容疑者ピエール 1.弁護人ルーク

 グランバニア城の玉座の間に、その日、大勢の人々が集まっていた。国王ルキウス七世と王妃ビアンカ夫妻を中心に、国政を補佐する宰相オジロンと、グランバニアの主だった貴族たちである。少し離れたところに友好国のラインハットからやってきた使節団の面々がまとまって立っていた。
 この部屋は国家の運営をめぐって会議を行ったり、ときには華やかなパーティをくりひろげたりもするのだが、今日は厳粛な雰囲気に支配されていた。
 王侯貴族は玉座を中心に集まっていたが、玉座の間の入口付近には兵士の一団が整列している。真ん中にある人物を守っているようだった。
「ピエール!」
 少年が一人、その人物に向かって手を振った。王太子アイルだった。ピエールと呼ばれたのは、人間ではない。大きなスライムの上にまたがる騎士の姿をした矮人で、モンスターだった。モンスターではあるが、ピエールはグランバニアの市民にとって、現国王の戦友であり、王太子の剣の師匠である。モンスターだからと言って兵士たちに監視されるいわれはなかった。
 ピエールは騎士の兜をかぶったままアイルにちょっと会釈をした。が、手を振り返すことはなかった。彼の両手は手錠で戒められていた。
 宰相オジロンが何か言い、一団の中から黒衣の老人が呼び出された。グランバニアの教会の神父だった。
「お集まりの皆さん」
と神父は言った。黙りがちな人々は視線を神父の方へ向けた。
「私たちは亡きハーヴェイ・ローワンのために今日ここへ集いました」
ハーヴェイ自身の亡骸は棺に納められて教会の祭壇に置かれていた。
「彼はグランバニアの国民ではありませんが、ラインハットからはるばる我が国を訪れ、そして不幸にも生を終わることとなりました」
 何人かのグランバニア貴族が、ラインハットの使節団の方を見て小さく会釈をした。正使であるオラクルベリー大公ヘンリーは、厳粛な表情で会釈を返した。
「地上のありとあらゆるもの生死は、マスタードラゴンの思し召しのなかにあります。ハーヴェイの魂はもうマスタードラゴンの御もとにありますが、我々地上の者は彼の人生を悼みましょう。どうか黙祷を」
しばらくのあいだ、人々は沈黙のうちに祈りをささげていた。
 やがてオジロンが神父の労をねぎらい、みずから進み出た。
「お集まりの諸君、ここにお集まりいただいたのは他でもない。ハーヴェイ・ローワンの死についてこの場で真実を明らかにするためだ。私オジロンは当宮廷の宰相として、完全に公平な心で裁判長をつとめようと思う。異議ある方は、今のうちに申し出ていただきたい」
異議を唱える者はいなかった。
「では、ほかにアウリオ公、ならびにブラント将軍に裁判官をお願いしたい。御両所とも、裁判官を務めていただけるならば、完全に公平な心でこの事件に向き合うことを誓っていただきたい」
 アウリオ公はまだ若いが王家に継ぐグランバニア貴族の名門の当主、ブラント将軍はかつてパパス王に仕えた忠義の人として知られていた。二人ともオジロンの前に出てマスタードラゴンに誓いの言葉を述べ、オジロンの背後に並んで立った。
「では法廷に、ハーヴェイの死に不審ありと訴える者を紹介しよう。ヴェルダー卿、こちらへ」
 ヴェルダー卿はオジロンと同じくらいの年齢の老人だったが、ひ弱なようすはまったくない。鷲鼻の上の頑固そうな目でじろりと法廷中をにらみつけた。そばにいた同年輩の小柄な女性がヴェルダー卿を見上げ、腕に手を置いた。卿はその手をそっとたたき、オジロンの前、向かって左側に進み出た。
「ヴェルダーと申す。本職はグランバニアの正義を長年求め続けてきた。ハーヴェィ・ローワンの棺にこのまま蓋をしてすべてをなかったことにすることはできない。この死には不審がある。これからそのことを明らかにしていきたい」
背筋のしゃんとした老貴族は、ピエールをにらむような眼で見てそう言った。
「オラクルベリーのヘンリー殿」
とオジロンは呼びかけた。
「死者はあなたと同じラインハット人であり、あなたの使節団の一員だった。グランバニアの公的な正義の代弁者であるヴェルダー卿とともに死者の代理をつとめていただけるか」
「承知した」
ラインハット風の貴族の装束を身に付けたヘンリーが進み出て、オジロンの手前、左側に立った。
「私、オラクルベリーのヘンリーは、ハーヴェイ・ローワンの代理としてここに立ち、真実が明らかになることを希望する」
彼の声は明瞭でよく響いた。 再びオジロンが口を開いた。
「次に、疑いをかけられている者をご紹介しよう」
そう前置きして合図すると、兵士の一人がピエールの手錠を外した。兵士たちに囲まれて、ピエールは裁判長の正面へやってきた。
「被告人は名前と身分を明らかにするように」
ピエールは胸を張った。
「我が名はピエール、スライムナイトである。義に感じてグランバニアのルキウス殿に助太刀する剣士なり」
「住まいは」
「グランバニア城二階、ルイーダ殿の酒保内に間借りしているである。不審あらば、我が大家に問うがよかろう」
けっこう、とオジロンは言った。
「ピエール殿、貴殿にかけられている疑いの詳細を明らかにしておこう。死者の代理をつとめる方々よ、発言されたい」
自信満々という表情でヴェルダー卿が進み出た。
「もともと被告人ピエールは自ら騎士と名乗っている。去る金牛の月緑葉の日、当グランバニア城で行われた園遊会で、被告人は遅刻して参加した。そのときかねてより被告人が騎士としての“保護対象”、すなわちその名誉を守るべき相手であると勝手にみなしている女性が園遊会の席上、被害者ハーヴェィ・ローワンと余人を交えずに話している状況に出くわした。被告人は自身の独善的な行動基準から被害者がその女性の名誉を傷つけたと短絡的に判断し、被害者を殺害する以外にないと考えるにいたった」
会衆がざわめきたった。何人かが兵士たちの間のピエールの方を盗み見た。
「そこで被告人は、グランバニア暦762年金牛の月緑葉の日昼ごろ、グランバニア城屋上庭園の園遊会の席上にて、口論のあげく殺意をもって刃60cmの吹雪の剣を被害者の胸に突き刺して傷を負わせ、よってその傷に由来する失血により死亡させた」
ヴェルダー卿は法廷を見渡し、自分の訴えがオジロンをはじめとする人々の心に浸透したのを確かめるようにひとつうなずいた。
「スライムナイトのピエール殿」
とオジロンが言った。
「あらかじめ言っておこう。これから聞くことについて、自分にとって不利になること、または言いたくないと思うことについては答えなくともかまわない。言いかえれば、一度口にした言葉は不利な証拠とみなされることもあるということだ」
小さくピエールはうなずいた。
「承知した。吾輩は騎士らしく己の言に責任を負う覚悟である」
「けっこう。では、その上で問おう。ハーヴェイの代理人が述べた事実を認めるか」
そのときだった。オジロンの斜め後ろから、一人の人物が進み出てきた。人々は自然に道を開けた。ピエールの表情はいつも被っているヘルメットの陰になって見えない。が、頭を動かして彼を見つめた。
 二人の間に無言の了解が結ばれた、と法廷の人々には思えた。
 再びピエールはオジロンに向き直った。
「吾輩、代理殿の言われた時、言われた場所にて確かにハーヴェィと口論したである。そこまでは事実」
ピエールがそう言うと、ざわめきは大きくなった。
「それではピエール殿は、ご自身がハーヴェイ・ローワンを刺し殺したと認めるか?」
ピエールは誇り高く頭をもたげた。
「否!吾輩はハーヴェィを殺してはいないであるっ」
グランバニア側の後ろの方にいたアイル王子が、双子のカイ王女と手を握り合わせ、がんばれ!と声を出さずに応援した。
「では、これより死者の代理が貴殿が刺殺したことを証明にかかるが、よろしいか?」
「証明できるなら証明していただこう。吾輩も代理を立て、“吾輩が刺殺したのではない”と申し上げよう」
それでは、とオジロンは言って、あたりを見回した。
「被告人のために代理を引き受ける者は当宮廷にいるか?」
靴音がした。静かだが、ゆるぎない一歩だった。さきほどピエールと視線を交わし合った人物がついに出てきたのだった。
「ぼくが引き受けます」
 その人物は進み出て、オジロンの前右側に立ち、ハーヴェイの代理人と面と向かい合った。
「グランバニアのルキウスが、ピエールの代理を務めます」
オジロンの面前左右に死者の代理と被告人の代理が立った。二人の親友が、法廷の敵同士として向かい合っていた。

 いつも小生意気な口をきいては叱られたり笑いをとったりするその男が、今日は緊張のあまり震えているように見えた。グランバニアの兵士、ピピンだった。
オジロンが彼の名を呼ぶと、兵士たちの間からピピンが進み出た。緑色のサーコートはグランバニアの兵士の制服である。ピピンは証言台に立った。
 裁判長は重々しく、法廷にいる者すべてに起立をうながした。人々の注目がピピンに集まった。
「ピピン、君はここに証人として召喚された。その意味がわかるだろうか。嘘をついてはいけない。誓えるかね?」
おごそかにオジロンが言った。ピピンはつばを飲み込んだ。
「天にましますマスタードラゴンに誓って、真実を述べると誓います」
オジロンは、今でこそグランバニアの宰相だが、もともと先々代の王パパスの弟であり、いっときは玉座を占めた、すなわち先代の王であったこともある。ピピンに話しかける言葉には重みがあった。
「証言するとき、その証言によって君が何かの不利益を被るならば、証言しなくていい。そうでない場合君は聞かれたことに対して包み隠さず答えなくてはならないし、嘘を交えて答えてもいけない。真実ではないことを真実として証言すれば、それは偽証ということになる。れっきとした犯罪だし、第一マスタードラゴンがお許しにならないだろう」
一介の兵士の上に重圧がかかっているのが、目に見えるようだった。
「自分はっ……、すべての真実を、し、真実のみを述べます」
何度か噛んでやっとピピンは宣誓を終えた。
 オジロンはうなずいた。
「ピピンの証言を求めた者は尋問してください」
再びヴェルダー卿が進み出た。鷹の眼光でにらみつけられてピピンは震えあがった。
「姓名と所属を述べなさい」
「自分はっ、王城警備隊第一分隊所属、ピピン上等兵でありますっ」
裏返った声でピピンが叫ぶように言った。目がせわしなくきょろきょろと動いている。額に冷や汗が浮かんでいた。
「証人は緊張を解きなさい。それでは質問ができない」
といくらヴェルダー卿が言っても、ピピンはせわしなく呼吸をくりかえしているばかりだった。
「は、はぁ……っ」
こほん、と咳払いの音がした。
「失礼、ヴェルダー卿。経験豊かな卿のお邪魔をするのは申し訳ないのだが」
ヘンリーだった。
「ピピンには、卿の御顔は威厳がありすぎるのではないかな」
ヴェルダー卿が眉を寄せた。
「よろしければおれが質問を引き受けますが」
「ヘンリー殿、法廷に立った経験がおありかな?」
「ラインハットでの土地争いなどが主ですが、ないこともない。さあ、時間の限りもあることだ。第一、大将は後から登場するものと相場が決まっている。先陣は承りましょう」
ヴェルダー卿はしばらくのあいだ、じろじろとヘンリーを眺めていたが、やがて何も言わずに一歩下がった。
「では、失礼、と。ピピン?」
「へ、はいっ」
「おい、落ち着け。最初の質問だ。グランバニアの城下町で一番はやってる居酒屋じゃ、16歳のナンシーと18歳のケイトが看板娘の座を争っている。どっちのほうが美人だと思う?」
えっとピピンは絶句して、さらに青くなった。
「そ、そんな、とてもじゃないけど、どっちか一人なんて決められません」
「さっき真実を述べると言ったばかりだろう?」
「で、でも、ナンシーは天然妹系でケイトはクーデレ姉系で、ああっ、どっちも好みなんです。ど、どうしても答えなきゃだめですかっ?」
顔を真っ赤にしてピピンは必死で叫んだ。
「いや、答えなくていい」
あっさりとヘンリーは言った。ピピンは証人台に崩れ落ちそうになった。
「ヘンリー殿」
いわく言い難い声でオジロンが言った。
「か、関係のない質問は控えていただきたいのだが」
ほほの肉がぷるぷるふるえていた。
「承知いたしました。裁判長閣下」
すました顔でヘンリーが言った。
「質問は撤回する。落ちつけよピピン。これから聞くのは、ナンシーかケイトかって言うのよりよっぽど答えやすい質問ばかりだぜ?」
「あ、は、はい。わかりました」
脱力したような顔でピピンは答えた。
「俺たちはハーヴェイの死の直前のようすを詳しく知りたいんだ」
率直な口調でヘンリーは話しかけた。
「君はハーヴェイ・ローワンが死んだ園遊会で何をしていた?」
「警備をやってました」
なんとか立ち直ったピピンが答えた。
「ハーヴェイが倒れた時、どうした?」
「最初に駆け寄って、抱き起こしました」
「どうしてそうなった?覚えていることをできるだけ詳しく話してくれ」

 グランバニアの春は遅かった。長い冬の季節が過ぎ、城をとりまく大森林の上から雪化粧がとれると、草が一斉に芽を出してくる。あっというまに育ってつぼみを持ち、それが日当たりのよいところから次々と開いていくと、市民はようやく春を実感するのだった。
 チゾットからの道の通行止めが終わり、キマッザ湖の港にも定期船がやってくる。春はグランバニアにとって出会いの季節でもあった。
 グランバニアの貿易相手、ラインハット王国から大型船がやってきたのは、ちょうどそのころのことだった。秋に送り出した良質の木材や特産品の代わりに、ラインハットの製品や産物を積んで戻ってきたのだった。そして、船には、いつものようにラインハットからの使節団が乗っていた。
「ヘンリー!わざわざ船で来たのかい?」
使節団の長である正使は、ラインハットの大貴族でグランバニア国王ルークの友達でもあるヘンリーだった。使節団のメンバーや従僕たちの前で、二人は互いを抱きしめた。
「海路のチェックを兼ねてきた。キメラの翼で飛んできたんじゃできないからな」
長旅の疲れをあまり感じさせない澄ました顔で、ヘンリーが言う。
「熱心だね」
「それが仕事だ。にしても、地面が揺れないってのはいいよな?人心地がする」
二人は旧知の仲で、幼馴染でもある。互いの城をひんぱんに訪ねあう間柄だった。
 3~4ヶ月の間雪に閉じ込められていたグランバニア城の住人たちは、いそいそと遠来の客を桟橋へ迎えに出ていた。ルークと王妃ビアンカ、宰相オジロン大公の娘ドリスである。王家の双子は城にいたが、ピエールやプックルなどルークの戦友というべきモンスターたちは湖の岸まで出迎えに来ていた。
「王后陛下、本日はまたいちだんとお美しい」
舌の回転も滑らかにヘンリーの口から口説き文句すれすれの挨拶の言葉が流れ出した。
「おかげさまでね。船旅、お疲れ様」
ビアンカは慣れたようすで受け流した。
「彼女とは初めて?ルークの従妹、ドリスよ」
 ビアンカのすぐ後ろにいたドリスは、グランバニアの兵士たちの練習着と同じものを着て髪を無造作に束ねただけのかっこうだったが、ヘンリーは舞踏会にデビューした姫君を相手にしているように、うやうやしくその手をとった。
「一度お目にかかりましたね、ドリスさま。お母上譲りの愛らしいお姿は目に焼きついております」
「えー、ども」
ドリスは逆にヘンリーの手をきつくにぎってぶんぶん振り回した。
 すぐそばから朗々とした声が響いた。
「遠慮することはないである、ドリス姫。そんなにやけ野郎の指など、ひとひねりにつぶしてしまうがよいである!」
ポン、ポンと大型のスライムが桟橋をはねて出てきた。
「ああピエール、まことに久しぶり。旧知の友の壮健な姿を見るとはなんと喜ばしい」
にこやかな表情で一気にそう言うと、ヘンリーはもろ手をあげてピエールを歓迎するように抱え、次の瞬間胸倉をつかみあげた。
「と言うと思ったか、この野郎!だれがにやけだ、誰が!」
「きさま以外にいるか、ええいっ、手を離せ!」
「このまま水飲んで来いっ」
本当にキマッザ湖へ投げ込みそうなフォームをとるのを、横からルークがキャッチ体勢になった。
「いいよ、こっち、こっち!」
ヘンリーは微妙な表情になった。
「またおまえは……テンション下げやがって」
あははは、とルークが笑った。
「遊ぶなら城でやろうよ。ほかの子たちも待ってるからさ」
まだにらみあいながらヘンリーとピエールが動き出した。今の一場に笑いを誘われた人々がうきうきした気分であとからついてきた。
 今夜は国王一家を中心とした食事会としても、明日かあさってには遠来の客を招いての夜会か園遊会が城内で行われるはずだった。グランバニアは開放的な城で、ルークは特に人もモンスターも歓迎する主人だったので、その場にいるものはたいてい招待されるはずである。誰もがちょっとした祝祭の気分だった。
 ラインハット人たちも船を下りて桟橋へそろった。使節団のメンバーは副使以下の貴族たちとオラクルベリーの商人組合の代表、そして書記役の若者数名、使節団の世話をする従僕などだった。
「みなさん、グランバニアへようこそ」
ビアンカが明るく声をかけた。
「あの、ぼくは堅苦しいのが苦手なもので」
ルークが微笑ながら言った。
「あとでちゃんと謁見ていうのもやりますけど、とりあえずよくいらっしゃいましたと言わせてください」
ラインハット人たちも、この若くてやさしげな国王のことをよく知っている。ラインハット救国の大恩人としても、ヘンリー大公の友人としても。
「ありがとうございます」
副使はじめメンバーが如才なく頭を下げた。
「みなさんもお疲れでしょう。城へどうぞ、お茶を差し上げますね。お供の方は宿舎へご案内します。お荷物を置いてください」
てきぱきとビアンカが言った。
「ビアンカ様、案内はまかせて」
「助かるわ、ドリス」
来客を迎える女主人は、ほっとした顔になった。
「はい、こっちこっち」
兵士用の鋲を打った長靴でドリスは足を開いて立った。
「宿舎へ行く人はついてきてねー」
活発な姫はさっさと先頭に立った。ドリスもまた、グランバニアを訪れるラインハット人たちの間では有名だった。結婚適齢期の、グランバニア王家譲りの美貌を備えた男勝りの姫君である。
 一人桟橋に残っている者がいた。
「あの、私はどちらに」
城へ向かう列の中からヘンリーがふりむいた。
「ああ、ハーヴェイ、きみはドリス姫について宿舎へ。荷解きその他はネビルの指示に従ってくれ」
ハーヴェイと呼ばれたのは、使節団の書記の一人だった。船旅がつらかったのか、どこか寝不足気味のげっそりした顔をしていた。ハーヴェイは何か言いたそうな顔だったが、自分の荷物を抱えてラインハット使節団のあとについて歩き始めた。
「新顔さんだね、彼?」
ルークがちょっとふりむいて言った。
「まあいろいろあってね。書記に採用したんだ。国外へ連れて出るのはこれが初めてなんだが、船が体質に合わなかったらしい」
ふふふ、とルークが笑った。
「昔、船に乗りたがった小さな王子さまがいたよね」
にっとヘンリーが笑った。
「今でもときどき、新しい航路を開拓したり未知の大陸を発見したりする夢を見る。ま、忙しいから実際には無理だけどな」
「ぼくもだ。時間があったら二人で冒険に行きたいね」
「おまえと、俺と、ピエールのやつと、プックルと」
「スラリンとクックルとね。なつかしいな」
少年めいた笑い声をあげながら二人は歩きなれた道を通ってグランバニア城へ向かっていった。