ゴールド金貨25枚の謎 4.親分登場

 セルジオとヘンリー夫妻は、話が終わったらしくテーブルのそばへ連れ立ってやってきた。
 リアラはちょっと緊張した。以前から父のセルジオに、御領主を甘く見ないほうがいい、と言われていたのだった。
「王族出の坊ちゃんのくせに抜け目がなくて、金勘定に明るく、タフな交渉相手だ。羽帽子をかぶったワルだよ。あの元王子様に比べれば、下町のばくち打ちのほうがよほどおっとりしている」
セルジオはヘンリーを評して、こう言ったものだ。
 そのヘンリーが薄い笑いを浮かべていた。
「ずいぶん盛り上がってるじゃないか、ネビル」
「いや、あの、だから店が」
リアラが事情を説明すると、クックッとヘンリーは笑った。
「ずいぶん間の抜けた盗人だな。いったい、何回下見に来てるんだ?」
憤然としてネビルが答えた。
「念には念を入れたんですよ。そうに決まってる」
そのすきに、リアラは自分の手を無理やり引き抜いた。
「下見なら、ほかに見るとこあるでしょ?金蔵の場所とか、外回りとか。なんでいつも両替なのよ。しかも、あたしを含めてみんなが顔を見ておぼえちゃうじゃないの」
「えっと~」
とたんにネビルはつまった。
 気の毒そうに見ていたマリアが、夫の服の袖をためらいがちにつまみ、小声で言った。
「あなた、あまりネビルさんをいじめたら、かわいそうです」
新婚数ヶ月目の夫はとたんにでれっとした。
「いじめてるわけじゃないよ」
端正な容貌も、怜悧な印象も吹き飛んだ。ヘンリーはにやけきってマリアの手を握り、肩を抱き寄せて髪をなで、マリアの方はうれしそうに目を伏せてされるままになっていた。
「それじゃ、この不思議を解決してくださいます?」
「まかしときな」
目の前でいちゃつかれてリアラが目のやり場に困っていると、不意にヘンリーが言った。
「リアラ嬢」
「あ、はい?」
「その両替男がはじめて来たのは、いつでした?」
「そうですね、先月、じゃないわ。今月になったとたんです」
「よ~し。ネビル、使いを頼む。サイクスの店だ」
「そんな、ぼくにはリアラ嬢をお守りするという大事なお役目が」
「ハーン、聞こえなかったなぁ?」
ネビルはかなわないと悟ったようだった。
「行きますよ、行けばいいんでしょ?」
席を立つネビルに、ヘンリーは何か小声で指示を与えた。
「初仕事だ。気張っていけよ」
「って、使い走りじゃないですかぁ」
「待って、ネビルちゃん、ママがいっしょについてってあげるわ~」
「い、いいよ」
「だって、ネビルちゃんだけじゃ、心もとないわ」
ミランダとネビルの親子がもつれ合うようにして席を立つとあたりはなにやら静かになった。
「あれに、勤まりますかね?」
セルジオが心配そうに言った。
「秘書ったって、宰相府の秘書官じゃなくて、オレ個人の私設秘書だ。仕事は今までとあまりかわらないよ。だいじょうぶさ」
どうやらセルジオは失業中の甥をもう一度ヘンリーのところへおしこむために、今まで頼み込んでいたらしい。オランが聞いた。
「おや、ネビル君、今度は秘書ですか」
ヘンリーは皮肉な笑みを浮かべた。
「ああ。本人は九代目セルジオにも未練があるようだったけどな」
「ご冗談を」
あっさりとセルジオが流してくれたので、リアラは胸をなでおろした。
 ほどなく外のほうから、騒がしい人声が聞こえた。ネビルたちが帰ってきたらしい。すぐに、マア、ネビルちゃん、を連発する伯母と、機嫌の悪いネビルと、若い娘が入ってきた。
「サイクスさんの店の支配人が、この子を連れてけって言ってましたよ、ったく」
 そう言ってネビルは、その娘を皆の前へ突き出すようにした。
 サイクスの経営している、オラクルベリー最大のカジノのスタッフだろう、バニーガールである。濃い化粧が似合わないほど、幼い顔立ちをしていた。
「なにか、御用でしょうか」
バニーガールたちが店でよくやるような、ハスキーにささやくような話し方を、一生懸命真似しているようだった。
「今月の初めからカジノでコイン売りをしているのは、あたし……トモって言います……ですけど」
 ヘンリーが立ち上がった。貴婦人をダンスに誘うように一礼して、ゆっくり話し掛けた。
「ご足労かけたね。おれはヘンリー。オラクルベリーには、いつから?」
「二た月前です。ダンサーになりたくて」
「うん、よかったね」
ヘンリーが笑いかけると、トモはつられて笑顔になった。ものおじしない、からっとした気象の娘らしかった。
「今の仕事はきつい?」
「きついけど、舞台に立てるから、いいんです」
「今、カジノでどんな仕事をしてるか、話してくれる?」
「夜の部は、踊ってます」
昂然と顔をあげてトモは言った。
「昼の部はあたし、今月からコインを売る係りなんです。カジノの入り口んところです」
「いろんなお客が来るだろうね」
トモは肩をすくめた。
「一枚20ゴールドもするコインを、一度に百枚二百枚って買うお客さんもいれば、一枚だけ買って運試しをする人もいます。お店の売上にはならないけど、そういう人のほうがあたし好きです。あの、あたし、もうすぐ出番だから、戻らないと」
「じゃ、あとひとつだけ。そうだな、昼の部が終わるぎりぎりに、運試しに来る若い男がいないかい?」
「ああ、もしかして、あの人」
しっと言ってヘンリーは人差し指を唇に当てた。
「いるんだね?わかった、仕事中に、悪かったね」
「いえ……」
トモがためらったのは、ほんの1秒ほどだった。
「あたしが舞台の一番前で踊るトップの踊り子になったら、領主さま、見に来てくださいますか?」
「いいよ。その時はでかい花束をおくるよ、トモさん江、って書いて」
うれしそうに上気した少女ダンサーを返すと、ヘンリーはネビルに言った。
「これでわかったろ?」
「なにがです?」
「両替男の謎さ」
「あの男は、コインを買ってたんですか?」
ネビルが聞くと、あの子がそう言ったろ、とヘンリーは答えた。
「ほんとに同じやつなんですかぁ?だいたい、なんでバラ銭ばっかり持ってたのか、説明つかないでしょ」
ネビルが重ねて決め付けると、ヘンリーはガキ大将よろしく鼻先で笑った。
「その両替男は、母親だか親方だか知らないが、稼ぎのうちから金差しみたいなまとまったモンは、とりあげられちまうんだよ」
「でも、なんで一本だけ25ゴールド差しにしたんです?」
「だからさ。さっきの女の子、トモ嬢から運試しに一枚だけコインを買うためさ。両替が始まったのとあの子のコイン売りの時期が一致してる。彼女、かわいいからね」
「金貨をばらで持ってったって、コインは買えるじゃないですか」
「わざわざ金差しにしたのはさ、あの子の気をひきたかったからさ」
「気をひく?どうやって」
「頭使えよ、頭」
ネビルはむくれた。
「知りませんよ、商人の若造がバニーの小娘をどうこうなんて」
 むくれてはいるが、妙にネビルは生き生きしている。そっと手を口元に当ててリアラは笑いをこらえた。ネビルはたぶん、九代目セルジオよりも、どこかの伯爵の入り婿よりも、ヘンリーの子分をやるのが一番慣れているのだと思った。
 “親分”は得意そうに子分に説明している。
「いいか、金差しは25ゴールド、コインは一枚20ゴールド。好きな娘の前なんだぜ?しけた小商人でも、せいいっぱいの見栄は張る。いきがってセルジオ商会の印の入った金差しを一本、あの子の前にぽんと置いてこう言うんだ」
にっとヘンリーは笑った。
「『釣りはいらねえ、とっときな』」