ルプガナの嵐 2.お嬢様救出

「どうしてもダメなら、野宿と行くか。おれはもともと、そのほうが気楽だ」
うう、と言ってサマは肩をすくめた。
「あったかいお部屋とおふとん、期待してたんだけどな」
二人はそろってアーチをくぐった。
「もうよせよ。おれは疲れた。女ってのはどうしてああいう」
言葉に困ってロイは口ごもった。
「このあいだは、あいつだけ戦闘不能になっちゃっただろ?そしたら生き返らせたあとに、“どうせあたしだけお荷物だと言うんでしょ!”って怒ったから、今度は死なせないように真っ先にかばったんだ。そうしたら、また怒る」
あははっとサマは声を立てて笑った。
「おだてりゃいばる、叱ればすねる、たたき殺せば化けて出るってね。女の子の扱いは昔っから難しいって決まってるよ」
「どこで覚えたんだ、そんな文句」
「どこでもいいでしょ?それより、野宿するとして、明日はどうするの?」
「そこなんだよなあ」
 その日、ロイたちはルプガナの商人組合を訪れた。もともとラダトームの植民都市だったルプガナには、アレフガルドに先祖を持つれっきとした領主もいるのだが、ルプガナの商人たちに行政をまかせきりにして年金だけ受け取っている。今日ロイたちが交渉してきたのは、まさにルプガナの支配者たちだった。
「困っちゃうよね。港にはあんなに船があったのに」
商人たちは、ロイたちが名前を名乗り、アレフガルドまで渡りたいので船を貸して欲しいというと、難しい顔になったのである。
「余分な船は無いそうだぜ」
憮然とした顔でロイが言った。
「船は財産なんだってさ。よそ者には貸せねえと言いやがった」
しかも、ルプガナ~ガライ間の航路さえ今は途絶えているという。
「他の方法を考えなくちゃ。このあたりに他に港はないかな」
 ルプガナ市は、亜大陸ほどもある大きな島の東端にあり、この島全体の中心都市である。貿易路の交差するところでもあり、周辺の農業、漁業の産物の一大消費地でもあった。
「たぶん海岸には、ルプガナのほかは小さな漁港がいくつかあるだけだと思う」
「漁船じゃダメ?」
ロイはためいきをついた。
「ルプガナ海峡はこっちがわとアレフガルド側から潮がぶつかり合うんで、波が立って小船には厳しいってよ」
「困ったねえ」
 先ほどから、靴底の感触が違う、と言う気がしていた。壁ひとつへだてただけなのに、そこはがらりと雰囲気の異なる街だった。街と言うより、廃墟に近い。
「ここいら、何なんだ?」
小石のごろごろする道にロイは足を止めてつぶやいた。
 あまり裕福でない住人の住む小屋が立ち並ぶ界隈なのだろう。お互いにもたれあってやっと立っているようなみすぼらしい家がいくつも並んでいる。通りはせまく、入り組んでいる。見上げると満月の夜空が細長く切り取られて見えた。
「迷路みたい」
「いやな感じだな」
「うん」
長い間フィールドを歩いてやっと町にたどり着き、へとへとになって門をくぐったときのあの安心感が、ここにはない。ロイの直感……従兄弟たちのような魔法力とは違うが戦士が殺気を感じ取るそれが、しきりと疼いた。
「ダンジョンと同じだ」
「何か居るね」
「ああ。こっちを見てる」
サリューは周囲に目を配りながら細身の剣を鞘から引き抜いた。ロイも大剣を構えた。
 角を曲がると、少し先にアムが立ち尽くしているのが見えた。当惑したようにきょろきょろしている。
「姫」
ほかに言いようが無くて、ロイはいまだに彼女をそう呼んでいる。
「どうもここらはやばい。野宿でもいいから、出ようぜ」
アムはふりむいた。
「少し待って。何か、聞こえない?」
「なんだ?」
「女の声がしたの。悲鳴みたい」
まっさきに動いたのはサマだった。
「あっちだ!」
 武器を構えたまま走っていく。こういうときの敏捷な動きには、ロイもかなわなかった。サマを追って真夜中の迷路をロイは走った。後ろからアムがついてきている。
「助けてぇっ」
 不意に悲鳴が響き渡った。サマが同時に立ち止まった。追いついてみると、そこはひねこびた枯れ木を中心にした、猫の額ほどの広場だった。木の下にあるのは涸れ井戸のようだった。井戸の前で三人の人物がもみあっている。がっちりした体格の男二人に抱え上げられて暴れているのは、まだ若い娘だった。
「助けてくださいっ」
少女はロイたちを見つけて叫んだ。
「この者たちが、私をっ」
さきほど、物陰から監視されている、と感じた原因は、この男たちだったのだろうか。ロイは剣を構えたまま前に出た。
「その子を放せよ」
二人の男たちは、鈍重そうだが腕っ節は強そうだった。むき出しの肩から腕にかけて、筋肉が盛り上がっている。裸の上半身の胸には革ベルトが交差していた。
「ルプガナの者じゃねえな?」
歯をむき出した男がそう言った。
「よそもんは、口をださねえでくれ」
スキンヘッドの大男が、うんざりした、と言う口調で付け加えた。
「行くぞ、サマ」
ロイは剣を構えた。
「わかった」
サマは細身の剣を片手で構えた。最初のターンではこの剣か、反対側の手からの魔法弾か、どちらかが荒くれどもを襲うことになる。
「おいおい、ちょっと待てよ」
「問答無用!」
勢いをつけて踏み込むと、ロイは剣をふりおろした。うわっと叫んで出っ歯は飛び下がろうとした。ヒットの瞬間、ロイは剣を逆手に持ち返し柄頭で殴りつけた。
出っ歯が体勢を崩し、少女を捕らえていた腕がはずれた。
「この若造!」
スキンヘッドがナックルを握ったこぶしを振り上げて襲ってきた。サマがさっと足を突き出す。思いっきり地べたへ激突した男の首筋に、剣の先端をつきつけた。
「動かないでください」
一方、少女がよろけながら逃れると、出っ歯は舌打ちして自分の剣を鞘からぬいた。ロイはひるまなかった。激しい金属音をあげて刃をぶつけにいく。
「きゃああっ」
少女が悲鳴をあげた。
「こっちへ!」
少女の手首をつかんでアムは引き寄せた。自分の後ろにかばうと、一気に魔法力を高めていく。
 すばやさに関してはロイよりもよほど早い。アムの手から魔法が放たれた。
「ぎゃっ」
のけぞる出っ歯に、ロイが襲い掛かった。完全に押している。出っ歯があせって打ち込みに来るのを待って、ロイは刃をあわせ、手首を返した。キン、と鋭い音がして、荒くれ男の手から剣の柄が叩き落された。すばやく喉元にきっさきをあてがう。男は声も出せないようだった。
「ま、まってくれ」
ささやくように命乞いをした。
「妙なまねはするなよ。突き出してやるからそう思え」
「突き出すって、どこへ」
「とりあえず、商人組合か」
「おれらは、そこに雇われてるんだよ」
「なんだと?」
ロイが剣をひくと、出っ歯の男は自分の喉をおさえた。
「おれたちゃ、組合に雇われた見張りだよ。ここら一帯、通称おんぼろ小路ってんだが、ここは立ち入り禁止だってのに、毎日この娘っこが入ってくるんだ」
サマも剣を収め、もう一人の見張り役の腕をとって立たせてやった。
「ここ、立ち入り禁止なんですか?」
「誰が禁止したんだ?」
「だから、ルプガナの商人組合のえらいさんたちだ」
見張りの男たちは口々に訴えた。
「この一角は、わけのわからない理由で廃墟になっちまったんだ。住人が毎日姿を消していって、ついに人っ子ひとりいなくなった。疫病のおそれがあるからってんで、人が入り込めないようにしてあるんだが」