後、ヘンリーはいすに体を沈みこませた。
「お疲れ様」
隠れ場所から、紫のターバンの男が出てきた。
「うまくいったね」
ヘンリーは目を開けた。
「ああ。ありがとうな。モンスター闘技場でだいぶかっぱいでやったから、あとが楽だったよ」
くすくすとグランバニア王は笑った。
「あんなこと、いつもはやらないんだけどね」
八百長試合でめったに勝たないおばけねずみを勝たせたのは、伝説のモンスター使いの協力あってのことだった。
「一般客を相手にイカサマやったわけじゃないから、いいじゃん」
もうひとつの声が加わった。
「まあね。今度だけです」
若いポーカーマスターだった。
「デール、お疲れ!おまえ王様辞めてもカジノで食えるな」
豪華な衣装を制服に着替えてポーカーマスターを務めたのは、ラインハット王だった。
「兄さんもね」
二人の国王と大貴族は、互いに笑みを交わし合った。
 この夜、実はカジノは貸し切りだった。一般の客は一人もいない。スロットマシーンを回している者からスライムレース場に張り付いている者まで、すべてラインハットから連れてきたのだった。
「相手が悪かったみたいだね、あの人」
「下種には下種相手のやり方があるのさ」
と、悪童王子は平然と答えた。