ルプガナの嵐 11.ルプガナの戦い

 ぐっとロイは鋼鉄の剣の柄を握り締めた。ちょっとでも気を緩めると位負けしそうになる。ロイは必死でアイコンタクトを保った。
「姫!」
「なに?」
アムの声も緊張でとがっている。
「おまえは攻撃するな。回復に徹してくれ。おれとサマが前衛に立って攻撃する」
アムは一瞬、不服そうな顔をしたが、ぐっと飲み込んでくれた。
「……わかったわ。毎ターンでベホイミね」
「頼む!サマは逆だ。回復しないで攻撃だけ、いいな?」
静かに、だが決意を込めてサマはうなずいた。
「うん。ぼくはホイミしない。とにかく、あいつのHPを削る」
「そうだ。行くぞ」
ぐぉぐぉとアークデーモンが吼えた。あざ笑っているのかもしれなかった。
 そのとき、小柄な体がロイの傍らに進み出た。
「ニコル!」
ニコルは首を振った。その顔を見て、ロイははっとした。
「オリビアなのか」
「ええ」
オリビアは微笑んだ。
「及ばずながら、力を貸すわ」
「あんたが出張ったら、その娘も危ないんだ」
「大丈夫。あんたたちにもこの娘にもだいぶ迷惑かけたもの。これはオリビアの落とし前よ」
オリビアはニコルの片手を顔面にかざし、何事かつぶやいてまっすぐモンスターに向かい手を伸ばした。
「眠れ!」
アークデーモンは兜ほどもあるこぶしで呪文を振り払うようなしぐさをした。が、ぐらりと巨体がよろめいた。
「アークデーモンにラリホー?信じられない……」
サマが茫然としている。
「さあ、ロトの末たち」
オリビアはぴしりと言った。
「こいつは二回攻撃よ。ラリホーは本来のターンの半分しか持たない。手数が惜しいの。回復はもちろん、ルカナンもマホトーンもいらないわ。全力でHPを削るのよ!」
おうっ、とロイは叫び、剣を正面に構えて悪魔に切りつけた。ぶん、と風を切る音がした。サマの鉄の槍だった。
「くっ……」
 固い外皮は、なかなか槍が通らない。いつもぽやぽやしているサマの表情がひきしまった。一度引き抜いて目の高さに構え、真剣な表情で狙いを定めた。
 こいつはこんな顔もするのか、と戦いの最中にふとロイは思い、首を振った。真剣でちょうどいい。相手の命を削るか、こちらが殺されるかの瀬戸際である。サマルトリア流の槍術はちょっと独特だった。小さく助走してサマは襲い掛かった。そのすばやい突きは見とれるほど鮮やかだった。
 サマが攻めたのと同じ場所めがけて風の魔法が襲い掛かった。ぐはぁ、とモンスターがうめいて大きくのけぞった。
「まだ行ける!」
横腹へ回りこみ、ロイは緑の腹を切り裂くように剣をふるった。紫色の体液が飛び散った。強制的に眠らせたアークデーモンはぴくぴくと震えている。今にも起きてしまいそうだった。
「どうしよう!」
アムがつぶやいた。すでに手は、ベホイミの形に印を結びかけている。
「だめだ!オリビアの言ったのを聞いただろう。彼女を信じろ。HPを削り尽くせば、おれたちの勝ちだ!」
アムが唇を噛みしめているのが見えた。ムーンブルグの王女、そして魔法の専門家としてのプライドが、リーダーの指示と心の中で拮抗しているらしい。
「アム、行くよっ」
そのときサマが叫んで槍をふるった。
「くっ」
一拍遅れて、バギが追随した。
「ぐるぅ!」
アークデーモンが体液を吐き、両手で腹を抱くようにして崩れ落ちる。
「ロイの番よ!」
「これで決めてやる!」
うずくまった牛鬼が、ついに目を開けた。金一色の目が剣を構えて殺到するロイを捉える。大きな口がにたりと笑いの形になった。
「くらえっ」
ロイは鋼の剣でアークデーモンの首筋を刺し貫いた。同時に緑の拳がロイの顔面へたたきつけられた。
「ぐふっ」
とうめいたのは、ロイのほうだった。思わずふらふらと後ずさった。今の一撃で剣の柄は指から離れてしまっている。HPの大半をごっそり削られたのを感じていた。巨大な悪魔は首筋に剣のつきささったまま、一歩ロイのほうへ近寄り、そして、地響きを上げて霜の上に倒れこんだ。

 丸みを帯びた形は、やや細長い卵のように見えた。手のひらにあまるほどの大きさで、小さな柄がついている。材質はなめらかで金色がかっているのだが陶器か金属かわからなかった。表面に指孔がいくつか開いていた。
「でも、あったかい感じがする」
しげしげと見つめてサリューがそう言った。レイモンは笑った。
「“山彦の笛”というものです」
そう言って黒い絹を敷いた箱の中から笛を取り出し、サリューの手に乗せた。
「これはあの宝箱を引き上げてくださった方に差し上げようと思っていました。どうぞお持ちください」
ロイが財宝を引き上げたおかげで、レイモンは資産のかなりの部分を取り戻した。レイモン商会は港のそばに新しく、住居兼用の店を建て直すことにしたのだった。まだ内装途中の室内で、レイモンはアムたちにその金色のオカリナを手渡した。
「わしの先祖が手に入れた品で、古い、由緒あるものです。ご先祖の書付によると、“この世の滅びに瀕しているとき、これを求める者たちに手渡せ”とありましてな」
アムたち3人は顔を見合わせた。
「私たちのことですか?」
と、アムは言った。
「さあ。ですがこれは、たいそう貴重な物を集める手がかりになるそうです」
へえ、とつぶやいて、ロイは指先で額をかりかりかいた。どうもイメージがつかめないらしかった。だが対照的にサリューはうれしそうだった。
「いただこうよ、アム。ぼく、こういう珍しいもの好きだ」
「じゃあ、サリューがもっているといいわ」
「うん」
工事中の建物の中に、ルプガナの少女たちが顔をつっこんできた。
「もういいですか?レイモンさん!」
レイモンは笑った。本来、懐の大きな人物であるらしかった。
「いいよ、お嬢さん方」
少女たちの中にニコルもまじっている。アムは、ちょっとほっとした。ニコルは、胸からあのオリビアの愛の証をさげていた。
 昨日の戦闘のあと、金細工のペンダントがその場に残っていたので、相談の結果ニコルが持つことになったのだった。今、薔薇色のカメオはニコルの胸で誇らしげにかがやいていた。
 結局、なぜ愛の証がアレフガルド世界へ落ちてきたのか、わからなかったのだ。見当もつかないとサリューは言うし、アムも同様だった。ただ、なんとなく不吉な予感がしていた。“上の世界”とこちらの世界をきっぱりとへだててきた境がどんどんあいまいになっていったら、世界はどうなるのだろう。その変化をもたらしているのがハーゴンだとしたら?世界の境に影響を及ぼすとは、いったいハーゴンはロンダルキアにこもって何をしているのだろう。
「あの、おじいさまから、船のご用意ができましたって」
アムは我に帰った。
「えっ貸してもらえるの?」
「いろいろとお世話になりましたから」
うれしそうにニコルが言う。
「それに、海も穏やかになって、もう大丈夫なんですって。お好きなように使ってください」
王子たちは目を輝かせた。
「アレフガルドへ行かれるよ!」
「ああ!」
やったぜ!とロイは拳を手のひらにうちつけた。ロイのまわりに、ルプガナの少女たちがくすくす笑って集まってきた。
「このルプガナには、とーっても楽しい場所もあるって、知ってる、王子様?」
ミゼットがそう言って、なれなれしくロイの首に両腕をまわした。
「なんでアレフガルドがいいの?」
「もうちょっと遊んでいったら?」
「案内したげるのに」
「かっこよかったわよ、昨日は」
口々に言う。
「だめよ、ミゼット。お姉さまがいるところで」
一人がアムのほうを見て、小さく片目を閉じた。
「ちぇ、残念」
そう言ってロイから離れた。
「王女様なんでしょ、ほんとは」
と、ミゼットが言う。
「あとから親父に詳しいこと聞いてたまげちゃった」
「いいなあ、お姫様で、すごく綺麗で、魔法使いで」
「あたしたちなんか、かなわないよね」
アムはちょっと笑った。視線を走らせると、ニコルと目が合った。アムは肩をすくめた。
 ミゼットはミゼット、ニコルはニコルで、あたしはあたし。みんな違うからいいのだと思う。たとえばパーティにロイが二人いてサリューがいないと困るし、逆も困るのだ。
「うん、でも……レモン水は、ポーラのほうが上手につくると思うわ」
わっと少女たちは笑った。ニコルも安心したように笑った。
 ミゼットたちはロイを放り出してどっとアムのほうへ寄って来た。
「また寄ってね?お祭のころに」
「来てもいいの?」
「忘れたら怒るよ」
アムは笑った。少し緊張感のあるこんなつきあいは久しぶりだった。
「何やってんだよ」
後ろからロイが声をかけた。
「ねえ、行こうよ」
サリューもねだった。
「しょうがないわね」
アムはパーティのほうへ歩きかけ、振り向いて手を振った。
「みんな、ありがと。忘れないからね」
そして、二人の仲間の方へ向き直った。
「行きましょうか」
行こうか、アレフガルドへ!王子たちの目はそう言っていた。