破壊神シドーと緑の王子 1.腐り風

 大地に膝をついて、彼は土壌に指を押し付けた。人さし指の先端が爪の根元まで潜っていく。それは明らかに泥だった。
 あたりの土は砂交じりの砂利土だった。だが、その場所だけ、何かの目印のように泥土が集まっていた。明らかに菱形をしている。その形に彼は見覚えがあった。
「ここでババンゴの実が爆発した?」
青いズボンと上着、襟元に朱色のスカーフを巻いた男の子だった。その手には大きなハンマーがあった。彼は立ち上がり、腕組みして考え込んだ。
「バカ言え!」
隣にいた少年が言下に否定した。
 少年は長い黒髪を首の後ろで一つにくくっているが、もともとかたい髪らしく結んだ先がぼさぼさと広がっている。前髪はさらにかたく、二本の角のように突きだしていた。
 彼は人外を意味する尖った耳と赤い目の持ち主だった。だが、あどけない表情や好奇心をむき出しにした態度は、完全に少年のそれだった。
「腐り風を吹かせる古い大樹は、オレとビルドで壊したはずだ!」
ビルドと呼ばれた最初の少年は、眉をひそめて空を見上げた。
「シドー君、なんだか、いつもの空と違う気がしない?」
ん~とつぶやいてシドーと呼ばれた赤目の少年は空をうかがった。
「どピンクの空じゃないぜ?」
「そうだけどさ。なんだか、嫌な空気だ。こんな空気、緑の開拓地では初めてだ」
 二人が立っているのは、緑の開拓地の端にある大きな池の傍だった。
「チャコになんて言おう」
 その日の朝、緑の石板付近で作業していたビルドは、緑の開拓地の住民チャコに頼まれて、調査に来ていた。
「アイツの言ったとおり、菱形の泥地が見つかった。そう言うしかないな」
「でも、原因不明だよね」
 二人は池から離れて赤の開拓地方面へ歩きだした。ススキの野原を進み、廃墟が残る谷間の入り口を通りすぎると、赤の開拓地までは両側から崖の迫る細い道になっていた。
 ふとシドーが前を見て言った。
「おい、あれも泥地じゃないか?」
シドーの指さすほうには、黒い菱形があった。
「わっ、あそこにも!あっちにも!たいへんだ!」
小道が赤の開拓地へ抜けたあたりはもともと泥地だった。おおみみずとビルドたちでせっせと緑化し、干上がったオアシスにも水を入れて堂々たる風景をつくりあげたはずなのに、そのあたりがどろどろの悪路となって悪臭がすら漂っていた。
「くそっ、いつのまに」
シドーがはぎしりした。
「雨が降ってきたよ。まるでジメジメ島だ」
二人が歩いている間に雨雲が近寄っていたらしい。驟雨はピラミッドのある風景を白っぽく染めていた。泥や苔泥の地面に、雨粒が降りそそぐ。
「ピラミッドで雨宿りしよ、走るよ、シドー君」
だが、シドーは別の方角を見ていた。
「あいつ、なんだ?」
と、シドーはつぶやいた。
「あいつって?」
ビルドが尋ねた。
「あいつだよ、あいつ」
「何も見えないよ?ただ泥地に雨がふってるだけで」
「なんだと?」
シドーはそう言って、じっと目を凝らした。
――その時からわたしはずっとシドーさまのそばにいたのだ。私は見てきた、シドーさまとビルドをな。
「くそっ」
シドーは両手で自分の頭をつかんだ。
「シドー君?どうしたの!?」
「ヤツだ……ハーゴンのヤロウだ!」
えっ、とビルドはつぶやいた。
「まちがいねえ。オレはずっとヤツの声を聞いていたんだからな。くそっ、ビルド、ヤツに近寄るな!執念深いったらありゃしねえ!」
ビルドと呼ばれた少年は一二歩下がった。
「ぼくには見えないけど、シドー君にはわかるんだね?」
まだ片手で側頭部を抑え、シドーは不満げにうなずいた。
「その、何をしてるの、ハーゴンは?」
「……何もしてねえ。なんかブツブツ言いながら歩いてるだけ……じゃねえ!ヤツの歩くところが、泥になってるぞ!」
「じゃ、腐り風が吹いたんじゃなくて、ハーゴンのしわざだったんだ!どうしよう、ハーゴンはどこへ向かってる?」
腕組みしてシドーはその人影をにらんだ。
「アイツ、ふらふらしてる。ヤツ自身にもどこへ行くかわかってないみたいだ」
――勇者にやぶれチカラをうしなったシドーさまを私がここに逃がしたのだ。破壊の神としてもう一度復活していただくために…!
「誰に向かって話してんだ?なんか、ヘンだ」
 ビルドは首をかしげた。
「あのとき、ハーゴンはほんとうに消えたように見えたけどな」
ビルドとシドーは異空間で、ビルドの作りあげた物のほかは二人きりでハーゴンと破壊神のコンビに挑み、消滅させた。
「でも、以前にも地上で勇者に倒されて死んだように見えて、実は亡霊として残ってたんだっけ」
死後も未練がましく破壊神をまぼろしの世界にかくまい、育て、再度世界を破壊しようとして、ハーゴンは失敗した。
「あのとき異空間できみは、“悪くなかったぜ”って言ってあげたよね。なんだかそれでハーゴンは満足したみたいに見えたんだけど」
「オレにもそう見えたぜ。くそっ。ああ、こっち来やがる。どうする、ぶっ飛ばすか?」
「触らない方がいい。全部最初っから繰り返しなんて、ぼくはやだよ」
亡霊となったハーゴンのたくらみで、相棒と絶交させられた記憶は今でも苦かった。
「原因がわかったんだ、シドー君、しろじいのところまでワープしよう」
――さまをつけんかぁあああーーー!さまをおおおおおおぉおおーーーーーーーーーッ!!
シドーはがっと耳を抑えた。
「ああ、そうしようぜ。うるさくてたまらねえ。ったく、あんなになりやがってまだ騒がしいなんてな」
「あんなって?」
 ふとビルドは思いついて、ごそごそと袋を探り長い青い三角の帽子を取りだした。“ビルダーの帽子”と呼ばれているもので、ゴーグルがセットになっている。しろじいが思わせぶりなことを言っていた。
「これを被ると見えないモノが見える、なーんての」
ビルドはゴーグル付きの三角帽子を被り、目までゴーグルを引き下げた。シドーが見ている方角に視線を向け、ぎょっとした。
 それはハーゴンと名乗った亡霊の、さらになれの果てだった。教団の紋章を描いたポンチョのような上着は裂け、縁がちぎれ、ぼろぼろになっていた。一歩進むごとに身体から赤紫色のオーラが噴き出し、歩く大地を腐らせていた。
 ビルドの知っている大神官ハーゴンはギラついた大きな目をしていたが、今はぼんやりとして虚ろだった。
 ビルドはぞっとした。その表情は、もし人間だとしたら、身体に瀕死の重傷を負ったか、心が砕けるような悲惨な経験をした人のように見える。猫背で、涙の枯れた両眼を見開き、半ば口を開き、両手をぎこちなく動かして、そこにはない何かをつかもうとそれはさまよっていた。
「見えたか?」
うん、とつぶやくのがせいいっぱいだった。
「見ただけでザワッとした」
「……オレたちが造りなおしたこの世界にあのヤロウがうろついてるなんて、いけ好かねえぜ」
「シドー君!」
「わかったよ。ここは退く」
ワープに入る前にも、シドーは憤りをこめてその哀れなゴーストをにらんでいた。

 ヤス船長のあやつる船は順調に航海を続けていた。
「どうしたんでヤス?おふたりとも、静かでやんすね?ムーンブルクからの帰りみたいでやすよ?何かあったんで?」
ビルドとシドーは、顔を見合わせた。
「そういうんじゃねえよ。なあ、ヤス、ヒトって死んだらどうなるんだ?」
「まだ死んだことがねえもんで、ちょっとわからねえです」
「オマエに聞いたオレがバカだったよ」
 あのあと、ハーゴンの亡霊はいなくなってしまった。しろじいにもルルにも亡霊の姿が見えない以上、相談しても困らせてしまっただけだった。ビルドとシドーはとりあえず手がかりを命の大樹に求めてモンゾーラへ向かい、あまり成果もなく帰ってきたところだった。
 ビルドは少しためらったすえに、話しかけた。
「シドー君、あいつのことだけどさ」
「んん?」
「ぼくも、あの世のことなんて全然わかんない。ぼくの住んでたメルキドあたりだと、その手のやっかいごとは神父様が引き受けてくれたんだ」
「シンプって教会にいるようなやつか?」
「うん。からっぽ島で言えば、ミトかな」
「教会でお祈りしてる女だよな。アイツに話してみるか?」
 ビルドは相棒を眺めた。
「正直に言うよ。たぶん、ミトじゃ、助けにならない」
「じゃ、どうする?」
「究極の方法があるんだけど、きみがイヤだって言ったらやらない」
「イヤかどうか、聞かなきゃオレにだってわかんねえぜ?」
きょとんとした顔でシドーは首をかしげた。シドーは怒ってないよね、とビルドは自問自答した。たぶん、大丈夫。
「ミトや神父さまが誰に祈ってると思う?」
「カミサマってやつだろ?あ、オレもそうか。元、だけど」
「現役の神に頼ってみるのはどうかな」
「現役だと?」
ビルドはちらっと船長を見た。船長は用心深く帆柱の後ろに退避していた。
「精霊ルビス。アレフガルドと周辺世界の主神だよ」
シドーの表情が変化した。
「そいつ、なんかエラそうじゃねえか……」
シドーは赤い目を細め、犬歯を唇からのぞかせた。片手が背中に回り、うずうずと巨大ハンマーの柄を弄んでいた。
「まって、シドー君。しょうがないんだよ、実際偉いんだから。今のハーゴンをなんとかできるのは精霊女神ルビスさまだけだ」
ふん、とつぶやいて、シドーは船首に座りなおした。
「で?その女神サマとどうやってワタリをつけるんだ?」
「コネを使うつもり」
「女神にコネ?」
船長は、帆柱の陰からおっかなびっくりこちらをうかがっていた。ビルドは深呼吸をした。
「勇者だよ。勇者なら女神さまに話をつけてくれると思う」
へ~、とシドーは言い、水平線を眺めていた。
「ユウシャって、最初に地上でハーゴンをやっつけたロトノユウシャってやつか」
ん?とつぶやいてシドーが振り向いた。
「それはつまり、オレを」
ビルドはうなずいた。
「うん。一度ロンダルキアの真ん中で、破壊神シドーを討伐した勇者だよ」
「んだと……」
たのむから真っ赤なオーラを噴き上げるのはやめてほしい、とビルドは思った。

 ポンぺは手桶に川の水を汲みあげて腰を伸ばした。緑の開拓地は滝と川で囲まれている。どこにいても豪快な水音や心地よいせせらぎが聞こえるし、急流が岩にあたって飛沫を上げる光景は何度見ても飽きなかった。
「ポンぺリバーは今日も元気ッス」
桶を抱えてポンぺは大農園へ戻っていった。五種のみのりに加えてビルドが素材島からウリナスだのジャガイモだのをもちこむので、畑が何枚も増えている。先日はドルトンとビルドが相談して、畑の一画には実験農場を作っていた。とうがらしとコーヒー豆とやらを育てているそうだ。あとのほうは出来上がったらポンぺにも飲ませる、とビルドは約束してくれた。
「こうしちゃいらんねえッス」
ひよこは順調に育っているし、作物はときどきビックリするようなのができるし、何もかも最高、ただし忙しいとポンぺは考えていた。
「ビルドさん、人手を増やしてくれないっすかねえ?」
なんでも農業スキルのある移民は特定の島にしかいないそうだ。
「こう忙しいとこっちもいろいろ……、土いじりの好きな若い娘さんとか移民に来てくれたらいいのに」
ポンぺの頭の中で、開拓地で出会ってお互いに惹かれ合うところから始まって農業指導を引き受け、それがきっかけでおつきあいに発展するまでのストーリーがほぼできあがっていた。
「おや?」
あまりにも真に迫ったストーリーだったためか、幻でも見たのだろうか。誰か来る。ポンぺリバー(とポンぺだけが呼んでいる川)の下流にかけた橋を踏んでやってくる人影があった。
「ようやく新人が!」
ただし、男性のようだった。かわいい妹か美人のお姉さんでもいたらいいなとポンぺは思いながら、大きく手を振った。
「こっち、こっち!」
声をかけると新人は驚いた顔になった。
「緑の開拓地はこっちッス!ようこそ!」
まだ二十歳前の若者に見えた。ポンぺは、彼の服に見覚えがあることに気付いた。
「それ、ビルドさんのお手製っスか?あの人器用だからね」
それは緑色で、袖と脇縫いのないコートのように見えた。胸のあたりに見覚えのある紋章をつけている。ビルドはなんと呼んでいただろうか。そう、サマルトリアの服、だった。
 サマルトリアの服を着た若者はゆっくりやってきた。よく見ると手に鶏をかかえていた。
「この子、崖の下でアイアンアントに襲われてたんです」
開拓地で育ったニワトリは時々緑の石板あたりをうろつくのをポンぺは知っていた。
「あ~、センベエは気が強くて、そういう時つっかかっていくんで困るッス。ゴサクとタスケは逃げるんスけど。よかったな、センベエ!」
ポンぺは鶏のセンベエを受け取って、牧草地へ放ってやった。
「おれ、ポンぺ。モンゾーラから来たっス」
「ぼくは、サリューといいます」
その笑顔も口調もどこかほんわかした感じだった。
「サリューさんて、農民っすか?」
「え?あ、その」
 ポンぺは頭をかいた。
「世の中にはいろんな仕事の人がいるのは知ってるッス。けど、この開拓地で不足してるのは農民なんすよ」
「ここには農民のほかにはどんな人がいるんですか?」
え~と、とポンぺは考えた。
「農民と兵士と子供とみみずと犬と鶏と」
「あのっ、農民でお願いします!」
全部数え上げる前にサリューは言った。
「ほんとッスか!?やった!自慢の農園なんすけど、なにせ広くて人手が足りなかったんすよ~。いや~助かる!あの、さっそく仕事頼んでいいスか?」
 モンゾーラふうの作業着に着替えて麦わら帽子をかぶると、サリューという若者はすっかり農民に見えた。
「サリューさん、色が白いから日焼けするとたいへんそうだ。それ、似合うッスよ?」
「ありがとう。さて、なにからやります?」
「まず桶で水を汲んであっちの畑にまいてください。それが終わったらうちの鶏と牛と羊の世話をお願いします。あっ動物ダメじゃないスよね?」
「ダメじゃないですよ~。故郷にも牧場いっぱいあったんで、牛とか慣れてます」
「よかったッス!じゃ、よろしく!」
そう言い残してポンぺは自分の担当するカボチャ畑のめんどうを見にいった。
 結論から言えば、新人は大当たりのようだった。かぼちゃを収穫して収納箱へ往復しながらポンぺは牧草地区を眺めた。家畜のえさを抱えてサリューが歩いて行くと牛も羊も自分の方から寄ってきて、頭を摺り寄せ、なでてくれと甘えていた。
「ぼく動けないよ~。ああ、よしよし。順番ね~」
やがて島の真ん中の山の向こうに夕日が傾いて来た。紅に焼けた空を背景にサリューが牛を連れて飼育小屋へ向かう行列は、美しいシルエットになっていた。
「みんな、紹介するッス。新人のサリューくん」
 緑の開拓地の川沿いに、ビルドは広いダイニングを作ってくれていた。テーブルには新鮮な野菜と卵を使ったリズの料理が並んでいた。その前にサリューを立たせてそう紹介すると、暖かい拍手がわいた。サリューはぺこ、と頭を下げた。
「キャハハ、かわいいじゃん!」
女兵士、というよりギャル兵士のジバコは興味津々のようだった。
「ジバコさん、いじっちゃダメです。貴重な新人さんなんだから」
チャコが手を差し出した。
「からっぽ島へようこそ。今日は、いきなりモモコたちのお世話をおまかせしてしまってすいません。たいへんだったでしょう?」
モモコは生まれたばかりの子牛である。
 サリューは笑って握手をした。
「いえ、みんないい子ですね。おりこうだし、かわいいし」
この一言でサリューはチャコのハートをがっちりつかんでしまった。
「わしは村長(仮)のドルトンだ!歓迎するぞ」
「ありがとうございます」
わっはっは、とドルトンは胸を反らせて笑った。
「わしは見ておったぞ?大さそりを一撃で仕留めるとはな。近頃の若い者は体力がないのが相場だが、キミはなかなかやるな!」
ポンぺは、あっと思った。見間違いではなかったのか。昼間、農民の服の腹巻につっこんだ細い剣をサリューが一閃させた瞬間、後ろからはさみを振り上げて襲い掛かろうとした大サソリが煙を吐いて消滅した。開拓地の住人たちは何も言わず、ポンぺも目の錯覚だと思い込んでいた。サリューはあいまいに笑うだけだった。
「あはは……」
「今でこそこの緑の開拓地に暮らしておるが、以前はモンゾーラという島におってな、そこで我らは並々ならぬ苦労の末に生きのびてきたわけだ。その話を聞きたいかね?君、聞きたいだろう?」
「や、あ、その」
ポンぺはちらっとチャコを見た。チャコがすかさず助けを出した。
「あっ、ドルトンさん、その話はまた今度にして、そうだ、お歌をお願いします。サリューさん、ドルトンさんはすごい美声なんですよ?」
「いいですねえ、ぼく、ぜひ聞いてみたいなあ」
ポンぺはダイニングの隅の木箱を引きずってきた。
「さあさあ、まずは歓迎をこめて一曲」
うむ、とドルトンがうなった。
「そこまでされては、いたしかたあるまい。練習不足なのだが」
と言いつつ、いそいそと木箱に乗った。
 ふいにサリューが言いだした。
「ちょっとお待ちを」
自分の荷物をごそごそ探ると、何か取りだした。小型のマンドリンだった。ダイニングにあった木の椅子にすわってピックをつまんだ。
「さあ、いきましょう」
ドルトンは顔が明るくなった。
「こりゃあいい。きみ、頼むぞ」
そう言って機嫌よく歌いだした。マンドリンが伴奏をつけ、ポンぺたちが手拍子を取る。それはたいそう賑やかで楽しいひと幕となった。
 ドルトンの歌が終わると、リズやジバコがこれ弾いて、あれやって、とリクエストをかけ、サリューはどれもていねいに応じていた。
「サリュー、マジいい感じじゃん!」
ジバコはすっかり気に入ったようだった。
「今度青の開拓地でリサイタルやろうよ!アタシ見に行っちゃうから」
ビルドがお城の中央に大きなミュージックホールを作ったと言っていたのをポンぺは思い出した。
「それいいですね~。ぼく、ほんとはマンドリンで食べていけると言われたことがあります」
ちょっと赤くなった顔で誇らしげにサリューはそう言った。
「マジっすか!」
サリューはえへっと笑った。
「さあ、だいぶ夜も更けたから、これでフィナーレにしますね」
そう言ってもう一度マンドリンを取り上げた。弾き始めの一瞬、聴衆は静かな期待を込めて待った。
 流れ出した曲は、聞きおぼえのあるものだった。「木洩れ日の中で」のワルツアレンジ、「フォークダンス」。
「これ、モンゾーラの……」
最高の収穫祭の思い出がよみがえった。誰からともなく歌いだし、その夜緑の開拓地は、ワルツのリズムに揺れた。