ホメロス戦記・七人の傭兵 6.良い城の条件

 グレイグたちの泊まった宿はプチャラオ村で一番広い石畳の広場に建っていた。同じ広場に面して民家が二軒あり、うち一軒はモンスターにさらわれかけた少年リキオの家族が住む家だった。広場の一方の出口は村の出入り口、反対側は村の上のほうへ続く階段になっていた。
 階段の前で、グレイグは顔を上げて村を見上げた。階段の両側に手すり、その外側に反り返った屋根が次々と重なり、さらに外側にこの峡谷を形作る急峻な岩山がある。この村は深い谷底にあり、家と家の間に綱を張り渡していくつも吊り下げた提灯が鮮やかな朱色だった。
 広場から短めの階段を上ると狭い平地になり、そこから長く伸びた通路に沿って道具屋がある。通路のほうへ行かずにもう一つ階段を上ると小さな民家があった。
「わしの家じゃ」
とロウが言った。
「そしてお向かいが武器屋になっとる」
 一行がそちらへ向かうと、武器屋から眼鏡をかけた中年のやせた男がでてきた。
「おはよう、チェンスンさん」
 それが武器屋の主人らしかった。
「やあ、提灯づくりの。と、お武家様方か」
 武器屋の主人は、寝起きが悪いのか小声でぼそぼそとそう言った。
「ご機嫌が悪いようじゃな、武器屋のご主人」
 チェンスンというらしい眼鏡の男は両手を広げて、お手上げだ、というかっこうをしてみせた。
「うちの売り上げの九割はユーウェイの旦那のとこの兵隊さん相手だったんだよ。この村で一軒だけの武具屋だからね。お客さんに一斉に村を出ていかれたんじゃ、この先どうやって生きていきゃあいいんだか」
 ロウはなだめる口調になった。
「まあまあ、そうくさりなさんな。これから対モンスターの戦いじゃないか。ご主人の出番じゃよ」
 そう言って、グレイグのほうを見た。グレイグはかるく咳払いをした。
「そのことで来たのだ。ご主人、武器防具の在庫を見せてくれないか?」
 チェンスンはずるそうな目つきになった。
「そりゃあちょっとずうずうしくないかい、お武家様。うちの在庫は売り物なんだよ、タダじゃ出せないね」
 グレイグはむっとしたが、言い返せなかった。
「そうかよ」
 横からカミュが言った。
「グレイグの旦那、この店、守らなくていいぜ。だよな、ロウのじいさん?」
 チェンスンはあわてた。
「おい、待ちなよ!あんたらの軍師さんは、村を守るって言ったじゃねえか」
 カミュは皮肉めいた笑顔で応じた。
「そりゃちっとずうずうしくねえか、武器屋の旦那。俺らは命張るんだよ、タダじゃできねえな」
 グレイグとロウはにやにやしてしまった。
「幸い防具はたくさんお持ちのようだ。まあ、がんばるといい」
 グレイグが言うと、チェンスンは情けない顔になった。
「でも、うちの武器防具がなかったら、あんたらどうするんだよ!」
 やれやれ、とロウが言った。
「つまり、こちらの足元見なさったのか。いいかね、この村の衆は素人ばかりじゃ。あんまり立派な武器はそもそも使いこなせんのじゃよ。グレイグ殿、この村に自生している竹を伐るのはどうじゃろう。先をとがらせるだけで槍として使えるんじゃ」
 そうだな、とカミュが横から言った。
「竹なら、しなるよな。本物の弓矢は無理でも、スリングショットくらいは作れるかもな」
 ふむふむ、とグレイグが聞いていると、チェンスンがもろ手をあげた。
「わかった、わかったよ。うちの在庫は渡す。そのかわり、一番いい防具は俺が使うからな?」
 グレイグたちは互いの顔を見合わせ、にやりとした。
「貴殿のご助力、肝に銘じる。まことにかたじけない」
 つい、声が浮き浮きしてしまった。

 筒状に丸めた大きな紙と、蓋のある小さな壺に墨をためた墨入れ、柔らかな筆を持ち、イレブンは村の奥への階段を昇っていった。時刻は早朝だった。
 昨夜はテオといっしょにロウの家に泊めてもらっていた。簡単な朝ご飯のあと、テオの枕元に薬草の束を置いて、イレブンは誘導路決定班に参加した。
 村は東西に細長い形をしている。階段を上がると谷間の上のほうから日が昇ってきた。
 イレブンは振り向いた。上から見るプチャラオ村は、灰色がかった石畳、黒い瓦屋根、錆朱の手すりで埋め尽くされている。その間に樹木の緑がぽつぽつ見え、そして赤い提灯の群れが数珠飾りのように張り渡されていた。
「きれいな村ね」
 イレブンは横を見た。マルティナは手すりをつかんで村を見下ろしていた。
「……はい」
 マルティナがこちらを見た。切れ長の目は青みがかった紫で、弓型の唇は赤い。
「イレブン君、いくつなの?」
「十四です」
「若いのね。イシの出身だと聞いたのだけど、あなたの村ではこんな小さいころから戦うのかしら」
 目線を合わせるために、マルティナは少し身をかがめていた。顔の片側に流れる黒髪、すばらしい香り、そして豊かな胸。イレブンはくらくらしている。
「あ、あの、ぼくが志願したんです。未成年の半人前だけど、戦いたいって」
「そう。でも、くれぐれも気を付けてね。ご家族はきっとあなたを心配しているわ?」
「マルティナさんこそ、女の人だから気を付けて、顔のケガとか」
 マルティナはふふ、と笑った。
「紳士ね、イレブンくん。これでも私、プロの用心棒なの。大丈夫よ」
 長柄の武器は、今日は宿に置いてきたらしい。綺麗で、強くて、かっこいい、大人の女性を前にして、イレブンは緊張しまくっていた。
「は~い、お二人さん、ちょっとこっちへ来てね」
 シルビアの良く通る声が呼んでいる。イレブンは真っ赤になって振り向いた。
「すいません、今、行きます!」
 たったっと階段を降りた。そこは大きめの民家と教会と村長宅で囲まれた小さな広場だった。
 シルビアはにこにこ笑って立っている。その横でホメロスは周囲を見上げて何か考えていた。
「ここが急所だな」
とつぶやいた。
「えっと、急所、ですか?」
 巻いた紙の上に筆をかまえてイレブンは聞いた。
「あら、ちがうの、イレブンちゃん」
 シルビアは微笑んだ。マルティナとはちがうが、この人もすごいな、とイレブンは思う。シルビアは何をしていても人の目をがっちりと引き付けて離さない。目も口も大きくはっきりしていて、笑うとその場がぱっと華やいだ。
「今ね、この広場に線を引くから、それができたら紙に描きとってちょうだい」
 また手品のように、懐から何か取り出した。
「マルティナちゃん、だわね?手伝ってくれる?」
「もちろん。何をすればいいのかしら?」
 シルビアが取り出したのは、大きな糸玉だった。
「端っこを持って、ここにいてね?」
 自分は糸玉を転がしながら広場の反対側へやってきた。
「ホメロスちゃん、こんなもんかしら?」
 ホメロスは、無表情でうなずいた。
「ああん、もう、口で言ってくれなきゃ、わかんないわ?」
 はあっとためいきを吐いてホメロスはじろりとシルビアを眺めた。
「俺にちゃん付けするな。勝手に進めるな。いちいちしつこくするな!」
 おもむろに前髪をつまんではねあげ、明後日のほうを向いた。
「場所はそこでいい」
 イレブンは少し驚いた。いかにも軍師然としたホメロスと、旅芸人のシルビアは、考えが一致するらしい。
「じゃあ褒めてちょうだいよ。ホメロスちゃんたら、素直じゃないんだからぁ」
 すね気味の笑顔で言われてホメロスはげっそりした顔になった。
「よくグレイグはきさまに我慢しているな。あいつの一番苦手な部類だろうに」
「あら、グレイグはアタシの前じゃ笑うわよ?」
 一瞬、ホメロスの唇がゆがんだ。
「よかったじゃないか」
 冷ややかにそうつぶやいた。
「さあさあ、お仕事しましょ。時間がないんでしょ?」
 ぎこちない雰囲気を、シルビアは笑い飛ばした。
「ほら、石灰石よ」
 そう言って、ホメロスに何か投げた。ぱし、と音を立ててホメロスは空中でそれをつかみとった。
「マルティナちゃん、糸をもっと下に。そうそう、石畳へくっつけてね」ホメロスは無言で歩き出し、腰をかがめ、シルビアとマルティナが張り渡した糸に沿って石灰石を黒っぽい石畳みにすべらせた。白いまっすぐな線が広場に現れた。
「地図にこの線を描けばいいですか?」
 筆を構えたイレブンが聞くと、シルビアは笑顔になった。
「そうそう。これはね、敵を誘導する一本道よ」
 地図の上の教会前広場に線を描き入れながら、イレブンは聞き返した。
「ここに敵をつれてくるんですか?」
「ええ。敵が誘導路からそれないように、この線に沿って壁を建てるの。ね、軍師さん?」
 そっけなくホメロスはうなずいた。
「そうだ。このラインに沿った遮蔽物つまり壁が、バハトラの家と教会を誘導路から除外する」
とホメロスは言った。
「反対側にもラインを引いて、村長宅を除外」
 シルビアとマルティナは糸をもって移動した。二つ目の線ができた。
「モンスター二体が並ぶくらいって言うと、幅はこんなものかしら」
 両側に壁のある一本道を築き、攻撃をそこへ集中する。敵はその攻撃を避け、反撃しようとするはず。道の両側の壁はその反撃を防ぎ、敵が逃げられないようにするためのものだった。
――両側の教会や家に被害が出ないようにしてるわけだ。
 意外なほど村に優しい戦略なんだ、とイレブンは思った。
「軍師さん、遮蔽物ってかなり頑丈じゃないとだめよね?」
「頑丈で厚みがあり、なおかつ高さが欲しい。モンスターが容易に突破できないようなものだ」
 それなら、とマルティナが言った。
「各家庭からタルや木箱を出してもらいましょう。何か重いものをつめこんで土台にするの」
「アラ、じゃあ、土嚢もありね」
 思い切ってイレブンは話に加わった。
「イシの村ではイノシシ除けに太めの丸太の片端をとがらせて交互に組んだものをバリケードにしていました」
「とがらせるのは悪くない」
 嬉しいことに、ホメロスがそう言ってくれた。すぐにシルビアが言い出した。
「バリケードにイバラをからませるのはどうかしら?引きずり倒そうにも触るところがないみたいにするの」
「イバラが足りなかったら、釘を逆さに植えましょうよ」
 イレブンは感心して眺めていた。
――すごいな、ぼくは大人になったら、こんな風になれるかな。
 才気煥発というのだろうか、シルビアとマルティナが次々とアイディアを出す、ホメロスがすぐにまとめ、次の方向を打ち出していく。そのプロセスがあまりに早くて、魔法じみていた。
「では、この広場はそれで行く。次は下だ。急ぐぞ」
 三人が階段を下りていく。イレブンは小走りに後を追った。
「すべての遮蔽物を置いたら、村の上から下までをつなぐ一本道ができる。その道を狙って狙撃できるポイントをいくつか策定する」
 そう説明していたホメロスが、振り向いた。
「イレブン、図面にあの家を描いて、丸をつけておいてくれ。二階のバルコニーは使える」
「アッチのおうちは屋根がいいポイントになりそう」
 シルビアが指した家も、イレブンは図面にいれた。
「ホメロスちゃん、どうしても狙撃ポイントがなかったら、屋根の上に通路を作ったら?」
「大工事になるぞ?」
「する値打ちはあると思うわ?射手の退避にも使えるし」
 早朝から始めた誘導路決めは、昼過ぎにはだいたい終わっていた。
「結局、階段は手すりに遮蔽物を加えてそのまま誘導路として使うということね」
 ホメロスはうなずいた。
「その通り。問題は広場だな。この村には、三つの広場がある。ひとつが先ほどの教会前の広場、もうひとつが村の一番上の見晴らし台のある広場」
 朝イレブンがマルティナと話していたのは、その見晴らし台だった。手すりで囲み、石卓と長椅子を置いて休み処にしてある。この村が観光地だったころは、客がそこから村の景観を楽しんだだろうと容易に想像できた。
「あの見晴らし台と階段の間に遮蔽物を置いて?そうしたら見晴らし台は絶好の射撃ポイントになるわ!」
 うむ、とホメロスはつぶやいた。
「やはり問題は、村の一番下にある宿屋前の広場をどうするかだな」
 マルティナが肩をすくめた。
「みんなで相談するしかないわ。一度宿へ帰りましょう」
 イレブンたちはゆっくりと階段を下って行った。
 ホメロスが見せてくれと言ったので、イレブンは自分が描いた絵図を渡した。ぶつぶつとつぶやきながらホメロスはじっと絵図に見入っていた。
「ねえ、軍師さん?」
とマルティナが言った。
「モンスターが大量にこの村へなだれこんでくるとして、そいつらはおとなしく誘導路へ入ってくれるの?まず宿屋前の広場の周りにある家に襲い掛かるのではない?」
「そこにひと工夫いるな」
とホメロスが答えた。
「おまえならどうする」
 尋ねた相手は、シルビアだった。
「そうねえ。たしか食料をさらいに来るんでしょ、敵さんは。だから村の代表って感じでやつらの前に立って、“食い物なんかやらない、出てけ!”ってさわぐの」
 マルティナは片手で唇を抑えた。
「そんなことしたら、敵が」
「ええ、怒って襲ってくるでしょうね。そうしたら、逃げる」
 シルビアは図面の中の誘導路を指した。
「まっしぐらにここまで」
 腕を組んでホメロスはつぶやいた。
「相手を言葉で挑発しておびき寄せるというのは考慮に値する。が、この作戦は人を選ぶだろうな。村人では委縮してしまうだろう」
「だったらこの役、アタシがやっちゃうわ?」
 ホメロスは、わくわくしているシルビアを上から下まで眺め、首を振った。
「もうっ、なんでダメなの?」
「おまえではモンスターが警戒して寄ってこないだろう。戦場でおちゃらけた男が騒いでいるというのは、うさんくさすぎる」
 思わずイレブンが噴き出し、マルティナも手で口元をおおって震えていた。
「アタシ役者なのよ?まじめにやるときはやるわ?見てなさい」
 つん、と貴婦人めいた仕草でシルビアはそっぽを向いた。次の瞬間、たっと音を立てて前に出た。
「そこのモンスターども!」
 イレブンは目を見張った。シルビアの長身がつくる姿勢、前に突き出した手、緊張感のある立ち姿、怒らせた眼、すべて凛々しい若武者のそれだった。
「この村に手を出すなら、ぼくが許さない!食糧などやるものか。命が惜しければ立ち去れ!」
 声まで先ほどまでのシルビアの声とは違っていた。
「すごいわ、シルビア!」
 マルティナが手をたたいた。
「なんてかっこいいの」
 シルビアは両手を広げた。
「ありがとうっ。マルティナちゃんたら、いい子ね」
 がばっとマルティナを抱きしめて、ほおずりしている。イレブンはドキドキしたが、マルティはくすくす笑っていた。
「ほんとに上手だったわ。今のはものまね?誰かモデルがいるの?」
 シルビアは人差し指の先をほほにあてた。
「いるような、いないようなってとこね。ものまねは人を観察して自分の体で再現するでしょ?いろいろと芸の基本なの」
 さらりとマルティナを放すと前を見据え、さきほどと同じく架空のモンスターに立ち向かった。
「よくその醜いツラを俺の前に出せたものだ」
 立ち姿がまた変わった。さきほどの若武者より年長で戦場ずれのしたベテランの剣士。声が低く、リラックスした姿勢だが、手を剣の柄にかけている。その剣士はわずかに目を細め、相手をねめつけた。
「出ていけ、ドブネズミども」
 あっとイレブンは思った。シルビアは、すぐ横にいるホメロスのまねをしているらしい。
「ど~お?」
 マルティナは小さく拍手をしていた。
「軍師さんでしょ?すぐわかった」
 思わずイレブンはホメロスの顔をうかがった。
「くだらん。そんなに似ているか?」
「そっくり」
「双子かと」
 マルティナとイレブンが同時に答えてしまい、むっとした表情でホメロスは黙り込んだ。
「じゃあ、次、次!」
 きゃっきゃっとはしゃぎながらシルビアが三たびステージを始めた。
「おもしろい。俺が相手をしてやろう。どこからでもかかってこい!」
 最初の若武者や軍師よりも、声が低く、体勢もどっしりと構えている。すぐにグレイグだとわかった。腕の筋肉が緊張している。そのようすで、何か重いものを持っていることが伝わってくる。もちろんグレイグの愛刀である両手持ちの大剣だった。
 シルビアの手が前後に重なった。剣を正眼にかまえているのがわかった。
「言っておくが、俺を倒そうともこの村には入れぬぞ。我が友がそれを許さぬ」
 威圧をはらんだ声は低く、重々しい。
 いきなり架空の“グレイグ”が振り向いた。
「だよな、ホメロス?」
 ぶふぉっと声を立てたのは、当のホメロスだった。
「そ、そのまぬけヅラを、きさま、よ、よく」
 笑いのツボにはまったらしい。ホメロスは片手で口をおさえて痙攣した。
「く、くくく、口癖まで、あ、あ、あいつの」
「よーしっ、ツカミはできたわっ」
 シルビアが得意そうにガッツポーズを決めた。
「笑ってない!笑ってなどいないぞ!」
と言いながら、ホメロスはまだ腹を抱えていた。いつもつり目ぎみの剣呑な表情が笑うとかわいらしくさえ見える。
 ホメロスの意外な一面を見て、イレブンはちょっと楽しくなった。

 村の武器屋の前は雑然としていた。グレイグたち武器調達班は在庫を店先いっぱいに並べていた。
 グレイグは手を高く上げて合図をした。
「ホメロス、ちょっと来てくれ!」
 ホメロスたち誘導路決定班は、村の一番下の広場から上がってくるところだった。
「どうした?」
 グレイグはしげしげと相棒を眺めた。なんとなくいつものホメロスと違う雰囲気があった。
「ホメロス、先ほど大きな笑い声が聞こえたのだが、もしや」
 こほん、とシルビアが咳払いをした。
「いいじゃな~い?笑いは人生を豊かにするわよ?」
「そういうことだな。グレイグ、俺に用があるんじゃないのか?」
「おお、そうだった」
 グレイグは槍をひとつ選んで取り上げ、柄が見えるように突きだした。
「これを見ろ」
 ホメロスはしげしげと眺めた。
「ここだ。デルカダール王立工廠の刻印がある」
「言われなくてもわかる。飽きるほど見た印だ」
 ホメロスは顔を上げて武具屋を見た。
「どうやって手に入れた?」
 武具屋は気まずそうな半笑いを浮かべた。
「やだなあ、行商人が卸していったんですよ」
 グレイグは頭を振った。
「貴族の誰かが工廠の倉庫から武器の横流しをしたのだろう」
 あの戦いの時、この退却の時、これだけの武器を部下たちに渡してやれたら、と思うとグレイグは苦々しくてたまらなかった。
「もう言うな」
 怒るかと思ったが、ホメロスはむしろ冷静だった。
「今ここでその武器が役に立つならそれでいい。性能は折り紙付きだ」
「それは、その通りだな」
とグレイグは認めた。そして別の武器を指した。
「ホメロス、見習い時代にあれを使ったのを覚えているか?ボウガンだ。たくさんあるんだ」
 ホメロスは、なんと、とつぶやいた。グレイグは胸を張った。
「素人には大弓よりよほど扱いやすいぞ。ボウガンの問題は射程距離が比較的短く、威力も低めだということだが」
「問題ない」
 きっぱりとホメロスは言った。
「敵はこの村へ密集して押しかけてくるはずだ。広大な戦場で使うわけじゃないし、正確に狙う必要もない。大量の矢で敵をハリネズミにするのが目的だ。グレイグ、ボウガンを採用してくれ」
「わかった。明日からの訓練にはさっそく使うとしよう」
「それ、私にも使えるかしら?」
 マルティナだった。グレイグは面食らったが、ボウガンをひとつ手に取って、差し出した。
「一緒に訓練を受けてみますか?」
 弦やハンドルを調べながら、マルティナはつぶやいた。
「やってみるわ。軍師さん、提案なんだけど、この村の女の人たちを集めて女子ボウガン部隊を作るのはどう?」
「なんだと?」
「あなたのプランでは敵軍は誘導路を駆け上がってくるのよね。こちらは誘導路にむかって狙撃ポイントからの射撃を浴びせるわけね。ボウガンの射手が多ければ多いほど、ほかの仕掛けに人を回せるはずね?」
 ホメロスは考え込んだ。
「一理あるな。よし、許可する。女子ボウガン部隊の隊長はあなただ、マルティナ嬢」
「もちろん。引き受けるわ」
「ただ、どれだけの数の婦人が参加するかは未知数だ。けして無理強いしないこと。そして、弓隊は一撃離脱を心がけてくれ」
「約束する!」
 マルティナは浮き浮きしていた。
「いいのか、ホメロス?」
 王女を最前線に立たせても?とグレイグはたずねた。
「お前の目は節穴か?」
 珍しく苦笑いをしてホメロスが答えた。
「彼女には、その出自にふさわしいカリスマと覇気がある。何もするなという方が無理だ」
「むぅ、なるほど」