ホメロス戦記・七人の傭兵 8.橋の向こうの三軒

 南部メダチャット地方は朝から曇り空だった。ホメロス率いる七人の傭兵は、村の入り口にある門をくぐり、そろって小川を越えた。
 早朝の平原は冷涼な風が吹き、遠くの湖から静かに霧が漂ってきた。平原に繁茂する背の高い草を透かして、薄い霧の中で異形の生き物が動いているのが見えた。
 昨日チェロンが岩山の上から遠目で目撃したのは、この平原の草地を移動する怪人族のモンスターの群れだった。
 あの日プチャラオ村を襲ってきた虎男は、仲間が増えるのに食い物がない、と言ってはいなかったか。予想通り怪人族が増えているのだろう。
 グレイグとホメロス、シルビア、カミュ、マルティナとロウ、六人の傭兵は風の吹く草原にたたずみ、はやる心を抑え、戦場の気配を探った。
――風を読んでいるみたいだ。
 イレブンから見えるのは彼らの後ろ姿だった。ホメロスが振り向き、小声でささやいた。
「イレブン、籠を背負ってあとからついてきてくれ。ただしきみは戦わないように」
「……はい」
 自分ではモンスターを倒せないとはわかっていたが、数に入れてもらえないことがイレブンは少し寂しかった。
「やつらのアジトは平原の向こうの海岸にある洞窟だ。行くぞ!」
 六人は気合を入れて一斉に飛び出した。

 背中から太陽光を浴びる。顔に風を感じる。岩山の上で鳥類が鳴く。遠くの海から波がどよもす。ずっと魔界で暮らしていた枯草ネズミにとって、それは新鮮な体験だった。
――ここで暮らしていいのか。
 枯草ネズミは一族で固まって生活する。だから族長が地上へ出ると決めたら、従わないわけにはいかない。不安もためらいもあったが、いざ地上へ出てみると、その明るさと広さは感動的だった。
 怪人族と総称されるモンスターの中で、モコッキー、枯草ネズミ、グリーンモッキーなどのネズミ族はそれほど有力な一族ではなかった。虎男やベンガルからは弱いと侮られ、アークマージやドルイドからは馬鹿だとさげすまれていた。
 それでも、ドラゴン族やスライム族等にくらべれば、彼らは話がわかる、とネズミたちは考えていた。なにせ、同じ怪人族なのだから。
 広大で光射す地上、同じ怪人族どうしで固まる暮らしは、序列に厳しい魔界に住んで強いモンスターの食べ残しをあさる生活より、どう考えても快適そうだった。
 ただし、ある条件が必須だった。すなわち、十分な食べ物があるかどうか。
――なに、ヒトを脅せば、なんとかなるさ。
 地上へ出てきたモンスターたちは、おおむねそう考えていた。怪人族でも、上位で力のある者たちは魔界に残っている。魔界でも十分やっていけるのだから。だが、地上のアジトを立ち上げ、食べ物も潤沢に手に入るようになったら、上位種も上がってくるかもしれない。
「腹減った……」
 そこは、海岸の広い洞窟にあるアジトだった。
「食いものは残ってないのか?」
「見ての通りよ。けど、外ヘ出りゃ、人間なら狩れるぜ」
そう言って、モンスターは出口の方にあごをしゃくった。
 彼らモンスターにとって、ヒトの肉は食糧としてあまり好ましいものではなかった。もちろん、好んでヒト肉食いをするモンスターもいることはいる。だが怪人族すなわち虎男系、リリパット系、まほうつかい系等々にとっては、ヒトの肉などゲテ物のたぐいだった。
「やめとけ。もうすぐ美味い飯が食える」
 では何を好むかと言うと、人間と同じ食事だった。肉ならウシやブタ、鶏肉を好み、野菜、きのこ、卵、魚、果物も食べる。小麦を焼いたパンや麺、米を焚いた飯も大好きだった。
「あいつら、ため込んでやがるからな」
 メダチャット南部地方のこの草原では、採取できる食糧は限られる。だから全員の胃袋を満たすためには、ヒトが貯蔵している食糧が必要だった。
「オレ、物質系とかゴースト系じゃなくて、よかったあ」
「なんたって、酒が飲めるしな」
 モンスターの中で怪人族は、魔族に次いでヒトと好みが似ているのだ。いろいろと縦の関係の厳しい魔界を出て地上に拠点をもったからには、まず目指すのは欲望の充足だった。
「飯だ、飯。どれだけよこすかな、人間ども。腹いっぱい食えるといいが」
 なあ、と話しかける者がいた。小柄なリリパットだった。
「ほんとに食いものがないんだが、人間どもはちゃんと飯をわたすかな?」
「そりゃ渡すだろう、あいつら人間は、数は多くても弱っちい」
 居合わせたドルイドはそう言いきった。
「本当だな?飯が食えるっていうから地上まで出てきたんだ、早く食いてえ」
 ハハハ、とまわりが笑った。
「あせるな、あせるな」
「人間どもも、簡単にやられちゃくれねえからな」
 最初の通告の時、人質の子供を奪い返されてさらに剣で切りたてられたことは記憶に新しい。
「そうだな。やつら、けっこう強いから侮れねえ」
「そりゃあ、まずくねえか?」
 心配性のリリパットがそう言った。
「強いのは二人くらいだった。あとは弱虫のヘタレだ。どうってことはないが、それでも一番楽なのは、あっちから差し出すのを待つ方だ」
 いくら腹がへっていても、プチャラオ村の村人ていどならいくら多くても負ける気はしなかった。
「もしだめだったら、奥の手がある。今お頭がよそへ行ってるだろ」
 自分たちの用心棒になってくれる存在を、怪人族のリーダーは誘いに言っているのだった。
「お頭はすごい助っ人をつれて来ると言ってた。そうしたらみんなで人間の村ヘ行って」
 飯、肉、酒をかっさらって来るんだ、と続けようとして、ドルイドは口をつぐんだ。
「へんな臭いがしねえか?」
 異臭にまじって、音も聞こえる。
「この音、なんだ」
 見張りが洞穴の出入り口へ飛んで行った。
「誰もいねえぞ?」
「そんなばかな、どこかに敵がいるんだ!」
 どこだ、どこだ、と怪人族のモンスターたちは洞穴の中を見回した。
 真上を見上げたドルイドが、眼を剥いた。
「なんだありゃ!」
 この海岸の洞穴は天然の岩室だが、明り取りとして上の方にいくつか穴が開いていた。その穴が広がっている。そこから何か落ちてこようとしていた。
 それはこのメダチャット南部地方の原野で採れるありふれた植物、ヨモギだった。大量に刈り取ったヨモギを束ね、火をつけたものが穴から降って来る。
「何のまじないだ!」
 次の瞬間、ドルイドは悲鳴を上げて飛びのいた。ドルイドのいた場所めがけて、大量のヨモギ束が降り注いだ。狭い洞穴の中は、くすぶる白煙でいっぱいになった。
 もともと怪人族は火に弱い。あわてふためき、水、水などとわめいていたが、火をつけた草束はどんどん落ちて来た。
「逃げろーッ」
 誰かの怒号が大脱走の引き金を引いた。煙を避けて顔を覆い、激しくせき込みながら一斉に洞穴の外を目指した。

 イレブンは目を見張っていた。
 ホメロスの発案で、そのあたりの草を刈り取って束ね、火をつけて洞窟の天窓から内部へ投下した。しばらくすると洞窟から白煙があふれだし、直後、モンスターたちが走り出てきた。そこにはグレイグを筆頭に傭兵たちが待ち構えていた。
「皆殺しも制圧も必要ない。第一、数が多すぎて不可能だ」
とホメロスは先に説明していた。
「やつらが混乱し、煙幕が薄れるまでの短時間の勝負だ。手数を惜しめ。狙うのは弓矢を使うリリパット族と枯草ネズミだけでいい」
「虎毛皮のやつとか、パンツ一丁のごろつきとかは、ダメか?」
 そう尋ねるグレイグに、ホメロスは冷たい視線を投げた。
「おまえの楽しみのために強襲をしかけるんじゃないんだぞ?」
「……ごもっとも」
 グレイグはおとなしく虎男たちをやりすごし、リリパット狩りに専念している。どうやらうずうずしているようだが、シルビアが目付け役だった。
 マルティナはこっそりとリリパットに近寄り、得意の長刀ですばやくとどめを刺す。シルビアは両手にそれぞれ短剣を携え、音もなく忍び寄って的確に仕事をしていた。
 ホメロス、ロウ、カミュの三人はネズミを狙っていた。ロウが鋼の爪で、ホメロスが双剣で敵を追い詰めていく。
 イレブンのいるところからは、白い視界の中に影が動いているのが見えるだけだった。その代わり金属のぶつかり合う音やブーメランのうなりが聞こえた。
「おまえら、そこ動くな!」
 誰かが低くつぶやき、風が動く気配がした。
 白煙の中を人影がやってきた。長身、金髪の剣士。
「イレブン、籠を」
 ホメロスに言われてイレブンは、背中を向け、草を編んだ背負い籠を差し出した。
 ホメロスは籠の中に何かをそっと入れた。
「なんですか?」
「爆弾石だ」
とホメロスは真顔で答えた。
「イレブン、これは投げつけたりしない限り爆発はしないが、歩くときはそっと移動するようにしてくれ」
 イレブンはざわっとした。
「それ、ほんとに爆発するんですか?」
「だから集めている。戦いに必要なのだ」
 白煙をついてロウが現れた。
「わしも一つ取ったぞ」
 大切そうにロウは爆弾石を籠に入れた。
 たっと音を立てて誰かが草原へ着地した。
「よう!」
 青い髪が揺れた。顔を上げたのはカミュだった。
「おお、戦果はあったかの?」
「その籠をよこしな」
 カミュはその籠の中にばらばらと爆弾石を投げ入れた。
「え、えっ?」
 いきなり籠が重くなってイレブンは驚いていた。
 ほう!とロウが言った。
「こんなにたくさん。たいしたもんじゃ」
 カミュはちょっと肩をすくめた。
「今日はまあまあだな」
 イレブンは籠の重さと彼の顔を見比べた。
「すごい」
 モンスターの持ち物を取り上げるなんて難しいのに、こんなにたくさん。急な衝動に駆られてイレブンは口を開いた。
「あなたは素晴らしい人だ」
 は?と言ったままカミュは固まった。あっけにとられた顔だった。
「こんなことができる人がいるなんて、思いもよらなかった」
「いや、おい、まいったな」
 カミュは指で頭をかき、照れているようだった。
「すごいよ、ほんとにすごい。あなたは尊敬に値する」
「待った、体がかゆくなるからやめろ。軍師の旦那、石はこんなもんで足りるのか?」
「多ければ多いほどいい。モンスターはまだ混乱しているな。やるか」
「まかしとけよ。行ってくる」
「どれ、わしもおつきあいじゃ」
 あっというまに三人は白煙の中へつっこんでいった。

 傭兵たちが強襲を実行した日からほどなく誘導路の工事がほぼ、終わった。
 予告された襲撃の日は数日後に迫っていた。訓練の成果も出てきたし、あとは細部の仕上げのみだった。
 石畳の広場にあるボンサックの宿とリキム一家の家は、今晩限りで厳重に封鎖して住人は退去することになっていた。モンスターが村へ入ってきたら広場の家々はまっさきに攻撃対象になる。略奪され、破壊され、場合によっては火をかけられるかもしれない。
 リキム一家はせっせと家財道具を運び出し、潔く家をがら空きにした。
「打ちこわしでも付け火でも好きにするがいいだ」
とリキムは言った。
「お武家様方は孫のリキオの命を助けてくださった。孫と比べたら、家のひとつやふたつ、なんで今さら惜しみましょうか」
 一家の女たちや子供たちは、家財と一緒に村の避難所へ行くことになっている。いざ戦いが始まったら、村の非戦闘員はすべてそこに隠れることになっていた。
 難航したのはボンサックだった。宿を閉めるのがいやなようで、午後いっぱい説得してもうんと言わず、ついに日が暮れてしまった。
「この宿はワタシの命です」
 目に涙を浮かべてボンサックはそう言った。
「ワタシと女房の働きでやっと宿を建てて、間取りとか考えて、いろいろ飾り付けて、ようやく宿がはやるようになって、そのうちあれもしよう、これもしようって、に、にょうぼと、話し、合って」
 最後のほうは泣き声になっていた。
 グレイグは小声でホメロスに話しかけた。
「なあ、あの宿を守ることはできないか?何なら俺一人宿の前にがんばっていれば」
「馬鹿か、きさまは!」
と一言、冷たくホメロスは吐き出した。
「おまえの持ち場は最後の戦場、階段を降りた先の農地だ。ここで宿を守っていたら、間に合わなくなるぞ」
「そうか、そうだったな。うむ、ならぬか」
「当たり前だ!一番いいのは、モンスターどもを誘導路へ連れ込んでこの宿など忘れさせることだ」
 ぐっとグレイグはこぶしをにぎりしめた。
「ボンサック!」
 ボンサックは宿の玄関の柱を抱きしめて泣いていた。
「許せ!この宿は襲ってくるモンスターの中に放置することになる」
 うわぁぁぁ、と泣き声が大きくなった。
「我慢できね」
 泣くとプチャラオ方言が強くなるらしい。
「おら、戦いやめるだ。大事な宿をどうかされるくらいなら、いっそ、いっそ」
「そこをなんとか、こらえてくれ!」
 言いながらグレイグはホメロスと視線を合わせようとした。
――なあ、なんとかしてくれ……。
 ためいきをついてホメロスがやってきた。
「ボンサック、戦いをやめるというなら、それはお前の勝手だ。だが、おまえが宿にこだわってこの村がモンスターに負けたら、そのあとはどうなると思う」
 ぐすっとボンサックはすすり上げた。
「お前の宿が無事だったとして、誰が泊りにくるのだ?モンスターは金を払って宿をとったりしないぞ」
 そうよ、とボンサックの女房が言って、夫の肩に手を触れた。
「ねえ、あんた、この宿は大事だけど、お客も大事よ?そうでしょ?」
「ボンサック、おまえの妻の言うとおりだ。人を守ってこそ、自分も守れる」
 鼻水を垂らしながらボンサックはうつむき、ついにつぶやいた。
「ん、んだ」
 グレイグは身を乗り出した。
「わかってくれたか。万一やつらがこの宿を傷つけたら、修理は俺も協力する。建て直すのなら、礎石ひとつずつだろうが運んでやる。今日のところは聞き分けてくれ」
 う、う、うとうなりながら、ようやくボンサックは柱を手放して立ち上がった。
「わがった……。なら、いっそ今夜は盛大な宴にするべ」
 ボンサックは言った。
「工事完成祝いです。ね、いいでしょう」
 答えを待たずにボンサックは動き始めた。若女将はやっと笑顔になった。
「村のみんなも呼んできます。在庫全部出すわよ、いいわね、あんた?」
「備蓄食料は別にあるから、大丈夫。厨房も今夜限りだ。いたみやすい生ものは今晩料理に使っちまおう!」
「あいよ、あんた!」
 真っ赤な提灯に火が入った。すみれ色を次第に濃くしていく空に赤い光の数珠が次々にかかる。グレイグはためいきをついてそのさまを見上げた。
「しみじみ、綺麗な村だな」
 ホメロスは無言のまま、プチャラオ村名物の提灯を眺めていた。
「昔は毎晩、こんなだったのですよ。この村の者は元来もてなし好きで、お客がたくさん来て村の観光を楽しんでくれるのが無上の幸せでしてね。もちろん、相応にお金を使ってもらえればもっと嬉しいのですが」
 呼ばれてきた村長のギサックがそう答えた。
「早く魔物なんていなくなって、各地の戦乱も終わって、みなさん遊びに来てくれたらいいんですがねえ」
 村人たちは、宿の前、石畳の上に長テーブルを何台も据えてまわりに椅子を置いていた。ボンサック夫妻がせっせとメインの料理を作っている。もてなし好きというのはウソではないらしく、村の各家からも料理の持ち寄りがかなり届いた。
「こりゃあ、豪勢だ」
 赤い提灯の揺れる夜空の下で、和やかな宴が始まった。協力して工事をやりとげた村の男たちは、自分たちの仕事を満足げに眺めて杯を干していた。
 女たちは互いに自慢の料理を回しあい、はつらつとおしゃべりに興じている。まるでこのほんの一刻だけ、平和な時代がよみがえってきたような、和気あいあいとした情景だった。

 工事完成祝いは村全体を巻き込んだ大盤振る舞いとなった。女将や村の女たちだけでは手が足りず、子供たちが配膳を手伝っていた。
 イレブンは丸い盆に新しい大皿を乗せて、宿の厨房を出た。
「重いでしょ、気を付けてね、イレブンくん」
 宿の若女将が声をかけてくれた。
「お、来た来た、うまそうだべ!」
 振る舞い酒で真っ赤になった村人たちが嬉しそうに受け取ってくれた。
「はい、そこどいて!」
 真後ろから小さな女の子の声がした。イレブンの後ろから、ベロニカとセーニャが二人がかりで鍋を運んできた。
「お疲れ!それ、ぼくが運ぶよ」
 つん、とそっぽをむいてベロニカはこたえた。
「大丈夫よ」
 どう見ても歩き方があぶなっかしいのだが。そう言おうと思ったとき、誰かがひょいと鍋を取り上げ、宴席へ乗せてしまった。
「ちょっと、何すんのよ!」
「おまえら、転びそうだったじゃねえか」
とカミュは言った。
 ベロニカは両手を腰に当て、ふんぞりかえった。
「誰かと思ったらひよっこじゃないの。またえらそうになったもんだわね」
 はぁ?とカミュは言った。
「ひよこはおまえだろうが。二十歳のお兄さんをつかまえて何を言ってやがる」
「相変わらずむかつくわあ」
 おい、と言いながらカミュはしゃがみこんで目線を合わせた。
「おまえ、前に会ったことあったか?」
 ベロニカとセーニャは顔を見合わせた。カミュは苦笑した。
「はは、あるはずねえよな。メダ女みたいなお嬢様学校の生徒さんにはよ」
「う~ん、まあ、いろいろよ。ねえ、あんた妹さんがいるでしょ?」
「なんで知ってんだ?いるぜ?」
「その子ほっといて、こんなとこで何してんの?」
 カミュは指で髪をかいた。
「あいつのためにも、ちょっとでかく儲けたいと思ったんだよ。トレジャーハンターは地獄耳が頼りだ。小耳にはさんだネタを追いかけていたら、ここへたどりついたわけさ」
 セーニャが黙ったままベロニカの背をそっとたたいた。
 ベロニカは一度肩をすくめ、つっかかる態度を多少やわらげた。
「急に素直になるんじゃないわよ、もう。今あったかいごはんもってきてあげる。あんまり飲んじゃだめよ?」
「へいへい。やかましいおチビさん」
「だから、チビじゃないんだから、あたしは!」
 またプンプンしながら姉妹は行ってしまった。
「カミュさん、ひとのことをチビって言うの、やめたほうがいいと思う」
 イレブンがそう言うと、カミュはベロニカたちの背中を眺めながらつぶやいた。
「なんかあのチ……お嬢ちゃん、からかいがいがあるんだよ。それで、つい、な」
 カミュは宴会をやっている長テーブルのはしの席に腰かけた。
「それと、俺のことなら、カミュでいい」
 ぽん、と隣のいすをカミュはたたいた。座れ、と言っているらしかった。
「あの、カミュ?」
 いそいそと隣の席に座って、イレブンは話しかけた。
「なんだ?」
「ぼく、あなたみたいになれるかな」
 ん~、とカミュはつぶやいた。
「やめとけよ。トレジャーハンターは世の中の表側と同じくらい裏側も歩く商売だ。お前はもっとまっとうに生きろ」
「でもさ、カミュは凄いじゃないか。かっこいいと思うよ」
 カミュは片手を額にあてた。手の陰の顔が赤くなっていた。
「だーっ、もう、よせよ。慣れてねえんだよ、そういうの」
「テオじいじは、イシのもんは“働く者”で“戦う者”じゃないっていうんだ。ぼくは“戦う者”のほうがかっこいい気がする。カミュは、“戦う者”でしょ?」
「なりたくてなったんじゃねえよ。俺も妹もみなしごで、誰も守ってくれなかったからさ」
 特に悲劇的なようすもなくサラリとカミュは語り、長テーブルに並べられた料理をつまんだ。
「おっ、これ、悪くねえな」
 長テーブルの向こうでは、腕相撲が始まっていた。グレイグがチャンピオンで、村人が次々と挑戦している。が、グレイグはほとんど秒殺していた。
「わははっ、次は誰だ?おお、バハトラか。容赦はせんぞ?」
「こっちのセリフだべ!」
 体の横幅では遜色ないバハトラがグレイグの前に座って腕を出した。両者ががっちりと手を握り合った次の瞬間、だん、と音を立ててバハトラの腕がテーブルについた。
 悲鳴、爆笑、拍手が鳴り響いた。
「くそぉ、さすがにお武家は強ぇだな」
「わっはっは」
 グレイグは酒のせいもあって赤い顔で大笑いをしていた。
 カミュはそちらのほうを眺めて笑った。
「おっさん、絶好調だな」
「ぼく、最初グレイグさんみたいな剣士になりたいと思ったんだけど、どんなに体を鍛えてもあんなふうになれるかどうかわからないや」
「俺もだ」
 別の方角から笑い声が聞こえてきた。
「何やってんだ?」
 二人してそちらを眺めてしまった。
 単純な丸太でできた木の柱が立っている。そのてっぺんからおもちゃのような鐘を吊り下げてあった。
「よーし、次はもっと高くするだ!」
 ひもで吊った鐘がするするとあがった。柱の周りでは村の男女が集まってきゃっきゃっと騒いでいた。
 中心にいるのはマルティナだった。たん、たんと二度その場で飛び、三度目に飛んだ瞬間、片足を高く蹴り上げてつま先で鐘に触れた。チリンと鐘が鳴った。
「やった、やったべ!」
「すげえだな、ここまで高い鐘を鳴らせるのは、ロウのじいさんだけだったのに」
 マルティナはきれいに着地して、珍しくはしゃいだ顔になった。
「ギリギリだけど、やったわ」
 ぱちぱちと音がした。
「いや、お見事、お見事」
 ロウが拍手をしていた。
「ロウさん、ロウさん、こちらのお姉さん、ずいぶんと高く飛びなさるよ」
「プチャラオ村を代表して、ロウさんもやってみてくれよ」
 あら、とマルティナはつぶやいて、真顔になった。
「失礼だけど、そのお年で無理をなさったらいけないわ?」
 ほっほっとロウは笑った。
「強いだけではなく、優しい娘さんじゃな。が、心配はご無用。皆の衆、鐘を一番高いところへあげてくだされ」
 わあっと歓声があがり、村の若者が気合を入れて鐘の吊りひもを引きあげた。
「いきますぞぉ?」
 おそらく釣鐘を鳴らすのはこの村の祭りの余興のひとつなのだろう。村人たちは慣れたようすで手を打ち始めた。そうれ、そうれ、というはやし言葉が拍手に交じった。
 ロウは、ほっほっと声を出しながらタイミングを計っている。まわりの興奮と期待が最高潮に達したとき、小柄な年寄りの体が飛び出した。
「はっ」
 まんまるい体つきにも似合わない激しい気合とともにロウは飛び上がり、一回転しながら見事に鐘を蹴り上げた。カララン!と鐘が鳴り響いた。
 観衆は大騒ぎをしていた。
 遠くから見ていたイレブンたちも驚いていた。
「あのじいちゃん、すげーな」
「ロウさんがあんなに跳べるなんて知らなかった。そういえばテオじいじが、昔ロウさんに命を助けられたって言ってたっけ」
 村人たちが酒壺を掲げ、おおはしゃぎでロウを取り巻いた。
「いつもながら、すげーだな!」
「さあさあ、一杯!」
 汗ひとつかかずにロウは涼しい顔をしていた。
「いただきましょう。これは美味い」
 喉を鳴らして酒を飲み干すとまた喝さいが沸き起こった。
「これほどとは」
 マルティナが目を丸くしていた。
「娘さん、先ほどの蹴り、ドゥルダ流と見ましたが」
とロウは言った。
 やおらマルティナは片手をにぎり、もう片方の手のひらに当てて一礼した。
「はい。六年ほど流派の師範について修行いたしまして、少々たしなみます」
 礼を尽くすしぐさ、すきのない姿勢、言葉遣い、どれも正統の修行をつんだ武闘家らしい。
「お若いのにお見事じゃ」
 マルティナは真顔になった。
「プチャラオ村で同流の兄弟子にお目にかかるとは思っていませんでした」
 ほっほっほとロウは笑っただけだった。
「実は私、師範からドゥルダ流の中にロウという高名な武闘家がいると聞かされました。『ロウのようになることなかれ』と」
 ぶほ、とロウが酒にむせた。
「もしや、あなたは?」
「ぐ、偶然、同名なんじゃ。げほげほ」
 そのままロウはしきりにむせていた。