きみとリリザで 4.キャラバン・お荷物

「それじゃ、ロイがサリューを探していたんじゃなくて、サリューがロイを追いかけていたというわけ?」
「そういうことになるかな。同じキャラバンで勇者の泉に行くことになったのは実は偶然だったんだけど、それはそれとして、キャラバンて、とってもおもしろかったよ」

 木でできた大きな車輪には、滑り止めのために獣の皮を巻きつける作業が進んでいた。キャラバンの馬車は全部で三台だった。空の木箱や樽が次々と積みこまれている。リリザで仕入れた商品はサマルトリアの城下でだいぶさばけたらしい。キャラバンの者たちはみんなほくほくした顔をしていた。忙しげに働いていたキャラバンリーダーが、顔を上げた。
「おい、兄ちゃん、ロイさん、あんただよ!」
ロイは足を止めた。
「ああ」
息せき切ってポーリーは走ってきた。
「なんだよ、あいかわらず愛想なしだなあ!リリザからずっと旅してきた仲じゃないか」
「何か用か?」
「用があるかって?大ありさ。あんたのこと、ここで待ってたんだ。お城での用は終わったんだろ?今度、どこ行くんだ、え?またいっしょに行こうぜ」
ロイは肩をすくめた。なれなれしい話し方には、だいぶ慣れてきた、というか、あきらめていた。
「おれは勇者の泉へ行くんだ」
「え、勇者の泉!何をしに行くんだ?今じゃモンスターがでて危ないそうだぞ。襲われないのは長老様ぐらいのものだ」
「そうなのか?」
「長老様は聖なる力がおありになるそうだ。その長老の下のお嬢様が占い師様で、上のお嬢様が、ほら、今のサマルトリアの王妃様だよ」
ロイは思わず顔をしかめた。
「どうしたね」
「さっきひどい目に……なんでもない。じゃあ、サマルトリアの王子は、長老の孫にあたるわけか」
「そうさ。長老様は特別なお方なんだ。でも、一般の人間にとっちゃ危ない場所だよ。それに、泉のほかには何もないしな」
「じゃあ商売にならないな。別にいっしょに来なくていいぞ」
「まあ、待ちなって。たしかに物を売るには向かない土地だが、仕入れはできるんだよ。泉の先に、ちっちゃな港があってね」
「知らなかったな」
「じゃ決まりねっ。よかった~、キャラバンの安全はガードにかかってるんでさ。兄ちゃんは当分手放せねえや。一号馬車のガードよろしく」
「おい」
「いいじゃないですか、ねっねっ」
「いい年のオヤジが“ねっ”はやめてくれ。鳥肌が立つ」
「若いくせに石頭だねえ」
「ほっといてくれ」
ポーリーはキャラバンの外に立っていた人影に声を掛けた。
「よかったね、旅人さん。このキャラバンで、勇者の泉まで行かれるよ」
旅人は目深にフードをかぶっていた。フードがちょっと動いたのは、うなずいたらしい。
「じゃ、一号馬車ね」
ロイは口を挟んだ。
「なんだ、そいつ?」
「そいつじゃないって、お客だよ。サマルトリアの人なんだ。勇者の泉のそばに住んでる親戚に会いに行くのに、乗せてってほしいんだそうだ」
けっ、とロイは吐き捨てた。
「ガキじゃあるまいし、てめえで歩けよ」
びくん、と旅人はふるえた。
「まあ、まあ」
ポーリーが割って入った。
「旅人さん、この人、うちの用心棒のロイさんだ。こわもてだけど、根はお人よしだから大丈夫だよ」
ロイは眉をあげた。
「おいおい、お人よしっておれのことか?」
「お人よしだよ、兄ちゃんはさ」
「バカ言え」
「ガードやってくれって言われると、断れないじゃないか」
「よし、断ってやる。きっぱり断ってやる」
「ま~た、また。じゃ、旅人さん、代金は前払いでよろしくね」
女のようにきゃしゃな指がゴールド金貨をつまんで支払うのを、ロイはいらいらと見ていた。
「おまえ、名前は?なにもんだ?」
旅人よりも前に、ポーリーが答えた。
「そんな怖い言い方したらだめじゃないか。ええと」
か細い声で旅人は答えた。
「ぼくの名前は、マール。えと、吟遊詩人です」
「勘弁してくれよ。ガードはやるって言ったが、ガキのお守りまで引き受けてないからな」
「でもねえ、二号馬車も三号馬車も、荷物いっぱいなんだよ。余裕があるって言うと一号だけなんだ」
じろ、とロイはポーリーをにらんだ。が、ポーリーはロイの性格を見抜いていた。
「しかたねえな」
「だってさ。マール君、よかったね」
おずおずと吟遊詩人の少年はうなずいた。ロイはさっさと一号馬車に入ってしまった。とたんに大声を上げた。
「なんだ、こりゃ!」
「あ~、荷物だよ、旅人さんの」
ロイが馬車から顔を突き出した。
「足の踏み場もねえじゃねえか!おい、マール!これみんな、おまえの荷物なのか?」
「うん……」
「引越しでもする気か!いったい何が入ってるんだ!」
「あ、だめ!開けないで」
「ふざけんな」
ロイはさっさと大きな荷物をほどいていく。ほどきながら、テンションの高い罵声が次々と飛び出した。
「植物図鑑全10巻!普通、持ち歩くか、こんなもの!」
マール少年がかけよった。一生懸命抗議している。
「役に立つんだよ、それ!」
「こんなでかい枕、かさばるだけだ」
「だって、ぼく、枕かわると寝付けないんだもん」
「“だって”だの“だもん”だの言うんじゃない。男のくせに!この……これは……くまのぬいぐるみか?」
「それはサリーアン!ないと、さびしいんだからっ」
「アホかっ」
「とにかく、全部持っていくからね。荷物、戻してよ!」
「半分にしろ。じゃないと、乗せないからな!」
「ええっ?」
ポーリーはわって入った。
「一号馬車の責任者はこの兄ちゃんなんだ。悪いけどマール君、荷物のうち、半分だけよその馬車にうつしていいかね?」
小さく唇をかんで、マールはうなずいた。
「はい……」
どん、と勢いをつけて、ロイはぬいぐるみその他を馬車から放り出した。
「ほら、持ってってくれ!まったく、役に立たないもんばっかりこんなに持ち込みやがって。そのくせ薬草も持ってないのか、おまえは!」
マールというその旅人は、たしかに少々、世間知らずらしい。旅行に薬草を持っていくのは常識だった。
 マールは地べたから荷物を大切そうに抱えあげると、唇をとがらせた。
「薬草なんか、ぼく、いらない」
「常識はずれめ」
「だって、ホイミできるもん」
 ロイの表情がかわった。テンションが限りなく低くなっていく。大声でがみがみどなっていたときよりも、はるかに緊張を帯びた視線でロイはマールを見下ろした。
 マールは、馬車の上のロイを見上げた。
「君なんか、ぼく、きらいだ」
食いしばったような唇で、ロイが答えた。
「おれも、おまえが嫌いだ」