ナイトプライド 8.放蕩息子の帰還

 シルビアがジエーゴと話をしている間、イレブンは一歩さがって聞いていた。が、シルビアが必ず、と言った時、グレイグの方を見て、寄ってきた。
「グレイグさん……」
静かにイレブンは笑っていた。グレイグは笑顔を返してつぶやいた。
「親とは、ありがたいものだな」
先ほどのジエーゴの反応を後でゴリアテには教えてやろう、とグレイグは思った。特に、ゴリアテがケガをしたか死んだかと思った瞬間、ジエーゴがどんな顔をしたかを。おそらく十年以上この親子は遠いところから互いを案じ、想い続けてきたのだろう。
 シルビアは父の傍らに寄り、片手を腰に当ててかがみこんだ。
「……それでじつはパパにお願いがあってきたの」
 寝室のすみで、ロウがほっとしたような顔で笑っていた。セザールは片手で眼鏡を浮かせ、ぼろぼろこぼれる涙を手巾でいっしょうけんめいにぬぐっていた。
「坊っちゃまがお帰りに……ううっ」
その横で若いメイドが目を潤ませていた。
 まじめな声でシルビアがささやいた。
「魔王を倒すまでアタシのナカマたちを預かってほしい」
シルビアが父に寄せる信頼の厚さがよくわかる。グレイグはなぜか、最後の砦にいる王の顔を思い浮かべた。砦を出てしばらくたつ。どうしておいでだろうか、と。
「そしてアタシの代わりにみんなの中心になって導いてほしいの」
ロウが低く咳払いをした。
「グレイグよ、感動しているところ悪いんじゃが、つまりシルビアはあの連中を本当にジエーゴ殿にまかせるつもりかの?」
いきなりグレイグは我に返った。イレブンを見ると、親子の会話に口をはさめず、はらはらした表情になっていた。
 何も知らないジエーゴは、のけぞるようなかっこうで笑い声をあげた。
「ハッ!そんなもん、お安いご用よ!困ってる人を助けるのが騎士道ってもんだ!」
「師匠、ちょっとお待ちを」
とグレイグは言いかけた。だが、シルビアはジエーゴの答えを逃さなかった。
「えっ、パパ、ホント!?」
ジエーゴは胸をたたいた。
「おうよ、ドーンと引き受けてやらあ!騎士に二言はない!」
シルビアは胸の前で組み合わせた手を嬉しそうにゆすった。
「キャ~ッ、パパ、ありがと~!」
グレイグ、イレブン、ロウの三人は、互いの顔を見合わせた。
 シルビアはドアの外に向かって呼びかけた。
「……それじゃ。みんな!パパにあいさつなさい!」
同時に口笛を高く響かせた。
 しばらく何も起こらなかった。ジエーゴが、セザールが、メイドが、首をかしげた。グレイグはもう一度止めようとして、そして気付いた。足音がする。ベッドのヘッドボードと同じ彫刻をほどこした立派な木の扉の向こうで、大群衆が走っているような足音がしていた。
 いきなりドアが開いた。赤と緑の派手なパレードスタイルの若者たちが寝室へなだれこんできた。
「キャ~ッ!!キレイなお部屋~!ステキ~!」
さしものジエーゴがのけぞった。
「わ~オネエさまのパパ!カッコイイ~!これからよろしくね!」
10人以上のド派手軍団は、広い寝室を所狭しと走り回り、騒ぎ回った。
 ジエーゴが我に返った。
「オ、オイ!ゴリアテっ!コイツぁいったい、どういうことだ!?」
ゴリアテことシルビアは半眼とじた眼でジエーゴと向かい合った。シルビアの背後からパレードボーイズが興味津々とのぞきこんでいる。
「はい、パパ、これを着てね♪」
その口元が、にまあ、と笑った。
「……わっ!な、何をするっ!!」
グレイグたちはセザールやメイドと顔を見合わせたが、勢いのついたシルビアをとめることはできなかった。あっというまにジエーゴは、シルビアとそっくりなパレード衣装にきがえさせられていた。
 ジエーゴは新しい服を見下ろしてかなり焦ったようすだった。
「な、なんだあ、この服は!こんなモン聞いてねえぞ!!」
シルビアは腕を組んで立ち、言い放った。
「だってアタシの代わりにみんなの中心になってくれるって言ったじゃない」
そして、薄く微笑みながらつけくわえた。
「……騎士に二言は、ないんでしょ?」
ジエーゴは憤懣やるかたないようすで拳を握りしめた。が、その背後でセザールとメイドが口元をおさえて笑いをこらえていた。
一人息子と同じく、もともと背が高くて二枚目顔のジエーゴは、けっこうパレード用の派手な衣装が似合うのだった。

 一気ににぎやかになった領主館を、グレイグたちはようやく辞去してきた。いよいよシルビアがパレードを離れる。パレードボーイズは玄関の前へ見送りに出てきた。いつも空気を読まないレベルで陽気な彼らが、しょぼんとしおたれ、泣きべそをかいていた。
 シルビアは彼らに向かって指をたてて言い聞かせた。
「みんな、いいわね。パパの言うことをちゃんと聞くのよ!」
 ナカマの一人が、あふれる涙をぬぐってシルビアに駆け寄った。
「オネエさま~ッ!行かないで~ッ!やっぱりお別れなんてイヤよ~っ!」
そう言って手で顔をおおって泣き出した。
 シルビアは虚空を見上げた。
「アタシだって、みんなとお別れするのはとっても悲しいわ。だけどみんなの笑顔を奪う魔王ちゃんをたおさなくっちゃ。それまでの短いお別れ」
少し悲しい目で、でもなんとか口元に笑みを浮かべ、シルビアは、ね?と若者にうなずいて見せた。シルビアを囲む若者たちはようやく顔をあげた。
 シルビアは大きく腕を広げた。
「……たとえどんなに遠く離れようと、アタシたちずっとナカマよ!」
パレードボーイズはシルビアに群がった。冷静なドテゴロやイッテツまで嗚咽で物も言えないようだった。
 その集団の中から一歩退く者がいた。
「お名残惜しいけど、お先に失礼するわ」
ランスだった。
「アタシ、これから行くところがあるの」
ナカマたちはざわめいた。そのなかからシルビアが進みでた。
「行く……、ううん、帰るのね、ランスちゃん」
ランスはうなずいた。グレイグはやっと思い出した。ランスの父と母は、このソルティコで武器防具屋を営んでいるはずだった。ジエーゴ邸とはまた別の“放蕩息子の帰還”がこれから始まる。
 シルビアはランスに近寄り、わずかにかがみこみ、ささやいた。
「アタシ、いっしょに行こうかしら?」
ランスは首を振った。
「これはアタシの仕事ですもん。おネエさまだって、一人でやったでしょ?」
シルビアはうなずいた。そしてランスの顔の輪郭を指でなぞった。
「ランスちゃん、かっこいいわ。アナタ今、輝いてるわよ?」
ランスは自分の手でシルビアの指をそっと握った。
「ありがと、オネエさま。さ、もう行って。そんなことされたらアタシ、ぐらついちゃうわ」
なんとか笑いながらそう言って握った指を放した。小さくシルビアはうなずいて顔をあげた。
「待たせたわね。行きましょう、イレブンちゃん!」
 イレブンを先頭に、パーティはソルティコ大橋へ向かって歩きだした。
「オネエサマ~ッ!」
ボーイソプラノのその声は、ナカマうちで一番若いレンズだった。
「こまったときはいつでも呼んでね!アタシたち、どこであろうと駆けつけるから!」
シルビアは振り向いた。綺麗にターンで踵を返し、ナカマたちに向かって優雅に両手を広げ、一礼した。スーパースターがフィナーレを終える時の華やかなしぐさだった。
 こんなときでもおまえは気取って、と言いかけてグレイグは口をつぐんだ。もう一度向きを変えて歩きだしたシルビアを見たからだった。
 その唇が震え、意地でつくっていた笑顔が消え、頬には涙が光っていた。

エピローグ:ナイトプライド

 怪鳥の幽谷はもともと荒野を流れる川が作りだした高低差の大きな谷だった。渓谷の流れも、両岸、滝、崖、いくつかある洞くつのようすも大樹の異変前と変わりなく見えた。
 だが、何かが決定的に違う。モンスターの敵意が増し、空気が緊張でぴりぴりしている。
  鳥の声がしない、とイレブンは気付いた。前に来た時は怪鳥系モンスターがうるさいほど鳴き交わしていたのに、今は水のせせらぎが耳についた。男ばかりのパーティは渓谷入り口からツタを頼りに崖上へよじ登った。その間も、谷は不気味な静寂に包まれていた。
「悪魔の騎士はどのへんにいるのだ?」
とグレイグが言った。
「前は見かけませんでした。でも、一番奥にならいるかも」
とイレブンは答えた。一番奥とは、あのシルバーオーブのあったところだった。
 以前の探索のとき覚えた道をたどってイレブンたちは上へと進んでいた。
「先ほどから静かじゃが、どうしたんじゃ、シルビア?」
とロウが尋ねた。
「ヤダ、何でもないのよ。うちの子たち、今頃ソルティコでどうしてるかしらと思って」
ロウはそっとシルビアの背をたたいた。
「ジエーゴ殿を信じることじゃ。まず、心配なかろ」
「あいつらは、なかなかなじんでいるようだったぞ」
とグレイグも言った。
「そうね。わかってるわ」
シルビアが肩をすくめた。
「ひとつ聞くが、先ほどソルティコの橋の近くで会ったベネディクトという老人は誰なのだ?」
話題を変えたいのか、グレイグが尋ねた。
「パパの兄弟子にあたるひとで、奥さまをなくされてから寄宿舎のなかにお住まいだったの。アタシは子供の頃よく遊んでもらったわ。これぞ騎士道、三の誓い、っていうのがあのおじいちゃまの口癖でね。グレイグ、昔アナタも会ってるわよ、ベネディクトさまに」
ふふ、とシルビアは笑った。
「……思い出したぞ。寄宿舎にお年寄りがいたな。騎士の心得を若い門下生に説いておられた」
「アナタ、あのころデルカダールから来たばかりだったから、十四?十三?」
「十三だ。お前は十か。お互い子供だったな」
ソルティココンビは、なつかしそうに思い出話をしていた。
 崖の上の道を進んでいくと、岩だらけの場所に出た。イレブンは思わずきょろきょろした。
「このあたりでプラチナ鉱石が採れたんじゃないかな。おじいさま、ぼく、素材を取りに行ってきます」
「一人じゃ危ないぞ?」
すぐ戻ります、と言ってイレブンは岩陰を巡った。鉱石が露出している部分が見えてきた。視界の隅で、金属が反射した。
 いきなり目の前に何かが頭を突きだした。全身を重そうな鎧で覆った騎士に見えた。
「悪魔の騎士だ!」
「出たか!」
ロウが後ろから走ってくるのが分かった。
 悪魔の騎士も驚いたのだろう、後ろから二体が駆け付けた。うち一体は、その身にゾーンの青い炎をまとわりつかせていた。
「イレブンや、ゾーンのほうからやるぞい!」
「はい!」
イレブンは抜刀した。ゾーン状態のモンスターが二体に増えると、モンスター連携を使ってくる恐れがある。先にゾーンのモンスターを狙うというのは、老練なロウらしい判断だった。
 イレブンはハヤブサ斬りを選んだ。が、思ったほどのダメージが出なかった。
「仕方ない、ゾーンのために守備力が上がっとるんじゃろう」
ロウは氷の杖をかざした。魔法でできた氷塊が悪魔の騎士の上に降りそそいだ。
 三体の悪魔の騎士が動き出した。攻撃がイレブンに集中した。ロウがあわてて回復技を使うほどの削られ方だった。
「もうグレイグたちが追いつく!辛抱じゃ、イレブン」
「大丈夫」
とイレブンは答えた。
「ぼくも、ゾーンに入ります」
視界の隅が青く揺らぎ始めた。悪魔の騎士のうち一体が戦斧を掲げて気合を入れた。うっとロウがうめいた。ラリホーだった。
「よくも、おじいさまを」
そうつぶやいたとき、イレブンの右側に薄紫の柔らかなショートブーツの先が現れ、軽くとん、と地を踏んだ。
「遅くなったわね、イレブンちゃん」
イレブンの左側に、黒い戦闘用長靴がざくっと地を踏み込んだ。
「すまんな、昔話につい興じていた」
イレブンは振り向いた。シルビアとグレイグは、ゾーンの陽炎で青く染まっていた。
 シルビアは細身の長剣を抜き、眼前に掲げた。騎士たちが戦いを前にして行う伝統的なしぐさで、剣の柄を持って顎の高さに保持し、まっすぐに白刃を立てる。刃の向こうのシルビアはウィンクしていた。開いている目は楽し気に煌めき、自信満々に軽く顎をあげていた。
 一方、グレイグも抜刀し眼前に剣を掲げていたが、顎を深く引き、油断を怠らないようすで前方を睨み据えていた。
「騎士と言えば、守りだな」
 ふたふりの剣が空中で交差して、金属音をたてた。グレイグとシルビアは、背中合わせに立った。
「ア~ラ、チカラも必要よ?」
シルビアの眉が上がった。余裕の表情は影を潜め、あからさまな闘志がとってかわった。二人は頭上から光り輝く剣を振り下ろした。それぞれの肩の高さに並んだ剣の切っ先は光の奔流を噴き出した。
「守備力二段階強化、武器ガード、盾ガード共に100%」
「攻撃力二段階強化、素早さ、きようさアップ」
二筋の光はまっすぐに勇者へ向かった。
 イレブンは自分の剣を立ててほとばしる光を受けた。みるみるうちに剣が黄金の色に染まっていく。気合を入れて、イレブンは頭上へ剣を振り上げた。
「発動、ナイトプライド!」
あまりにも巨大なそのエネルギーは周辺の土塊、岩盤を竜巻のように巻き上げていった。