少年と旅人

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第24回) by tonnbo_trumpet

 春先のサンタローズは美しい朝を迎えていた。二階の書斎の窓から見渡すと、村の背後を守る高峰が午前中の陽光を浴びて輝き、畑に人が出て熱心に働いているのが見えた。
 サンタローズのパパスは書斎の大きな机に古い地図を広げたまま窓の外を眺めていた。朝食を済ませたあと、息子のルークは最近アルカパで手に入れたペットと一緒に外へ遊びに行った。少し寒いがこんな晴れた日は息子につきあって遊んでやりたいのだが、せっかく手に入れたこの古地図を解読しなくてはならない。もっと早く終わらせるつもりが、アルカパでうっかり風邪をひきこんでだいぶ休んでしまったのだ。
 ふと見ると眼下の草地から幼いルークがこちらにむかって手を振っていた。パパスは手を振り返した。ルークは満足したのか、ペットのベビーパンサーを連れて草地を走っていった。
「旦那様」
呼ばれてパパスはふりむいた。サンチョだった。
「若い旅の方がお見えですが、こちらへお通しいたしますか?」

 ルークは途方に暮れてあたりを見回した。
「プックル、どこ?」
小さな相棒、ベビーパンサーの姿が見えない。さきほど教会へ立ち寄って知り合いのシスターから村に旅人が来ていると言う話しを聞いて外に出た。そのときはまだ一緒だった。今日は何して遊ぼうかな、ねえ、プックル?と話しかけようとしてそばにいないことに気付いたのだった。
「プックル……」
村の人は大きな猫だと思っているが、本当はキラーパンサーの子供だった。だがモンスターであろうとなかろうとプックルはまだ赤ちゃんであり、サンタローズはあの子にとって知らない村なのだ。早く見つけてやらないと。でも、どこ?
 とりあえず教会。そこへ戻ってみよう、と思いついて小さなルークは走り出した。
「きみ、待って」
誰かが話しかけたが無視した。
「いや、あの、宝玉を」
小さなルークは振り向いた。紫のマントとターバンをつけた、若い旅人が立っていた。
「ごめんなさい、ぼく、忙しいんです」
「そこを何とか」
「ぼくのプックルがいなくなっちゃったの」
 サンチョを含めてたいていの大人は、それがどれほどの緊急事態か、わかってはくれない。アルカパで手に入れたとき普通の飼い猫のサイズだったプックルは、今では番犬くらいの大きさになっているのだ。でも、あの子は赤ちゃんだし、ぼくがいなくて泣いているかもしれない!
 旅人の表情が変わった。
「それはたいへんだ!ぼくも一緒に探すよ!」
「……ありがとうございます」
パパスに教えられた通り、小さなルークは丁寧にそう言った。
「ぼくは村の入り口の方から探します」
「じゃ、ぼくは村長さんの家と川と、ドワーフのおじさんの家の方へ行ってみるね」
「プックルが見つかったら、この教会の前に戻ってきてください」
「わかった!」
話が早くて助かるよね、と思いながら小さなルークは駆けだした。

 捜索は難航した。誰に会っても朱色のとさかの大きなぶち猫を見たと言う人はいないのだった。あの人が見つけたかも。それだけを願ってルークは教会の前にもどってきた。紫のマントの旅人はそこにいたが、手ぶらのようだった。二人は互いのようすを見て、プックルが見つからなかったことを確認した。
 首を横に振って彼は言った。
「これだけ探していないなら……ダンジョンは?」
あっと小さなルークは思った。
「そこかも!ぼく、行ってみます!」
村の奥の洞窟の入り口には、まずいことに番人が立っていた。
「ルーク坊や、お父さんには言って来たかい?」
と番人が言った。
「ここで遊んじゃダメだってサンチョさんに」
そのわきを紫のマントの人がさっと通り過ぎた。
「大人と同伴です」
小さなルークはあっけに取られたが、すぐあとにくっついて洞窟へ入った。
「おとなって、おい、よそ者じゃないか!」
うしろで番人が何か叫んでいたが、ルークは無視した。プックル探しが何より大事なのだ。マントの旅人は先を急いだ。モンスターをあしらいながらまったく寄り道をせずにまっすぐ階段を目指している。この人、ここの洞窟に詳しいんだ、とぼんやりルークは思った。でも、どこまで進んでも黒い斑紋のある黄色い毛皮は見えなかった。
「プックル、いないよ……」
「ぷるぷるさんに聞いてみよう」
真顔で旅人がそう言った。それが、ダンジョンの隅に棲むあの小さな紫色のスライムのことだ、とすぐにルークにはわかった。
「うん、モンスター同士だもんね!」

 結論から言えば、無駄だった。小さなスライムはぷるぷると震えながら、このダンジョンにはベビーパンサーが入ってきた気配はない、と教えてくれたのだった。
「どうしよう。もう探すとこなくなっちゃった」
屋外にいないということは、どこかへもぐりこんでいるのだろうか。まさか、また悪い子に捕まったのでは?
 旅人は人差し指の関節に歯を立てながら考え込んだ。
「人の家の中を調べる方法、あるかも」
「どうやって?」
旅人は妙な表情になった。
「最近、村の宿屋の地下の酒場へ行った?」
うん、とルークはうなずいた。
「そう言えば変な子がいた。ぼく、うちの地下室で会うって約束したんだっけ」
「よしっ。行こう」
 家に帰るとサンチョは背を向けて台所で何かやっていた。ちょうどいいので小さなルークは旅人といっしょに地下室への階段を下りた。村の酒場のカウンターにいた半透明の女の子が樽の間にいるのが見えた。
「もう、遅かったわねっ」
と彼女、エルフのベラは言った。
「聞いて!私達の国がたいへんなのっ」
「こっちも大変なんだ」
とルークは言った。
「お願い。ぼくのプックルを探して?」
「え?あの、ちょっと」
後ろでちょん、と旅人がルークの肩をつついた。
「ベラ、どこ?」
どうしてこの人が名前を知っているのかな、と思いながらルークはベラのいるほうを指で教えた。
「ベラ、プックルがいないと、とうてい雪の女王には勝てないよ。頼むから協力して」
ベラはびっくりして目をまん丸くした。
「へ?ああ、そうなの?それじゃまあ、ええと、何をすればいいの?」
「この村のおうちを全部回って、プックルがいないか見てください。赤いトサカのついた黄色いぶち猫に見えるベビーパンサーです」
「わかった。ちょっと待ってて」
 ベラが姿を消し、小さなルークは旅人といっしょに地下から出た。
「おや、さきほどのお客さん?」
サンチョが声をかけてきた。
「あ、すいません、お邪魔して。すぐ帰りますから」
曖昧に笑うと旅人は扉を出ようとして、思いっきりおでこをぶつけた。
「あいた……」
外に出てから旅人は涙ぐんだ目で額をさすっていた。
「こんなに低かったかな、この扉」
「大丈夫ですか?」
「うん。まあ。ホイミできるから」
 この人、不思議だなあ、と小さなルークは思った。第一、ぼくが探しているプックルがベビーパンサーだ、なんてことはさっき初めて説明したのにとっくに知っているように彼はふるまっているのだ。
「あの」
と言いかけた時だった。いきなりベラが現れた。
「プックル、いた?」
「どの家にもいなかったわ。けど、武器屋のおばさんがさっきからどこかで猫が鳴いてるっていうのよ。で、武器屋の裏手の崖の下を覗いてみたら黄色い毛皮が見えたの」
「それだ!」
小さなルークは駆けだした。

 崖の中腹に生えた灌木にプックルがビアンカのリボンごとからまっていた。小さなプックルはこのあたりへ迷い込んで小枝にリボンがひっかかってしまい、ぬけだそうともがいてトゲだらけの枝に毛皮をからめてしまったのだろう。情けない鳴き声はしかし、滔々と流れる川の水音にかきけされてしまったようだった。
「プックル、今いくから!」
崖を降りようとした時、がしっと肩をつかまれた。
「危ないよ」
「でも!」
紫のマントの旅人は手にした杖を長く差し伸べた。
「ブーメランを持ってるね?」
真剣な顔で旅人は言った。
「ブーメランであの木の枝を根元から切って。大丈夫。プックルは杖に飛び移れるから」
小さなルークは心を決めた。
「いい子だね、プックル動かないでね、危ないから」
プックルは鳴くのをやめ、頭を低く下げて縮こまった。深夜のレヌール城で活躍したブーメランをルークは構えた。何もない空中に幻の軌道が見えてきた。
「さあ」
旅人の声が合図だったかのように、小さなルークはブーメランを投げた。
 冬じゅう風雪に耐えた枝がすぱっと切り落とされた。プックルはもがき、空中で解放され、その体を杖の先が捕えて掬いあげた。ブーメランが手の中へ戻るのと、杖がプックルを崖の上に投げ出すのとほとんど同時だった。
「プックル!」
「みにゃぁ!」
小さなルークは大事な相棒をぎゅっと抱えた。毛皮で覆われた体は温かく、心臓がどきどきしているのがわかった。
「ありがとう、おじさん!」
旅人は複雑な顔になった。
「おじさん、て。うう、ヘンリーが言ってたけどやっぱりちょっと傷つくかも」
「おじさん、どうしたの?」
「それ、将来全部きみに帰って来るんだからね、ブーメランで」
「何の話?」
ルークの腕の中からプックルが抜け出した。そろそろとマントの旅人に近寄り、匂いをかぎ、み~と戸惑ったように鳴いて、鼻面をその足元へ押し付けた。
「プックル」
と旅人はつぶやいた。
「きみが無事でよかったよ」
旅人は崖の上に腰をおろした。膝の上にプックルが上がり込み、背を丸めて喉を鳴らした。たいへん満足そうだった。
「プックルがこんなに懐くなんて、あなたはモンスターが好きなの?」
と小さなルークは尋ねた。
「うん。人間より好きかも知れない」
素直に旅人は答えた。小さなルークはじっと彼の目を見つめた。
「たぶん、ぼくも。でも」
「そんなこと、人には言えないね」
こくんとルークはうなずいた。
「人でもモンスターでも、善い者もいれば悪者もいるんだよ。人間だって、いい人はいるんだからね。特に、お父さんは大切にしてあげてよ」
「どうしてそんなこと言うの?」
「今にわかる」
「今にっていつ?」
「きっかり20年後かな」
そう言って旅人は立ち上がった。いつのまにか昼が過ぎ、空は西日になっていた。
「さあ、ぼくは帰るよ。ベラのとこに行ってあげるといい。手袋を忘れないでね」
不思議な旅人は微笑んだ。ふと、お父さんに似てる、と小さなルークは思った。旅人はプックルを抱き上げて手渡した。そして静かに背を向けると村の入口へ向かっていった。
 自分と同じくらいモンスターの好きな、不思議な旅の人。ダンジョンでのようすを見れば、本当はすごく強いのだとわかる。ときどきおでこをぶつけたりするけど、大きくなったらあんな人になれるといいな、とルークは思った。 
 夕日を浴びて遠ざかるその背中が、ぴたっと止まった。くるんと振り向いた。
 ものすごい勢いでこちらへ向かってくる。
「オーブ、オーブ!」
この人、ぼんやりさんだ。小さなルークは心の中で、もう少しちゃんとした大人になる方がいいな、と思った。