テルパドールの戦い 9.死神:終末

 ヘンリーの動きが一気にはやくなった。右手を手鎖から引き抜いて作業場に敷いてある荒むしろの下を探り、別の鎖を取り出した。訊ねるような視線をルークの方へ投げた。
 ルークは自分のいる位置からある場所を注視していた。風の音、奴隷の咳き込み、監督の罵声、兵士の命令、踏み車のきしみ、木槌やツルハシの音など、この現場は雑音だらけだがある意味静かだった。だが、一定時間に一度、凄まじい大音響がする。建設現場の一画に設けられた溶鉱炉が溶けた鉄を吐き出す瞬間だった。
 ルークはヘンリーの方へうなずいてみせた。同時に片手をあげ、溶鉱炉を見つめながら指でカウントダウンを始めた。5、4、3……。
 ヒュン、と音をたててヘンリーが空中へ鎖を放った。手鎖よりはるかに長く、一つ一つの輪が小さい。鎖は一直線にザランドへ向かい、その太い首に当たった。
「フグォ?」
鎖は剛毛に覆われた猪首に巻き付くように折り返し、さらに伸びてルークのいる方へ向かった。コン、と音をたてて自分のすぐそばへ落ちた鎖の先端を、ルークはがっと抑え、岩場の楔へひっかけた。この間、指一本折るだけの時間しかたっていない。監視役の奴隷監督は大きなあくびをしていた。
 ヘンリーの腕が鎖を操って一度たわませ、あらためてザランドの首にきつくくいこませた。
「フォ、フググググ」
ザランドはやっと気がついて首の鎖をはがそうとしたが、もう大声は出せなくなっていた。
……2、1、0!
 溶鉱炉の出口が開いた。中から溶けた鉄が下の容器に吐き出されてきた。雷のような音があたりに鳴り響いた。ザランドの悲鳴はその音にまぎれてしまった。
 ヘンリーは鎖の端を握り、さらに勢いをつけて引ききった。ルークのそばの楔が鎖に引きずられて跳ねた。が、持ちこたえた。中央部分の輪の端を研いで薄くした古い鎖は、ザランドの首を一気に斬り飛ばした。
 苦悶の表情の首が体液を振り撒いて宙に舞った。汚れた鎖がぴんと一直線に張った。
 ルークは楔から鎖の先端をぬいた。ヘンリーは下に落ちかけた鎖を再度空中へ放った。勢いのついた鎖は、下の岩場へ落ちて耳障りな音をたてるようなこともなく、ふわっとした山形を描いてヘンリーの手元へ戻っていった。
 コン、コン、コンと再び木槌が動き出した。板状の石が割りとられた。もう一度手鎖に右手首をつっこんで、ヘンリーはその石をコロの上へ下ろし、押し始めた。
 不機嫌な奴隷監督が短く命じた。
「早く上げろ。工事が遅れているんだぞ」
痩せ細った体でヘンリーが石を押していく。その後ろで背中の曲がった年寄りの奴隷が凶器の鎖をむしろごとつかみあげて歩き出した。石の破片を集めて回る奴隷女が鎖を巻き込んだむしろを年寄りから受け取り、乱暴に手桶につっこんでゴミ捨て場へ向かった。この手のバケツリレーに奴隷たちは慣れていた。何事もなかったかのように、奴隷たちは全員自分の役割を演じていた。
 あとどれだけの時間がかかるだろう、ザランドが死んでいると気づかれるまで。鞭男も兵士も、やけに静かだと思うだろうか。きょろきょろと探すだろうか。それとも、厄介者がおとなしいなら幸いとほうっておくだろうか。
 ルークは頭を振った。
――あいつは仲間を殺した。ヘンリーを傷つけた。
それを知ってはいても、誰からも悼まれず、おそらくあっというまに忘れられる死がどこかうすら寒かった。
 ルークは自分が切り出した板石をコロに乗せ、ヘンリーの後を追って押し始めた。
 坂の上の集積所に来ると、ヘンリーが待っていた。奴隷の着るぼろから垢じみた手足をぬっと出して、はだしの足を石にかけ、腕を組んで石切り場を眺めていた。
「やりとげたね」
ああ、とヘンリーは言った。
「明日の朝になったら、犯人探しが始まるかもしれない」
「みんなに用心してと言っておくよ」
ヘンリーはつぶやくように言った。
「死体は明らかに首を切られている。兵士か奴隷監督が疑われるんじゃないか?奴隷は武器を持たせてもらえないから」
「そうだね。念のため、ね。たぶん、モンスター同士の喧嘩扱いで、すぐに忘れられてしまうと思うよ」
「そんなとこだろう」
そう言ってヘンリーは自分の手を見た。
「おれは忘れないけどな」

 身代金受け渡しのために夫たちが地下庭園へ降りていくのを、残された家族はあえて見送りに行かなかった。
 テルパドール宮廷の好意で一部屋を提供してもらい、ビアンカと双子、マリアとコリンズがほとんど立てこもるように集まった。
「解決するまでここにいましょうね」
ビアンカは子供たちにそう説明した。
 先日からずっと眠っていたアイルがようやく目を覚ましたので、ベッドごとその部屋へ運んでもらった。
部屋は贅沢ではないがこぎれいに整っていて食物や水も差し入れられ、城の人々から丁寧に扱われている。が、ビアンカは臨戦態勢だった。万一ルークたちが身代金受け渡しに失敗したら、光の教団の信者たちがまとめて襲ってくる可能性がある。そのときに戦えるのはビアンカ、カイ、そしてまだ体調の戻っていないアイルだった。
「大丈夫、お父さんたちはきっと解決して女王様と一緒に戻ってくるわ。少しの辛抱よ」
心中険しい気持ちでいても、ビアンカの笑顔は天性の励ましだった。マリアは感謝のまなざしで、子供たちは安心したようすで彼女を見上げた。
「早く帰ってきてくれるといいな」
ベッドの中でアイルがつぶやいた。
「なんかお父さん、ここんとこヘンな感じなんだもん。早くいつものお父さんに戻ってほしい」
コリンズはベッドのはしに浅く腰かけていた。
「ヘンて何だよ?」
アイルは友達を見上げた。
「ヘンなんだよ、とにかく。なんか、お父さんじゃなくてよその人みたい。テルパドールでこのあいだ女王様に会ってからね」
「占いをなさったときのことね」
とカイが言った。
「うん。あのとき、僕の中に前の勇者が出たんだ。そのときお父さんはなんかすごく、んー、ていねいすぎる感じだった」
よそよそしい、と言いたいのだろうとカイは見当をつけた。
「だってそのときお父さんは、勇者に話しかけていたんでしょ、アイルじゃなくて」
「そうだけどさあ。それからなんとなくお父さんたら、ヘンなんだ」
あのね、とビアンカが声をかけた。
「アイルのお父さんは、アイルに済まないと思ってるのだと思うわ」
そうなの?と意外そうにアイルが聞いた。
「私、昔ね、アルカパの宿屋でパパスおじいさまが“自分は息子にとっていい父親ではない”って言うのを聞いたことがあるの。“いつもそばにいてやりたいのにできない”って」
「息子って、お父さんのことね?」
とカイが言った。
「そう。それで今、お父さんがちょうど同じことを言うの。“いい父親じゃなくて、双子に済まない”って。でも、おかしいわよね。ルークはパパスおじさまを慕っていたし、アイルもカイもお父さんを好きでしょ?」
うん、と双子はそれぞれにうなずいた。
「だからアイル、お父さんが帰ってきたら、“お父さんはいい父さんだよ”って言ってあげて」
そうしようかな、とアイルは言った。
 カイはそんな兄をじっと眺めていた。母のビアンカは嘘をついたわけではないと思う。だが、カイは、アイルの直感、お父さんがヘンだ、というほうが正しいと感じていた。
「でも、お父さん、何か隠してるわ」
とカイはつぶやいた。
「そんなもんだろ?」
とコリンズが言った。
「父上含めて大人ってのはメンドウなんだ。いろいろあって」
幼なじみの悪ガキは一言で切り捨てた。
「うちのお父さんはコリンズ君のお父さんと違うわ」
「どこが?」
「モンスター好きだもん」
カイにもうまく説明できない。だが、カイにとってそれは確信だった。
「お兄ちゃん、さっきの、ちゃんと言ってあげて。そうしないとお父さん、モンスターの世界へ行っちゃうよ」
真剣にカイは言った。
 ベッドの中からアイルはカイを見上げ、いつものアイルらしい笑顔を見せた。
「そうしたら、僕が連れ戻しにいくよ。僕は、勇者だから」
「お兄ちゃん……」
アイルにはたぶん、それが可能だとカイは思う。良くも悪くもアイルはまさしく、天に選ばれた当代の勇者なのだった。

 テルパドールの地下庭園をめぐる石垣の大きなガラス窓は、午後の光線を園内に取り込んでいた。白昼の輝きは薄れ、巨大庭園はどことなく黄色みがかってみえた。
 菱形にタイルをはめこんだ庭園内の広場に立って、傭兵隊長テリャクは苦り切っていた。
 ボアレイズはかんかんに怒っていた。
「どうしてあの時、捕獲しなかったのだ!」
「それは……」
気圧された、と言うのだろうか。テリャクの眼には、最初連行されてきたヘンリーと大司教の正体を悟ったあとのヘンリーが、人が違って見えた。ボアレイズが声を出すまで猫かぶりをしていたのだと今は理解できる。あいつは剣を使える、しかも相当の水準で。
 テリャクに言わせれば、そんなやつにちゃんと手錠をかけて捕まえてきたのを、外せ、と言ったボアレイズに第一の責任があるはずだ。しかし雇い主にそうとは言えず、部下に庭園内を捜索して捕獲して来い、と命令した。
「そこで遊んでいるのはなんだ」
ボアレイズは不機嫌の持って行き場がないらしく、テリャクのそばに残った傭兵にまで文句をつけた。
「新人ですので」
とテリャクは言ったが、ボアレイズはいやがらせのように命じた。
「わしはモンストロッシと相談してくる。そのあいだ、そいつらにも捜索させろ!新人でも目ぐらいついているだろう!」
しかたなくボアレイズは、新米傭兵も捜索に出した。
「二人一組で行動し、発見したら呼子で人を集めろ。自分だけでとらえようとするな」
そう、言い添えた。

 ハバンは緊張していた。この庭園は、池の周囲と菱形にタイルをはめこんだ空き地だけは開けているが、そうでないところは生い茂る植物のため二とにかく視界が悪かった。
「おい、コンス?」
二人一組で捜索しろと隊長から言われていた。ハバンは長剣を片手に庭師の管理小屋を一周してきた。ヘンリーの上着の切れ端はあったのに、本人は見つからなかった。
 こっちへ逃げてこなかったか、とコンスに聞こうとしてハバンはとまどった。いつのまにか、コンスまでいなくなっていた。
「コンス、どこだ?」
どこかで誰かがうなるような音が聞こえた。
「おい?」
木の向こうだ、とハバンは気付いた。幹に手をかけて背後を覗き込むと、腕を縛られ、口を布でふさがれたコンスが立ち上がろうともがいているところだった。
 あわててハバンは長剣を置き、コンスを助け起こして布をむしり取った。
「どうした!」
コンスの目がまん丸くなった。
「ハッハッ、ヘッヘッ」
ゆっくりしゃべれ、と言おうとして、ようやくハバンは気配に気づいた。後ろにだれかいる――。
 コンスを投げ出して剣を取り、真後ろに向けた。
ハバンの長剣を迎えたのは刃ではなく、脱いだ上着だった。
 テルパドール人は麻と綿を愛用するが、その上着は北国向きの分厚い毛織、しかもぎっしりと刺繍のある布でできていた。上着が剣を巻き込むと、ハバンにはとても切断できなかった。
「てめぇ!」
上着の持ち主はにやりと笑った。その直後、ハバンは鎧ごと胸を蹴り飛ばされた。花びらを散らしてハバンは吹っ飛んだ。
「どうした、威勢のいいおあにいさん?」
剣は相手の手の中にある。ハバンは懐のナイフを抜いた。
「そう来なくちゃな。さっきは武器をありがとうよ。ちゃちなナイフだけどな。そうだ、お礼に俺は、この剣じゃなくてさっきのナイフでお相手しよう」
とラインハットのヘンリーが言った。
「余裕ブッこいてんのも今のうちだぞ、ごらぁっ」
まず威嚇。そして先制攻撃。ハバンはナイフを構えてつっこんだ。
「おっと」
まっすぐ伸ばしたナイフは斜め下へ抑え込まれた。
 やりにくい。そうハバンは思った。先ほどコンスの“稽古”で見せた、まるっきりうろたえたトウシロぶりからヘンリーの戦い方が一転して玄人芸になっているのだから。ヘンリーは腰をわずかに落とし、すり足で水平に動き、横へのばした手にナイフを握りハバンの隙を狙っていた。
 ちっとハバンは舌打ちした。
「プロの傭兵をなめるなよ?」
言いざま、ナイフを振り上げ、斜めに斬り下ろした。
 その軌道を下から上へヘンリーのナイフが迎え撃った。コンスと戦ったときに手元へ斬りこまれてオタオタしていたのはなんだったのか、長く伸びた手はナイフでハバンのナイフをすり上げ、ハバン自慢の革鎧の胸を素早く傷つけてすぐに戻った。
「てめぇ!」
 ハバンはめちゃくちゃに打ちかかった。カッ、カンと打撃音が連続している。ときどき、ヘンリーの笑い声が混じった。バトルフィールドは木立に囲まれてあまり広くはない。その空間いっぱいにナイフが舞った。
 ハバンはコンスと同じときに傭兵隊に入り、それなりに訓練もしていた。長剣もナイフも使えるようになっていたのだが、そのとき指導役に言われたことを今さら痛感していた。すなわち、間合いに気を付けるべき、という大原則だった。
「あんまり近づくとヤケドするぞ?」
ハバンがうっかり近づくと一撃を食らう。もう鎧に覆われていない部分、肘や腕の内側などがけっこうな深さで斬られていた。連絡用の小さな笛を取り出そうと気をそらしたとたん、首筋をやられた。今も血があふれているのが気持ち悪かった。
「てめぇ、ぶっ殺す!」
「近頃の傭兵は質が落ちたな。あんた、血だらけじゃないか」
ハバンの斬りこみはことごとく流され、外されていた。攻撃しようと手を出すと逃げられ、逃げざまにどこかナイフでかすられ、時には斬られた。
「次は俺、手首の血管狙うぞ」
「させるかっ」
ハバンは手首を警戒してナイフを短く握った。ヘンリーの方から近づいてきた。前に長くのばした右手が数字の8を横倒しにしたような軌道でナイフを素早く操る。刃が次々と襲ってきた。一撃が強く、速い。傷ついた手首では刃を合わせても打ち負けしそうになった。この次は斬られる……。
「遠慮するなよ、逃げろ、逃げろ」
「きさまも逃げる気だろう!」
「あたりまえじゃねえか」
本当に仲間のところへ逃げ帰るか?厳しい隊長や先輩たちから、あとで何を言われるか。ハバンは背後へ逃げ出すのをこらえ、何とか刃の届かない間合いでヘンリーの左側へ一生懸命回り込んだ。
「ひとつ聞くが、おまえ女王様の居所知ってるか?」
「知っていてもおまえに言う義理はない!」
「じゃ、用なしだな」
いきなり目の前に刃が出現した。ぴっとかすかな音がした。ハバンの首筋から血しぶきが上がった。斬られた喉を片手で押さえ、ハバンが後ずさりした。
「なんでだ」
うめくようにハバンはそう言った。
「あんた、傭兵やって何年だ?世間知らずにもほどがあるぜ」
シャツだけの身軽なかっこうでヘンリーが冷笑した。
「さっきから右手だけで使っていたナイフを左手に持ちかえて、柄の下の方を握ってリーチを伸ばした。ただそれだけさ」
ハバンはもう、返事ができなかった。

 この庭、気に入らん。傭兵のムオライは巨大な葉を広げたオウギバショウを眺めてそう思った。何が嫌だといって、広すぎるし、身を隠すものがありすぎる。そして砂漠の国ではあり得ないほどの湿気が嫌すぎた。ムオライは汗かきだった。片手の甲で額をぬぐい、あらためて剣を握り直した。
 つい先ほどこのへんから確かに戦闘の気配がしたのだが。バタバタした足音や葉の激しく擦れる音がしたし、この目で影が動くのを見たと言うのに。
――誰もいねえ。
 華やかな蘭の花壇の奥には美しく整えられた木立があった。ムオライはもう二回も木立の中を見に行った。小道に沿って植えた花がつぶれていた。絶対に誰かがいたはず。
 ムオライは心を決めた。そのへんにいるはずの相棒、ラドバを呼んで、確かめてもらおう。それから二人で隊長に報告に行けばいい。
「ラドバ、ちょっと来てくれ」
花畑の中からラドバが身を起こした。
「何か見つかったのか?」
「それが微妙でな。その樹の後ろなんだが」
ムオライは先にたって木立へ入った。
 その瞬間、真上からムオライ目掛けてチェーンが放たれた。一瞬で喉が潰れた。悲鳴さえあげるひまもなく、ムオライは樹の上へ引きずり上げられた。
 何も知らないラドバが木立の中へ足を踏み入れた。
「ムオライ?どこにいるんだ、おい」
ラドバは知らなかった。樹上に探している人物が潜み、息を殺してこちらを見下ろしていることを。しばらく無駄に相棒を探したあげく、ラドバはうそ寒いような顔になって帰っていった。
「彼はほっといていいのかい?」
ルークが尋ねると、くっくっとヘンリーは笑った。
「あいつが隊長のところへ帰るだろ?そしたら、相棒が神隠しにあったって報告するはず。隊長さんには、ちょっと怖がって欲しいんだ」
ルークもつられて微笑んだ。
「人間、上の方は注意が留守になるってほんとだね」
「あいつが鈍くてラッキーだったよ」
さらっと言うと、ヘンリーはチェーンを手首に巻き付けた。
「傭兵を十人狩るとしても、十対二じゃない、一対二の戦いが十回だ。あいつらを分断し、連携させなければいい」
ふぅ、とヘンリーは息を吐いた。
「次、いこうか」

 ドリとタジクは、へっぴり腰になっていた。
「おれ、この仕事終わったら給金もって村へ帰ろうかな」
「え、貯めてたのか」
ドリはため息をついた。
「貯金ねえよ。だから給金もらった分だけでも持って帰って、その金で鶏でも飼って卵とか売って暮らそうかなって」
タジクはそっぽを向いた。
「おまえそれ、毎年言ってるじゃねえか。給金もらったその日に半分かた呑んじまうくせに」
おまえだってと言いかけてドリは口をつぐんだ。
 緑の天蓋のような木々の下からやっと開けた場所へ出た。ガラス窓からさし込む光の中に、紫のマントとターバンをつけた男がすらりと立っていた。連行されたはずのグランバニア王に違いなかった。
 ドリとタジクは、あわてて鉄の剣を構え直した。それよりも早くルークがつっこんできた。手にしているのは長い木の棒で、鉄の剣にくらべればおもちゃのようなものだった。その先端が閃いた。
 剣を持つ手を強かに突かれて、ドリは悲鳴をあげた。
「ひのきの棒じゃねえか、叩き折ってやる」
タジクが剣を振り上げた。微笑みさえ見せてルークは身をかわした。ドリたちが出てきた木々の間の道をそのまま走り去ってしまった。
「ちくしょう、待ちやがれ」
タジクが剣を構えて突進した。
「まてよ、隊長が離れるなって」
ドリがあわてて追いかけようとして、いきなりすっころんだ。
「なんだこれ、鎖か?」
誰かが鎖を、道を横切るようにかけわたしていたらしい。ぶつぶつ言いながら立ち上がってさあ、行くか、と振り向いたとき、目の前にルークがいた。彼の拳が鳩尾にたたきこまれた瞬間、ドリは密かに考えた。
――ああ、さっさとこんな仕事辞めりゃよかった……。