ナイトプライド 3.黙って作業できないのか?

 世にもにぎやかなパレードがプワチャット地方の平原を練り歩いていく。グレイグは苦々しい思いをしていた。行軍というものは、もっと厳粛に行うべきだと思っている。だが、イレブンはもとより、ロウでさえ賛成してくれそうにないことはわかっていた。
「俺の頭が固いのか……」
グレイグの逡巡にはまったくかかわりのないところでマンドリンをかき鳴らし、縦笛を吹き、小太鼓をたたいてパレードは進んでいった。
 時々土地の住人らしい人々が足を止め、何事か、という顔つきでこちらをのぞいていた。
「はぁ~い、シルビアの世助けパレードよっ!」
神輿の上のシルビアが呼びかけ、先頭のイレブンが手を振る。手を振り返してくれる者、おっかなびっくりで隠れる者、さまざまだった。どちらかというと子供や若者のほうが好意的で、笑顔を向けてきた。
 その子供も、そんな一人か、と最初は思った。
 まだ小さな男の子で、この地方の村人の子が着る簡素なチュニックを身に着けていた。男の子はパレードを見ると岩陰から出て嬉しそうに近づいてきた。
「わ~っ!ハネの人たち楽しそうに何してるだ?」
ハネの人を代表してシルビアが答えた。
「あら~!アタシたち、さらわれた村人を助けるために悪い魔物ちゃんをやっつけに行くのよ」
 グレイグには思い当たるところがあった。膝をついて子供と目線を合わせた。
「……ボウズ。お前はもしや、バハトラの息子チェロンではないか?」
その子供、チェロンはこっくりとうなずいた。
「さらわれたワケではなかったのか……。どうしてこんな危ないところに。お父さんが心配していたぞ」
チェロンは、うつむいた。訥々と説明するところによると、魔物が持ち去ったペンダントを取り返して父のバハトラへ渡そうと思い、魔物を追いかけてここまで来た、ということらしかった。
 グレイグは一度帰らせようとした。このあたりは大の大人でも凶暴化したモンスターに襲われる危険があるというのに、無防備な子供一人では危な過ぎた。
「イヤだ!みんなが行くならオラも行く!母ちゃんのペンダント取り返すまで村には絶対帰らないだ!」
チェロンは思いのほか頑固だった。
 シルビアが口をはさんだ。
「連れていってあげましょうよ」
じろ、とグレイグはにらんだ。
「無責任なことを言うな」
シルビアは肩をすくめた。
「そろそろ日暮れよ?アタシたち、今晩はキャンプしなくちゃならないわ。チェロンちゃんも一緒に泊めて、明日送り返しても遅くないでしょ?」
プチャラオ村を出てきたのが昼過ぎなので、たしかにそろそろ今夜の宿を決めなくてはならない時刻だった。ふむ、とグレイグはつぶやいた。
「夜道を一人で行かせるよりはましか。しかたなかろう。お前が責任をもってチェロンを守るのだぞ?」
「まっかせて~」
パレードボーイズは、さっさとチェロンをひきとってちやほやし始めた。
「ボク、かわいいのねぇ」
「いっしょにキャンプしようねっ」
うんっ、と返事をしてチェロンも楽しそうだった。
「オラ、父ちゃんといっしょにこのへんまで来たことがあるから、水場知ってる。ハネの人たちに教えるだ!」
「もー、素直ないい子なんだから」
 チェロンの言う通り、街道を外れて少し行くと女神像があり、その足もとに焚き火のあとが見つかった。
 世助けパレードのキャンプは、思ったよりてきぱき進んだ。グレイグ自身、軍隊時代に何度も野営を経験しているので率先して動いたが、テントを設営する、薪を用意して火を熾す、水を汲んでくる、料理をつくる……何をするにも人出が多いのはありがたかった。
「みんなけっこうキャンプ慣れしてますね」
仕事の合間にイレブンが言った。
 グレイグは認めざるを得なかった。思ったより彼らはよく動いた。
「しかしだな、あいつらは黙って作業すると、死ぬのか?」
苦虫を噛み潰したような口調になってしまうのは仕方がない。イレブンは苦笑を返すだけだった。
 二人三人と寄り集まって、ひっきりなしに彼らはしゃべりまくる。こんなうるさいキャンプは初めてだとグレイグは思った。
 一番にぎやかなのは食事当番のシルビアで、派手なフリル付きのエプロンを着こんで取り巻きの少年たちときゃあきゃあ騒ぎながら鍋で何か作っていた。
「ここでもうひと味欲しいとこよねえ」
ツンツンと逆立った茶髪の若者がお玉から小皿にとって味見した。
「これなら……オネエさま、アタシ昼間この近くで、味付けに使える香草を見たの。場所もわかるから取りに行くわ?」
「もう暗くなるわよ、エミールちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
赤茶色の髪を短く切った若者が声をかけた。
「アタシ、いっしょに行ったげる」
「助かるわ、マルクちゃん」
エミールとマルクは星の目立ち始めた空の下へいそいそと出て行った。
 テントの中を整えていたロウが焚き火のそばに出てきた。
「おや、チェロンはどこじゃ?」
とロウは言った。
「今夜は冷えそうでな。綿入れを出してきたんじゃ」
「ロウさまの上着では、チェロンには大きすぎましょう」
ロウは、ふぉっふぉと笑った。
「実はのう、イレブンのために昔、姫が縫ってくれたんじゃ、裁縫の修行を兼ねてな。巡り合ったときには、イレブンはワシより大きくなっておったが」
「姫さまが……そうですか」
ロウが手にしている子供用の綿入れはかわいらしい色合いで、ロウとマルティナの二人が小さなイレブンを思い、愛情をこめて作ったらしいことが見て取れた。
「チェロンが気に入って着てくれればいいんじゃがな。あの子は良い子じゃ。父上を見返すために子供ながらひとりでやってきたとはなんと健気なんじゃ……わしは感動したぞい!」
ロウはチェロンに、同じくらいの年のイレブンを重ねているのだろうとグレイグは思った。
「おじいさま!」
声をかけたのは大人のイレブンだった。
「本当に、チェロンがいません」
グレイグたちはあわててふりむいた。イレブンはこわばった顔をしていた。
「エミールたちにくっついて行ってしまったらしいです」
 イレブンの背後ではシルビアがエプロンをむしりとっていた。
「捜しに行くわ!」
グレイグたちも立ち上がった。
「やみくもに探しても、迷子が増えるだけだぞ」
あたりはすっかり暗くなっていた。
「そうね……、ロウちゃん、イレブンちゃん、お留守番頼んでいい?」
 シルビアのまわりでパレードボーイズが心配そうに手を握りしめていた。
「みんな、ボスがいてくれるから大丈夫よ?ここで待ってて。アタシとグレイグで手分けして探してみる」
「オネエさま、お気をつけて」
 キャンプを一歩出ると、焚き火の火を移した松明しか光源はない。真っ暗闇だった。グレイグがプチャラオ村方面、シルビアが海岸方面へ行くことになった。
「チェロンちゃんがエミールちゃんたちにくっついているなら、そんなに遠くへ行くはずがないわ」
「同感だ。互いに二百歩進んだらキャンプ目指して引き返そう。それから別の方面を探すぞ」
「了解」
短くシルビアは答えた。眉根を寄せ、ぎり、と奥歯を食いしばる。松明の光の下、いつものおちゃらけた表情が別人のように引き締まった。真顔になったシルビアにグレイグの視線は吸い寄せられた。またしてもその横顔が、強烈に記憶を刺激した。だが何か思い出す前にシルビアの姿は闇の中へ溶けていった。

 松明を高く掲げ、チェロンの名を呼びながらグレイグは歩いていた。グレイグの歩いているところはプワチャット地方を縦断する街道だった。街道になっているところは、雑草で覆われるのを防ぐために小石が敷き詰めてある。靴裏に小石の感触を確かめながらグレイグは進んだ。
「おーい、チェロン、どこだ?!」
街道の両脇は灌木のある草原になっていた。グレイグが叫んだ時、草原で何かが動いた。グレイグは立ち止まってそちらへ松明を向けた。
 闇の中に光るものがあった。とっさにグレイグは松明を持ち替えて剣を抜いた。走りだそうとしてグレイグは、逆に息を殺した。
 何か聞こえてくる。かすかだが子供の悲鳴、金属の、いや、刃のぶつかりあう音。気配を殺してグレイグはそっと接近した。
 近づくにつれ、光の正体がわかってきた。黄緑色に輝く一つ目のランタンの化け物、カーニバライトが二体浮遊している。カーニバライトをお供にしているのは、緑の大太鼓を腹につるした真っ赤な精霊、ドンガラドンだった。
 ドンガラドンの前に短髪の若者が、短剣を構えてけわしい表情で立ちはだかっている。たしかシルビアは彼のことをマルクと呼んでいた。マルクの後ろにはエミールがうずくまっていた。体の前に片手をつき、もう片方の手で苦しそうに脇腹をかばっている。かなりのダメージを受けたらしい。
 立っているマルクもパレードの衣装がところどころ裂けて血が滲み、呼吸が荒くなっていた。
 後ろのエミールの肩に、おびえきったチェロンがつかまっていた。エミールはチェロンに強くささやいた。
「逃げるのよ、チェロンちゃん!」
「ハネのお兄さんたちを置いて行かれないだよ!」
からかうようにカーニバライトが一体寄ってきた。マルクがそちらにむかって短剣を振り上げた。ドンガラドンの口が笑いの形に裂けた。モンスターはマルクの死角から襲い掛かった。
「マルクちゃん!」
エミールが叫ぶ。ふりむいたマルクが青くなった。あわてて向きを変えようとして足がもつれた。ドンガラドンの手にした黄色いバチがマルクに振り下ろされようとした。
 大剣の刃がバチを跳ね上げ、その勢いで先端を切り飛ばした。
「さがれ、モンスター!」
グレイグの大声に気圧されて、ドンガラドンとカーニバライトが後退した。
 片手で下段正面に大剣を構え、グレイグは立ちはだかった。背後からエミールの声が聞こえた。
「グレイグちゃん……」
あえぐようにエミールが言った。
「嫌われてる、って思ってた」
「……趣味が合わないのは認める。だが、勇敢な若者たちを、ましてやケガ人を見捨てては騎士の名折れだ!」
「おじちゃん、すげえだな、ありがとうな!」
チェロンも無事のようだった。グレイグはモンスターを見据えたまま声をかけた。
「マルク、動けるか?松明を受け取ってくれ」
カーニバライトはこちらを幻惑するかのようにふわふわと動き始めた。マルクらしい手がグレイグの手から松明を抜き取った。小声で、ありがと、とささやかれた。グレイグは改めて両手で大剣を握りなおした。
「おまえたちは隠れていろ。あとで俺が、きっとパレードに合流させてやる!」
バチを失って太鼓をたたけず、仲間を呼べないドンガラドンは、とりあえず無視。カーニバライトだけを狙う。グレイグは狙いを定めて突きの体勢に入った。表情の読めない一つ目をぱちくりさせて、カーニバライトがつぶやいた。
「メラミ……」

 マルクがチェロンを、グレイグがエミールを支えてキャンプに戻ったのは、それからしばらくのことだった。
 迷子捜索隊が帰っては来ないかと、ミシェルはずっとキャンプの端に立って闇を透かし見ていた。闇の中からかすかな声が聞こえてきたのは、月も中天にさしかかったころだった。
「最初“大将”とか“アニキ”とかって言ったのよ」
声はかすれ、切れ切れだったが、聞き覚えがあった。行方不明になっているエミールの声にまちがいなかった。
「そしたら、メッてされちゃった。……オトメになんてこと言うのって……。だから……“アネキ”に……したの」
「おい、寝るな。意識を保て。話を続けるんだ。それで?シルビアは“アネキ”になったのか?」
太い声が励ました。あれはグレイグさんだわとミシェルは気付いた。
「……ほんとはアネキとかアネゴって呼びたいけど、ほら、オトメでしょ?だから“オネエさま” ……」
くすくすと笑う声が重なった。あれはマルク、とミシェルは思った。
「なんと、“オネエさま”とは兄貴の謂か……よし、もう少しだぞ」
草をかき分ける音がした。ミシェルの目にも、戻ってきた四人が見えてきた。
「オネエさま!みんなっ!」
キャンプ中に響けとミシェルは叫んだ。
「帰ってきたわよー!!!」
イレブン、シルビアをはじめ、みな声を上げて集まってきた。
「よかったーっ!」
「まあ、ケガしてるのね?早くテントへ」
「チェロンちゃああああん!無事でよかったわっ」
ナカマを取り戻したパレードボーイズは、叫ぶわ笑うわ泣くわしゃべるわでひどく騒がしかった。
「待て待て、回復呪文をかけてあるが、まだ体力は戻ってないはずだ。エミール、何か食って、傷は薬草を煎じた煮汁で洗っておけ。マルクもだ」
グレイグがそう言わなかったら、エミールたちはナカマにもみくちゃにされていただろう。
 ふとシルビアが真顔になった。
「グレイグ、アナタ回復魔法が使える……のね」
「必要に駆られて覚えたのだが、本職の僧侶ほどではない。あくまで応急処置だ」
あっさりグレイグはそう言った。
「ちょっと意外だったわ」
さすがに疲れたらしく、グレイグはどっかりと焚き火のそばに座り込んだ。
「まあ、俺に魔法は似合わんからな。同僚や部下にも不思議がられるぞ。なんでMPがあるのだと聞かれる」
 グレイグの持つMPは親譲りだとシルビアからミシェルは聞いたことがある。だが、それは旅芸人とそのナカマが知っているはずのない情報だった。
「アラ、ごめんなさい、けなしたんじゃないのよ。お礼を言おうと思ったの。アタシのナカマたちがお世話になったわ。ありがと、グレイグ」
うつむいているグレイグの口元がほころんだ。グレイグは大きな手で自分の首筋を強くもみほぐした。
「お前は、俺にだけはちゃんをつけないのだな」
「なんですって?」
とシルビアが聞き返した。グレイグが顔を上げた。
「誰にでも、たとえ相手が勇者でも魔物でも、名前にちゃん付けするくせに、俺だけはグレイグと呼ぶなと思っただけだ」
ミシェルの心臓が跳ね上がった。グレイグは、昔同じように名前を呼んだ、年下の兄弟子を覚えているのだろうか。いざとなったら飛びだそうとミシェルは心を決めた。
 ふふっとシルビアが笑った。自分の膝に肘をつき、手の甲にあごを乗せて隣に座っているグレイグの顔をのぞきこんだ。
「お望みなら、ちゃん付けで呼んじゃうわよ、グレイグちゃん?」
グレイグが渋い顔になった。
「やめろ。冗談じゃない、それだけはやめろ」
 グレイグの表情が変わった。
「おまえは、不思議な匂いがするな。花の香か?」
一瞬シルビアが目を丸くした。
「……ああ、髪を整えるのに使っているオイルね。旅芸人のたしなみよ。どんな時でも人に見られてるって思わなきゃ」
シルビアの方が、度胸がいい。ミシェルは胸をなでおろした。
「そういうものか?まあいい。そのオイルの匂い、昔どこかでかいだことがあるような気がしただけだ」
「それほど珍しいものじゃないのよ。デルカダールのお役人か兵隊さんにオシャレな人がいて、こういうのを使っていたんじゃないかしら」
「まあ、俺も多少は嗜むし、ホメロスもいい匂いがした」
グレイグは首を振った。
「そう言えばチェロンはどうした?」
「あの子はロウちゃんからちょっと怒られて、しゅんとしたところをみんなして慰めて、あったかいご飯を食べてたわ。もうテントで寝てるでしょ」
「そうか。だいぶ冷えてきたな。俺も休むとするか」
グレイグがそう言ったとたん、さっとシルビアは羽扇を開き、その陰からミシェルに呼びかけた。
「一名様、ご案内よん?」
「は~い、オネエさま!」
一番大きなテントへグレイグを連れていき、ナカマをそそのかして全員で周りをかためてしまおうとミシェルは決めた。こんなにドキドキさせてくれちゃって、ひと晩中重くて動けない目に会えばいい!それにたぶん、そのほうがあったかい、とミシェルは思った。