琥珀色の瞳

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第八回) by tonnbo_trumpet

 まだ子猫のような大きさでありながら、もう鮮やかな黄色の体毛に朱色のとさかを備えている。キラーパンサーの仔は三角形の黒い鼻面の頭にしわをよせて、みにゃあ、と鳴いた。
「かわいいねえ」
感心したような口調で黒髪の男の子がそう言い、抱き上げて顔をのぞきこんだ。明るい琥珀色の瞳の中に男の子の顔が映っていた。
「みぃ」
「わあ、ふわふわ。耳の後ろ黒いね。尻尾の先赤いね。見て見て、ビアンカ」
抱き上げて頬ずりする男の子の横で、金髪を三つ編みにした女の子が眺めていた。
「名前、どうする?」
「ん~とねえ」
ほとんど聞いていない。ベビーパンサーの前足は人間の子供の手で握りこめるほど小さく、男の子は前足の裏の桃色の肉球を押して小さな爪が飛び出すのを見るのに夢中だった。とまどったベビーパンサーは不思議そうな顔で鳴いた。
「みぃぃ?」
男の子は自分の顔を柔らかな毛皮の中へ押し付けた。
「あったか~い」
「すっかり気に入っちゃって……おまえはプックルよ?いい?」
プックルと名付けられた小さなベビーパンサーは琥珀色の目で少年と少女を見上げた。彼を二人のいじめっ子から解放してくれた子供たちは、その日からプックルの神になった。
 いつも、可能な限り近くにプックルはいた。時にはそれができないこともあった。少年が連れ去られてしまった十年があった。そして、プックルの目の前で石と化して持ち去られてしまった年月もあった。それでもプックルは、できるだけ彼の側にいた。
 いつのまにかベビーパンサーは成長していた。キラーパンサーの体は美しい斑紋の体毛で覆われ、大型の猫族特有のしなやかで強靭な筋肉をまとっていた。爪は鋭く、牙は輝いていた。
 彼の主人のもとには絶えず新しいモンスターたちがやってきたが、プックルは彼らと張り合ってでもフロントメンバーの座を譲らなかった。
 そうして、長い歳月が過ぎた。

 グランバニア王国は国土の八割以上が森林で覆われている。そしてその中に巨大なキマッザ湖があり、そのほとりにグランバニア城があった。
 城はこの地方のランドマークだった。国のどこに居ても森の梢の遥か上に城を見ることができるのだ。
 旅人がつぶやいた。
「まいったな。お城はどっちだ」
連れの旅人は途方に暮れ、巨木が太い枝を差し伸べてつくる緑の天蓋をただ眺めるだけだった。あたりは苔むした奇岩の間に樹木の太い根がうねるでこぼこした足場で、歩くことさえ難しかった。
「地図は?磁石は?」
「みんな流されちまったよ」
もともと地図は昔造られた素朴なものしかなかった。手つかずの大森林の中は、王国軍が測量を始めたばかりだったのだ。
 二人はキマッザ湖畔の教会を目指して小舟に乗り、途中で暴風雨にあって舟を捨てた。なんとか岸へ泳ぎ着いたが、自分たちが湖の岸辺のどこにいるか、見当がつかなくなっていた。そして岸辺は森の中だった。
 最初の旅人が空を見上げた。雨風はおさまっていたが、日暮れが近くなっていた。
「どうする。寒くなってくるぞ」
遭難の二文字が頭の中を駆けめぐった。二人はパニック寸前の気持ちを抑えて、なにか知っている物が見えないかと視線を走らせた。
 ひとりが、お、と言った。
「どうした?」
「今、樹と樹の間に何かいたぞ。黄色っぽいものが」
言いかけて押し黙った。
 それは正体を現した。緑の天蓋の隙間から夕陽がさしこむ。その光が照らす巨岩の上に一頭のキラーパンサーがひらりと飛び乗り、こちらを見下ろしたのだった。琥珀色の双瞳が強い光を湛えていた。
「こんなとこに!」
声を殺して旅人たちはささやいた。遭難の前に食い殺されるかもしれない。このあたりにキラーパンサーは生息していないが、もともとは“地獄の殺し屋”、恐ろしいモンスターなのだ。
「どうする」
「逃げるか?」
と提案した旅人も、足がすくんで動けなかった。
 何を思ったかキラーパンサーは背後を振りかえって一声鳴いた。
 足音がした。
 岩にまとわりつく苔を踏み分けて、樹の陰から一人の男が姿を見せた。
「どうしました?こんなところで」
二人の旅人は安どのあまり、崩れ落ちそうになった。
「あ、あの、さっきの嵐で舟が壊れて、ここへ流れ着いて」
その男は長身に紫のマントをまとい、同じ色のターバンで髪をおおっていた。手首に革を巻き付け、その手に杖を握っていた。
 キラーパンサーはターバンの男にすり寄った。ターバンの男はおそれげもなくキラーパンサーの首に腕を回し、そっとたたいた。
「こちらへ。たき火があります。服を乾かしてください」
そう言って彼は微笑んだ。その表情には何か、人を惹きつけるような力があった。旅人たちは縄でひかれたかのように彼の方へ寄っていった。

 旅人二人は焚き火へ招かれ、水と食糧を分けてもらい、その夜は森の中で過ごした。翌朝ターバンの男と別れ、教えられたように森を進んで行くと、教会から捜索に出ていた人々に運よくめぐりあうことができた。
「一晩、森に居たって?」
「よく無事だったな」
「昔と違ってモンスターは出ないだろうが、食べ物もなかっただろうに」
口々にそう言われ、労られた彼らは、しかし、紫のターバンの男の事を人に話さなかった。
「誰も信じてくれないよ。俺だって、夢だったような気がしてるんだから」
「おまえがいなくておれ一人だったら、ああ、夢だと思っただろうな。何せ、あれはどう見ても」
グランバニアの伝説の王、聖なるモンスター使い。
「本当に?やっぱりおまえもそう思うか?」
伝説の、と二つ名で呼ばれるが彼はれっきとしたグランバニア国王で年代記に記載がある。ただし、その治世はもう百年以上昔のことだった。
「知ってるか?あの王様は、年代記に死んだ年が書いてないんだ」
親友と愛妃をあいついで失ったあと、王は息子に王冠をゆだね、自分はマントと杖だけを携え、モンスターを引き連れてグランバニアの大森林の中へ去った、その時からグランバニアにはモンスターがいなくなった、と言われている。
 助かった旅人たちは、お互いに顔を見合わせた。
「いや、そこはごまかそうと思えばなんとかなるさ。古めかしいターバンとマントを見つけて、残っている肖像画にそっくりのかっこうをして森の中にいれば」
もう一人が首を振った。
「だめだね。そんなことしてもごまかせないものがある」
もう一人がうなずいた。
「そうか。キラーパンサーだ」
もう絶滅したモンスターの成獣を馴らすことが偽物にできるだろうか。威厳のあるキラーパンサーをして、愛情と信頼のこもった仕草で体をこすりつけ、甘えさせることができるだろうか。
 深い森の奥、巨木に囲まれた小さな焚き火とその前に座るモンスター使い。肩の上にはスライム、隣にキラーパンサー、背後にはゴーレム、キングスライム、ブラックドラゴン、その他もうこの世界では見られなくなったモンスターたちが次々と群がる光景、それを穏やかに見守る不思議な瞳の王の姿を、二人はそれぞれの胸の奥へしまいこんだのだった。