月と海神の王国 10.海神の巫女

 アムは使い込んだ旅行用の白いローブをまとい、赤い頭巾を被り、魔導師の杖を手にして、少し困った顔をして立っていた。
「あの、私」
 アムの周りにはテパの男女が集まっていた。テパの人々は恭しくアムの背後に控えていた。全員旅支度で、体格のいい男たちが背中に大きな荷物をくくりつけていた。ひとつは海神への供物、もうひとつは巫女の正装である。ドン・モハメは聖なる織り機と雨露の糸がそろってから数日で極薄の布を織り上げ、やはりテパに逃れてきた縫い子がそれを衣装に仕立てたのだった。
 アムを中心とした一行は、孤島の地下にあるアビス神の海底神殿を目指してテパをたとうとしていた。
「わかってる。別行動だろ?」
とロイが言った。アムはちょっとためらってからうなずいた。
「海神アビスの神殿へは、もともと巫女一人でいくことになっているのよ」
「ぼくらはルビス様の信徒だものね。遠慮させてもらうから、気兼ねなく行っておいでよ」
とサリューも言った。アムはほっとした顔になった。
「ごめんなさい」
「それはもう気にすんな。ただ道中、大丈夫か?海でもモンスターでるぞ」
アムは手にした魔導師の杖を握りなおした。
「聖水は大量に持って行くわ。雑魚だったら私一人でも大丈夫だし」
 彼らがいるのは、テパの村をでて周辺の山脈に寄ったあたりの山中だった。村人が崖の下の岩をどけると、トンネルの入り口が現れた。ムーンペタからテパへと送られてくる支援物資の通り道らしい。例によってアビス神の神域の中にあるのだが、まちがってもモンスターに見つからないように丁寧に隠されていた。
 アーチ型のトンネル入り口は暗く、その前に立つアムの背景になってそのほっそりした姿を際だたせていた。大誓約のほかに海神アビスの巫女の立場も負っているアムは、のしかかる責任につぶされまいと一生懸命背筋を伸ばしているように見えた。
「あまり無理しないでね、アム」
思わずサリューはそう言った。
「そして、早く帰ってきて」
ふっとアムがほほえんだ。相変わらず花のように綺麗な笑顔だった。ローラ姫に似ているっていうのも本当かもしれないとサリューは思う。
「ええ。あなたたちはどうするの?」
「ぼく、こないだ手に入れた石板が気になるんだ。これ、ロトの時代の物だって可能性があるでしょ?ザハンへ行って、読める人がいないか調べてみる」
「ザハン?どうして?」
「ニフラムが伝わってたでしょ」
それはすでに使い手はいなくなったはずの魔法なのだが、ザハンの封印神殿の巫女たちはニフラムを使うことができた。
「もしかしたら、ほかにも古魔法が伝承されてるかもしれない」
「ひとりで大丈夫?」
ロイが答えた。
「おれだけヒマだからな。サマにつきあってくる。どうせ村にいてもジャマもんだしな」
ドン・モハメが定めた日……月のかけらを使ってテアマトを沈める日は、もう数日後に迫っている。水の羽衣をつくるというひさしぶりの大仕事が終わったあとの虚脱感と、プロジェクトを控えた慌ただしさが同居していて、ロイが一人でゆっくりできる雰囲気ではなかった。
「じゃあ、気をつけて」
「そっちもね」
挨拶を交わしてパーティは分かれた。背をぴんと延ばし、信徒たちを引き連れてトンネルの入り口をくぐるアムは、もう振り返ろうとはしなかった。

 アマランス姫の前に海神アビスの巫女となったのは、その大叔母にあたる人だった。ムーンブルグ王家の二代前の国王の妹であり、十代で巫女となった。そのときは、いくら精霊ルビスをはばかってとはいえ、なかなか盛大な儀式だったとアムは聞いていた。
 海神アビスの神殿を擁する孤島は王都から南方の海上にある。南側の海そのものがムーンブルグ王国の領有する内海だった。現在は最南部がロンダルキアの影響を受けて物騒だが、もともとは海の幸を届けてくれる豊かで恵み深い海だった。
 先代巫女のときは、その内海に王国の紋章を描いた豪華な御座船を押し出してこの島へ差し向けたという。おつきの侍女たち、護衛の兵士たちに守られて船内で姫は身を清め、巫女の正装を身につけた。だが、付き従う者をすべて船に残して姫は一人でこの孤島へ降りたった。
「ここからは、すべて一人でやらなくてはね」
ずっと王宮で暮らしていた大叔母にできたことを、戦い続けて世界をまわってきた自分にできないはずはない、とアムは思っていた。
 片手に海神の供物を抱え、片手には護身用の杖を握り、アムは一人きりで孤島の中心に立った。
「ここと、ここ。そして、こちら」
巫女たちが代々伝えてきた知識に従い、足下に隠された図形を杖の先端で抑えていく。最後の図形を押し込んだとき、地鳴りがした。岩と岩の間がひと一人分開き、地面の下へ降りていく階段が現れたのだった。
「一人で来いということね。上等だわ」
そうつぶやいて、アムは地下へと足を踏み入れた。
 まるで地下室に明かりがともっているかのように、階段はぼんやりと下のほうから照らされている。光は不思議なことにゆらゆらと波打っていた。一歩一歩慎重にアムは歩みを進めた。直角に曲がった階段を下りきったとき、一つ下のフロアのようすが見えてきた。
「まあ」
思わず声をあげてアムはその情景に見入った。

 ローレシアのロイアルは、片手で口元をおおって大きくあくびをした。
「ヒマだ……」
穏やかな波の音、さんさんと照る日差し。木でつくったデッキに座っていると、潮風が前髪をなぶる。どこか遠くで子供と犬がじゃれあっている声が聞こえていた。
「ヒマだって知ってて来たんでしょ?」
デッキのテーブルにはオレンジの香りのする冷やしたお茶のグラスがあった。サリューはテーブルに分厚い古書を載せてメモを取りながらページを繰っていた。
「サマはいいさ。やることたくさんあるしな。俺は腕がなまりそうだ」
「釣りでも行ったら?昨日みたいに」
その前の日、ヒマを持て余したロイはザハンの漁港へ手伝いに行き、最後は竿を借りて釣りを始めたのだった。けっこうな釣果があり、二人が泊まっている宿屋に引き取ってもらった。
「このへんの漁場を荒らす気かと思われるのもいやだな」
ん~と言ってサリューは両腕をつきあげた。
「もう、人が勉強してるってのに横でうるさいんだから。ここはロイんちのご近所なんだから、ヒマならお父さんに甘えに行けばいいじゃないよ」
「それだけはいやだ!」
憤然としてロイは答えた。
「ちくしょう、あとで浜で素振りでもしてくるか」
とは言ったが、ロイはもう一度背をいすにつけた。
「まあいいや。別にザハンは嫌いじゃない。俺は海辺育ちだからな」
あ、とサリューが言った。
「ねえ、ロイのとこだと、ルビス様のことなんて習った?僕のとこだと大地の女神なんだけど」
「うちもそうだが、何か?」
「ふーん、やっぱりそうか。いやちょっと、サマルトリアが森と草原の国だからルビス様が大地の女神なのかなって」
「ローレシアでも同じだぞ?大地のっていうよりは、アレフガルドとこっち側の大陸、それと世界のすべてをお作りになった天の女神かな」
「そうだよねえ」
サリューは持っていた石筆のしりでちょっと頭をかいた。
「覚えてるかな、ルプガナでアムがこんなこと言ったんだ。"ここではルビス様は海の女神なのね"って」
「そう言えばそんなこと言ったな」
「今思うと意味深長だよ。アムはもう一人別の海神を知っていたんで意外な気がしたんだろうね」
「おい、海神アビスって女神なのか?」
「あれ?そういえばどっちだろう」
サリューは石筆片手にしばらく黙っていた。
「たしかルビス様も海に縁が深いんだ。ルビス様の神殿も海底深くにあるって」
「名前が似てて住所が同じか。双子みたいだな」
「同じ神殿じゃないだろうけど」
双子かあ……とサリューは小さくつぶやいた。

 壁に手を触れると、すっと指先がもぐりこんだ。アムはあわてて手を引っ込めた。
「水なんだわ、本当に」
階段の途中でアムは立ち尽くした。
 海神アビスの神殿へつづくはずの道は、延々と螺旋階段の続く円柱状の空間だった。孤島の上から入ってきたアムにすれば地下へ降りる階段なのだが、あたりはゆらぐような光にあふれていた。
 光の出所はろうそくなどではなく、円柱の周囲を囲む壁そのものだった。透明感のある薄い青と緑のその壁は、絶え間なく揺らいでいるように見える。アムは手を触れずにはいられなかったのだ。
 自分が水中にいること、円柱状の空間のまわりは海であることを、アムは強く意識していた。
「この先が、海底神殿なのね」
足下に置いた杖を握り、気を引き締めて、アムはまた階段を降りていった。螺旋階段そのものは氷のような水色のプレートでできていたが、寒さは感じなかった。
 しばらくすると海面から注がれる光は薄れてきた。だが、螺旋階段の目指す先、下の方から別の輝きが見えてきた。
 どれほど階段を下りたかわからなくなったころ、ついにフロアが見えてきた。同時に水の流れる音が耳に入った。
 階段のつきたところは濃い青地に金色の三日月を描いた大きなタイルを敷き詰めた正方形のフロアで、その周辺は三方を透明な水の壁に覆われている。正面には滔々と流れ落ちる滝があった。このフロアを明るく輝かせているのは、その滝そのものだった。
 孤島の上や螺旋階段でも感じていた幽玄の雰囲気がひしひしとアムを取り囲んでいる。アビスの神域の中心部に彼女はいるのだった。
 息を詰めるような気持ちでアムは神殿へ足を踏み入れた。
「海神アビス様へ申し上げます」
心を無にして、アムはそう念じ、また言葉にして放った。
「これはムーンブルグのアマランス。あなた様の巫女の一人に加わることをお許しくださいませ」
滝の前になめらかな石の祭壇がもうけられていた。アムはまっすぐその祭壇へ進み、用意してきたものをその上に広げた。
「供物としてお納めください」
 ドン・モハメが率いるテアマトの職人集団がここぞとばかりに腕を振るった、それは見事な布地だった。磨いた絹糸を縦横に使って目の詰んだ絹地を織り上げ、その上に月明かりの下で波間に遊ぶ人魚の図を大胆に入れてあった。海の碧、夜空の青は洗練されて美しく、金の三日月は別糸で刺繍してあった。鱗の一枚一枚までグラデーションに染め、海の乙女の髪は繊細な白銀色、弧を描く唇は華やかに赤い。
 祭壇いっぱいにその布を広げて、改めてアムは見入った。
 そのとき、不思議がおこった。どこともしれない上方から落ち掛かる滝が、その幅を広げ、厚みを増してきた。すぐに滝の水は石の祭壇へかかった。
「あっ」
アムは思わず供物の布を守ろうと前にでた。
 滝の中にだれか、いた。
 アムはその場に硬直した。
 滝は透明なカーテンのようだった。カーテンの向こう側に、うすものをまとった長い髪の女性が水中に浮かび、こちらを見ていた。
「アビス様……?」
彼女の髪はふわふわと水中に揺らいでいる。その色は青みのかった紫色だった。そしてその顔立ち。
「よく来ましたね」
どこか遠くから不思議な声が響いた。
「ロトの末裔、私のかわいい子」
アムは片手で口元を覆った。海神アビスは、若くして亡くなったアムの母に似た瞳で、母と同じ言葉で話しかけてきた。
「ア……わたし……」
 言うべきことも儀式の次第もすべて忘れ、アムはその場にひざをついた。滝の中から白い手があらわれた。その手がアムの髪をそっとなでた。
「なにも心配することはありません。私の祝福を授けましょう」
額の中央が熱くなっていく。巨大な安心感がアムの中に生まれ、どんどんふくらんでいく。アムは自分の目から涙がふつふつと沸き上がるのを感じていた。
 海の女神は滝の中から微笑みかけた。
「お立ちなさい、私の巫女。その杖をこちらへ」
言われるままにアムは魔導師の杖をつかんで先端を差し出した。女神の白い指が滝から出て、杖の先端の赤い石に軽く触れた。その瞬間、魔石はかっと光を放った。
「これでよいわ。さあ、お帰り」
 白い光が視界のすべてを塗りつぶしているが、女神の声は頭の中にはっきりと聞こえた。そのまぶしさが消えてようやくアムは瞬きをした。海の女神の姿はなく、祭壇にのべた供物の布も滝に流されたのかなくなっていた。

 羊皮紙の上にはサリューの筆跡でいくつかの呪文が書き付けられている。そのほとんどは線を引いて消してあった。
「そう都合よくはいかないよね」
とつぶやいて、サリューは片手で額を支えた。
「おい」
どこか遠慮した口調でロイが言った。
「ひょっとして、うまくいかねえのか?」
う~ん、とサリューはつぶやいた。
「首狩り族にもらった石板の素性は、わりとあっさりわかったんだ。ところどころは僕でも読めたし。こっちの資料と照らし合わせたら、やっぱり呪文のことが書いてあった」
「で?それはアムのやらなきゃならないあれに使えそうなのか?」
やらなきゃいけないあれ……すなわち月のかけらの力を使ってテアマト水郷全体の水位を上げ、なおかつ、下げなくてはならない件だった。
「結論から言えば、だめだった。ロトの時代は、今よりずっと呪文体系が複雑なんだ。特定の条件を満たさないと使えない魔法がたくさんあって、これもその一つだった」
「じゃ、どうすんだ」
う、とつぶやいてサリューは考え込んだ。
「どうにかするって、僕言っちゃったよねぇ」
「まあ、そうだな」
二人がいるのは、ザハンの宿屋の食堂だった。天地いっぱいの窓が外に向かって大きく開け放てれ、風通しよくしてある。窓の上に布を張って日陰を増やし熱い太陽を遮っていた。
「今考えているのは、ヒャドっていう呪文だよ。失われてしまったんだけど、なんとか復活させられないかやってみるつもり」
「ヒャドってなんだ?」
「氷を扱う呪文だよ。アムが水位をあげたら、それを全部凍らせて人力で水郷の外へ運べないかなと思ってさ」
「そりゃ、また……」
サリューはためいきをついた。
「無理だってわかってる」
「いや、そんなことねえよ。悪かった」
「真剣に謝らないでよ」
くすっとサリューは笑った。
「本当は、アム自身の魔力をあげるような魔法がないかどうか探してたんだ」
「それも都合のいい話だな」
「でしょ?そんなのがあったらとっくに使ってるよね。魔力だけをあげるのが無理なら、いっそ全体的にレベルアップしてからイベントに臨む、というのを考えたんだけどね」
「モハメじいさんはやる気満々なんだろ?おれたちがこっちに来てけっこうたったから、月のかけらを使うまでもうちょっとだな」
ううう、とサリューはまたうめいた。
「じゃあ、次点でトヘロスはどうかな」
「モンスターをでなくする呪文のことか?」
「うん。本当はニフラムを、って考えてたんだけど、現役の呪文の方がぼくたちにも使える可能性が高いからね。テアマト水郷全体に一種の結界をつくれないかと思うんだ。その内部はルビス様のお力が高まった状態になるから、アムの魔法の効果も高くなるんじゃないかって」
「おいおい、今回ばかりはアビス様のお力だのみじゃねえの?」
「そこはちょっと置いといてもらえる?トヘロス、ニフラム、そして首狩り族の石板に書いてあった古魔法はどれも聖なる結界に関する魔法なんだ。本当は人面樹の汚染を取り除くのにそれを使いたいんだけど」
「効かないのか」
サリューは指を立てて数えた。
「トヘロスはすべてのモンスターを排除できる保証がない。ニフラムは効果範囲が狭くて、とてもテアマト全体に使えない。石板に書いてあった古魔法は、条件がそろわない。第一、イベントの時に一時的にアムの魔力を」
と言った時だった。
 すいませんが、と声がした。振り向くと、腰の曲がった年寄りが宿の食堂の入口に手をかけて、こちらを見ていた。
「なんでしょうか?」
年を取って漁師を引退したらしい老人は、遠慮しいしい言った。
「浜で網を引いているんですが、えらく重くて。昨日力仕事を手伝ってくだすった男衆がこちらにおられたら、助っ人を頼みたいと……」
ロイはおお、と言った。
「それ、俺だ。サマ、話の途中で悪いな。ちょっと浜を手伝ってくる」
漁師町ザハンには、今、男手が極端に少ない。ひどい嵐にあって、船が遭難してしまったのだと言う。
「うん、行ってきなよ」
「飯にはもどる」
「だろうね」
ロイは飛び出して行った。
「身体動かしてる方が好きなんだろ、きみは」
呆れまじりのつぶやきを一つはなって、サリューは呼びに来た年寄りに話しかけた。
「久しぶりだね。どうしたの?」
くすくすと若い男の声が笑いだした。
「なんだ、ばれてんのか」
年寄りに見せかけていた男は、付けひげをむしり取った。
「ラゴス君の変装は、いつもちょっとだけやり過ぎなんだ」
「そうか。覚えておくよ」
天下の大盗賊ラゴスは、サリューの隣にすわりこんだ。
「おまえら、こんなド田舎で何やってんだ?」
「古い魔法について神殿で調べ物していただけ」
へえ?とラゴスは言った。
「でも、最近テパに出入りしてるだろ?」
「うん。なんで知ってんの?」
「見張らせてたからさ。テパで何をやってんだ?」
「盗賊ラゴスが、テパなんて田舎町をなんだって見張らせてたの?」
サリューとラゴス、二人の視線がぶつかりあった。
「わかった、わかった」
ついにラゴスが言った。
「先にこっちからネタを割るよ。だから聞きたいことには答えてくれや。な?」
「わかることなら教えてもいいよ」
羊皮紙を脇に片づけてサリューは答えた。
「ペルポイで会った時、おれが水門の鍵をどうして盗んだか話しただろ」
「うん。残念賞だっけ」
「本当に欲しかったものは別にあった」
ラゴスは片手を首に当ててぐっと押した。
「10年前とある町で、けっこうでかい仕事をこなしたと思ってくれ。ちょうど相棒の都合が悪くて、しょうがなく人を雇って仕事をやったんだ。けど馴れないことはするもんじゃねえな。雇ったやつらに裏切られて、肝心のお宝を持ち逃げされちまった。それを取り返しに行ったのさ」
「へえ、ラゴス君でも出し抜かれるなんてねえ」
「ああ、油断だったよ。そんなわけで、俺はひまさえあればその裏切り者を探していた。テパにいるとわかったもんで、俺はテパに見張りを貼りつけた」
サリューはちょっとうなずいた。テパはキメラの翼がきかない上に、出入りのえらく不自由な町なのだ。見張りをつけるのも大変だろうなと思った。
「あれから十年たつ。いくら用心深くても、そろそろお宝を取り出して使うだろうと思ったんだが、あいつら尻尾をださねえのよ」
ラゴスは腕を組んで天井を見上げた。
「いったいあれをどこに隠したんだ?」
「あれって?」
「よくある宝箱に入ったゴールド金貨だ。平凡だろ」
「じゃ、かさばるし、重いよね。ポケットに入れるわけにいかないな。隠し場所がわからないの?」
「悔しいが、わからねえ……」
サリューの脳裏に浮かんだのは、水門を開いた時の光景だった。ないんだよ、あんた、ないんだよ、と繰り返していたジーナである。
「ラゴス君の言うあいつらって、誰?」
ああん?とラゴスが聞いた。
「それを聞いてどうするんだ?」
「じゃあ、男?それとも」
いっひっひとラゴスは笑った。
「御察しの通りだよ。今度はそっちの番だ。あんたら、何を知ってる?」
「宝箱の在り処のことなら、たぶん彼女にもわかってないよ」
「なんだと?」
「隠したつもりの宝箱が、ないないって騒いでた」
ラゴスが座りなおした。
「そこんところ、詳しく」
「テパの裏山の上につくった貯水池の底を見た時のことだよ。水門を開けると水路へ水が流れ込むようになってるんだ。でも、空っぽになった貯水池の底には、目当てのものがなかったみたい」
くそっ、とラゴスはつぶやいた。
「そんなところへほうりこみやがったのか!」
「ほうりこんでないったら。少なくとも今はね」
「じゃ、どこ行ったんだ」
「ごめん、わかんない」
ラゴスは指で白髪に見せかけた頭髪をかいた。
「しょうがねえ。諦めるか」
「いいの?」
「損切りさ。これ以上テパに見張りを貼りつけても、仕込みが高くつくばっかりであしが出ちまう。人手も惜しいしな。今、別件に取りかかってるんだ」
ひょいとラゴスは身軽に立ち上がった。
「ジーナに伝えてくれ、おれは諦めたってな。びくびくしないで、惚れた男と一緒に暮らすといい。ただし二度と盗賊家業に足突っ込むなと、そう言っといてくれ」
「わかったよ、大親分。ジーナさんに……惚れた男って誰?」
おいおい、とラゴスは言った。
「知らないで話してたのか?疾風のジーナ、ハヤテのイリヤ、そう名乗ってた幼馴染の盗賊コンビだよ」