ルプガナの嵐 8.名探偵サリュー

 アムは腰の曲がった老人にそっと寄り添い、杖を拾って手渡した。
「お店の建て直し、うまくいくといいですね」
レイモンはちょっと笑った。
「ありがとう、異国のお嬢さん。店のことを考えているから、わしは生きていかれる。心の拠りどころのある人間は案外、強いものでしてな」
レイモンの言葉はアムの心の中へすっと入ってきた。
 アムの後ろにいたサリューが、そのとき一歩前に出た。
「すいません、レイモンさん」
「なにかな?」
「航海のお守りを、どこで入手されたとおっしゃいました?」
「そういう珍品を掘り出してくる業者からだ。おんぼろ小路へ行ってごらん。そこにたしか、住んでいたよ」
そう言ってレイモンは行こうとした。
「もうひとつだけ!」
サリューは彼の前に回って呼び止めた。目つきが真剣になっていた。
「そのお守り、こんな形じゃありませんでしたか?色は全体がアンティークゴールドで、真ん中に薔薇色のカメオがついていて、彫りは……」
両手の指で形を作ったりして、サリューは一生懸命説明していた。レイモンはふんふんとうなずいた。
「ああ、そのとおりだよ、お若いの。よくご存知だ。さて、もういいかね?」
「はい」
とサリューは言った。
「ありがとうございます、レイモンさん。すべて、わかりました」
後に何度も目にすることになる、確信にあふれたサリューの笑顔を、このとき初めてアムは見たのだった。

 ほとんど小走りにサリューは歩いていた。
「おい、待てよ」
ロイとアムは、あわててあとを追った。
「どこへ行くんだ」
「商人組合」
火炎草アレルギーは、ほとんど治ったらしい。鼻のぐしゅぐしゅがおさまって、サリューは絶好調のようだった。
「何をしに」
「事件を解決するために」
「どうやって?」
「あの財宝を、引き上げればいいんだよ」
「なんでまた財宝が?」
くるりとサリューは振り向いた。
「ロイ、泳げるよね?」
ロイは面食らった顔になった。
「ああ、おれはローレシアの海辺育ちだからな。泳ぎはできるけど、それがどうした?」
「たしか、潜れたよね?」
“おれはもぐれる”なんていう話をこいつにしたっけか?と思いながらロイは答えた。
「けっこう、いけるつもりだが」
「じゃ、大丈夫だ。これでルプガナ海峡の嵐がとまるよ」
またさっさっと歩き出した。
「おい、どうなってんだよ」
アムは肩をすくめた。
「あたしにも、さっぱり」
「え、そうなのか?」
 アムは情けなかった。同じ物を見て、同じ情報を聞いていたはずなのだが、サリューには何かわかったらしい。
「ロイ、アム、早くぅ!先行くよっ」
アムたちはあわててあとを追った。
 サリューが向かった先は、商人組合だった。案内も請わずにずかずかと入っていく。あまりにも堂々としているので、警備の兵士たちもとめにこなかった。
 ほとんど無作法なほどの勢いで、サリューは商人組合の大会議室の扉を左右に開け放った。
「なんだ、君たちは?」
集まっているのは、商人組合のメンバーらしい男たちだった。裕福な身なりで、理事を務めるような商人である。数日前アムたちが交渉をした相手も混じっていた。
「ロト三国の王家の方々でしたな。申し訳ないが我々は今」
もっとも年配の、堂々たる白髯の老人が言いかけた。サリューは最後まで言わせなかった。
「ぼくは、ルプガナ海峡の嵐をとめることができます」
 たちまち会議室が騒然となった。
「いや、お若い方、あんた、本気かい」
横合いから声をかけたのは、商人たちとは異なる雰囲気の壮年の男だった。日に焼けた顔色や服装から、船乗りかとアムは思った。
「もしかしたら、『星降る腕輪』の船長さんですか?」
「ああ。ついさきほど、このルプガナに戻ってきたばかりなんだ。あんた、陸の人だろう。海を甘く見ちゃいけない。精霊ルビス様のご機嫌はけっしてよかあないよ」
「今度の嵐は、ルビス様の御意志とは関係ないんです」
髯の老人が声をかけた。
「君は、何か知っているのかね」
「失礼ですが、ルプガナのベルモントさんですか?」
サリューは聞き返した。老人はうなずいた。
「いかにも。わたしがベルモントだ」
「よかった。話が早い。船を出してください。そうすれば、解決します」
「それができれば、苦労はしとらん」
「一隻でいいんです。レイモンさんの財宝を、海から引きあげるだけです」
「レイモン?どういうことだ」
「正確には、レイモンさんが船荷の中に入れた、あるアイテムが必要なんです」
ざわついていた商人たちは、一人残らず息を呑んでサリューの話に聞き入っていた。
「アイテムだと?」
「レイモンさんにそれを売りつけた業者は“お守り”だと説明したようですが、あれはそんなもんじゃない。一種の依り代(よりしろ)です」
アムはあっけにとられて聞いていた。
 依り代とは、神霊や亡霊がこの世に仮に現れるときに霊体を宿すために必要なもののことだ。あの女の幽霊、とアムは思い当たった。
「ちょっと強力な霊がくっつくはずだったのに、船に乗せられてルプガナから持ち去られ、しかもこれは偶然だったんだけど、最初の嵐にあって『風の狼』号といっしょに海の底に沈んでしまった。あれを取り戻さないと、ルプガナ海峡はおさまりません」
サリューは、そばにいたロイを前に押し出すようにした。
「彼は、潜水ができます。あとは、沈んだ箇所がわかって、そこまで船を出しさえすれば」
「あのう」
『星降る腕輪』号の船長が、恐る恐る声をかけた。
「わっしらは、今度の航海で不思議なもんを見たんだ。海がひとところだけ、金色に光ってるんだが」
ぱっとサリューはふりむいた。
「ほんとですかっ?それはどこ?」
 商人たちは急にせわしなく動き始めた。誰かが壁から海図をおろしてきて、会議室中央の大テーブルに広げた。
 船長はぶつぶつ言っていたが、海図の一箇所を指で押さえた。
「このあたりじゃねえかな」
そして顔を上げると、おどおどとつぶやいた。
「ほんとに行くのかね。おっかなかったが。あの光は、誰かを呼んでるんだよ。わしらの船が真上に乗り上げたとき、引きずり込まれるかと思った」
あとの言葉は身震いに消えた。
「その光はね、船を引き込みたいんじゃないんです」
とサリューは説明した。
「なんとかして、あれも、元のところへ戻りたいんです」
「元って言うと」
「とある女の亡霊とその“お守り”は一対なんです。今、亡霊は、ベルモントさんの孫娘さんに取り付いてあれを探してます」
ベルモントはぎくりとした。
「ニコルのことかね!」
「そうです。あの“お守り”がないと、ニコルちゃんも危ないですよ、ベルモントさん」
最後の一言がきいたのだろうか。ベルモントは、ついにうなずいた。