破壊神シドーと緑の王子 5.ミッションスタート

 夢中になったシドーにつきあってビルドがおおがかりなリフォーム計画を作り上げたときは、もう日暮れ近くになっていた。二人は勇者たちを探しに山頂の神殿へ戻った。
「おや、会っておらんのか?おまえたちを探しに行くと言って降りて行かれたぞい?」
「困ったな。入れ違いになっちゃった」
「今夜はそれぞれの開拓地へ戻るそうじゃ」
ずいとシドーが手を出した。
「いや、あいつらまだ、一か所に固まってる」
シドーは強い気配を感じ取ることができるのだとビルドは思い出した。
「どこにいるの?」
「砂浜だ。あんなとこで何をやってんるんだ?」
シドーの手は、南々西の海岸を指していた。
 風のマントを使って上空を飛ぶと、人影はすぐに見つかった。
「お~い」
打ちあげられた樽の上にアムが脚を組んで腰かけ、すぐそばにサリューが立っていた。
「ここよ」
アムが手を振ってくれた。
「すいません、ちゃんと説明しなくて」
ビルドは息を切らしながら説明した。
「問題の神殿は、海じゃなくて内陸の水路の底にあるんです」
やっぱり、とサリューが言った。
「ちょっとした冒険気分で入り口っていうのを自分たちで見つけようとしたんだけど、カン違いだったみたいだね」
水の底に入り口がある、と言ったのを、海底と解釈したらしい。
「おかしいと思ったわ」
とアムが言った。
「南の海岸をずっと調べても見つからないんですもの」
「そんなに?」
申し訳なくてビルドは身を縮めた。
サリューが水平線を眺めて言った。
「ほら、ロイが帰ってきた」
海から誰か上がってくる。黒髪を額にはりつかせた若い男、ロイだった。
「ロイ~、入り口、ここじゃないって!」
びしょぬれのままロイはこちらへやってきた。乾いた砂浜に大きな足跡をつけ、大股に歩いて来ると、砂の上にぺっと吐きだしたものがあった。活きのいいタイだった。
「ちっ、ムダに探しちまった。やっぱりちゃんと情報を聞かないとだめだな」
タイはしっぽのあたりをくわえたまま泳いできたらしい。そのほかに左右の小脇に抱えていたサケ、タイ、小ぶりのマグロ等々、彼はどさどさとその場へ落とした。
 砂の上でびちびちとはねている魚介類を見ながら、ビルドはめまいと戦った。
「……マーマンダイン?」
「おう。あいつらが邪魔でしかたねえもんで、つい……」
 シドーはぽかんとしていた。
「オマエ、ヒレとかエラとかあんのか?」
「ヒレ付きはお前だろうが。俺は生まれた時から肺呼吸だ」
サリューが手渡した布で体の水気をふき取りながら、ロイはそう答えた。
「それにしちゃ、すげえな」
シドーが見ているものが、やっとビルドの視界に入った。岩の陰に積み上げられた、採れたての魚の山だった。
 ほとんど反射的にビルドは袋の中からビルダーベルを取り出して、剣でひっぱたいた。
「全員集合!鱗落として内臓取って!三枚おろし!天日干し!炭火焼き、ブイヤベース、アジフライ、しゃけにぎり、海鮮どんぶり、刺身盛り!」
三つの開拓地からわらわらと人が集まってきた。

 その日の夜は海岸で島を挙げての魚介三昧大宴会となった。料理上手の住人たちが腕を振るったが、特に手持ちのカニ爪、コンブ、モモガイを海鮮鍋に加えると、すばらしい出汁が出た。
「いい匂いぢゃ!」
と叫んでしろじいまで参加している。住人たちは鍋から海鮮汁を小鉢によそってもらうと、岩や漂着したタル、流木等にすわってフウフウ言いながらかきこんでいた。あとはバニーたちがルビーラやバブル麦汁を配って回り、ドルトンはじめ人々はすっかりいい気分になっていた。
 夜の波の音に人々の歓声や話し声がまじり、死神避けに置いたかがり火がいくつも燃えている。料理用の焚き火から吊った鍋の上に、夜目にも白く湯気があがり、海鮮祭りはたけなわだった。
 ビルドは立ち上がり、ちょっと聞いてください、と叫んだ。
「せっかく集まってもらったんで、ぼくの計画を説明します」
上機嫌な声援が沸き起こった。
「今回のミッションは、水底の地下神殿をハーゴン好みにリフォームすることです。そうすることでハーゴンの亡霊を招きやすくして、そこで精霊ルビスさまと対決させたいからです」
「るびすさまって、なんだぁ?」
「亡霊の好みって?」
こほんとビルドは咳払いをした。
「ルビスさまは、アマランス姫が担当です。ぼくらはハーゴンのほう。ハーゴンの好みについてはシドー君が一番わかると思うので、今回はシドー君に設計図を担当してもらいます」
おおおーっと声が湧き上がった。シドーは立ち上がり、嬉しそうに胸を張った。
「ついにオレもビルダーらしく設計図だぜ。どうだっ、へへーん!」
「シドーよ、大丈夫かーー?」
酔ったドルトンがバカでかい声を上げた。
「大丈夫だ。見てろよ?カッコイイやつを作るからなっ。名付けてシドー帝国宮殿だ!」
「そういうわけで、明日から素材を採りにいって、建材や家具を作って、できたところから組み上げていきます」
「よーし、まかせろ!」
「久々の大工事だなっ」
ビルド王国の住人たちは、ほとんどが腕に覚えのあるビルダーでもある。さかんに血をたぎらせていた。
「赤の開拓地から山頂の神殿へ向かう岩の橋の上に素材収納箱を置いてベースにします。現場出入り口はベースの近くだけどちょっと狭いので、今度わかりやすくしておきます。それぞれの開拓地で留守番する役と、ミッションに入る役を順番に回したいので、シフトを組んでください」
あちこちで声が上がった。みんなやる気十分のようだった。ビルドは心から誇らしかった。
「じゃ、素材島から戻ったらミッションスタートです。よろしくお願いします!」
 なあなあ、とシドーが声をかけてきた。
「今思いついたんだが、一階から上のテラスまで、ひっぱりマグネでエレベーターつくろうぜ!」
「素材リストにマグネ鉱石追加ね」
「素材採りならいくらでも手伝ってやる!」
マグネ鉱石が採れる島は強敵が多いのだが、それも含めてシドーのお気に入りの素材島だった。
「楽しそうだね、シドー君」
「おうっ」
 後ろで足音がした。
「すごいね」
サリューだった。片手に料理の入った皿を持ち、楽しそうな住人たちを見渡して穏やかに微笑んだ。
「さすがビルド王国」
「みんな、物を作るのが好きなんです。もちろん、ぼくも」
「よかったら、ぼくたちにも手伝わせてくれないかな?」
ビルドはちょっと驚いた。
「でもサーリュージュさま、お客様にそんなことしてもらっては」
「ぼくたちのことは名前で呼んでよ。そもそもたいしたことはできないんだ。物を作ったことなんてほとんどないし。でも、このミッションにみんな前向きでしょ。ぼくたちだけただ見ているなんてできないよ、ねえ?」
サリューが声をかけたのは、ロイとアムだった。
「俺も手伝う。……不器用だけどな」
「私も。何ができるかわからないけれど」
 ビルドとロイの間に、ざざっとシドーがすべりこんできた。
「なあなあ、オマエ、不器用なのか?」
ロイにそう問いかけた。眼がキラキラして、いかにもうれしそうだった。不承不承、ロイが答えた。
「……ああ。魔法とか、そういうのが苦手だ」
「そんなこと聞いてないぞ」
「そっ、そんなこと、だと!?」
「オマエ、薬草作れるかっ?」
ビルドは、たまたまそばにいたルルと顔を見合わせ、声を殺して笑った。
「いや。無理だ」
「オレはできるぞ?」
「だから何だ?」
破壊神は胸を張った。
「へへーん!オマエ、なんとなく気に入ったぞ」
事情をわからないロイは腕組みをして、途方に暮れたようすでサリューにたずねた。
「こいつ、何の話をしてるんだ?」
サリューはくすくす笑っていた。
「そりゃシドー君だもの、きみのコンプレックスを破壊しに来たんだと思うよ?」
 ルルがせきばらいをした。
「あの、ちょっと思いついたんですけど、いいですか」
アムが微笑んだ。
「もちろん。どうか気楽にして、ルルさん。私たちもそのほうがやりやすいわ」
「じゃあ、遠慮なく」
こほんとルルは咳払いをした。
「からっぽ島で大がかりな工事をやる時は、みんな夢中になっちゃうんです。あたしは時々、“みんなちゃんとご飯食べて、休んで”って、叱りつけるように言ったりしました。今回は三つの開拓地がそろって参加する大工事です。たぶん、休む時はその場に転がっての雑魚寝です。でも食べないとチカラも出ないから、ルル、炊き出し班を作ろうかなって」
ひいっ、とビルドは恐怖の声を上げかけ、シドーは硬直した。が、サリューは無邪気に拍手した。
「あ、それ、いいかも。ぼく、手伝います」
「俺たちで炊き出しやるか」
「飲み物とセットで作って配るのはどう?」
ルルはホッとした顔になった。
「よかった、賛成してもらえるかどうか心配だったの。お料理やってくださいなんて」
アムが微笑んだ。
「私たち、クエスト中は勇者と言う名のサバイバーでしたからね。サリューはお料理上手よ?」
「食材は俺が担当だった」
「ウデが鳴るよ~。この島は食べ物が豊富だものね」
「でしょう?!」
とルルが胸を張った。
「ねえ、ルル、あのさ」
くるっとルルが顔を向けた。
「何か言いたいことがあるの?」
ルルの料理は凄い。なにが凄いと言って、破壊力がとんでもない。例えば彼女のケーキは百%の確率で破壊神を状態異常に陥れる。
「そのう、ミトとリズもまぜたら?」
シドーがフォローに来た。
「人手は多い方がいいんだろ?」
「……一理あるわね」
 ルルが声を上げてミトとリズを呼んだ。ふたりは話を聞くと、さっそく勇者たちと料理のレシピを交換し始めた。
「班長はサリューさんにお願いしていいかな?ルルはビルダーのお仕事があるの」
ビルドとシドーのようすから、勇者たちは何か悟ったらしい。
「大丈夫、まかせて」
にこやかにサリューは答えた。
 すいません、とビルドは勇者たちに声をかけた。
「ぼくとシドー君で、明日から素材島へ行ってきます。あとはお任せしていいですか」
「ああ!俺たちでなんとかなりそうだ」
「じゃ、少し早いけど」
ビルドはシドーを引っぱって、寝に行こうと思っていた。
「あ、ちょっと待って」
とサリューが言った。
「対決にそなえて、ハーゴンのことを聞きたいんだけどかまわないかな?」
「どんなことですか?」
まあ、お座りよ、とサリューは砂浜に転がっていた流木を指した。
「ハーゴンは一度このからっぽ島に現れた。それから君は破壊天体でハーゴンと対決している。ここまではいい?」
「そうです。それからシドー君に聞いたんだけど、ハーゴンはぼくたちが冒険している間、ずっとシドー君にこっそり話しかけていたみたいです」
うん、とサリューはうなずいた。
「それ、全部話してくれる?」
「へ?」
「全部。最初から。なに、夜はまだ長いよ」
横目でシドーを探すと、酔ったあらくれたちのところへロイを引っぱって行き、みんなで楽しそうに筋肉儀式をやっていた。
「よっ、ハッ、おっ」
――今夜は眠れないかも。
そう思いながら、ビルドは話し始めた。
「ぼくとシドー君、そしてルルがこの島へ流れ着いて、そしてしろじいに導かれて山頂の神殿へ登りました。それからいろいろあって、ぼくとシドー君はヤス船長の船で仲間探しに海へ乗り出しました。そのとき謎の声が聞こえたそうです。『まさか破壊の神とビルダーが出会うとは……』」

 再びビルドはからっぽ島の船着き場へ戻ってきた。島の海岸で大々的な海鮮祭りをやり、続けてサリューに今までの経緯を語って明かした夜の翌朝、ビルドは眠い目をこすりこすりシドーに引きずられるようにして素材採集に出かけ、ようやく帰ってきたところだった。
「ここに柱をたててくれ。周りに“巻き付く頬びれ”をらせん状につけるんだ」
船の中でも素材島でもシドーは楽しそうに設計図を広げ、リフォーム計画を練っていた。
「そんで、てっぺんに“光放つ大眼”を載せる!」
破壊神の抜け殻は、彼にとって抜けた髪の毛とか爪の切りくずのようなものなのだろうか。わかった、とビルドはいい、設計図の一か所を指した。
「でも、このスペースは使えないよ?その両脇ならいい」
シドーは少し唇をとがらせた。
「なんでだよ。これはオレの宮殿だぞ」
「アマランス姫……アムがルビスさまをおろす場所は、聖属性を保つようにしたいんだ。ここだけ金細工の城のカベと大レリーフ、大柱、白いブロックライトで固めて、藤か白いバラをつかう。緑地を入れてくすりの葉の茂みを生やして、上から水のカーテンもいいな」
「げっ、つまんなそうだな。でも上から見下ろすテラスはオレのだ。いいだろ?」
「もちろん」
「よしっ」
シドーは機嫌を直したようだった。
 からっぽ島につくとビルドはすぐにベースへ向かった。
「お~い、建材持ってきたよっ」
「待ってました!」
見慣れた住人たちがビルドとシドーを迎えてくれた。
 ふとビルドは、いくつかの顔が曇っていることに気付いた。
「チャコ、どうしたの?」
緑の開拓地のチャコは、いつもの前向きな明るさをもっていないようだった。
「あ、すいません、ビルドさん。緑の開拓地なんですが、また泥地がふえちゃいました」
チャコは大きな目に不安を湛えてビルドを見上げた。
「これ、ハーゴンの亡霊のしわざですか?」
ビルドはとっさに答えることができなかった。
「実はゴサクたちのようすがおかしいッス」
とポンぺが言った。ゴサクは彼がかわいがっているニワトリだった。
「牧場へも出ずに飼育小屋で震えてるンス。病気ですかね」
「え、緑も?」
と青の開拓地のゼセルが言った。
「こっちは羊小屋で同じことが起きてる。逆にイエティがエキサイトしちゃってね……」
からっぽ島の住人たちが口々にしゃべりだした。
 ビルドはさっと手を上げた。
「ちょっと待って、ええと、地面が腐った、家畜が病気かも、モンスターが興奮してる、それから?」
一人ずつ聞いて行くと、今までいなかったところに強いゾンビ系モンスターがうろついている、開拓地のはずれで砂が真っ赤になり、奇妙な蔓が生えて真ん中に人の背丈ほどの五弁の花が咲いていた、等々の情報が集まった。
「腐り風どころじゃない、破壊天体じゃないか!」
「これは関係あるかどうかわかりませんけど、このあいだから空が暗くてなんかいやな感じです。なんとなくみんな不安でギスギスしちゃってます」
ビルドは愕然としていた。ハーゴンの亡霊にとって、この島に物作りのチカラが満ちることはもう何の意味もない。からっぽ島はすでに破壊の対象なのだろう。
「ビルド!なにぼやっとしてんの!」
ルルだった。
「こうしちゃいられないわ!設計図の決定稿はあるの?」
鋭くルルが尋ねた。
「ちゃんとあるよ」
「さっさと敷いてちょうだい!」
いつもの調子でルルが言った。
「ハーゴンなんかに負けないんだから!」
 今回の工事現場の入り口は水中にある。ビルドはあらかじめ岩系ブロックで囲んでからかわきのつぼを使って水を抜いていた。そこにある小さな階段が地下神殿への唯一の入り口だった。
「みんな、一緒に来て」
 からっぽ島の住人や勇者一行、しろじいまで、新しい建設現場を見に来た。ビルドは地下の巨大空間にみんなを集め、その前でリフォーム計画を説明することにした。
「上の方を見てください。片方がステンドグラスの壁、反対側が二階テラスの壁です。ステンドグラスのある方の一部を聖属性、テラスのある方をビビッド七分キュート三分くらいの感じに改装します」
集まった人々は、始めて見る地下神殿の内部をおそるおそる見回していた。
「私の感じていた破壊のチカラはこれだったのですね」
ミトが声を殺してそうささやいた。
彼らを励ますようにビルドは声を上げた。
「じゃ、これから設計図を敷きます。ミッションスタート!」
――地下神殿をリフォームすべし。リフォームによって、精霊ルビスと亡霊ハーゴンの対決の場とする。
「えい、えい、おー!」
住人ビルダーたちが建材を取りにいっせいに動き出した。
 ビルドは振り向いて尋ねた。
「さっきの話、やはりハーゴンの亡霊でしょうか」
サリューは、地下神殿の内部を見上げ、しっかりとうなずいた。
「たぶんね」
ビルドは緑の王子の横顔を眺めた。
「サリュー、聞いてもいいですか?ルビスさまはハーゴンに何をしようとしているんですか?」
「正直、ルビスさまも決めかねているごようすだった。ハーゴンを悪と割り切って処断するのはたやすいことだけど……、とおっしゃって、明らかにためらっておられるよ」
「そうですか」
サリューの目がビルドを探っていた。
「今、ビルド君、ほっとしたよね。どうして?」
この人に隠し事はできないらしかった。
「ハーゴンがからっぽ島を破壊しようとするのは許せないです。でもぼくは、異空間でシドー君とハーゴンが言い合うのを見ていました。シドー君はハーゴンに、おまえだって自分の理想の世界を作りたかったのだろうと言ってました」
破壊と創造は同じものなのだ、とシドーが看破したことをビルドは忘れられない。
――作るのも壊すのも今あるなにかを変えることだ。どっちも同じものだぜ!
「そして、最後に、“悪くなかったぜ、キサマの作ったまぼろしの世界も、”と」
サリューはうなずいた。
「悪くなかった、か。たぶん、それが原因かもしれないね」
「原因ですか、何の?」
「今になってハーゴンが化けて出た原因」
サリューの口調はしみじみしていた。まるでハーゴンを憐れんでいるようだった。
「ハーゴンは、志なかばで破滅した。ハーゴンは自分で自分を認めることができていないんだ」
「ハーゴンは何をしたかったんですか?」
ハーゴンは、絶対にあきらめられないもの、自分を犠牲にしても欲しかったものを求めた、とサリューは言っていた。サリューの表情は穏やかな苦笑とでも言うべきものだった。
「ハーゴンはね、みんなに自分をいい人だと思ってほしかったのさ」
――「いい人」?
その意外さに、ビルドは目を丸くすることしかできなかった。サリューはうつむき、小さくためいきをついて、行ってしまった。