ぐっさり

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第15回) by tonnbo_trumpet

 グランバニアには、もう早い冬が訪れていた。久しぶりに馬車を城内に入れた時、ちらちらと白いものが天から降ってきた。
「お帰りなさいませ!」
国民たちはうれしそうに国王一家を迎えてくれた。
 グランバニア城はパパス王のころに城と町をまるごと城壁で覆って保護しているので、大雪に降られてもそれほど心配することはない。ただ、寒いことだけは確かだった。
「アイル、カイ、先に上へ行っててね?」
母のビアンカがそう言いに来た。
「お父さんとお母さんは?」
ビアンカは困ったような顔になった。
「オジロン様たちと急な会議があるの。秋からこの寒さじゃ、冬には食糧が不足するかもしれないって」
アイルたちの父ルークは、パーティのリーダーであると同時にこの国の王でもある。寒さと飢えから国民を守る責任を負っていた。
「せっかくお城へ帰って来たのにご飯一緒に食べられないなんてね。ごめんね?」
双子はううん、と首を振り、おとなしく王族の居住区へあがった。
 その夜子供部屋のベッドの中で、アイルはうまく寝付けないでいた。なぜか城の中のぜいたくな部屋よりも、馬車の中や焚き火の周りで家族とくっついて眠る方が落ち着くのだ。
 ふう、とため息をついた時だった。
「ねえ、まだ寝てないでしょ?」
アイルは飛び起きた。部屋の向こう端のベッドで寝ている双子の妹が話しかけたのかと思ったのだ。が飛び起きた彼の目に入ったのは、別人だった。
「ベラ?ベラだよね?」
うんっと妖精の少女は言って笑顔になった。
「よかった!あたしが見えなかったらどうしようかって思った」
「ちょっと透けてるよ?」
見えると言いきるには、ベラは半透明だったのだ。
「ここじゃそんなものよ。なんとか理由をつけて地下へ来て」
「そんなもん、あったっけ」
「じゃ、階段の下の秘密の部屋へ」
それだけ早口で言うとベラは消えてしまった。

 グランバニア城の秘密の部屋は、教会のある通りを曲がって城の上へあがる大きな階段の横に入口がある。アイルはその扉をそっと開けた。
「これは……」
ほとんど灯火もないその小部屋の中央に明るく輝いているものがある。天井を抜けて上へ伸びる白い階段だった。その前で、腰に手を当ててベラが立っていた。
「やっと来たわね?良かった!一人?」
少し迷ったのだが、アイルは妹を起こさないことにしたのだった。
「うん。カイはよく寝てる」
「たぶんあなたなら一人で大丈夫だと思うわ。聞いて!私達の国が」
「……たいへんなのっ。そうだよね?」
「話が早くて助かるわ。ともかく私たちの国に来てくださる?」
アイルは何も言わずに妖精の国へ通じる階段を見上げていた。二本の白いレールに見えるものがはるか上空へ向かっている。その間に内側から白く光る踏み段がいくつも連なっていた。
「お父さんの言った通りだ。凄いや……」
ベラはたたっと段を駆けあがりこちらへ向かって手を伸ばした。
「さあ!」
アイルは手を伸ばしてその手を取った。

 最初に感じたのは寒さだった。
「妖精の村が……」
アイルたちが立っているのは大きな池に張りつめた氷の真ん中だった。あたりは真っ白な雪に覆われている。池の向こうの巨大な樹の切り株も、華やかに咲き誇っているはずが枯れ枝だけになっていた。
「どうしてこんなことになったの?春風のフルートに何かあった?」
ベラは唇を噛んだ。
「フルートは無事よ。でもポワン様がね。さあ、こっちよ」
アイルはベラに引きずられるように桜の大樹へ向かった。
「ポワンさまーっ」
ベラは階段を駆け上がって叫んだ。
「仰せの通り、人間族の戦士をつれてまいりましたっ。ご無事ですかっ」
春をつかさどるポワンの玉座は、赤に金の文様を入れた絨毯の上にあった。本当なら頭上から桜の枝がうち重なり、美しい天蓋を作っているはずだった。
 ポワンは玉座の腕の部分に両手を乗せ、その上に額をつけるようにしてうつ伏せていた。
「ベラ……」
ようやくあげた顔は、蒼白になっていた。
「こんにちは、ポワン様」
ポワンはうっすらと笑みを浮かべた。
「来てくれてありがとう、アイル。あなたが立っているその場所にルークを迎えたのが昨日のようだわ」
春の司、たおやかな妖精の貴女は、ひどくやつれて見えた。
「あなたのような戦士が必要なのです。もう一度私たちを助けてくれますか」
「はい」
とアイルは答えた。
「なんでもするよ。ぼくは勇者だから」
「私達エルフには剣をふるうことはできないのです。あなたにはあの技を使ってもらうことになるでしょう」
あの技って?と思ったことが顔に出たのだろう。ポワンは言った。
「急所突きを」

 それは冷ややかな白い影となって訪れてきた。
「そこで何をしておいでだえ?」
悪意に満ちた細い声がそう問いかけた。
「いやだ、いやだ。身の程知らずの小娘がその玉座にのさばっていいなどとどうして思ったやら」
疲れた顔でポワンは玉座に身を預けていた。
「御説明したはずですわ……」
「御説明したはずですって?」
いやらしい口調でそれは繰り返した。
「いつまでしがみついているのだえ?さっと身を引くのがそれほど難しいかえ?おかげでエルフみんなが恥をかくのだよ、お前一人のせいで」
ポワンの上に覆いかぶさるようにしてその影は言い募った。
「みんなって。誰が」
「おまえよりも古い由緒のあるエルフのみなさまです。ここだけの話だけれど、湖の城に住まわれるエルフの女王様も“あのポワンのわがままには手を焼いている”とおっしゃったのだよ」
嬉々とした口調で話す間にそれは実体を伴っていった。
 昔は美しかったに違いない老女だった。骨ばった体に華美な衣装をまとい、白髪を三つ編みにして頭にまきつけ豪華なティアラをのせている。歯が抜けてすぼんだ口には紅を塗り、小じわの寄った目には黛を引いていた。
 ポワンは顔をそむけた。
「女王様はそんなことおっしゃいません。あなた様はもう、冥界に籍のある方です。この玉座をお渡しするわけにはいきません。お帰り下さい」
「これだけ叱られてもまだわからぬかえ」
しっしっしっと美女の残骸のような亡霊は笑った。
「あたしがちょっと目を離したすきにちゃっかりこの玉座に上がりこんだ小娘が。こんな意地汚い娘は見たことがない。おまえのせいでエルフが恥をかいたら、どう責任を取るつもりだえ」
アイルの隣で、ベラが声をひそめて言った。
「ずーっとああなの。ねちねちぐちぐちとポワン様にくっついてずーっと」
要するにエルフの亡霊ということらしい。アイルはためいきをついた。
「ぼく、ほんとの雪の女王と闘う方がよかった……」
「しょうがないでしょ。とにかくポワンさまを助けてよ」
そらっと背中を押されてアイルは前のめりに玉座の前に飛び出すかっこうになった。
「……さあ、おどき。あたしの方がその玉座にふさわしいのだよ。おまえのような女が恋々としているのはみっともない」
ポワンが涙のにじむ目を上げ、アイルを認めた。もう一度私を助けて。声にならない願いにこたえて、アイルは一歩踏み出した。
「やめなよ」
エルフの老女はきっとふりむいた。
「お黙り、小僧」
「婆ぁ、帰れ」
その瞬間、玉座の間全体が、いやエルフの村そのものが、ぴきんと音を立てて凍りついた。
 ザキ判定、効果あり。急所突き、成功。
「こっ、このっ」
続く言葉が出ないらしい。ものすごい形相になったかと思うと、亡霊はどっと爆発したように消えうせた。

 ビアンカは布団を跳ね飛ばして寝ている息子に上掛けを直してやった。
「良く寝てるわ」
「そうだね」
とルークは微笑んだ。
「よかった。食糧不足もたいしたことないみたいだし、朝になったらアイルたちと遊んであげるんだ」
「たまにはいいわよね」
ビアンカは微笑み返し、足音をしのばせてカイのようすを見に行った。
 ルークは息子の寝顔を眺めた。
「う~ん、ベラ……」
とアイルが寝言を言った。
「今度呼ぶ時は、もうちょっとましな用で呼んで……」
「え?」
昔の知り合いの名を聞いてルークは驚いた。子供部屋の暗がりを見上げ、そっとささやいた。
「この子に何をやらせたんだい、ベラ?」
答えは返ってこなかった。