オウム返しの使い魔 4.ラインハット城陥落

  ものすごい音がしたとき、コリンズは机に向かっていた。ここ何日か、宿題が以前の三割増しになっている。ぶつくさ言いながらコリンズは本を広げ、石板に問題を書きとっていた。
「コリンズさま!」
 城が壊れるような音がした瞬間、コリンズ付きの従僕キリと、侍女のショーンが走ってきた。
「なんだ、なんだ!」
「中庭になにか、います!」
 コリンズは窓へ飛びついた。そして、恨み骨髄のような表情の“顔”をまともに見てしまった。
「目があっちゃった!」
 キリたちは窓から首を出してようすを眺めた。
「か、怪物……!こうしてはいられません、お逃げ下さい!」
 ドアを開けようとした。
 まった、とコリンズは二人を止め、今まで座っていた椅子を後ろへひいた。
「ここから脱出だ」
 代々の王太子のために用意された、抜け穴がそこにあった。
 じゅうたんの模様に偽装した取っ手をつかんで持ちあげると、その下には驚いたことに大勢の人間がいた。
 コリンズは穴の中に顔をつっこんだ。
「父上!」
 ヘンリーがさっと顔を上げ、人さし指を唇にあてた。
(声を出すな。静かに降りて来い)
と指で合図した。コリンズは真顔でうん、とうなずき、抜け穴の階段を下りた。キリとショーンもついてきた。
(母上!)
 コリンズはまっさきに母へ飛びついた。マリアは息子を抱きしめた。
(無事でよかったわ)
(外にエビルスピリッツがいる。声を出すなよ?)
 なにがあったのかと聞きたかったが、父に声をたてるなと言われてはそれもできない。その間にも、ヘンリーが手で促して城の使用人や役人たちを先に行かせていた。
(国王様も、お早く)
 兵士長が言ったが、デールは首を振った。
(おまえたち、さきに行っておくれ)
(ですが)
 ヘンリーが手で、ちょっといいか、というしぐさをした。
(濠のところに桟橋があって、そこにイカダがある。跳ね橋を渡れなくなったらそれが頼りだ。先に行ってイカダを確保。もしあったら小舟も集めてくれ)
 兵士たちはやっとうなずき、敬礼して出て行った。
 残ったのは城主一家、太后付きの侍女セイラ、マリアの秘書である女官のリルシィ、コリンズ付きのショーンとキリ、数名の兵士などだった。
 どの顔も緊張でこわばっている。コリンズはごく、と息を呑んだ。マリアが気付いて、何かささやこうとしたとき、外から声がした。
「宰相さま、イカダが」
 その後は悲鳴になってしまった。
 ヘンリーは戸口から身を乗り出し、くそっとつぶやいた。コリンズの目にも、外のようすが見えた。兵士たちはエビルスピリッツにのしかかられて、イカダの上の物言わぬ人形となっていた。
(しまった……)
 エビルスピリッツは思ったよりも知恵が回るらしい。城の横から人々が逃げ出したのを見て、襲ってきたのだろう。秘密の出入り口から城の角まで、どこか白っぽく色の抜けた人々が折り重なり、通れなくなっていた。
「初メマシテ・オ目ニカカレテ・ウレシイデスワ・ゴ存知?アノ方・昔ノ恋人ト・切レテイナカッタソウヨ?シャベッテナイデ・チャント仕事ヲ・シテヨ!」
 色々な声が、あまり抑揚もなく、でたらめな言葉を繰り返している。不思議なことにどこか哀切な口調だった。
 はふ、はふ、と呼吸の音だけが響いた。絶望が四方から音を立てて迫ってきていた。
(まだだ!)
 声をひそめてヘンリーがささやいた。
(ラインハット城をなめるなよ?)
 そして動き出した。マリアが、デールが、その後に続いた。
(キリ、ショーン、行くぞ?)
(だ、だいじょうぶですか?)
 小声でキリが聞き返した。
(父上のことだもの、きっとなんとかしてくれるさ)
 それは確信だった。先ほどまで自分たちを圧迫してきた絶望の壁が退く。気が付くと、コリンズの呼吸は楽になっていた。
 ヘンリーが向かったのは、城の一階北側にある書物庫だった。
 書物庫を入るとその奥に下り階段があった。きっちりと書物庫を締めきって、マリアたちは階段を足早に下っていった。たどりついたところは、旅の扉だった。
 城主一家と召使たちから、押し殺した歓声があがった。
「森深き祠、へ出るのですね」
 マリアがささやいた。
「そうさ。見つかる前に、脱出しよう」
 そのときだった。
「待ってください」
 声を上げたのはデールだった。
「あのエビルスピリッツ、ゾンビ系のようですが、思ったより知恵が回ります。もしかしたらこの旅の扉を通ろうとするかもしれません」
「通れるのか?」
「本体はこの城に体当たりして壊しました。実体があるのです。通ることのできる可能性があります」
 人々は静まり返った。エビルスピリッツのつぶやきがここまで聞こえて来た。
「イラシタワネ・ソンナ名前ノ方・ツマリ・守ッテホシイト・オ思イニナッタワケデ・話シカケルンジャネエ・アノ方ヲ・見テイルト・心ガ暖カクナリマスノ」
 コリンズはぞくっとした。意外なほど近くからその音は聞こえた。もう書物庫に気付いたのかもしれない、と思った。
 ヘンリーはやはり上を見上げ、つぶやいた。
「あいつ、今なんて言った?まさかあいつが、謎の声なのか」
 デールがつぶやいた。
「そのことはまた、後で。旅の扉を無効にする方法を、私は知っています」
 ヘンリーが弟に向き直った。
「なんだって?どうすりゃいい?」
「この部屋に隠された魔石をひとつ、外してしまえばいい。その場所がどこかは、代々の国王が受け継いできました」
 そして、なんとか笑顔をつくった。
「行ってください、兄上。そうしたら私がここで、魔石を外します」
「おまえが助からないじゃないか!」
 うなるようにヘンリーが抗議した。
「魔石はどこだ?俺が外すから、おまえが行け。王が無事じゃなきゃラインハットは」
 いきなりデールがヘンリーの手首をつかんだ。
「思い上がらないでください」
 コリンズが息を呑んだほど、厳しい表情だった。
「城と民を守り通すのは、王である私の義務であり、特権です。あなたではない」
 さしものヘンリーが、何も言い返せなかった。
「第一、私が外へ逃げても、何もできないのですよ」
 冷静にデールはそう続けた。
「あなたなら、あの怪物からラインハットを取り戻せる。だから、今はあなたが逃げてください」
「デール!」
 大声でヘンリーが叫んだとき、階段の上で何か壊れるような音がした。書物庫の扉だ、とコリンズは直感した。
「早く!」
「ダメだ!」
 いきなりデールは、ヘンリーを両手で抱きしめ、耳元へささやいた。
「昔のあなたは、もっと魅力的でした」
 ヘンリーが、硬直した。どこか甘えるようにデールはささやいた。
「国政を言い訳に守りに入るなんて、あなたらしくもない。あなたは二つの世界の境界線上にあって生と死を往来し、笑いによって状況をくつがえすアルレッキーノ、破天荒なるトリックスター、私の兄上、私の親分。どうか、がっかりさせないでください」
 次の瞬間、勢いよくヘンリーを旅の扉の上へ突き飛ばした。
「母上、兄を連れて行ってください!」
 凪の水面のような旅の扉の表面に小さな渦が生まれ、急速に広がった。作動を開始した旅の扉に、城主一家と召使たちはあわてて飛びこんだ。あたりの風景がぼやけ、にじみ、うねり、湧き上がった。
 次の瞬間、コリンズたちはまったく別の場所にいた。
「デール!」
 悲鳴のような声で弟の名を呼び、ヘンリーが再び旅の扉に飛びこもうとした。
「大公殿!」
 そう叫んでアデルがその袖をつかんだ。
「あの子の気持ちを、どうか汲んでたもれ!後生じゃ、後生じゃ……」
 ヘンリーの目の前で旅の扉の回転は遅くなり、まもなく渦を巻かなくなった。凪のような水面が指し示すことは、ただひとつだった。
――叔父上が、魔石を外したんだ。
 ラインハット王デールは、一族を首尾よく逃がし、自分は城と運命を共にしたのだった。

 森深き祠は名前の通り森の中にある。ヘンリーは、ラインハットに戻れないと納得すると、黙って動き出した。
 一行の中で成人の男性はヘンリー自身と従僕数名、兵士数名だった。兵士たちに向かってヘンリーは、列の先頭と最後尾についてくれと指示した。
「海辺の修道院を目指す。明日はオラクルベリーだ」
 感情を抑えた声だった。
 こうして一行は歩き出した。女性が多く、特にアデルは高齢だった。あまり外歩きには向かない靴をはいている者も多かった。
 森を出たとたんに潮風が強くなった。森を抜け、草原に入ると、砂州があった。そしてその向こうに、海辺の修道院の鐘楼が見えた。
 砂州は狭く、橋は原始的で、ラインハットから落ちのびた一行はよろよろしながら進んでいた。城の人々やデールを失ったことで、誰もが呆然としている。いきなり急変した運命の重みをしょって、うつむきがちに、言葉少なく歩いていた。
 子供はコリンズ一人だった。
 コリンズは、少し不思議な気がしていた。グランバニアの王子と王女、アイルやカイは、ラインハットへ遊びに来るとよく旅の話をしてくれた。広い世界の旅はいいな、俺もいつか行きたいな、と思っていた。
 こんなとんでもないことになったが、その旅というものに、実は今、一番近づいているんじゃないかな、とコリンズは思う。
 また潮風が吹いた。アイルたちの言った通り、磯の香りがする。水平線には海鳥の群れがいて、風に乗ってその鳴声が聞こえた。
 いつのまにか、マリアがヘンリーに寄り添っていた。二人とも何も言わなかったが、ただ手をつなぎ、足もとに用心しながらゆっくり進むだけで、二人がお互いを必要としているのがよくわかった。
 砂州にぐしゃぐしゃの足跡を残して一行は修道院のある島へ渡った。修道院は砂地が草原にかわり森となる境のあたりにあった。その前に、誰か立っていた。
「ヘンリー!」
 背の高い、ターバンとマントを身に着けた旅人だった。
 はっとヘンリーが息を呑んでその場に立ち尽くした。旅人は足早に近寄ってきた。
「大丈夫かい?デール様からの手紙を見て、ルーラでラインハットまで行ったんだけど、ひどいようすだった。ここで待っててよかったよ。いったい何が」
 グランバニア王ルキウスは、そこまでしゃべって口を閉じた。ヘンリーのようすに気付いたらしかった。
「ルーク、俺は間違ってたのか?」
 コリンズが今まで聞いたことのないような声でヘンリーが尋ねた。
「あいつを王にしたのは俺だ。もし、俺が、あのとき……」
 ルークはいきなりヘンリーを抱え込み、ヘンリーの後頭部を掌で抑えて彼の顔を自分に押し付けた。ルークの首筋のマントの重なりに顔を埋め、ヘンリーの声がくもった。
「そうしていたら、デールは……」
 声が小さくなった。親友のマントに手をかけてしがみついたまま、ヘンリーの肩がふるえていた。
「辛い思いをしたんだね」
 ぽつりとルークが言った。くうっ、とヘンリーの喉が鳴った。
――父上、泣いてるんだ。
 ここまでずっと押し殺していた感情をヘンリーが爆発させるのを、コリンズは呆然と眺めていた。

 海辺の修道院はコリンズにとって、母方の実家のようなものだった。赤ん坊の頃から母のマリアといっしょに何度も訪れ、年老いた修道院長はじめシスターたちに親しんで育ってきた。
 コリンズから見た修道院はいつも潮騒の音がして、祈りの声とオルガンの調べが響き、すべてが平和で慎ましい、清潔な場所だった。
 だが、その日の修道院は騒然としていた。院長はじめ、修道女たち、見習いの娘たち、その他ここへ保護されている人々などが前庭に出てきて、ラインハットからの一行を迎えてくれた。
 まだ呆然としているヘンリーに代わって、ルークが修道院側と話をつけた。アデル太后と侍女のセイラは昔フローラが花嫁修業の時に使っていた部屋に入った。ヘンリー一家と他の召使たちは旅人のための寝室を貸してもらうことになった。
 修道院の一階の食堂にラインハットの人々と修道女たちが集まり、慎ましいが栄養のある食事がふるまわれた。食事の後に、話し合いが始まった。
「あまりいい知らせじゃないんだけど」
とルークは切りだした。
「ラインハット城にはもう、命の気配がなかった」
 ラインハットからの逃亡者たちはうつむいたり、ため息をついたりしたが、口を開く者はいなかった。
「ぼくは魔界を攻略したパーティといっしょにルーラでラインハットについた。上空から城内を調べようと思って魔法の絨毯で正門の真上に上がった時、あいつに出くわしたよ」
「でかかったろ?」
とヘンリーが言った。
「うん」
「デールはやつをエビルスピリッツと呼んでいた」
「そうだね、でも、大神殿の奥にたくさんいた普通のエビルスピリッツよりあいつは大きかった。上から見たらラインハット城の中庭にすっぽり入るくらいだったから。レベルが高いのかもしれない。強かったし」
 ヘンリーが顔を上げた。
「戦ったのか?」
「軽くひと当たりしてみたよ。エビルスピリッツは攻撃魔法にはかなり耐性があって、デイン系がちょっと効くくらいだった。どう見てもゾンビみたいだったからニフラムを当てられないかと思ったんだけど、あいつは黒い霧を吐いて、こっちの呪文が使えなくなったよ。しかたがないから距離を詰めて殴ろうとしたら、逃げられた」
「じゃ、今、城は無人か?」
 ルークは残念そうに首を振った。
「いや、いると思う。気配がするんだけど、エンカウントしない。姿を見えなくして潜んでいるんだろうね」
 沈黙が訪れた。しばらくしてヘンリーが話し始めた。
「ラインハットの町のようすは見たか?」
「街もかなり襲われていた。人々は近くの町や村へ逃げたようだよ」
「みんな、無事なのか」
「ぼくも全部の町を見に行ったわけじゃないけど、みんな息を殺してラインハットのようすをうかがっている感じだった。ヘンリー、あいつは何だい?何か知ってる?」
 ヘンリーは重い口を開いた。
「あいつは最初、ラインハット城の暗がりにいて、マリアの声で変なことを言って回った。結果、ひどいうわさが立って、マリアはだいぶ苦しんだ」
「デール様が手紙に書いてくれたから、うわさのことはだいたい知ってる。でも、謎の声がこんな災厄を引き起こすなんて思ってなかった」
とルークは言った。
「俺もだ。それまで隠れていたのに、あいつはいきなり現れた。城で暴れまわり、人の魂を食い荒らしやがった。ああ、あいつはたぶん、声を頼りに動いてるぞ。声の大きい、あるいは声がたくさん聞こえるほうへと移動していたから」
「待って、魂を食べたって?」
「文字通りだ。あいつがのしかかった人間は、色彩を失って人形みたいに動かなくなった。心を吸いとられたように見えた」
「それが本当なら、うかつに攻撃できないな。二フラムをきっちり当てなくてよかったのかもしれない」
 修道院の鐘楼から鐘の音が聞こえてきた。ラインハット城が襲撃されたのはその日の昼、海辺の修道院へコリンズたちがたどりついてから少し時間がたっている。そろそろ日が暮れそうだった。
 ルークが尋ねた。
「これからどうする?」
「まずやるべきことは、この大陸の町や村に警告を発して、エビルスピリッツの襲来に備えること」
とヘンリーが答えた。
「具体的には?」
「あいつが現れたら、声を出さない。あらかじめ人口過密にならないようにする。大都市から人口を減らせるといい。まわりの村へ人を疎開させるんだ。明日、オラクルベリーの領主の名で告知する」
 城と王を失っても、ヘンリーはオラクルベリーの領主だった。生きのこった兵士たちの一人が控えめに言った。
「志願します。小官らを、使いとして派遣してください」
「わかった。ついでと言ってはなんだが、オラクルベリーの商人組合に今の状況を説明してきてくれ。いや、俺が手紙を書く。届けてもらえるか。ラインハットの首都機能の一部を、商人組合に代行してもらおうと思っているんだ」
 兵士たちの志願を受け入れた後、マリアに話しかけた。
「マリア、きみはどうする?オラクルベリーの領主館へ戻るかい?コリンズを連れて」
 コリンズは母の顔を見上げた。
「いいえ」
とマリアは言った。
「町へ戻ってまた疎開するのなら、私はこの修道院にいます。おそらくここへも疎開の人々が来ることでしょう。ここでその方たちのお世話をします。それでよろしいですか、院長様」
 修道院長はかなりの年だが、身も心もしゃっきりとした女性だった。
「ありがとう。頼みにしていますよ、マリア殿。御領主、生きのこった方々を匿うことなら私たちにおまかせください」
 よし、とヘンリーがつぶやいた。
「これで決まった。ルーク、頼みがあるんだ」
「なに?」
「旅に、つきあってくれ」
 ルークは驚きに目を見開いた。それから親友の顔をじっくり眺め、うなずいた。
「もちろん、いいよ!どこへ行くんだい?」
「グランバニアだ」
 コリンズも、ルークと同じくヘンリーから目が離せなかった。デールを取られ、城を失い、落ちのびる旅路の間の彼とは、まるで別人だった。
 顔の内側に光が灯る。ヘンリーの声には確信の裏打ちがあった。
「サンチョ殿に話しを聞きたい。サンチョ殿は昔、パパスさんの従者として、親父、ラインハット王エリオスとパパスさんと三人で旅をしたはずだ。途中で三人は魔法の里に立ち寄った。そのとき、何をどうやったのか知らないが、親父は人工使い魔を造ったと言っていた。“オウム返しの使い魔”をな」
「“オウム返しの使い魔”、それがエビルスピリッツなら」
 ぐっとヘンリーは手指を握りこんだ。
「親父もパパスさんも亡くなっているが、サンチョ殿なら何かおぼえているかもしれない。魔法の里の場所がわかったら、そこへ行って、対抗手段を探す。手がかりは小さいが、俺はそこにすがってみる。ラインハットを取り戻すには、それしかない」
 ルークの手がヘンリーの拳を包んだ。
「旅ができるんだね。君といっしょに」
 ルークの眼は、潤んでいるようにさえ見えた。
「何年ぶりだろう!君はずっと忙しくて、立派な政治家で、家族もいて、ぼくは……ああ、こんなときだけど、嬉しいって言っていいかい?君が戻ってきてくれるんだ!」
 ヘンリーはもう片方の手をルークの手にそっと乗せた。
「デールにさ、守りに入るなって言われたんだ」
 かすかな笑みが、ヘンリーの唇に浮かんでいた。
 コリンズの胸のどこかがきゅっと音を立てた。
――父上、笑ってる。
 大丈夫なんだ、と思った。そう思った瞬間、全身が安心感に包まれたのがわかった。
 思わずコリンズは母を見上げた。マリアも同じらしく、コリンズを見下ろして、しばらくぶりに笑顔をくれた。
「だから、俺が動く。あのふざけたヤツを必ずたたきのめしてやる。いいな?」
「もちろんだよ、親分」
 ルークは泣きたいのか笑いたいのかわからないような顔でそう言った。