ジャックのフォーカード 1.第一話

 赤いベルベットに金の縁取りをつけたぶあついカーテンが壁を覆っている。そのフロアは豪華な内装で飾られていた。
 遊びのために大金を投じることのできる客たちは、男も女も華やかに装い、グラスやシガー片手にどこかけだるげにふるまい、品のいい会話を交わしている。
 反対にディーラーたちは微笑みをうかべつつ、鋭い目でカードやダイスを操っていた。
 そこはカジノ・ソルティコのメインフロアだった。リゾート都市ソルティコが誇る金持ちの社交場であり、一晩で大枚のゴールドが動く場所だった。
 そのメインフロアを見下ろす大階段に、数名の旅人たちがたむろしていた。
「トレジャーハンターたる者、旅の途中で路銀が尽きるなんぞ日常茶飯事」と一人の旅人が言った。
「いざという時の稼ぎ方をご指南しよう。今日はカジノで遊ぶよ」
「え、ほんとにやるんですか?」
大きな目に濃い紫のくせっ毛の少年が不安そうにフロアを眺めてそう言った。
「しょうがないよ、サマル。きみの帽子の羽を売ったお金も尽きた」
さらさらした薄茶の髪の二十歳前後の若者がそう応じた。
「ロウ、誰のせいだと思っている!」
プラチナブロンドの髪を短く刈った強面の若い戦士が、咎めるように言った。
「ぼくは無駄遣いしてないよ。クレイじゃない?」
ロウと呼ばれた若者があっさり答えると、淡い金の長髪を三つ編みにした背の高い若者がつぶやいた。
「濡れ衣だよ、デルカダールの。わかっておくれ?」
 ぱん、ぱん、と最初の旅人、トレジャーハンターが手を叩いた。
「クレイ、今晩に限り、国名はフルで言わないこと。大国のお世継ぎがカジノ遊びなんぞ、万一御国に知れたらまずいからな」
サマルと呼ばれた少年がもじもじした。十二、三くらいで、朱色の襟の白いセーラー服と半ズボンに水兵帽という男の子らしい格好だったが、彼の正体は南の王国サマディーの王位継承者だった。
「こことサマディーは内海をはさんでご近所だし、ぼくのこと知っている人がいるかも。ばれないかなぁ」
ロウと呼ばれた若者が笑いかけた。
「大丈夫だよ。みんな賭けのことしか考えてないって」
ロウの顔立ちはよく整っていて、サラサラした髪、色白の肌とあいまって凛々しい少女のようにも見える。だが、その先祖に伝説の勇者ローシュをいただく由緒あるユグノア王家の、彼は跡取りだった。ロウはさきほどから明らかにそわそわしていた。
「やっぱりグランドツアーに出てきてよかった。カジノバニーもいいけど、ガールディーラーは最高だ……ハイレグ!網タイツ!ピンヒール!」
ユグノア王家の男子は勇者ローシュに倣い、幼少時はドゥルダ郷で修行の日々を送る。ロウはドゥルダ流の、鬱金の縁取りのある黒い武闘着を身にまとい、その上から免許皆伝者の紫のトーガを重ねて紅の帯を巻いていた。だが、興味の的はいたって武闘家らしからぬことがらだった。
「俺は反対だ」
プラチナブロンドの若者が言いきった。
「金が要るならフィールドで戦闘した方がいい。経験値も手に入るし」
トレジャーハンターは首を振った。
「今日の想定は、手強い魔物のいるフィールドを歩くための装備代金を稼ぎたい時、と言ったところだ。戦闘は後。わかったかい、ゼフ?」
「しかし」
「ここはソルティコだ。ぐずぐずしてると、君のかわいい騎士見習い殿が実家で借金して金を持ってくるぞ?」
「そんなことは、させられん!」
ゼフと呼ばれた若者は断固として首を振った。旅人がにやりとした。
「“実家に無心などしたら主従の縁を解く”とあの子を脅かしてたね。そう言った以上、自分で稼がなきゃ。第一、ゼフが一番気合が入ってるじゃないか」
ゼフが身につけているのは、やんごとない客がお忍びで遊ぶときに愛用するスタイルだった。紫のロングケープの下に金のパイピングのある黒いダブルのスーツ、襟元にたたんだ白いクラバットは赤い宝石付きのピンで留めている。その宝石と、腰のサッシュと、ケープの襟の薔薇が同じ紅で、とどめは顔の上半分を隠すハーフマスクだった。それもそのはず、ゼフこそ超大国デルカダールの次期国王、モーゼフ王子その人だった。
「これは、その」
ゼフはちょっと赤面してよそを向いた。
「責めてるんじゃない。みんなでコインを増やして、景品を手に入れて、売り払う。まっとうな稼ぎ方だよ」
 傍らでクレイと呼ばれていた三つ編みの若者が肩をすくめた。
「そうだね、悪くないかな。私は昔からカジノに興味があったんだ」
「クレイが?なんだか意外だね」
とロウが言った。
 “クレイ”は本名ではない。北の王国クレイモランの王太子だが、魔法研究のさかんな国柄にふさわしく、己の真名を明かしてはいなかった。仲間たちは国名を省略して彼をクレイと呼んでいた。
「そう?例えばポーカーは純粋に確率の問題として理解できる……」
言いながらクレイはくっくっと笑った。
「なかなかおもしろい実験になりそうだよ」
クレイが身に着けているのは、上品なブラウンのショールカラーをつけた深緑のガウンだった。ガウンの中は白いシャツにブラウンの長衣とベルトで締める長めのジレ。スタンドカラーのシャツの襟にリボンタイを巻き、合わせ目を小さな金のメダルで留めている。金のタッセルをつけた黒い学士帽が、どこか肚の読めない飄々としたクレイの風貌によく似合っていた。
 ようし、とトレジャーハンターは言った。
「じゃあ、軍資金だ。ひとりにつきコイン30枚を渡す。これをできるだけ増やしてくれ」
サマルは、手の中のカジノコインをしげしげと眺めていた。
「ぼく、本物見るの初めてです。カジノに来るのも。テオさん?」
ん?とトレジャーハンター・テオが言った。
「どうしてカジノに来るのにおしゃれをするんですか?」
「そういう場所だからだよ。普段着のままだと、このカジノのドレスコード違反なんだ。つまり派手な恰好をしているほうが、このフロアじゃ浮かない」
そうか、とサマルはうなずいた。
「だからテオさんも、そのスタイルなんですね?」
にやっとテオは笑った。
 テオはアイスクリームホワイトのパンツと、燕尾状の裾のある同色のジレ姿だった。ジレの中は真っ赤なシャツで、袖を半ばめくって上腕をバンドで留めている。シャツは襟元を広げ、太めの白いタイはぐっとゆるめている。その姿はいかにも勝負師めいて見えた。
 テオはダークブラウンの手袋をはめ、手首にあたるフチを折り返した。
「ま、勝負服で縁起を担いでみたわけよ。では皆の衆、出陣と行こうぜ」
ゼフは十指を組んで音を立てた。
「賭けも勝負のひとつなら、俺は気合で挑む」
クレイはガウンの裾を優雅にさばいた。
「カードの数字、読み切ってみせよう」
ロウはうれしそうに見回していた。
「キレイなお姉さんたちでいっぱいだ」
サマルは柔らかなほほを上気させていた。
「勇者の星よ、どうかぼくに幸運を授けてください!」
四人の王子と一人のギャンブラーは、カジノの大階段をそろって降りて行った。

 美人バーテンダーはコースターに乗せたグラスをテオに渡して微笑んだ。
「お客さん、ほんとにオレンジジュースでいいの?」
チップを渡してテオはグラスを受け取り、美女にウィンクを返した。
「オレンジ好きなんだ」
「ジュースでギャンブルやる人は珍しいわ」
テオは背後のテーブルを指した。
「あの子のだよ。俺にはカンパリくれる?」
美女は改めてリキュールを差し出した。
「あの子、いいところの坊ちゃんじゃない?弟さんには見えないわね。お忍びの若様かしら」
「お姉さん、勘がいいね」
テオは秘密めかして左右に視線を投げ、それから美女に顔を寄せ、掌の陰からささやいた。
「実は、隠し子なんだ……」
「ウソばっかり!」
ばれちまった、と笑いながらテオはテーブルに戻り、まだきょろきょろしているサマルに冷えたグラスを渡した。
「サマル、度胸がつくまでここで飲もうぜ」
「あ、はい」
グラスの中で氷がかちゃかちゃと音を立てた。
「ぼく、このカジノで一番子供みたいです」
「まあ、小さい子はカジノにあまりいないよな」
「大丈夫かな。つまみだされたりしませんか?」
「ポーカーやルーレットテーブルには近寄らない方がいい。でもスロットマシーンならたぶん大丈夫」
「……ですね」
両手でグラスを持ってジュースをすするサマルを見ながら、テオは自分も酒を味わい、黙って回想にふけった。
 デルカダールの町で人助けをしたのは、先月のことだった。本当は次のハントのために情報屋に会いに行くつもりだったのだ。だが、まっぴるま天下のデルカダール市内の公道で、明らかにぼったくりの客引きたちが外国人らしい若い男を真ん中にして何やらやっているところに通りがかり、つい聞き耳を立てた。
「お兄さん、運がいいよ!今ちょうど一人だけ空きがあってね。即決ならすぐご案内できるよ?」
「さあさあ、デルカダールまで来て素通りって法はねえや」
「早く決めねえと席がなくなっちまうぜ?」
 お兄さんと呼ばれているのは旅人のようだった。キラキラした目、一片の疑いも持たない顔。身なりからしてデルカダール人ではないらしい。北方、おそらくユグノアあたりの出身で、しかもけっこう贅沢な身なりをしている。長めの髪、凛々しい少女のような顔立ちで、良家のボンボンてとこか、とテオは思った。
「どうしよう、ぼく、手持ちが少なくて。五百ゴールド切っちゃったのに、遊びに使っていいのかな」
五百と聞いてぼったくりどもの目の色が変わった。
「めったにないチャンスだよ、お客さん!」
「まあ、いいか。モーゼ……友達に会ったらちょっと路銀を融通してもらえると思うし」
財布のひもを緩めて金貨を数えようとする旅人に、テオはつい、声をかけた。
「そこのお兄さんよ、どぶに捨てる気がないなら、金はしまっとけ」
へ?と若い旅人はこちらを見てつぶやいた。
「ぼく、グランドツアーの途中なんです。なんでも体験してみなくちゃ」
「だからってムフフなお姉さんのステージを見に行っていいのかい、お坊ちゃん」
図星だったらしく、彼の頬が紅潮した。
「あの、ぼくのこと、知ってるんですか?」
グランドツアーとは、学業の仕上げとして良家の子弟が見聞を広めに世界を回る体験旅行のことだった。
「俺にわかるのは、あんたが世間知らずのお坊ちゃんだってことと、そいつらはあんたから金をだまし取るつもりだってことだ」
「んだと、ごらぁ!」
思った通り大声の威嚇が飛んできた。テオはためいきをついた。
「お天道様を見てみろよ。こんな昼間っから営業してるぱふぱふ屋があるもんか。あんたら、この坊ちゃんをどこへ連れて行こうとしてた、ああ?」
「それは、その」
「トンネルを通って下町へ連れだして、身ぐるみはいで放りだす気だったんだろう。場合によっちゃ、身柄まで売り飛ばす、だろ?」
ぼったくりどもがひるんだ。
「来なよ、坊ちゃん。表通りまでついてってやる」
待って、と言いながら彼はついてきた。
「僕の名前はロウ。ユグノアから来ました」
「そりゃよかったな。無事に帰れよ」
「そんなこと言わずに。いっしょにお昼食べませんか?」
「友達に会うと言ってなかったか?」
「さっきのお礼がしたいんです。旅慣れた人のお話も聞きたいし」
テオはまじまじとロウという若者の顔を眺めた。ほんわかした表情に、人懐こい仔犬のような態度だった。もし尻尾があったなら、ちぎれそうなほど振りまわしていただろう。
ロウはテオの服の袖をしっかりつかんでいた。
「おいおい」
「お昼はぼくの驕りですから。それにぼく、今あなたに見放されたら、また悪い奴にひっかかっちゃう。ねっ、お願いします!」
後に彼の孫が盗賊だの人魚の女王だの神の民の長老だのをかたっぱしから味方につけた、その同じ独特の表情で彼はかきくどいた。
――ほっとけねえ……と思ったのが運の尽きだった。
 ロウに昼食をつきあい、そのあといろいろあって、最後に目隠しをされて連れていかれたところは驚いたことにデルカダールの王宮だった。
 そこで聞かされた話はさらに前代未聞だった。サマディー、ユグノア、デルカダール、クレイモランの四つの王国の世継ぎの王子四名がロトゼタシアの七不思議を巡るグランドツアーに旅立つ。ユグノア王太子の推挙につき、テオにそのガイドをやってほしい……。
「どうして俺が!」
威厳のある将軍が、テオを見下ろした。
「断るというのなら、しかたがない。ただし、グランドツアーの件は四大国の最重要機密だ。誰にも知られないようにしなくてはならない」
テオは顔をしかめた。
「誰にも言わねえよ」
将軍は鬼のような笑顔になった。
「そんなことは気にするな。グランドツアーが無事に終わるまで、君はデルカダール城の地下独房で過ごすのだからな」
「ちょっと待て!」
というやりとりを経て、テオはグランドツアーのガイドに収まった。
「ただし、条件がある」
とテオは言った。
「俺はトレジャーハンターだ。グランドツアー?知ったことじゃない。トレジャーハンター見習いとしてなら七不思議巡礼に連れて行かないこともない。王子だろうがお坊ちゃまだろうが、ハンター見習いとして扱う。それでいいか?」
将軍は、ちらりと背後を見た。
「と、申しておりますが?」
召使たちが恭しく衝立を動かすと、その後ろから昼間会った旅人、じつはユグノア王子ロウと、そして戦士体型の若い男が現れた。デルカダール王家の特徴を示す顔立ちにプラチナブロンドの二十代の若者だった。テオは脳裏で王家に関する情報をざっとさらった。現国王の一人息子モーゼフ王子がちょうど一致する。
「もとより承知だ」
その声は低く、睨むような鋭い目とあいまってなんとも威圧的だった。
「上げ膳下げ膳など、こちらから断る」
 カジノのバーで、つまみのナッツを口に運びながらテオは首を振った。
「最初はどうなることかと思ったが、どうにかなるもんだな」
「どうにかって?」
サマディーの王子サマルが、顔を上げて尋ねた。
「思ったよりサマルがいい子だったってことさ」
え、とつぶやいて少年は赤面した。
「ウソじゃない。王子ってもんはもっとイヤなやつらかと思っていたんだ。けど、でくわしたモンスターをいっしょにやっつけたり、ひとつ鍋を囲んでキャンプしたりしてる間にわかったよ。みんな……」
くすくすとテオは笑った。
「やばい。ギャンブルの前にちょっと酔っちまった。みんなのようすを見に行くよ。一緒に来る?」
サマルは決然としてグラスを置いた。
「ぼくは、ちょっと賭けに行ってきます」
テオは、にやりとした。
「うーん、いっぱしの男の顔になったねぇ。よい勝負を、そして幸運を!」

 カジノ・ソルティコのメインフロアではドゥルダ流の武闘着姿の客は珍しい。だがロウが目立ちまくっていたのは、それが理由ではないだろうとテオは思った。
「あっちのテーブルのディーラーはいい女だったけど、このテーブルはまたかわい子ちゃんだね」
いかにもデレデレしたセリフなのだが、気品のある美少女顔の王子さまが言うとさまになる。カジノで働くディーラーは、営業スマイル以上の笑みを見せた。
「いらっしゃいませ。そのお召し物、風変わりですてき。お客様は、どちらから?」
「これはドゥルダ郷で免許皆伝の達人が着る武闘着なんだ。大師さまはぼくに免許なんてくれなかったんだけどね。弱っちいんだよ。いやんなるよね?」
いそいそと座り込み、テーブルにあごをのせ、上目遣いにバニーを見上げる。バニーは両肘をテーブルにつけ、自慢のバストを客の鼻先につきつけて笑いかけた。
「このカジノじゃ一騎当千のつわものより、運と金払いのいい人の方が偉いのよ?それにお客さま、虫も殺せないような優男ですもん。きれいなお髪(ぐし)。女でもうらやましいくらいだわ」
「ほんと?優しいなあ。よーし、このテーブルで賭けるよ」
「ふふ、こちらはコイン一枚から賭けられるルーレットよ?さ、どこがいいかしら?」
「ここと、そっちと、それからねえ」
うれしそうにロウはシートのあちこちにコインをちらかした。
 テオはロウの肩をたたいた。
「おい、ちっとも増えてないじゃないか。稼ぎが悪いな」
ロウは肩ごしに振り向いた。
「稼ぎ?不謹慎な!美女を口説こうというときに雑念はやめたまえ」
テオはくすくす笑った。
「ブレないよな、ロウは」
その間にルーレットは周り、ロウの軍資金はあっさり没収されてしまった。ディーラーは商売柄、ちょっと肩をすくめた。
「お客さん、コイン30枚、残念でしたわね」
ロウは片目をつむった。
「きみの笑顔が見られたんだ。三万枚でも安いもんさ」
ディーラーがちょっと胸をときめかせたのが、はたで見ていたテオにもわかった。
「またいらしてね?」
「うん、きっとね」
 テオはロウの肩をつかんでルーレットテーブルから引きはがした。
「早々にリタイヤか。王子さまならそれでいいかもしれんが、トレジャーハンター見習いとしては失格だな」
歩きながらテオは説教した。
「第一、巨乳ディーラーの同情をひきたいからってウソはいかん。たしかあんた、大師さまのお墨付きまでもらってるだろう?」
ロウはにやりとした。
「ウソはついてないよ。実力に関わらずユグノア王子は、奥伝までしか許されないのが決まりだからね。さて、ぼくのほうは弓折れ矢尽きちゃったから、ゼフたちの戦いを見に行こうよ」
ロウが動くときテオはよく、血統書付きの猫を連想する。武闘着の両袖を拱手にして歩きだすと後頭部で結った美しい髪が揺れた。
「すっからかんのくせに胸張りやがって……生まれついての王子さまかよ」
 四人の王子たちはテオが警戒していたような尊大さ、図々しさ、見下しなどはなかったが、ひと目など意に介さない堂々たる態度は王子ならでは、と思うこともある。テオは、半ば呆れ、半ば感心していた。