花のサマルトリア 6.サマルトリアの舞踏会・後

 大きな扉が音を立てて両開きになり、数名の男たちが乱入してきた。全員目の上に仮面をつけ、たっぷりと鈴のついた大きな帽子をかぶっている。それがシャンシャンと鳴り響き、うるさいことこのうえなかった。
 ヒャッホウ、とさかんに声をあげて、男たちはそれぞれ手にした六尺棒を互いに打ちつけ、あるいは床に突きたて、騒々しく踊り始めた。
 サリューは笑い声を立てた。
「やっときたね!」
マンドリンを抱えなおして、2拍子のメロディを弾き始めた。あわてて楽師たちが後に続く。ほどなく広間は、にぎやかな音楽や、はやす声、笑い声でいっぱいになった。
 どうやら男たちはみな、サマルトリアの貴族の子弟らしかった。ダンスなのか棒術の試合なのかわからないような迫力で六尺棒を振り回す。
 空中に投げ上げ、一回転して受け止め、その勢いでしゃがみこみ、かかとで回転しながら、床の上すれすれに棒をぐるりと回す。二人の踊り手が一本の棒を両端で支え、数名が次々と飛び越え、ジャンプの高さを競う。
 むちゃくちゃな速さで動いているのに、誰一人、棒にかする者もなく、転倒もしないのは見事だった。
「ヘーイ、ホーッ」
 だが、一人の若者がとなりの若者と頭上で棒をぶつけ合わせていたとき、ふいに棒が手を離れて客たちのほうへ飛び出した。ぶつかる、と思い、首をすくめたとき、誰かの手がその棒を空中でつかんで受け止めた。
 まだ若い男だった。
 他の若者と同じ型のダブレットを着ていて、貴族の若者らしい。が、黒髪と日焼けした肌に濃紺のダブレットがあいまって、周囲からくっきりと浮きあがって見えた。
 アムは目を見張った。その精悍な若者は、ロイだった。
「ゴーグル付のヘルメットがないんで、わからなかったわ……」
 棒を落とした若者が、ヘーイと呼んで手招きした。ロイは一瞬ためらったが、棒をつかんで荒々しいダンスの場に踊り出た。
 こと武術に関しては、サマルトリアはおろか、当代右に出るものはいない。ロイはすぐさまダンスに溶け込んだ。もともとダンスと言うより、棒術の型であるらしい。構え、突き、はらい、動きはどれも無駄がなく、迫真の勢いがあり、見ていて気持ちがいいほどだった。
 アムはロイの表情に気がついた。会心の一撃を出したような顔をしている。ローレシアは、ロイの知っているローレシアのままだったらしい、とアムは思った。 その安心感がほとばしるような生気となってロイを輝かせていた。
 音楽が終わると、踊り手たちは次々と仮面をはずした。若い女性客たちがあっというまに群がりよって、大騒ぎになった。シーラとカーラもその中に加わっている。どうやら仲のよい相手がまじっていたようだった。それぞれのパートナーにくっついたまま、シーラたちは声をかけた。
「サリュー、あたしたちも踊りたいわ」
「いきのいいパートナーが来たから、早いのをやってね」
サリューはくすっとわらった。
「へえ。ついてこられる?『空飛ぶベッド』だよ」
負けじと若い男女がフロアへむらがる。その名のとおり、天高く飛翔するようなメロディに乗って、再びダンスが始まった。
 そのとき、ロイと目が合った。ロイは大きく目を見開き、何か言いたそうな顔になった。そのままロイは踊る人々をかきわけて、アムのところへやってきた。
 ローレシアまで往復したにしては早かったわ、とアムは言おうとした。が、その前に口をついたのは、別の言葉だった。
「ロイ、踊れたの?」
「お上品なヤツでないなら」
曲が終わって周りが一瞬、静かになった。サリューは若い侍女の手からゴブレットを受け取って一口飲み、別の侍女から手巾を借りて汗をふいた。そして、期待に満ちた若者たちに向かって、高らかに言った。
「この曲で今日はおしまい。『ジプシー・ダンス』!」
わっと会場が沸いた。すぐに男女はペアをつくり、向かい合って立った。石のフロアをいくつもの上靴がリズミカルにたたいて、靴音を響かせた。
 アムも緊張した。この曲は非常にテンポが速くリズムに合わせて踊るには、敏捷に足をさばく体力が必要になる。目の前のロイを見上げると、に、と笑った。
アムは思い切りよくスカートの裾をたくし上げた。
 楽師の一人がリュートをおき、カスタネットを取り上げた。フルート吹きの楽師が大きく息を吸い込んだ。フィドルとギターンが、緊張してサリューの出だしを待つ……
 メロディはいきなり始まった。
 右、左、前、後ろ。
 かかと、つまさき、つまさき、かかと。
 めまぐるしいような勢いでダンスシューズがフロアをたたく。向かい合うペアは相対的な位置関係を絶対に崩さない。互いの顔を正面から注視したまま、円を描くように移動し、あるいは、前進し、また後退する。
 だが、『ジプシー・ダンス』を踊りきれる踊り手は、そうはいないようだった。足がもつれて転ぶ者があいつぎ、次々と脱落していく。
「もう、だめ」
カーラまでが音を上げた。
「足が上がらないわ」
続いてシーラがリタイヤした。気がつくと、広間の真ん中のフロアにいるのは、アムと、パートナーのロイだけだった。
 サリューのマンドリンがいよいよ冴え、希望を求めるような、暗い情熱の調べが、熱狂的に響き渡った。
 人々が賞賛の声をあげて見守る中、人が減って広くなったダンスフロアを、アムとロイは一気に斜めに横切っていった。
右足を左足のかかとよりもさらに左側へ大きく踏み出し、そのつま先を軸にすぐに回転。かかととつま先で細かくステップを刻んでから、おおきく足を滑らせて直後にジャンプ。
 このコンビネーションを数度繰り返して、区切りには深い踏み込みからの大ジャンプ。
 ロイはぴたりとついてきていた。腕は自然に体の脇にそわせているだけだが、足は今までのアムのパートナーの誰よりも正確にリズムを刻む。
 歯切れのいい音で曲が終わった瞬間、大きな拍手がわき起こった。
「踊れるなんて、知らなかったわ!」
息を弾ませてアムは言った。
「国じゃ、酒が入ると兵士連中がよく踊ってたんだ。たいまつや杖を持ったりして、これよりもっと荒っぽい踊りだけど」
マンドリンを楽師の長に返して、サリューが来た。
「びっくりしちゃった。ロイ、上手!」
さすがに肩で息をしながら、ロイはにやりとした。
「サマもな。王子様辞めても、楽師で食えるぞ」
「いいかも、それ!」
心から楽しそうにサリューは笑った。