コリンズ君、青ざめる 3.第三話

 コリンズは、あぐっ、としゃくりあげた。小さな背中をまるめて城壁にくっつけている。すぐ前にグランバニア王が膝をついて、コリンズと同じ高さに目線をあわせていた。
「おれ、だから」
「家出しようと思ったんだね?」
コリンズは持っていた袋をかきよせた。袋は8歳の彼にとっての、大事な宝物でいっぱいだった。
「ゆ、勇気がないわけじゃないと思ってたけど、やっぱり、おれ、だめ……。あいつとは、ちがうんだ」
垂れてくる鼻水をすすりあげて、コリンズはつぶやいた。あいつ、というのは、コリンズの友達で、当代の勇者、グランバニアの王子のことだとキリは知っていた。
「コリンズ君」
その勇者の父、グランバニア王は、優しく話し掛けた。
「歯を抜かなくちゃならないときは、誰だって同じだよ。うちの子だってそうさ」
「ほんと?」
えぐっ、とコリンズは泣いた。
「でも、父上は、おれと同じ年で……あんな……」
ふとコリンズは顔をあげた。
「あれ?」
「どうしたの」
コリンズは、父の友人の顔を見上げた。
「なんで、八歳の父上が、城にいたんだろ?」
すっくとコリンズは立ち上がった。目つきが変わっていた。
「父上~、だましたなっ」

コリンズが宰相の執務室に駆け込んだとき、ちょうどデールも、ヘンリーといっしょにいた。
「父上っ」
ぎくっとしてヘンリーはふりかえった。
「あ~、コリンズか。どうかしたか?」
なんとなく、笑顔が顔に張り付いて、ひきつっている。
「昨日の話!アレ全部嘘だろ!」
「ええと」
ヘンリーとデールは、それぞれ別の方角を向いてそらとぼけた。
「ええとじゃないよっ。もっと小さいときに誘拐された父上が、どうして八歳で歯を抜いたんだよ!」
わはは、とヘンリーはついに笑った。
「やっと気づいたか!」
デールが手で口元をおさえて笑った。
「コリンズが家出の準備を始めたので、どうしたものかと思っていたのですよ」
ばれていたらしい。コリンズは真っ赤になった。
「お、叔父上までっ」
ヘンリーは指を一本立てた。
「なに、こいつの家出先なんて、グランバニアに決まってるさ。あいつがルーラ一発で連れ戻してくれると思ってた」
「父上~!」
「まあ落ち着け」
ヘンリーはコリンズを引き寄せた。
「ほら、口あけろ」
「何するんだよ」
「いいから。あ~ん」
コリンズはしかたなく、大きく口を開いた。ヘンリーの指が入り込み、ぐらぐらの歯をつまんだ、と思ったとき、ヘンリーがくりっと指をひねった。
「いたっ」
一瞬、鋭い痛みが走ったが、次の瞬間、歯は抜けていた。
コリンズは手でほほを押さえ、ヘンリーの手の上の、自分の歯を見つめた。
「いっちょあがり。きれいにとれたろ?おれの特技だよ」
舌で、抜けた跡に触ってみた。あのいやなぐらぐらが、なくなっていた。
「こんなもんが……」
こんなもののために、夕べ、何枚も失敗して母にやっと、涙のしみこんだような置手紙を書き、大事な宝物の中から持っていくものを厳選して、悩んで、ラインハットが恋しくて、でも怖くて……
コリンズは、顔をあげた。
「父上なんか、嫌いだからな!」
ヘンリーは笑った。
「おれは、コリンズのこと、大好きだぞ」
コリンズは言い返そうとして、言葉に詰まった。
意地悪で、かっこよくて、親分で、この世にただ一人のコリンズの父上だった。どうしていいかわからなくて、コリンズは両手を握ってヘンリーの胸のあたりにあてた。ぽこぽことたたいてみる。
「父上なんか、父上なんか」
ほんとは大好きなんだ、といおうとして、どうしても言葉が出ない。それなのに涙があふれてとまらなくなってきた。
「ばか、ばか、ばか」
いつのまにかコリンズは、安心と甘えの交じった涙を父の胸にこすりつけて、大声で泣いていた。ヘンリーの腕が、そっとコリンズの背中を支え、優しく髪を撫でてくれた。

 グランバニア王は、かって知ったるラインハット城の中を歩いて宰相の部屋へやってきた。コリンズが置いていった白い袋を届けにきたのだった。執務室では、コリンズが泣いていた。
「あぐっ、あぐっ、ち、ちちうえなんか、あぐっ」
ヘンリーは泣きじゃくるコリンズをかかえたまま、くすぐったいような顔をしている。ヘンリーは顔をあげ、人差し指をそっと唇にあてた。くすりとグランバニア王は微笑んだ。
 生意気盛りで、強がりのくせに甘えん坊で、大人びた口をきくわりには、ほっぺがまだふくふくとしてまつげの長いその男の子を、昔、たしかに、知っていたのである。
 ヘンリーは照れたように笑うと、彼の“宝物”をぎゅっと抱きしめた。