ホメロス戦記・七人の傭兵 1.狙われた村

 からからと音を立てて馬車の車輪が回っている。小さなイレブンは馬車の窓にはりついてずっと外を眺めていた。
「わ、大きな川だ。橋が木じゃなくて石でできてる。あ、あんなとこに、大きくて不思議な石の柱があるよ?」
 そして見たものを全部、隣に座っている祖父に報告していた。
「広い野原に出た。周りは全部岩山だ。すごい、高い山」
 イレブンはまだ十四歳だった。故郷のイシの村を出るのは、これが初めてだった。見る物聞く物すべて珍しくて、話さずにはいられなかったのだ。
 イレブンは隣の席を見た。
「ごめんね。じいじは若い頃から、たくさん見てるんだよね?トレジャーハンターだったんだもの」
じいじは柔和に笑った。
「たしかにそうじゃが、世界はいつ見ても不思議で、珍しいものじゃよ」
 イレブンはじいじが大好きだった。だから、この二人旅はとても楽しかった。
「ペルラ母さんもいっしょだったらよかったのに」
 じいじはふと視線をそらせた。
「うむ、まあ、そうじゃのう。母さんが恋しいかの?」
 イレブンは、むっとした。
「ぼくはもう赤ちゃんじゃないよ!ただ、珍しい景色を見せてあげたいって思っただけ」
 そうか、そうか、とじいじはうなずいた。
 前の方から、御者の声が聞こえて来た。
「もうすぐプチャラオ村です。おつかれさまでした」
 馬車は草原を通り抜け、小川を越えた。そこには、不思議なデザインの門が建っていた。
「イレブンや、荷物をまとめなさい。忘れ物がないようにの」
「うん」
 イレブンは、わくわくしていた。
「じいじの友達の人って、どんな人?」
 イシを出てここまで来たのは、祖父のテオが旧友に会いたいと言ったためだった。以前もテオはそう言って旅に出たことがあった。今回は祖父のほうから一緒に行こうと言ってくれたのだった。
「その人は昔、わしの命を助けてくれた恩人なんじゃ。失礼のないようにの」
「ぼく、いい子にしてるよ」
 馬車はゆっくり動いている。門の向こうは両側から崖の迫る小道だった。そこを通り過ぎたとき、イレブンは思わず声を上げた。前方にいきなり谷が開けていた。
「すごいや」
 さまざまな馬車が停まっているところに、イレブンたちの乗る馬車が入っていく。テオについて馬車を降りて、イレブンは口を開けたまま上を眺めていた。
「これがプチャラオ村?」
「おもしろいところじゃろ?」
 ふっふっとテオは笑った。
 馬車だまりから人々は短い階段を上がっていく。上がった先は、石畳を敷き詰めた広々とした空間だった。周りには反り返った屋根の家がいくつも建っている。広場の向こうは階段、その奥にも家があり、屋根の上に縄が渡され、赤い提灯がたくさん吊るしてあった。
 テオは先に立って歩き、広場の入り口にできた行列に並んだ。行列は、審査待ちの列のようだった。
「どこから来た?この村へ来た用件は?」
 おそろいの鎧をつけて槍を持った大人が二人、旅人を一人一人審査している。根掘り葉掘り聞かれる旅人もいた。
「次!」
 テオは咳払いをした。
「イシの村に住まいいたします、テオと申します。これは孫のイレブン」
 丁寧にテオは答え、イシの村長が発行してくれた旅券を差し出した。
「この村へ参りましたのは、提灯づくりのロウ殿に会うためでございます。わしの旧友でございますれば」
「住人の知り合いか」
 兵士たちはじろじろとテオとイレブンを眺めたが、最後には旅券を返して通ってもいいと言った。
「年寄りと子供なら、たいしたこともできないだろうしな」
 テオは恐れ入りますと言って歩き出した。イレブンもぺこんとお辞儀をして後を追った。
「じいじ、あの人たち、なんとなくいばってたね。ぼくたちのこと、気に入ってないみたい」
「ふむ。昔なら旅人は大歓迎だったんじゃ。この村は観光で有名で、崖の絶景や趣のある建物や飾り付け、風変わりな料理なんかを楽しみに人が大勢きたんじゃよ」
 広場を歩きながらテオはそう説明した。
「今はこの戦乱のご時世じゃ、観光に出かけるほど余裕のある人間は少なくてのう。この村も変わった」
 少し寂しそうにテオはつぶやいた。イレブンは広場のひとすみを指した。
「でもじいじ、あそこには人がたくさん集まってるよ?」
「んん、あれはのう、この村で傭兵を募っているんじゃ。その採用試験じゃな」
 イレブンは、あははっと笑った。
「そんなの、おかしい。どこの国だって戦争してるから、わざわざこんなとこまで戦いにこなくたっていいのに」
 これこれ、とテオは言った。
「たぶん、あの人たちは、戦で負けて自分たちの国をなくしてしまった人たちじゃろう」
「それなら、イシの村でやってるみたいに畑仕事をすればいいよ」
 そうじゃのう、とテオはつぶやいた。
「どうしても武器を手放せない者も、この世にはおってなあ。それが“戦う者”じゃ。わしら農民は、“働く者”、教会の神父さまたちは“祈る者”。それぞれに役割があるのじゃよ」
「そうなんだ。ぼくは、じゃあ、“働く者”なのかな」
「それは、ああ……」
 優しい手つきでテオはイレブンの肩をたたいた。
「いずれわかるじゃろう。さて、行こうか」
 イレブンは歩き出そうとして足を止めた。プチャラオ村の奥、石畳の広場の上の方で、人々が言い争う声が聞こえて来た。テオとイレブンは顔を上げてそちらを眺めた。
 タンタンと音を立てて、一人の男がプチャラオ村の中心を貫く階段を足早に降りて来た。階段の上から声がいくつも追いかけてきた。
「待って下さい、話を聞いて」
 同時にどたどたと数名の足音が重なった。
「ユーウェイさん、私らの話を」
「必要ないっ」
 ユーウェイと呼ばれた男は、質のいい革の靴で石段を踏んで降りて来た。後ろから来た者たちは大半が野良着だった。つまりズボンと肌着の上に袖の短い上着をつけ、紐で締めるだけの簡素なかっこうだった。が、ユーウェイは短い立ち襟のついたくるぶし丈のチュニックの上から絹の長上着を重ねるという、いかにも贅沢ないでたちだった。
 ユーウェイが広場のすぐ上の小さな踊り場にさしかかった時、一人の中年男がユーウェイの前に回り込んで手を広げた。
「そんな、あなた、おっしゃったじゃないですか、いつでも原状復帰するって。お忘れですか!?」
 野良着の男たちがユーウェイを取り囲んだ。
「あれはウソだったんか!」
「ひとの村で好き勝手しやがって、あんまりだ!」
 ユーウェイは明らかにいやそうな顔で周りを見回した。
「何を今さら。忘れっぽいのは村長さんだろう?」
 引き留めた中年男に、ユーウェイは嫌味っぽい口調でそう言った。
「私がこの村に来た時、村長さん、何て言いましたかね?限界だ、このままじゃ村は飢え死にするしかない、助けてくれ、なんでもするって」
 村長と呼ばれた男は、最初の勢いを失ってうつむいた。せせら笑うような顔でユーウェイは言葉を続けた。
「だから私は、ここで事業を始めたんだ。傭兵を雇って、避難所を造って、世界中からかくまってほしいと言う金持ちを受け入れた。何か間違っているかね、え、村長さん?」
「けんど!」
 村長に代わって、小太りの男がユーウェイに食ってかかった。
「あんたらの傭兵たちは、何様だ?肩で風きって歩いて、おらたちをバカにする。ど百姓と呼ぶのはまだいいだ、ほんとに百姓だからな。けど、泥まみれだの肥溜くせえちゅうのは、どういうこった!」
 別の農夫が憤然として言った。
「あの人ら、道でも階段でもど真ん中を歩くだ。水桶、俵、おらたちがどれほど重い荷物を運んでいても、退け、邪魔だ、て」
「おらの嫁こは、この間大荷物を抱えて階段を降りていたところを後ろから突き飛ばされただぞ!それも、ただ面白そうだったからちゅうてな!」
「腰の曲がった年寄りやちっこい子供らも、あんたのとこの兵隊たちにひどいめに合わされただ。おらたちがどんだけやめてけれと言っても、あんた、耳も貸さなかったでねえか!」
 バハトラ、と村長が声をかけた。
「あんまり興奮するな。みんなもだ。ユーウェイさん、確かに私らは避難所事業でひと息つきました。でも、私らはもともと農民です。土地を耕してなんぼです。それなのに、あなたの兵隊たちは村の奥の農地を踏みにじるのですよ。このままでは畑がだめになってしまう」
「だめにすればいいじゃないか」
とユーウェイは言い放った。
「このご時世、猫の額ほどの土地にしがみついて何になる。もっと賢く生きなさいよ」
 声にならない憤怒が一斉にユーウェイを取り巻いた。
「賢くだと?」
「酒に酔って刃物を振り回して、女と見ればよってたかって虐める、それが賢いんか!」
「誰があんたらの食う飯を造ってるか、わかってるだか!?」
 ちっとユーウェイは舌打ちした。
「ああ、うるさい、うるさい。じゃあお聞きするがね、村長さん、あんた借金を返せるのかね」
 小さな踊り場を埋めた農民たちは、急に威勢が悪くなった。村長は上目遣いになった。
「そのことですが、今年の収穫が売れれば、ちょうどお借りした金額になるのです。だから」
 はっ、と声をあげてユーウェイは嘲笑った。
「村長さん、貸した金額をそのまま返してもらっても、私の儲けが出ないよ!」
「最初に決めた利率で、利子もおつけできます」
「事情が変わったんだ」
 悠々とユーウェイは言った。
「でも、最初の話では!」
「こっちの事情で利率は変わるさ」
 村長の顔色が変わった。
「約束が違います!」
 ユーウェイは片手をせっかちにぱたぱた振った。
「私の知ったことじゃない。じゃあ、これで。こう見えても避難所経営は忙しいんだ」
「でも、」
「これから傭兵の採用試験があるし、その後も人と会う約束があってねえ!今度うちで預かっているお客さんたちのために有名な旅芸人の一座を呼んだんだよ。まったく、眼が回りそうだ」
 体格のいい農民たちを手でかきわけて、ユーウェイは短い階段を降り、広場へやってこようとした。
――なんだか、嫌な人だ。
 イレブンがそう思った時すぐそばで、誰かが言った。
「あまり好きになれない種類の男だ」
 本人は小声でつぶやいたつもりらしいが、あたりにはっきりと聞こえた。小さなイレブンが見上げるような大男で、大きな青の市松模様のチュニックを身に着け、背中に巨大な剣を背負っていた。
「やりたい放題だな」
 大男の連れらしい男がそう答えた。連れよりは小柄だが、平均以上の長身に長い金の髪をしている。マントの下に細身のキュロットとロングブーツが見えていた。彼の怜悧な表情に、イレブンはちょっと見惚れた。
「だが、ホメロス、これからどうする?」
 金髪の男はホメロスと言うらしい。
「やはり、ゴールドだな。現金を積んで情報を買う以外に手はなさそうだ」
 大男は肩を落とした。
「懐へ飛びこんで、情に訴えるやり方でなんとかならんかと思っていたのだが」
「このご時世、そうそう都合よくいくはずがないだろう。逆に考えろ、グレイグ。まとまった金があれば、ああいう男はあっさり情報を売るぞ」
 グレイグと呼ばれた大男が返事をしようと口を開いた時だった。奇妙なざわめきがおきた。
 採用試験に集まっていた傭兵志願者が敏感に反応した。
「なんだ、なんだ?」
「あっちのほうだな。誰か来たのか?」
 ざわめきは、イレブンたちがいる広場よりさらに下、プチャラオ村の出入り口の方から聞こえる。しかも、次第に近づいてきた。
「イレブンや」
とテオが言った。表情がこわばっていた。
「もう少し隅へ寄りなさい。どうも、きなくさい」
 グレイグ、とホメロスが呼んだ。その手は剣の柄にかかっていた。グレイグは眉をひそめた。
「敵襲か?」
 ホメロスは真顔だった。
「まず」
 兵士たちが宿屋前の広場に展開した。そろって身に着けているのはそれなりに防御力のありそうな鎧だった。隊長らしい男は上背があり、さらにりっぱな鎧を装備していた。
「傭兵の採用試験は中止だ、みんな、下がれ!」
 言われなくても身体ひとつが財産の男たちは前線から後退した。そのすき間をユーウェイの私兵が埋めた。
「ユーウェイさま!」
 私兵の隊長の声は緊迫をはらんでいた。
「どうした?」
 ユーウェイは広場を見下ろす道具屋の前の通路へ進んでいた。
「村の出口の先ので、小競り合いがあったと報告がありました」
 ユーウェイは嫌な顔になった。
「どこの王家だ?取り返しに来たな?それとも同業者か?いいか、絶対に渡すな!」
 小さなイレブンは驚いた。
「お、王家だって?」
 しっとテオが言った。
「この村の避難所には、戦を避けて諸国の王家の子がかくまわれているんじゃ。後継ぎが残れば、王国が滅びても国民がまとまることができるでの」
 隊長は一度敬礼して、部下を集めた。
「撃ってでるぞ、総員、構え!」
 兵士たちは気合を入れると武器を構え、隊長について広場の短い階段を駆け下りていった。金属の撃ちあう音、悲鳴、怒号などが生々しく聞こえて来た。
 農民たちは村長を中心に道具屋よりも奥へ集まっていた。
「今日はもう、ムリだべか」
 ユーウェイは道具屋の前の手すりをつかみ、じっと村の出入り口を見ていた。神経質に額の一部がぴくぴくしている。見るからに話しかけにくいようすだった。
「あの兵隊さんら、横暴なことは横暴だども、楽な商売でもねえべな」
 一人がつぶやくと、農民たちは、んだ、んだ、と口々に言い合った。
「こういう時は、どんなにおっかなくても、矢面に立つかんな」
「けんど、静かになったでねえか?」
 いつのまにか、剣戟の音は止んでいた。騒然としていた広場に、ほっとしたような空気が漂い、ユーウェイ氏の顔にようやく余裕のある表情が戻ってきた。先ほど採用試験を待っていた野次馬たちもおそるおそるしゃべり始め、物見高い者たちは広場の出入り口の方へ寄り、私兵たちがどんなようすで帰って来るかと眺めていた。
 村の出入り口から兵士たちが姿を見せた。広場への階段には左右に簡単な櫓を立てて門の代わりにしてあった。
 門を最初にくぐったのは、あの隊長だった。負傷したのか、ぎくしゃくしたような足取りだった。
「グレイグ!」
 緊迫した声でホメロスが呼んだ。次の瞬間、グレイグも気付いようだった。隊長は、広場へ上がり切ったところで、うつぶせに倒れ込んだ。
 一斉に悲鳴が上がった。
 倒れた隊長の背後から、何かが飛び出した。
「キャアッ」
 新しい悲鳴があがった。甲高い、子供の声だった。運悪く広場の門のそばにいた子を、誰かが電光石火の勢いでかっさらったのだった。
「ああっ、うちの子が、リキオ、リキオぉぉっ」
 若い母親が半狂乱になっていた。
「かあちゃん!」
 リキオと呼ばれた子はプチャラオ村の子供らしい。七つ八つくらいの年で、恐怖で泣きそうになっている。この村の民が好んで着る簡素なチュニックを身に着けていた。
「おい、何を」
と怒鳴りつけようとして、ユーウェイは声を途切れさせた。
 子供を捕らえているのは、ヒトではなかった。
「なんだ……なんだ、おまえらは!」
 イレブンは目をみはった。
「じいじ!何あれ!あんなもの、見たことないよ!」
 テオじいじは、青ざめていた。
「モンスターじゃ……」
「えっ、モンスターって、ほんとにいたの?」
 リキオを捕らえているのは、奇妙な小人だった。緑の身体に剣を持ち、鎧と盾を装備していた。それが十人ほどで村の男の子を捕まえていた。
「オコボルトじゃな。わしも、本物を見たのは初めてじゃ」
とテオはささやいた。
「世界にモンスターがいたのって、もう大昔でしょう?なんで今頃あんなやつらがいるの!」
 テオはじっとモンスターをにらんだままつぶやいた。
「わしにもわからん」
 オコボルトたちの後ろから、ゆったりした足取りで別のモンスターが出て来た。身長も横幅も普通の人間よりひと回りでかい体を、そいつは虎の毛皮に包んでいた。どのような構造になっているのか、手は獣の前足そのものであり、鋭い爪が伸びていた。
 虎毛皮を守るように、その背後から奇妙な男たちが二人現れた。筋肉をむきだしにしたようなごつい身体で、手袋と靴以外はパンツ一丁。その上から顔を隠すフード付きの長いマントという風体だった。二人とも斧を手にしていた。
「あれは、ひとなの?」
 小声でイレブンはじいじに聞いた。
「いや。あのパンツ男どもはれっきとしたモンスターじゃ。本来の体色はもっと青い。“ごろつき”と呼ばれるやつらじゃろう」
「虎は?」
「“ベンガル”。かなりの上位種のはず」
 世界を知り尽くした元トレジャーハンター、テオは、即答した。
 モンスターたちの異様な姿に、人々は気おされていた。
「うちの子を返してくださいっ」
 ただ一人、さらわれた少年の母親が詰め寄った。“ごろつき”はなんのためらいもなく足を上げ、女を蹴り飛ばした。
 いきなりベンガルは口を大きく開き、空中に向かって雄たけびをあげた。
「うわっ」
 荒々しい野生をむきだしにしたおたけびで、その吼え声を浴びた者は耳を塞いだ。
「しずまれ。おとなしく話を聞け」
 ベンガルはしゃべり慣れていないらしく、ぎこちない言い方だった。だが、宿屋前の広場は青ざめたような沈黙に支配された。
「まずは挨拶しておこう。俺たちは怪人族。魔界で一番上品な種族だ」
 しゃれのつもりなのか、ベンガルは自分でヒッヒッと笑った。
「俺のことはベンガルと呼ぶがいい。俺たちは最近、ここから南にある洞窟ヘ引越してきた。よろしく頼む」
 ごろつき二人は嬉しそうにポーズを取って筋肉を誇示している。オコボルトたちは剣と盾を打ち付け、おそらく彼ら種族特有の言葉でキーキーキャーキャーと騒いでいた。
「さて、今日、俺たちが来たのは、近所づきあいというやつをやろうと思ってのことだ。引越したばかりで、食い物がねえんだよ。近所のよしみで米、酒、肉なんかを、融通しちゃあくれねえか」
 オコボルトたちは、リキオというらしい男の子をさかんに小突いたり、髪をつかんだりして虐めている。ついに一人が、子供の肉付きを確かめるように二の腕をもんだ。
 蹴られた女は夫らしい男にかばわれていたが、決死の表情で声を張った。
「やめてっ!その子を食べるくらいなら、いっそ、あたしを」
 じろりとベンガルはそちらを見た。
「誤解するな。人の肉など、まずくてごめんだ」
 イレブンは、意外な気がした。
「モンスターの中には人肉を食う者もいるが、俺たちはもっと上品なんだ。美味いものを、おまえらと同じ物を食いたい。飯をよこせ」
 その時、冷静な声が割って入った。
「おまえたちはどこから来た?」
 ホメロスだった。いつのまにか怯えた群衆を背後にして、一人前に出ていた。見るからに異様なその生き物ども、モンスターに対峙しても、まったくひるんだようすがなかった。
「魔界だ」
「魔界から、どうやってここへ?」
「この地方のとあるところが、魔界と通じたのだ」
 ベンガルは両手を広げてみせた。
「俺たちの仲間は毎日少しずつ、魔界を出て洞窟に集まっているぞ。いろいろ厳しい魔界を離れて、やっと地上に住処をもてたんだ、美味い物を食いたい。酒を呑みたい」
 ホメロスはきっぱりと言った。
「この村には大勢のモンスターどもをずっと養うだけの食料などないぞ」
 ベンガル以下、モンスターたちはわめいた。
「とにかく、あるだけよこせ!」
「腹が減っているんだ!」
「仲間が増えるのに飯がないのは困る」
 ホメロスは冷たく突き放した。
「草でも食っていろ」