エーデルワイス

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第九回) by tonnbo_trumpet

 初めて見たその人は、ほっそりとしたシルエットだった。柔らかく身体にまとわりつくバラ色の絹のドレスをまとい、赤味がかった金髪を結わずに腰まで流していた。
「ロザリーだ」
とピサロは言った。
「彼女を守れ。特に、人間から。あいつらはエルフの涙がルビーになることを知って、エルフを狙ってくるのだ」
「かしこまりました」
とピサロナイトは答えた。
 ヘルメットのスリットごしに見るエルフの貴婦人は、こわばった顔をしていた。
「この方は」
「ピサロナイトだ。よいか、ロザリー、人間たちの動きが不穏だ。あまり出歩くな。ロザリーヒルの塔からできるだけ出ないように。外へ出るときはピサロナイトを連れて行け」
体の正面で両手をあわせロザリーはうつむき、小さな声ではい、と言った。

 ピサロナイトはそれまでの人生を、ほとんど戦場で過ごしてきた。ロザリーヒルはそれに比べるとひどく平和で牧歌的な職場だった。
「信頼のおける者を配置しておきたい」
とピサロは言った。
「彼女は私の弱点だ。私が私の敵なら、必ずそこを狙う」
事と場合に寄ったら、ピサロと敵対する者が多勢を率いて襲いかかってくるかもしれない、なおかつ、たった一人で守らなくてはならないポイントでもあった。
 最初ピサロナイトは単純に考えていた。すなわち、村のあれこれ、寡黙なシスター、保ビット族の住人、その他もろもろは見捨てて良し。一人ロザリーのみを死守すること、と。案外たやすい仕事のように思えた。
やがてすぐ、その考えは間違いだと悟った。
「ロザリー様!」
思わずきつい口調になってしまった。
「お出かけならばおっしゃっていただきませんと。外出にはお供いたします」
濃い灰色のフード付きのマントで全身を覆ったエルフの姫は、びくりとしてこちらを見た。
 また、この目だ、とピサロナイトは思った。
 おびえ、委縮、そして、嫌悪。
「ひとりで行ってはいけませんか」
すっと目を反らしてロザリーはつぶやいた。
「もしものことがありましたら、私はピサロ様に申し上げようもありません。まげて、お供させてくださいますようお願いします」
緑の甲冑のピサロナイトが立ちふさがると、ロザリーの華奢な身体はひどく小さく見えた。ロザリーは両手でフードのわきを持って、後ろへ下ろした。
「部屋へ戻ります」
「ロザリー様」
「今日は出かけるのはやめにいたします」
固い表情でそう言って、ロザリーは踵を返した。
 いつもこうだ、とピサロナイトは思った。
 護衛任務の最大の障害は、護衛対象であるロザリー自身だった。その日何をしてどこへ行くのかをピサロナイトに告げるのを嫌がる。隙を見ては一人で外出しようとする。ピサロナイトは毎日自分の護衛対象がどこにいるかを確認すべくイライラするようになっていた。
「しかたないか……」
彼女はエルフの姫君。自分は魔族と人間の混血。相容れない存在であるのはまちがいない。だからと言って、こうも嫌われては仕事にならん、とピサロナイトは思った。
ロザリーヒルの塔の壁に寄りかかり、ピサロナイトは階上を見上げた。自分が卑しいことを考えているのは理解している。しかし、先日からどうしても頭の中にその疑念が戻ってくる。
「彼女は、どこへ行こうとしていた?」
誰かに会いに行くのではないのか?もし、その相手が、男であったら?
ピサロナイトは腕を組んだ。
「まさか。ピサロ様という方がありながら」
だが、どんなに見目麗しく立派な恋人があっても別の男に心惹かれる女はいるものだ、とピサロナイトは知っていた。
「どうせ、嫌われついでなら」
確かめよう、とピサロナイトは決意した。

 翌日、ピサロナイトはわざと村の外を見守ると称してロザリーヒルから出た。適当な隠し場所に目立つ甲冑一式を隠し、自分は剣だけ持ってロザリーヒルの村の出口で気配を殺して待っていた。
 昼過ぎになって、グレイのマント姿の女がロザリーヒルを出た。そのまま村の周辺の森の中へ入っていった。
 疑えば疑うほど密会らしく見える行動だった。ピサロナイトはため息をついて後を追った。
 森のエルフの姫は、まさに水を得た魚のようにすいすいと森の中を進んで行く。ピサロナイトは距離を置いて後をつけた。
 やがてロザリーは森の空き地に出た。倒れた木の周りに下草の生える空間ができているのだった。
 ロザリーは、フードをおろした。顔を上げて森の空気を吸い込んだ。両手を広げ、木漏れ日を全身に受けた。遠目ながらピサロナイトは、初めて彼女が幸せそうに微笑むのを見た。
 ロザリーはマントをはずし、木靴を脱ぎ捨てた。裸足のまま緑の下草を踏んで彼女は飛んだ。羽根の生えたようなジャンプ、ターン、軽々と踏むステップ。大きな薔薇色の蝶のようにロザリーは踊っていた。
 しばらくして満足したのか、ロザリーは元のように靴をはきマントをつけて森から村へと帰っていった。
「なんてこった」
ピサロナイトは身を隠していた樹木の後ろでつぶやいた。ほぼ半日の間、ピサロナイトは間男どころか、人の陰ひとつ見なかったのだ。

 ホビットの娘は、ちょっと考えてうなずいた。
「はい、ロザリー様はよく森へお出かけになっていらっしゃいましたよ」
男がらみでないなら、ロザリーが森へ行くわけ、森で踊っていたわけを最初からつきとめなくてはならない。ピサロナイトはロザリーの小間使いを務める娘に聞いてみることにしたのだった。
「何のために?」
「良く知りませんが、ロザリー様はもともと森のエルフなので、森に行って元気をもらうのですって」
森で躍るロザリーを見る前でなかったら、信じなかったかもしれない。だが、森へ行った日の後、ロザリーは確かに以前よりゆったりと落ち着いてふるまっていた。
「元気、を?」
「ロザリー様は何か違う言葉を言っておられたような気がします。精気?命?何かそんなもんです」
「そんなもん、て、どれも大事なものではないか。森へ行くのを禁止されたら死んでしまうほどの」
はい、と頬の赤いホビット娘はうなずいた。
「だからロザリー様は、どれほどピサロ様が好きでも魔界へは行かれないんです」
森林なくして、命なし。森のエルフの宿命を、ピサロナイトは初めて意識した。
「それなら、森のエルフの国へお帰りになればいいのではないのか」
ふふっとホビット娘は笑った。
「女には命より大切なもんがあるんですよ」

 半月ほどが過ぎて、再びロザリーは落ち着かないようすになった。そろそろだな、と思った頃、ロザリーは現れた。グレーのフード付きマントを身に付け、こっそりと下へ降りてきたのだった。
「ロザリー様」
ロザリーの背がぎくりとして、ゆっくり振り向き、そして停まった。片手が口元へあがった。
「あなたは」
「ピサロナイトです」
ピサロナイトは、鎧をつけないままの布の服だけだった。ヘルメットをとったのも初めてだった。ロザリーに顔がわからないのも無理はなかった。
「ピサロ様は貴方様を心配しておられるのです。お供させてください」
魔族の自分を怖がっていると思っていたが、良く考えれば彼女の恋人自身が魔族なのだ。ロザリーが嫌がっているのが魔族の血ではなく、闘い、殺意、悪意……そのシンボルとしての武器と鎧だとしたら。
じっとロザリーはピサロナイトを見上げていた。
「わかりました」
とロザリーは言った。
「いっしょに行きましょう」
ピサロナイトは、賭けに勝ったことを知った。

 樹々はエルフの姫君のために道を開けた。ロザリーはピサロナイトと一緒に森の奥へ、以前彼女が踊っていた森の空き地を越えて更に奥へと向かっていた。
「ここは?」
同じ森だと言うのに、どこかうすら寒い。下草はまれになり、むき出しの岩が多くなった。
「御覧なさい」
岩と岩の隙間の地面に何か生えていた。緑の細長い葉の塊の中心から茎が伸び、そこに産毛の密生している白い花弁が五枚ほど円形についている。その中にも五枚、そして中央だけが黄色くなっていた。まるで金色の中心部を持つ銀の星のような花だった。
「ピサロ様が、下さったのです」
とロザリーは言った。
「遠いところの高い岩山に生える花なのですって」
そこは不思議な庭だった。白い星の花が見渡す限り咲き誇っていた。
「この花はエーデルワイス。花言葉は、『勇気』、『忍耐』、『純潔』そして『大切な思い出』」
ピサロナイトはロザリーの横顔を眺めた。
 エルフと魔族、相容れない存在でありながら、愛し合ったロザリーとピサロ。愛し合いながらも離れて暮らすことしかできない二人にとって、花を手渡し、受けとる行為が、愛の思い出でなくてなんだろう。
 寂しそうな、そして幸せそうなロザリーの横顔を、ピサロナイトは息をつめて見守っていた。