破壊神シドーと緑の王子 4.ルビスの禁

 アネッサは、先日採用した新人兵士にあらためて向かい合った。
「君の言ったことは、うそでも冗談でもなかったのか?」
かつての勇者は、まっすぐアネッサに向かい合い、潔く頭を下げた。
「一つもうそはついてないが、すべての真実を言ってもいなかった。結果としてだましたようなものだ。申し訳なかった。アネッサ将軍、寛恕願いたい」
かえってアネッサはあわてた。
「いや、その、冗談だと思い込んだこちらが悪かったのだ。ビルドたちはわかっているみたいだが、もう一度すべての真実を教えてもらえないだろうか」
 ふぉっふぉっふぉ、としろじいが割って入った。
「このお三方は、自己紹介をするだけで自慢に聞こえてしまうという経歴なんじゃ。わしからご説明しようかの」
ひらりとしろじいが勇者の傍らに飛んだ。
「ローレシアのロイアル殿は勇者としてハーゴンを討ち、その功績をもって現在は父君の跡を襲って国王となっておられる」
「その通りだが、いまだに俺は王さまになった自分に慣れないんだ。今まで通りロイと呼んでほしい」
飾らない態度、率直な言葉には素直に好感が持てた。
「しかし、なぜわざわざ一般兵に?」
「こちらのようすがわからなかった。最初から身分を明らかにしてトラブルになることを警戒した」
 ロイの隣にいた農民服の若者がうなずいた。
「だって、ハーゴンの作ったまぼろしの世界だと聞いたもので。ロンダルキアに作られた幻のローレシア城のようなものかと思ったのです」
しろじいがハンマーをゆれゆらさせて紹介した。
「こちらはサマルトリアのサーリュージュ殿。剣にも魔法にも秀でたサマルトリアの王子殿下ぢゃ」
 おずおずとチャコが話しかけた。
「あの、もしかしたらあたしたち、すっごく失礼しちゃったんじゃありませんか?サリューさん、本物の王子さまだったの?」
「マジ?ヤッバ……、え、ほんと、マジ?」
ジバコはそれ以上言葉が出ないようだった。
「本物の王子ですけど、アマチュアのマンドリン弾き兼牛飼いです。ぼくは緑の開拓地に潜入してよかった。みなさんに会えたし」
天真爛漫な笑みを彼は浮かべた。チャコやドルトンたち緑の開拓地の住人は、はた目にも明らかなほど緊張を緩めた。
 しろじいは最後の一人、赤いバニースーツの美少女にひらりと寄り添った。
「そしてこちらのお嬢さんは、ムーンブルクの王家の姫、アマランスさま。魔法王国の世継ぎの姫で希代の魔法使いじゃ」
まあ……、とペロがつぶやいた。すたすたと近寄ってきて、恐れげもなく王女の両肩に手をかけた。
「アナタ、お姫さまやらせておくのはもったいないわ」
「ペロちゃんと素敵なコンビになってたのに」
とオンバが言った。赤の開拓地の男たちは口をぱかんと開けたまま呆然としていた。
「あ、その」
彼女は山頂の神殿に集まった人々に視線を走らせ、ぽっと頬を赤らめて咳払いをした。
「バニースーツ、似合うよ?もともとノリがいいもんね、アムは。ねえ、ロイ?」
にやっと笑ってサリューがそう言った。驚いたことに、強面気味で無骨に見えたロイは神殿の柱に片手の掌をあて、脇を向いていた。心なしか、耳が赤くなっているようだった。
「俺に聞くな!」
くすくすとサリューが笑った。
「目のやり場に困るって?」
アムと呼ばれた美少女はあわててファー縁マントの左右をあわせて身体をおおい、それからおずおずとペロたちに話しかけた。
「あの、ペロ、オンバさん、黙っててごめんなさい。私、移民でもバニーでもないの」
「謝らなくていいから今夜のステージに出演してちょうだいな。アム、ステージ好きでしょ?」
蚊の鳴くような声で彼女は答えた。
「好きだけど……」
ペロはマントの上からアムをぎゅっと抱きしめた。
「何も問題ないわ。ね?」
美女二人が見つめ合う図は、なかなか麗しかった。
 アネッサは我に返って声をかけた。
「ペロ、ちょっとだけ待ってくれ。アマランス姫、私はムーンブルク王国の将軍、アネッサ。お話をうかがえないだろうか」
ぴくりと彼女は肩をふるわせた。ペロにうなずいてみせてから優しく押しのけ、アネッサの方へやってきた。
 どこかでこのひとを見た、とアネッサは思った。
「ビルドが玉座の間に飾っておったな、姫の肖像画を」
ジロームだった。頭巾で髪を隠し、杖を手にしたローブ姿の気品のある少女の絵を、アネッサは思い出した。
「私はムーンブルクの王の娘、アマランス」
はっきりと彼女は言った。
「先ほど話に出た通り、私の祖国はハーゴンの手で滅ぼされました。城は破壊されて毒沼の中の瓦礫の山となり、父王は人魂に、私は呪われて犬にされました」
アネッサは息を呑んだ。
「私と皆さんとでは、“ムーンブルク”に違いがあるようですわ」
「確かに。私は新兵のころからずっとムーンブルクにいるが、王にご息女がおられるとは知らなかった」
いや、とホッホが言った。
「ビルドがロトのかがり火に火を灯したあと、王がそんな話をしておられたの。王は、うすうす、あのムーンブルクがまぼろしだと知っておられたようじゃ」
「そうですか……」
うつむいたアネッサの前に、石畳を鳴らしてアマランスが立った。
「でも、将軍、みなさん。お礼を言わせてください。私の記憶の中では父は殺されましたが、この世界ではみなさんがその父を支えてくださったのですね」
家族と故郷を失ってなお毅然とした王女が微笑んだ。
「もったいない。姫、こちらも姫と呼んでもよろしいか?」
「もちろん。あなたのことは、アネッサとお呼びしてもよいかしら」
「光栄だ。姫、ご滞在の間に、青の開拓地へおいであれ。我々の造った城など、お見せしたいのだ。ムーンブルク風のポトフも御馳走する」
アムは視線をそらせた。
「精霊ルビスの依代のお勤めがあるので……。でも、お誘いありがとう。時間があれば、ぜひ」
 姫の肩を、ぽん、とサリューがたたいた。
「アネッサ殿、ぼくからひとつうかがっていいですか?」
「サーリュージュ殿下か。何か?」
「ぼくのことはただ、サリューとお呼びください。あなたはずっとムーンブルクにいらしたそうですが、そのあいだハーゴン教団は継続して活動していたのですか?」
「その通りだが」
ふむ、とサリューはつぶやいた。
「どうしたの?」
アムが聞くとあのね、とサリューは言った。
「やっぱり時間差があるね。だって、ぼくたちがハーゴンを倒してからまだ数か月しかたってないんだよ?」
「まことか!?」
しろじいが飛んできた。
「わしゃ、ハーゴンの作ったまぼろしの世界に取りこまれ、モンゾーラやオッカムル、ムーンブルクへ行き、からっぽ島で一生を終え、精霊としてここにおる。百年以上たっているはずじゃが」
う~ん、とルルがうなった。
「それ、不思議だったの。ルルはルプガナから来たんだけど、ハーゴンが倒されてそんなにたってなかったのよ?ところがしろじいはもう、まぼろしの世界に百年以上いたことになるし、ビルドたちの話ではこの世界のとあるところに監獄島があって、そこにはハーゴンが倒された後ロンダルキアへ続く山道から迷い込んだおばあさんがいたって。囚人番号が若くて、自分は四十年もここにいるって言ったそうよ?」
サリューがうなずいた。
「それを言うなら、ぼくたちもね。ぼくたちが旅の扉でこの島へ送り込まれたのは、ビルド君たちがモンゾーラ島へでかけた直後だ。ビルド君が海に手紙を流して助けを求めるよりも前に精霊ルビスはぼくたちに召集をかけたことになる」
「つまり、どういうことだ?」
とロイが尋ねた。サリューは従兄に向かって軽く腕を広げた。
「詳しいことはわからないけど、ここと向こうでは時間の流れ方がちがうみたい」
「そうか、まったくわからん」
とロイが言下に言った。
「けどまあ、そのうちわかるだろう。俺は地下のハーゴン教会とやらが気になるな。ビルドたちを追いかけてみる。神殿の主殿、入り口は水の底だと言ったな?」
「わしもそれしか知らん。ああ、勇者殿、わしはしろじいでけっこうぢゃ」
「んじゃ、俺のことはロイでいい」
ロイは、からっぽ島の住人たちを見回した。
「俺たちはビルドたちを探しに行く。でも、夜にはそれぞれの開拓地へ戻るつもりだ。それでかまわないか?」
いくつもの声が賛同した。
「ありがとう。じゃ、行ってくる。もしビルドとシドーが先にここへもどってきたら、俺たちは開拓地に一人ずつ散らばっていると伝えてくれ!」

 ロイは小声で話しかけた。
「アム、おまえ、俺の代わりに青の開拓地へ行くか?」
山道を下りながらの会話だった。ちょうど遠くにビルド城の天守閣が見えていた。
「やめておくわ」
「いいのか?」
アムはこくんとうなずいた。
「ルビスさまから言われたでしょ?こちらとあちらの世界の矛盾をできるだけ少なくするために、“あなたは現実世界では、もう死んでいる”と言ってはいけない、って」
ロイはちょっと黙っていた。
「じゃあ……」
アネッサ、ゼセル、ジローム、ホッホ先生、ミト、リック……。アムの心は幸せだった時代の辛い記憶でいっぱいだった。
「少し、胸が痛いの。もう少し心の準備をしないと青の開拓地へ行かれない」
 サリューが声をかけた。
「じゃあ、ムーンブルクの国王陛下にも会わないの?ここからなら、船で会いに行かれるのに」
アムは黙って首を振った。
「もし会ったら、あたし、黙っていられないのよ。お父さまは私をかばって亡くなったのですもの」
しばらく三人は無言で坂を降りて行った。
「じゃあさ、ビルド君に話を聞いてみたら?今王さまがどうしているか、少しはわかるかもしれないよ?」
とサリューが言った。
「そうね。そうしてみるわ。今はルビスさまのお使いを果たしましょう」
 なあ!とロイが言った。
「風のマントを持ってるのは、あいつらだけじゃないぜ?こっから飛ぶか!」
山道からは起伏に富んだからっぽ島の大地がよく見えた。
「うん、やろう、やろう!」
アムはこっそり涙をぬぐって笑った。
「いいわね。スカッとしたいわ!」

 地下の邪教神殿の入り口は、しろじいのいる神殿を取り巻く水路の水底にあった。ただし、その入り口には鉄格子がはまっていて、初めて見つけたときはどうしても壊すことができなかった。
 水中でウォーハンマーをふりあげ、ビルドはたたきつけた。鉄格子は傷一つつかなかった。
(だめだ。たぶん、ビルダーハンマーを使っても、ダメだと思う)
シドーを見ると指で上を指していた。ビルドたちは一度水面を目指した。
 びしょびしょのまま岩に這い上がって、二人は日差しを浴びた。
「ここからはムリみたいだね」
「チッ。格子のすき間からのぞけるのにな。なかなか広くて、おもしろそうなのに」
すき間から見えるのは、邪教系建材をふんだんに使った大広間だった。内部は暗いが、どこかに光源があるらしく広間の奥で邪教のステンドグラスが光っていた。
 ビルドは立ち上がった。
「だよねえ。面積だけなら、しろじいの神殿よりひとまわりかふたまわり大きいはずだよ。もしかしたら、どこかに裏口か窓でもあるかもしれない。もう一回、潜ってみるよ」
「よし。つきあってやる」
と相棒は言った。
 結果として、鉄格子とは山頂をはさんで反対側に入り口はあった。水面下の岩を壊して神殿の中心方面へ進んだ結果、緑がかった邪教ブロックを発見した。
「やったな!」
ビルドは上下左右へ掘り進めた。邪教ブロックは、やはり壊せなかった。だが、ひとつだけステンドグラスがあった。そっとハンマーを使うと、壊れて外れた。狭い場所だったのでハイタッチはできなかったが、ビルドたちは互いにうなずきあった。
 外れた部分から無理に身体をすべりこませ、ビルドたちは地下の神殿へ降り立った。
「うわー……」
ビルドは声を上げた。
 そこは最初、小部屋に見えた。建材は先ほど見えた広間と同じく邪教系だったが、金細工やもよう入りのブロックをふんだんに使っていた。
 小部屋の一か所に出入り口があった。ビルドは出入り口をくぐり抜け、そして言葉を失った。
 鉄格子のすき間から見えた大広間に、ビルドたちは立っていた。床も壁も天井もすべて邪教系のブロックでできた巨大な空間だった。
「……スゲェな」
シドーは先に立って広間の中央へ歩いていき、顔をのけぞらせて上を見上げた。
「こりゃ、ピラミッド並みだ」
暗緑色のブロックを敷き詰めた大広間はざっと見て50×50に近い方形だった。一番低い床部分の周辺は段で囲まれている。次第に高くなる段はやがて壁に沿って四辺を回る回廊となり、邪教の柱で二階を支えていた。
 階上部分へは、ステンドグラスで飾った壁面の階段を次々と上がっていくとたどり着ける。そこもまた空中回廊だった。
 ビルドたちはゆっくり空中回廊を巡り、吹き抜けになった階下を見下ろした。まったく物音がしない。うちすてられた静寂の中に、壮大に飾り付けた大広間がたたずんでいた。
「けっこう、ブロックにカケがあるね。柱も抜けがあるし」
「作ってからだいぶ立つんだろうぜ」
 最初に見た時の光源がやっと判明した。四方の壁の一か所が、壁一面のステンドグラスになっている。遠目で見ると三つの赤い尖頭アーチがあるように見えるが、壁材の前に大量のブロックライトを積み、その手前に邪教のステンドグラスを貼っているので、ブロックライトがガラスを通してこの大広間を照らしているのだった。
「おい、あそこはなんだ?」
シドーが指さしたのは、ステンドグラスの壁の反対側の壁だった。そこへ歩いて行くと、空中回廊の一部が大きく張り出していることがわかった。
 シドーは空中へ張りだしたテラスの手すりに手を置き、大広間を見下ろした。
「なんか、すげえ。いいな、これ!」
二人そろって監獄島の懲罰房へぶち込まれた時のことを思い出す。灯りもなく、寒く、床はトゲトゲしていたが、シドーはその環境を嫌がっていなかった。
――なんだか落ち着く、とか言ってたよね。
「おい、ビルド?」
「え?」
「え、じゃねえ。ここ、使うんだろ?」
そうだった、とビルドは思った。ハーゴンの亡霊の好みに合わせて改装するつもりだったのだ。
「ハーゴン教会っぽくするつもりだったんだ。オッカムル島にあった炎の聖堂とか、破壊天体にあったハーゴン城をモデルにして」
 一階の広間を取り巻く壇には何か載せられそうだった。邪神の像か、火を吹く石像はどうだろう。いっそ、足場をいくつか残して一階は水で満たそうか。溶岩か赤い水をまけばそれらしくなりそうな気がする。
「そうかあ?もっとカッコよくしたいな」
意外なことに、シドーは別のプランを持っているようだった。
「シドー君は、どんなふうにすればいいと思う?」
そうだな、とシドーはつぶやいた。
「全体に暗いな。金のかがり火をたくさんつけてみようぜ。それと邪教のシンボルのでかいのをど真ん中にほしい。教団の旗もあっちこっち飾ろうぜ。あれ、かっこいい色にできねえか?あと全部緑の床だと飽きるから、あれ作ってくれよ、祠の青床石あるだろ?真っ黒のブロックもいいよなっ。アイアンブロックとか溶岩ブロックも使いてえな。黒ブロックなら、火を吐く石像よりうつろな大ドクロのほうが映えるぞ。かぼちゃランタンもありだな!」
ビルドはあっけにとられていた。こんなに饒舌に建築を語るシドーを見たのは初めてだった。浅黒いほほが赤みを帯び、うれしそうに見える。おおがかりなおもちゃを手にした男の子のようだった。
「シドー君、いっそ、シドー君が設計図書いてみる?」
くるっと首が回ってシドーが見つめてきた。ツリ目ぎみの目が、まんまるくなっていた。
「オレが!?」
「うん。ハーゴンの好みに合わせるっていうなら、この島の誰より君が詳しいと思う。きみの好きなようにすれば、それがバッチリあいつの好みに合うと思うよ」
明らかにシドーはうずうずしていた。が、両手を背中で組んで、うつむいてもじもじした。
「オレ、設計図なんて書けないぞ……」
「略図でいいよ。ほんとに敷く設計図は、ぼくが書くから。どこに何を置きたいかをざっと教えてよ」
ぱあぁっとシドーの顔が輝いた。