ホメロス戦記・七人の傭兵 7.軍師策をめぐらす

 ほっほっと誰かが笑った。
「だいたいの図が描けたようじゃな」
 ロウがにこにこして立っていた。
「わしからもひとつ提案がある。聞いていただけるかな、若きハンニバル殿」
 ホメロスは落ち着いて応じた。
「トラシメヌス湖畔の戦場にふさわしい提案ならば聞かせてもらおう」
 アラ、とシルビアがつぶやいてホメロスとロウを見比べていた。
「二人とも何の話をしているのだ?」
 グレイグが小声で聞くと、シルビアは片手を口元にあて、手の陰からささやいた。
「古代の有名な戦いとその時勝った将軍よ。戦争のプロでしょ、アナタ?専門じゃないの!」
「めんぼくない。戦史は昔から苦手なのだ」
「知ってるわよ、でもあのおじいちゃま博識ねえ」
 ロウは片手でひげをひねりあげた。
「頭の上のあれですが、どうじゃろう、使えませんかな?」
 グレイグたちはそろって頭上をふりあおいだ。プチャラオ村名物の提灯がいくつも揺れていた。ホメロスが目を見開いた。
「あれは、もしや」
 ふむ、とロウが言った。
「提灯の一番下にはろうそくを固定する火皿があり、釘で本体に留めつけておる。が、その釘をいっせいにぬく。すると……」
 意味ありげにロウはそう言いさしてとめた。
「釘が取れると火皿がはずれ、火皿から抜けたろうそくが真下に向かって降り注ぐ。そこに油があれば」
とホメロスが続けた。
「待った」
といったのはカミュだった。
「むしろ、提灯に油をいれといて敵の上からまけねえか?付け火は遠くから火矢を放てばいい」
「それも悪くない」
 イレブン、とホメロスが声をかけた。少年は持っていた図面を手渡した。
「提灯を仕掛けに加えるとすると、遮蔽物は燃えにくいものを使うことだな。あとは、ここと、ここ……」
 カミュがホメロスの図面をのぞきこんだ。
「なあ、軍師の旦那、俺、この手のいたずらはガキのころから得意だったんだ。任せてくれたらえげつねえのを仕掛けてやるぜ?」
 くっくっくという笑い声がもれた。
「ドブネズミにはドブネズミの得意があるということか」
「あんた、口が悪いよな」
とカミュはつぶやいたが、気を悪くしているふうではなかった。
「じゃ、決まりだな?」
「よかろう」
 ホメロスは言った。
「戦闘前の準備期間、各自の持ち場はとりあえずこうだ。シルビア、弓兵の訓練をまかせる。マルティナ嬢が上達したら、女子弓兵は嬢が担当する」
 シルビアとマルティナはうなずきあった。
「ロウ殿とカミュには誘導路の仕掛けをまかせる。村人の非戦闘員を集めて細工仕事をやらせてくれ」
 おう、とカミュが言い、ロウは拱手してかるく頭を下げた。
「ホメロス、俺は?」
 グレイグは尋ねてみた。
「おまえは村人から槍兵を選抜してその訓練をやってくれ。最後まで温存しておいてモンスターにぶつけるための、屈強の兵士をつくりあげろ」
 戦おう、と提案して以来初めてグレイグは胸を張れると思った。
「まかせておけ!」
 あの、と小さな声がした。
「ぼくはどうしましょう」
 イレブンだった。捨てられた子犬のような顔で、今にもくーんと鳴きそうだった。
 ホメロスは何か言いかけて考えた。
「……きみは伝令だ」
「伝令ですか?」
「敵がやってくるのを見張る。敵が来たらすみやかに村へ知らせる。大事な仕事だぞ」
 イレブンはしゃんと背を伸ばした。
「わかりました!がんばります!」
 うってかわって、目がキラキラしていた。
「そうだな、親の許しがあれば村の子供を仲間に加えるといい。見張りは人数を集め、交代してやるものだ」
 こくこくとイレブンはうなずいている。伝令隊の隊長格をまかされたのだと理解したようだった。
「……そして、絶対に死ぬな」
「あ、はい、もちろんです」
 パンパンとホメロスは手をたたいた。
「そのほかに誘導路をはじめとする工事がある。昼は工事、夜は武器の訓練だ。やることはあまりに多く、時間はない。俺は村長に話をつけてくる。各自準備してくれ」
 その日が暮れて夜、宿に入って初めて、グレイグは気付いた。
「他の六人はいいとして、ホメロス、お前は準備期間に何をやるんだ?」
 知略と弁舌に秀でた美貌の幼馴染は、当然のように答えた。
「決まっているだろう。司令塔だ」

 ボンサックの宿の一室に三台のベッドを入れ、マルティナとベロニカ、セーニャ姉妹で使っていた。深夜、マルティナが眠っている間、ラムダ姉妹は起きて窓際へ寄り、細く窓を開けて夜風を入れた。
 セーニャがぽつりと言った。
「笑っていらっしゃいましたわ、ホメロスさま」
 ベロニカは肩をすくめた。
「そりゃ誰だって、笑うぐらいはするでしょ」
「でも本当におかしそうで、影のない笑い声でした」
「だから何なの?」
 セーニャは真顔で姉を見上げた。
「お姉さま、わたし、やはりホメロスさまは救われるべきだと思うのです」
 ベロニカはためいきをついた。
「けっこう、難物よ、あれ?」
「難しいとは思いますが」
 しゅんとしてうなだれてしまった妹に、ベロニカはため息で応じた。
「いい?グレイグとホメロスは、すれ違うべくしてすれ違ったの。グレイグにとってホメロスは幼馴染で親友。でもホメロスにとってグレイグはいつのまにか“克服すべき目標”になってしまった。あの二人が和解するには、ホメロスにとってのグレイグが目標から友達に戻るしかないの。思い出して。あたしたちの生きた時代、ホメロスは死んで初めてグレイグと友達同士に戻ったんだわ」
「今は戻れませんか?」
「厳しいわ。あたしたちの知っているホメロスがグレイグを憎むようになったのは、グレイグの無視が原因よね」
「あのとき、デルカダールのお城でホメロスさまがグレイグさまに手を差し出したときですね」
 ベロニカは首を振った。
「それだけじゃないと思う。たぶんホメロスはずっと無言のアピールをしてきた。俺をおいていくな、俺を無視するなって。でもプライドが邪魔して口に出しては言えなかったのね」
「あの方は、ずっと怖かったのでしょう、グレイグさまが自分から離れていくことが。その時が来ることを恐れるあまり、自分から道をたがえようとなさった」
 セーニャは顔を上げた。
「もしホメロスさまが、“グレイグは自分を置いていかない、必ず受け入れる”と確信出来たらうまくいくのでは?」
「たとえば?」
「ホメロスさまがプライドを乗り越えて、口に出してグレイグさまに言ったらどうでしょう、“俺を置いていくな”と?」
 ふ、とベロニカは苦笑した。
「あのプライド魔神にできるかしら?それだって大仕事なのに、もうひと山あるわよ」
「なんでしょう?」
「そもそもグレイグが無言のアピールに気付くことができていたら、こんなことにならなかったわけよね?あたしたち、グレイグの鈍感と無神経をたたき直さなきゃならないのよ」
 セーニャが絶句して、沈黙が漂った。
「難物ですわ」
 ささやくようにセーニャが言った。
「難物よねえ」
 ため息交じりにベロニカが答えた。

 収穫の終わった次の日から、プチャラオ村は全村をあげて戦闘準備態勢に入った。
 日のあるうちは、一斉に工事を行った。
 木材で厚みのある壁のような形の枠を作り、表面を薄く伸ばした鉛板で覆う。その木枠の中に小石を詰めた布袋をぎっちりと押し込んで遮蔽物、すなわち誘導路の壁を作る。
 できあがったものは、遠目で見るとまるで積み木だった。その “積み木”を誘導路の両側にすきまなく並べる。モンスターに面した側には太いとげのあるイバラを巻き付ける。
 モンスターが遮蔽物を押し倒さないように反対の面にはタルや木箱に土をぎっしり詰めたものを置いて重しとする。
 どれも大量の人出を必要とする仕事だった。
 幸い、村人たちは日ごろから木工細工に慣れているので、頑丈な木枠を次々と作ってくれた。出来上がった枠は空の状態でも重かった。
「もう少し右だ。指の幅ほど……そこだ」
 図面片手にホメロスが木枠を置く場所を指示した。村人たちは総出で木枠を運び、最初に石灰石の白線だけだった誘導路は、やがて両側に木枠が並ぶ一本道になった。
 そして詰め物になる小石も、膨大な量が必要になった。農作業で鍛えている村人たちも一日がかりで小石を拾い集めるとへとへとになった。
「奥様方は、袋を縫っていただけるかな?おお、子供らはその袋に小石をつめておくれ」
 ロウが音頭を取って必要な仕事を村人に割り当てていく。
 日が暮れたあとは、工事をすべてやめて武器の訓練だった。
「竹槍かまえ!合図で一斉に突き出すのだ。せえのっ」
 宿屋のある広場だけはかがり火をたいて明るくしてある。そこに村の男たちが集まり、なかなか勇ましい掛け声で槍の訓練をしていた。
 指導役はグレイグだった。
「槍は長いから相手からの反撃はまず届かんぞ。第一、敵の身になってみろ、誰だってとがったものを目の前に突き出されたら、反射的に身を引っ込める」
 うん、うん、と村人たちは聞いてくれた。王国で訓練を施した新兵たちとはまるで違うが、戦意はある意味新兵以上だった。
「たくさんの槍を一斉に、というところが大事なのだ。一人でもへっぴり腰がいたら、敵はそこを突いてくる。気持ちをそろえてもう一度やってみよう。腕だけじゃなく、腰を入れて槍を突き出せ!」
 ガタイのいいバハトラ、背の高いリキチなどなど、もともと村の男たちは足腰が丈夫だった。
「行くぞ、槍、かまえ!」
「おうっ」
 広場の反対側では、シルビアが弓兵志願の人々に講習をしていた。
「まずボウガンの先にある輪を地面につけて、そこへ足のつま先を入れるの。輪を踏みながら弦を引っ張って、ボウガンの後ろの方にある留め金へ弦をひっかけて」
 村人たちは真剣な顔で言われた通りにやっていた。
「ボウガン使ってみたい女の人はいませんか?」
 周りで見ている村の女たちに、マルティナが呼びかけていた。
「ボウガンは槍や普通の弓よりもずっと軽いわ。射手は多ければ多いほど戦いが楽になるの。いっしょに訓練を受けて、村のために戦いましょう」
 頭巾と前掛け姿の若い女が、おずおずと手を挙げた。
「炊き出しの後なら、あたし、やれますけど」
 一人出ると勢いがつくのか、たちまちかなりの人数が名乗り出た。
「わたしでも撃てますか?」
「ひとつやってやろうじゃないかね!」
「ああ、うちの亭主だけにまかせちゃおけないよ」
 シルビアがこちらを見て、親指でグッジョブをくれる。マルティナはぐっとこぶしを握り締めた。
「ありがとう、皆さん!」
 マルティナは志願した女たちに次々とボウガンを配った。
「おやおや、先を越されたの」
 ロウとカミュが広場へ降りてきた。
「どなたか、手先の器用な方はいませんかな?この年寄りを手伝ってくだされ」
「提灯づくりの、何をやるおつもりかね?」
「おや、土産物屋のご主人か。要するに、いたずらじゃよ。誘導路を上がってくる敵の足を止めて、ボウガンで狙いやすくしたいんじゃ」
 ロウの周りに年寄りたちが集まってきた。
「気持じゃ若い者には負けんつもりじゃが、さすがに槍でヤットウはできん。じゃが、細工仕事なら手伝えますぞ?」
 あのう、と言った者がいた。
「私は、敵とはいえ命を絶つことはできません。それでも何かお役に立ちたいのですが」
 なんと教会の神父だった。
「これはもったいない、神父様、提灯づくりのロウ、感謝いたしますぞ、この通りじゃ」
 深々と頭を下げるのを、神父はまぁまぁと手で止めた。
「神父様が参加なさるんなら、わしも」
「こんな婆でよけりゃ、あたしも」
 見る間にロウの手伝いが増えていった。
「婆さま方には別のお願いがありましてな」
 ロウはそう言って背後を見た。カミュが片手をあげた。
「俺はカミュ、あ~、ばあちゃんたちにお願いがあるんだが」
 あンら、と老女のひとりが言った。
「かわいい若いのがいるじゃないかね」
「いいよう、カミュちゃん、なんだってやったげるよ」
「お願いってなんだい?おばちゃんが聞いてあげるよ?」
 祖母のような世代の女性たちに四方八方から迫られて、カミュは冷や汗をかいていた。
「ロウのじいさん、助けてくれよ」
「何を言う。妙齢のご婦人方に囲まれてうらやましいかぎりじゃわい。ほれ、がんばらんかい」
 ロウはひょうひょうとしていた。
「あとでおぼえてろよ?」
とつぶやくと、汗をふきふきカミュは説明を始めた。
「俺たちで竹を伐ってくるから、それを材料に細工物をつくってほしい。つまりこういうやつだ……」
 たしかにやることは多かったが、人手もたくさんあった。モンスターの襲来まであと何日、と数えながら、村人たちは祭りの準備のような熱狂のうちに日々を送るようになった。
 その数日のうちに、イレブンも伝令隊を結成していた。
「兄ちゃん、兄ちゃん!」
 ある日、リキオがやってきた。リキオは初めてモンスターがやってきたときにテオに助け出された子で、テオにもイレブンにもなついていた。
「どうしたの?」
「チェロンが変なもの見たんだって」
 リキオの後ろには、プチャラオ村の子供が背に隠れるように立っていた。
「チェロンっていうの?ぼくはイレブン。何を見たか話してくれる?」
「も、モンスター見ただ」
 リキオは、とん、とチェロンの背をたたいた。
「チェロンは岩登りうまいんだ」
 チェロンは友達のエールに気をよくしたようだった。
「見張りにしてもらったから、おら、岩山の上から周りがよく見えるとこを探そうと思っただ。そんで今日岩登りをしてたら、なんか飛んできた」
「鳥?」
「虫。けど、鳥よりもでっけぇ虫。変な色のハチが二匹、村の入り口のあたりをうろうろしてただ。ハチには馬みてえな鞍がついてて、そこに小人がのっかってた」
 それ、とリキオが言った。
「話を聞いたら、どうもおらのこととっつかまえた青い小鬼みたよなんだども、軍師さんに言った方がいくねえべか?」
 チェロンにつられてリキオの話し方がプチャラオ村の方言になった。
「それ、絶対知らせた方がいいよ!リキオ、チェロン、行こう!」
 イレブンと子供たちは誘導路建設現場へ走っていった。
「あれ、ホメロスさんは?」
 木枠は全部並べてあり、今日からは石を詰める作業が主になっている。小石の詰まった袋はたくさんあると重く、村人は二人がかりで一本の天秤棒を担ぎ、棒の真ん中からわら編みのもっこをつるしてその中に石の袋をたくさん積んで運んでいた。
「イレブンか。どうした?」
 階段の途中にグレイグが立っていた。両肩で天秤棒を支えているのだが、棒の両端にもっこをつるしている。村人がふたりがかりで運ぶ量の二倍を一人で運搬しているようだった。
 すげえ、と子供たちは彼をふり仰いだ。
「あ、あの」
「このかっこうか?はは、暑くてな。がまんできなかったのだ」
 グレイグは上半身裸だった。青の濃淡のチュニックを脱ぎ、からし色のインナーを腰の周りに巻いている。筋肉の塊のような上半身は傷だらけで、見ている間にも胸板や鎖骨、額や鼻筋から汗が浮いて流れていた。
「どけや、おっさん!」
 カミュが後ろから怒鳴っていた。
「あとがつかえてんだよ!」
 カミュと村人の一人がやはり汗だくで石を運び上げていた。村人はプチャラオ村風のチュニックを着ていられずに袖を腰に回して結んでいるし、カミュも半裸だった。色白の体からやはり汗が滴っていた。
「悪かったな。先に通ってくれ。イレブンたちが、話があるようなのだ」
「あの、ホメロスさんはどこですか?」
「あいつなら宿屋の前の石置き場にいたから、すぐに上がってくるだろう」
 イレブンは目を凝らした。下の広場から見覚えのある金髪が近づいてきた。ホメロスは天秤棒の先棒を担ぎ、後棒は別の人物が担いでいた。
「なんでおまえといっしょなんだ」
 棒の相方はシルビアのようだった。
「しょうが、ないのよ。ホメロス、ちゃんと、身長が、同じなの、アタシくらい、なんだから」
 はぁはぁと息を荒くして切れ切れにシルビアが答えた。
「お前、暑くないのか?」
「乙女が人前で裸になれるもんですか!」
 いつもの道化師衣装めいたストライプのチュニックだけは脱いだが、インナーを着たままシルビアは石運びに参加しているようだった。ホメロスのほうはブラウスを肌脱ぎになり、上半身をさらしていた。
 イレブンはちょっと驚いていた。最初に村に現れたときから、グレイグもホメロスも遍歴の騎士だったし、村人もお武家様と呼んで敬意を示している。シルビアにいたっては天下に名高い旅芸人だった。それでもみんなと同じように石を運ぶんだ……。
「ぐ、軍師の人、話を聞いてもらえるだか?」
 チェロンがおそるおそるそう言った。
 疲労困憊した顔でホメロスは立ち止まった。石の階段に汗がぽたりと落ちた。
「モンスターが村を偵察に来てます!」
 イレブンが言うと、ホメロスの顔色が変わった。
「チェロンの話だと、すごく大きなハチに乗った青い小人が二人だって」
 ついにホメロスは棒を下した。
「シルビア、一人で運べるか?」
 シルビアは、両手を膝がしらにつけてかがみ、荒い呼吸をしていた。
「ええ、やるわよ。ホメロスちゃん、お仕事なんでしょ?いってらっしゃい」
 荒い呼吸をしながら、それでも笑顔を見せた。
「恩に着る」
 そう言ってホメロスは子供に向き直った。
「チェロン、どこでやつらを見た?案内できるか?」
 チェロンはしげしげと半裸の軍師を見上げた。
「大人には登れないとこだども、行ってみるだよ」
 ばさっと音を立ててホメロスが腰に巻いた白いブラウスを広げ、腕を通した。白鳥が羽ばたくようだ、とイレブンは思った。

 その夜、ホメロスは村長宅に村人や傭兵たちを招集していた。
「計画に変更を加える」
 日没後だが、村長のギサックはじめボンサックたち村人も集まってホメロスの話を真剣に聞いていた。
「今日、敵方の偵察が村の近くに来ていた。伝令数名と俺が確認した」
 聞いている者の中からどよめきがあがった。
「偵察は青バチ騎兵と呼ばれるモンスター二体だ。これはメソコボルトという小人が仔馬ほどの大きさの蜂に騎乗したものだ」
 ちょっと、とシルビアが言った。
「それ、岩山を越えて村を攻撃できるの?」
 そんなことが可能なら、誘導路はまったく無意味になってしまう。イレブンは緊張した。
「いいや」
とホメロスは言った。
「蜂では、村を取り囲む岩山を越える高さまで飛べない。だが村で戦う場合、青バチ騎兵は誘導路の外にいるこちらの射手を攻撃することができる。やっかいな敵だ」
「では、どうする」
とグレイグが尋ねた。ホメロスは答えを用意していた。
「村の入り口周辺に仕掛けを施すつもりだ。メソコボルトはどうでもいい、蜂が入りさえしなければいいのだから。問題はまだある」
 まだあるのか、と誰かがつぶやいた。
「ひとつ、リリパット族が敵のなかにいる。こいつらは生まれついての射手で、中には毒矢を使う個体もいる」
 再度ざわめく聴衆にホメロスは告げた。
「さらに問題なことに、こちらの想定より敵の数が多いかもしれん。今まで以上に敵兵を減らす工夫が必要なのだ」
「何か考えがあるんだろ、軍師の旦那」
 カミュがほとんど断定的にそう聞いた。カミュの狙いは村人たちを安心させることだ、とイレブンは気付いた。
 ホメロスは薄く微笑むと、カミュを指した。
「おまえの腕にかかっている」
「俺の?」
「おまえは今でもモンスターからアイテムをすり取ることはできるか?」
 カミュはめんくらっていた。
「今でもってなんだよ」
 そう言って後頭部に手を当てて視線をそらせ、小声でつぶやいた。
「スリか。まあ、その、何とかやれると思うぜ」
 よろしい、とホメロスは言った。
「村長、明日の工事は我々抜きでやってもらうが、かまわないか?」
 ギサックは村人たちと顔を見合わせた。
「もう遮蔽物の位置は決まっていますから、石を詰めるだけです。念のため図面を置いて行っていただけますか?」
「それはもちろん。屋上通路はどうなった?」
 それはシルビアの発案で、プチャラオ村の家の屋根と屋根を結ぶ通路のことだった。
「この村では、家の屋根の葺き替え工事は共同作業なのですよ。だからどの家もそのための頑丈なハシゴを持っています。あとはハシゴを屋上へ担ぎ出して屋根に固定するだけです。それで十分通路として使えるでしょう」
「けっこう。では石詰めが終わったら屋上通路にかかってくれ。ボウガンを持った射手が移動するための大事な通路だ」
「わかりました。それで、みなさんは?」
「俺たちは明日、敵のアジトへ強襲をかける」
「ちょっと、ホメロスちゃん?」
 驚いたシルビアがそう叫んだ。
「別にアジトを制圧するわけじゃない。リリパットを主に狙う。怖いのは奴らの弓矢だけ。接近戦なら、こちらの敵ではないな」
 よしっとグレイグが言った。
「では、俺とホメロス、シルビア」
「私も参加するわ」
とマルティナが言った。
「……マルティナ嬢」
「わしも、参加するぞい。若いもんには負けん」
「ロウ殿、と。いっそ競争にするか。何人やれるか、競うのだ」
 ホメロスはためいきをついた。
「遊びじゃないぞ、グレイグ」
「いいじゃねえか、楽しそうだ。俺も参加だ」
 カミュは右手のひらに左手のこぶしを打ち付けた。
「お前が狙うのはリリパット族ではない」
 にべもなくホメロスは言った。
「なんだよ、俺だけハブかよ」
「枯草ネズミを狙え。倒さなくてもいい。やつらの持ち物をすり取るのだ」
「持ち物って?」
 くっとホメロスの口角が上がった。
「爆弾石だ」