花のサマルトリア 3.山彦の笛

 ロイはいまいましそうな顔になった。
「おまえにくらべりゃ、まだアムのほうがおれにはわかりやすいぞ。アムは口が裂けても弱音を吐いたりしないし、やろうと思ったことはやりとげる。ちょっと生意気だけどな」
「生意気なんて。アムはすてきな女の子だよ。そうだ、あとでアムのところへ行かなきゃ」
「なんか用があるのか?」
「ムーンブルグに伝わる魔法のことは、おばあさまには興味があると思うんだ。あと、紋章も貸してもらおっと。珍しいものだから」
アムは思わず、部屋の中へ踏み込んだ。
「サリュー!紋章を持っていったんじゃないの?」
おわぁ、とロイが叫んでのけぞった。
「いつからいたんだ!」
「さっきから!」
自分の耳が熱くなるのがわかったが、アムはあえて無視することに決めた。
「そんなこと言ってる場合じゃないわ。あたしの荷物に紋章がないのっ」
「ええっ、ぼくまだ持ってってないよ?ロンダルキアに置いてきたんじゃない?」
「大事なアイテムなのよ?ロンダルキアを出るとき、一番おしまいにつっこんだのをおぼえてるわ。だから荷物の一番上にあるはずなのに」
「本当か?俺はさわってないぞ」
「困ったわ。苦労して集めたのに。落としちゃったのかしら。それとも、メイドさんが洗濯しちゃったのかしらね」
 紋章、と呼ばれているが、それはむしろ刺繍のお手本に似ていた。古びた絹地に鮮明な色彩で古代的な図形が描かれたものである。
 もとは横に長い生地に五つの図形を並べて描いたものらしかったが、誰かがはさみを入れてばらばらに切り離したのか、五つの断片は別々の場所から発見されたのだった。
 すべてそろえれば精霊ルビスの加護を得られると伝え聞いてはいるが、実際にどのような効果があるのかは、アムも知らない。
「なんて顔してるの、アム、だいじょうぶだよ」
「サリューったら、のんびりに輪がかかってるわね」
「ひどいなあ」
サリューはにこにこして言った。
「だって、ほら、ぼくまだ、山彦の笛もってるもん」
そうだったとアムは思い直した。いったいどのような魔法が働いているものか、五つの紋章はこの特定の笛の音に反応して山彦を返すのである。
「なら、吹いてちょうだいよ」
サマは、オカリナに似た古い笛をもちあげ、そっと息を吹き込んだ。聞きなれた音色が流れ出した。
 サマが唇を離すとアムは期待を込めて耳を済ませた。が、紋章の山彦は返ってこなかった。かわりに、不思議な音色がかすかにこだました。
「なに、今の?」
「サマ、もう一回だ」
「うん」
サマはもう一度、やや強く吹き鳴らした。はっきりと不思議な山彦がかえってきた。
「紋章の山彦と、音がちがうわ!」
「とにかく、音のしたほうへ探しに行こう」
ロイは先頭にたって部屋を出た。笛を持ったサマとアムが後に続いた。
「こっちか?」
ロイが迷うたびにサマが笛を吹く。三人はサマルトリアの城内をそろそろと進んでいった。
 アムは、あれ、と思った。三人が進んでいるのは、さきほどアムが来た通路だった。アムは来た道を正確に戻っているのだった。このまま行けば、占い師リーヤのプライベートルームにたどりつく。
 だが、山彦は3人を間違いなく後宮の奥へ連れて行こうとしていた。
「おにいちゃん!」
サリーアンだった。女官を従えて、興奮気味に兄のほうへやってきた。
「来て、来て?さっきから叔母上様のお部屋で、不思議な音がするの!」
やはり出所は、リーヤのところらしい。
「おいおい、王妃様の妹君が、紋章を持っていったわけか?」
「決めつけてはだめよ。たぶん、そそっかしい侍女か誰かがもちこんだのだわ」
 リーヤの私室には、あでやかな衣装が山のようにひろげられ、王室ゆかりの女性たちが集まっていた。自分のために衣装合わせをやってくれているのだった、とアムは思い出した。
「叔母上、おじゃまします。この音、どこで鳴っているのですか?」
「それが、ね」
リーヤは、シーラに手で合図をした。
「やっぱり、これよ、お母様」
シーラが差し出したのは、銀細工の手箱だった。
サリューはその前で山彦の笛を吹いた。一拍遅れて、不思議なこだまが箱の中から返ってきた。貴婦人たちは感嘆の声をあげた。
「やっぱりこれだよ。開けてもいいですか、叔母上」
「いいわよ。ねえ、どうなってるの?」
古い手箱の中には、革製のきんちゃくがはいっていた。サリューは手を差し入れて、その中身を取り出した。
「箱?」
簡単なふたがついている。それを開けると、中から、見慣れない模様のついたカードの束が現れた。
「これ……!」
自分の手の上にあるものを見つめて、サリューはそのまま絶句した。
「また珍しいものがでてきたものだね」
サリューは振り向いた。
「おばあさま、これは、むかし、ぼくに教えてくださった、あの」
大占い師はうなずいた。
「そう。我が家に昔から伝わる、タロットじゃ」

 ロイの部屋に戻ると、サリューは待ちかねたように話し始めた。
「10歳になると、ぼくの母方の家系じゃ女の子は占い師の修行を始めると言っただろ?占いに使うものはいろいろあるけど、このカードもそのひとつで、タロットっていうんだ」
サリューはロイのベッドの上に、祖母から借りてきたタロットカードを置いた。
「裏面はどれも同じだけど、表面はみんな絵柄が違って22種類、だから22枚あるよ。ほんとはもっと多いんだけど、うちの家系じゃこの22枚(大アルカナ)を主に占いに使うんだ」
「ちょっと待て」
興奮してしゃべりまくりそうなサリューをロイがとめた。
「おれたちはなくなった紋章を探してたんだぞ?なんでこれが反応するんだよ」
「だから不思議なんじゃないか!」
サリューの目はきらきらしている。
「そもそも、あの五つの紋章って、なにものなわけ?」
「知るかよ」
「あの五つがなんだったか、おぼえてる?」
アムは指を折って数えた。
「太陽と月と星があったわね。で、水の紋章があって、最後に命の紋章をみつけて、これで五つだわ」
「それって、共通点ある?」
「そうね、天候?なら、水じゃなくて雨になりそうなのに」
「4大精霊の名前とすると、水があるのに、地、火、風がないよね」
「それを言ったら、命があるのに死がないぞ」
「じゃ、なんなの、紋章って?」
アムが言うと、サリューはベッドの上のカードにそっと触れた。
「ヒントはこれだ。このタロットは、とにかく山彦の笛に反応した」
三人はタロットカードの上に頭を寄せた。
 サリューは長い指でカードをかきまぜ、三枚を選び出した。
「これが、星。大アルカナの17番。意味は、希望。とか、理想、期待」
それは、星空の下で川をのぞきこむ女性の絵が描かれたカードだった。
「たしか、戦闘時に使うと、“二倍儲かりそうな気がする”という……」
サリューが顔をあげた。
「なんだ、アムも知ってるんだね?」
「教養として習っただけよ。占いまではできないの」
「ぼくもそんなとこだよ。これが月。大アルカナ18番。意味は、うつろいやすさ、不安。そして幻惑」
砂漠のような場所で、犬とサソリらしき動物が月を見上げている絵柄である。
「マヌーサの効果、だったかしら」
「これが太陽。19番」
画面上半分を占める大きな太陽の下で、子供が遊んでいた。
「ありがたいカードよね。仲間全員が回復するんだわ」
「生命力、っていう意味があるんだよ」
ロイがぼやいた。
「そんないいもんあるんなら、今度から持ってこうぜ」
「ぼくは使えないよ?占い師の修行してないから」
「くそ……。で?水はどれだ?命は?」
サリューは親指の端を小さく噛んだ。
「ないんだよ。大アルカナの中には、“命”や“水”っていう名前を持つカードはないんだ」
「なんだ、じゃあ、紋章=タロット説もだめじゃねえか」
「待ってよ。三つもそろってるんだよ。それに、笛のこともあるし。まあ、待っててよ。かならずつきとめるから」