トルネコを選んだわけ

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第10回) by tonnbo_trumpet

 スライム村は、エンドール領のはしにある小さな目立たない村だった。ただひとつ、村の北にある山の端に洞窟が一つある。それこそが、不思議のダンジョンの入り口だった。
 エンドールの商人一家がやってきてスライム村に店を開いたのは昨年のことだった。都会から来たというので村人は珍しがって見に行った。
「品ぞろえは悪くないよ。思ったより安いし」
「売り子さんがいいね。愛想がいいし、品物に詳しいし」
えらく評判がいいのだった。
「でも、店の御主人て人を見ないねえ」
と一人が言うと、別の客がささやいた。
「なんでも、不思議のダンジョンへもぐってなさるそうだよ。幸せの箱をとるんだってさ」
「ええっ、そんな危険な。大丈夫なのかい、ネネさん」
そう言うと、売り子をつとめる商人の若い妻は、にっこりほほ笑んで答えるのだった。
「大丈夫ですよ。あの人のことですもの」
 店はよく繁盛し、すっかり村にもなじんできた。村民は店の主人、小太りの商人トルネコがいそいそとダンジョンに通う姿や、すっからかんになってダンジョンからももんじゃに担ぎ出されたトルネコをネネがひきずって戻ってくる姿にも慣れてきた。
「奥さん、えらいねえ」
「しっかり者で、店をよく守って、それに料理上手なんだってさ。愛妻弁当を欠かさないそうだよ」
「ちくしょう、なんでトルネコさんだけ」
愛きょうのある美人のネネは村の若い者の理想の嫁だった。
 それだけに誰でも不思議がる。あんなよくできた奥さんが、なんであの、言っちゃ悪いがまるまる肥えてお世辞にもかっこうがいいとは言えないトルネコの女房に?と。
「いらっしゃいませ!」
その日はたまたま、トルネコが店にいる日だった。息子のポポロがうれしそうに父にまとわりついていた。そんな二人が店に出ているので、ネネは奥の台所でお菓子を焼き、それを近所の奥様方ように切り分けていた。
「あの、こちらで買い取りもしていただけます?」
若い女性の声がした。
「お受けしますよ。お品物は何でしょう?」
愛想よくトルネコが応対していた。
 こほん、と台所で近所の奥さんが咳払いをした。
「御主人とは幼馴染なんですって?」
切り分けたケーキを皿に取り分けながらネネは元気よく答えた。
「ええ、レイクナバでね」
「ネネさん、もてたんじゃないの?」
別の奥さんがそう尋ねた。
「こう言っちゃなんだけど、どうしてトルネコさんを選んだの?引く手あまただったんじゃなあい?」
詮索好きな隣人たちにネネは微笑みで返した。
「引く手あまたなんて、そんなことありませんけどね。確かに求婚してきた人は何人かいましたよ」
「じゃあ、どうして」
くす、とネネは笑った。
「あのひと、うちのトルネコには、他の人が持ってない、凄い長所があったんです」
 店の表のほうで、声があがった。
「おばあちゃん譲りですごく古い物なんだけど、不思議なんですよ、これ。全然ぼろにならないんです。色も綺麗だし」
「お嬢さん、こいつはまた」
そう言ったきり、トルネコは絶句した。
「長所って?お金持ちだったの?商才があった?それとも若いころはすごいイケメンだったなんてことあるのかしら?」
いいえ~とネネは言って微笑んだ。
「ネネ、ネネ!」
トルネコが叫び、本人が台所へ駆けこんできた。
「なんでもいい、水をくれ。こりゃ本物なんじゃないか?」
訪問者が目に入らないほど興奮している。ネネは水がめから汲みおきの水を椀に汲んで差し出した。トルネコは手にした白っぽい品物に注意深くその水を垂らした。後ろからポポロがやってきて、父の手元をわくわくと眺めている。
 品物は白い布のように見えた。からからに乾いていたそれが水を吸った瞬間、いきなり薄い紫の色彩が広がった。同時にそれは、滝つぼの側に立っているような細かい飛沫を発し始めた。
「まあ……」
トルネコは意気揚々とその品を持って掲げ、大きく広げた。つやつやした布は淡い青、緑、紫、と一刻ごとに色を変える。そして糸の一本一本が水滴を持っていた。
「水の羽衣だよ」
「きれいねえ、あなた」
トルネコは満面の笑みを浮かべた。
「おっと、こうしちゃいられない。お客さん、12,000Gでいかがです?」
くすくすとネネは笑った。
「ね、ご覧になったでしょう?」
と彼女は言った。
「あの人はね、他の誰にもない『私を退屈させない』という長所を持ってるんです。トルネコといると次から次へ意外なことやおもしろいことが起こるんですよ?結婚してからあたし、一度も後悔したことはありません」
と、得意満面にネネは言った。