ナイトプライド 2.騎士気取りの軟弱者

 さきほどロウはチラシでも見たのだろうと言ったが、それだけにしては妙に印象的だった。当のシルビアに聞いてみようとしたが、武器でもある二枚扇をちょうどシルビアはしゃなりとしたしぐさで顔の前に広げたところだった。
「おい、お前」
 いきなりパレードの踊り手の一人が飛び出して来た。
「こちらのおじさまもステキじゃな~い?ねっ、みんな」
なんだと!とつぶやいてグレイグは一歩引いた。
 言い出したのは、明るい金髪を長めに伸ばした、やや垂れ目ぎみの若い男だった。派手な衣装に大げさなしぐさできゃっきゃっとはしゃいでいる。あっというまにグレイグは熱いまなざしのパレードボーイズに囲まれてしまった。
「すっごい筋肉!」
「これだけおっきいとハネも映えるわよ~!」
「うふ、胸囲計らせてね?」
「いや~ん、メジャー足りないかも」
アルマンたちがさっそくいじりにかかる。グレイグはもみくちゃにされていた。
「今日はそんなもんにしておきましょ」
そう宣言してシルビアは、さきほどの神輿のステージに飛び乗った。
「さ!今からイレブンちゃんがアタシたちチーム世助けパレードのボスよ!」
シルビアは片手を腰に、片手を前に、号令をかけた。
「みんな、イレブンちゃんにつづけ~っ!!」
華やかな音楽が沸き起こった。シルビアをのせた神輿が動き出した。その先頭でイレブンが楽しそうに踊っている。それを一番後ろで眺めながら、グレイグはぼろぼろになっていた。

 シルビアは扇で口元を隠しながら、傍らの若者に話しかけた。
「さっきはありがとね、ミシェルちゃん」
ミシェルと呼ばれたのは、さきほどグレイグを阻止した金髪垂れ目だった。
 ミシェルはさっと視線を背後へ投げた。誰も聞いていないことを確認すると、グレイグの前ではことさら軽い性格を装っていたミシェルがふと真顔になった。
「じゃ坊ちゃん、本当にあの人は、あのグレイグさんなんですね?」
シルビアはまぶたを半分伏せ、長いまつ毛の下で眼を光らせた。
「ミシェルちゃんたら、メッ」
「……アラごめんなさい、オネエさま」
 こほん、とシルビアは咳払いをした。
「そうよ、グレイグなのよ。あの鈍感にはアタシが誰だかわからない、と思いたいけど、ダメかしら?」
「ダメですってば。あのようすじゃグレイグちゃん、半分思い出しかけてますわん」
「ユグノアじゃニアミスだったし、命の大樹の時はうまいこと気づかれなかったんだけどねぇ。アタシ、家を出て旅芸人になったときに、これで生まれ変わったと思ったわ。ソルティコで過ごした日々はもう前世のことってね」
言葉をきってシルビアはためいきをついた。
「でも、現にグレイグがいる。どうしよう、アタシ、せっかく自由になったのに」
シルビアは憂い顔だった。子供の頃から見慣れているのだが、ときおりどきりとするほどこの人の横顔は美しいとミシェルは思う。
「オネエさまらしくもない。ほらっ、ステージスマイルを忘れると、地がでちゃうわ?」
「アラ、たいへん」
シルビアは両手でほほをはさんだ。
「そう、過去のこだわりなんてステージじゃ何の役にも立ちゃしないのよ。気を取り直していきましょうか!」
「アタシはいつでもオネエさまの味方よ?」
ミシェルが言うと、シルビアはいつもの表情で笑った。
「ミシェルちゃんたらいい子なんだから!さて、そろそろプチャラオ村ね」
派手なパレードは村に続く細道を上がっていった。

 ドラム担当のクロードがミシェルに近寄ってきた。
「ミシェルちゃん、オネエさまと何をお話してたの?」
ミシェルは肩をすくめた。
「ダ・メ。アタシから聞きだせると思わないでちょうだい」
ひっど~い、と騒ぐナカマにミシェルは笑いかけた。
「ねえ、アタシとクロードちゃんの仲だもの、アタシのナイショごとならうちあけるわ?でもね、これはオネエさまの秘密なの。ひとには言えないのよ。わかって?」
クロードは肩をすくめた。
「この子ったらもう、そういうとこ固いんだから!」

 村の入り口にやってくると、シルビアは神輿から飛び降りて片手を高く上げた。
「ハ~イ!プチャラオ村にとうちゃ~くっ!」
 シルビアの声に応えたのは、陰鬱な静寂だった。グレイグはあたりを見回した。人がいない。昔のプチャラオ村は、集まってしゃべる人、しつこい客引き、屋台の物売り、観光客等々、とにかくにぎやかな村だったと聞いているが、赤い提灯を張り巡らせた石畳の広場は、ひと気がほとんどなかった。
「あら……。やっぱりこの村もドンヨリした空気に包まれているわね……」
シルビアは肩をすくめてそう言った。
 バハトラは押し黙っていたが、イレブンたちに向かって深々と頭を下げた。
「……それじゃあ、オラはここで失礼するだ。ここまで世話になったな。ありがとうよ」
そう言うと村の上の方に続く階段をさっさと上がっていってしまった。
 グレイグはつぶやいた。
「あの男、ひとりであんな遠くまで行っていたとは、何かワケがありそうだな。村の悲壮なようすとも関係があるのかもしれぬ」
「ウフフ……そういうことならアタシたち世助けパレードの出番ねっ!」
くるりと振り向くとシルビアは人さし指で宙をびしっと指した。
「まずはこの村で何が起こっているのかを調べましょ!さあ村のみんなを笑顔にするわよ~っ!」
は~いっ、まかせてっ、がんばりますっ、のようなにぎやかなリアクションが返ってきた。片手を優雅に額にあて、思い入れたっぷりにシルビアは村を指した。
「聞き込み~……はじめっ!!」
お祭り軍団を引き連れ、楽しそうにスキップしながらシルビアはプチャラオ村に入っていった。

 グレイグの目の前でシルビア麾下のパレードボーイズがプチャラオ村中に散っていった。グレイグはなんともいたたまれない気分だった。
 異変前、軍が派遣された先で部下たちに情報を集めさせた経験ならグレイグにもあった。もっとも、それに関してはホメロス隊のほうが、手際がよかった。
 グレイグ隊にしてもホメロス隊にしても、兵士にはきちんと訓練を施していた。特に外国で一般市民に話しかけるときは、礼儀正しく挨拶し、威圧感を与えず、友好的にふるまい、情報の自発的な提供をうけるべし、と。
――これは、何なんだ!
「は~い、お姉さん美人さんね!」
「このドンヨリした空気、たまんないわよねぇ。さ、ぱーっと踊って吹っ飛ばしましょ?」
たしかアルマンとレオンと自己紹介した二人だった。非日常的なまでに派手なかっこうの二人組に話しかけられた女性は、目を白黒させた。
「あなたたち、旅芸人なの?怒涛のように村に押し入ってきたけど、今取り込み中なのよ。またにしてちょうだい」
「そんなこと言わずにぃ!」
最初怒っていた女性は、警戒するような目つきになった。
「まさか魔王の手下じゃないわよね……?」
「お困りごとなら、アタシたち世助けパレードに話してみない?」
「話すだけでも気が軽くなるものよ~?」
若い女はアルマンたちをにらんだ。
「他人事だと思って……」
「そうよ?他人事ですもん」
さらっとアルマンが答えた。
「だからいいんじゃな~い。損得勘定抜きで聞いちゃうわ?」
「ガス抜きって大事なことよ~?」
「ねえねえ、魔王の手下ってなあに?」
「何をどう取り込み中なのかしら?」
 おい、とグレイグは傍らのイレブンに話しかけた。
「しつこすぎはしないか、あいつらは?あの若いご婦人を助けに行ったほうがいいのでは」
イレブンが答える前に、ロウが言った。
「いやいや。グレイグよ、よく見てみぃ」
 二人に畳み込まれた女は、呆れ顔になっていた。
「まあ、いいわ。あなたたちに話しても、この村がこれ以上悪いことにはなりそうもないし」
一度話し始めると勢いがつくらしい。ちょっと、聞いてよ!から始まり、雪崩のような勢いで彼女はまくしたてた。アルマンとレオンは、何も意見をはさまずにただ相槌をうっていた。
「アラ、へえ?ま、ほんとう?そんなのって、あら~、ひどいじゃない~い、そうよねえ、あるある~、大変な目にあったのねぇ、うんうん、わかる~」
 にや、とロウは笑った。
「けっこう有能じゃよ、あの二人は」
 グレイグはぽかんとしていた。イレブンがグレイグの服の袖を引っ張った。
「先へ行こうよ、グレイグさん。聞き込みはみんなにまかせたらいい。シルビアを探さないと」
世助けパレード流の聞き込みをまだ横目で眺めながら、グレイグはイレブンたちといっしょに石畳の村の階段を上がっていった。

 バハトラの家はすぐに見つかったし、シルビアもそこに来ていた。だがバハトラはあまり話をしたくなさそうだった。あとから客もやってきた。
 イレブンはグレイグにこっそり耳打ちした。
「あとから来たお客の名はボンサック。プチャラオ村の人ですけど、話は半分ぐらいしか信じてはだめです。けっこういいかげんなこと言うから」
ボンサックは、なるほどぺらぺらとよく口の回る男だった。
「すみません、旅の方」
機嫌の悪いバハトラが自室へ籠ってしまった後、ボンサックはそう言った。
「……バハトラのヤツ、大事にしてた嫁さんに先立たれただけでなく、息子までいなくなって気が立ってるんです」
ボンサックは真顔になった。
「フールフールの話はごぞんじです?大樹が地に落ち、空が闇に包まれた直後のこと。ヤツは魔物の群れを引きつれ現れました」
なさけなさそうにボンサックはうつむいた。
「ワタシたちは逃げることもできずにただ恐怖に打ちふるえました。するとヤツはワタシたちを広場に集めこう言ったのです。オマエたちのいちばん大切なモノを教えろ。その大切なモノだけは助けてやろう……と。おびえたワタシたちはその言葉にすがって大切なモノをあげていったんです。お金、愛する妻や夫、そして子供……」
ボンサックは怒りにまかせて腕をつきだした。
「ところがそれはすべてウソだった!……あの忌々しい魔物はその大切なモノを助けるどころか、逆に奪い去っていったんです!」
シルビアは胸の前で両手を祈りの形に組み、悲し気に首を振った。
「まあ!なんてヒドイことを……!」
シルビアの眉が逆立った。ドンと片足で床を踏み鳴らし、彼は宣言した。
「……ウソつきはいちばん許せないわ!アタシたち世助けパレードがさらわれた村のみんなを助けてあげる!」
「おおっ、ほ、本当ですか?だけどヤツは強くズルがしこいですよ?」
シルビアはちょっと口角を上げた。
「ご心配なく!アタシたちにおまかせあれ!騎士に二言はないっていうでしょ!?」
思わずグレイグはつぶやいた。
「騎士、だと……?」

 プチャラオ村名物の石畳を踏んでミシェルはバハトラの家のそばまでやってきた。ミシェルは村の入り口にいたのだが、先ほどクロードが降りてきて耳打ちしてくれた。
「オネエさまとボスは、魔王の手下をやっつけにいく気らしいわよ!」
ミシェルはうなずいた。この村のさびれ方を見たら、魔王の手下フールフールを憎まずにはいられない。
「じゃ、いつ出発するかって話ね?アタシ、オネエさまに聞いてくるわ」
そう言って上がってきたのだった。
 バハトラの家の前はプチャラオ村によくある小さな石畳の広場だった。勾配のきつい斜面に造られたこの村には大広場など望めない。石畳のスペースの周りに立てられるのはせいぜい三~四軒だった。
 頭上には赤い提灯、家の前には赤い柱、階段は幅広で手すりはやはり赤い。もとが観光メインの村らしく、プチャラオ村の家々はどれも風変わりで綺麗だった。
 ミシェルは石段の最後に達した時、思わず足を止め、赤い手すりに寄って身を隠し、上をうかがった。
――オネエさま?何してるの?
華やかな衣装のシルビアと、いかつい体格のグレイグが、広場の中央でにらみあっていた。その奥にパレードドレスのボスとその祖父、ロウがおろおろとシルビアたちを眺めていた。
「騎士だと?」
グレイグの口調は厳しく、両腕を組んでシルビアをねめつけていた。
「笑わせるな。そのようにチャラチャラした態度で、おまえそれでも騎士のつもりか?」
シルビアは片手を腰に当て、まっすぐにグレイグを見た。ようすをうかがいながらミシェルはどきどきした。
 シルビアは挑戦的な表情だった。半眼閉じて、くいと顎をあげた。
「アラ、そもそも、騎士って何よ?」
落ち着いた声だった。ミシェルは少し安心した。
――オネエさま、がんばれっ!
ステージに立つときのように、腰に両手をあて一歩ごとに肩をゆすりながらシルビアは歩いた。グレイグのすぐ前まで来るとくるりと踵を返し、肩越しにグレイグを見上げた。ヘルメットにつけた羽根がグレイグの顔にバサッとかかった。
「そんなガチガチ頭で、アナタそれでも騎士のつもり?」
グレイグは顔に血の色をのぼらせた。
「俺は!現にデルカダールで将軍職にあり、その前にソルティコで騎士としての修行を極め」
「誰が経歴を聞いたのよ、オバカさんねえ?」
肩をすくめ、シルビアはやれやれと顔を振った。
「もう一回聞くわ?騎士って、何?」
グレイグは、噛みつくような勢いで答えた。
「騎士とは、山のように動かざる民草の守りだ!」
シルビアが呆れたような顔になった。片手にシガーホルダーでも持って煙を吐きだせば、たいそう絵になっただろう。見ているミシェルは、きなくさい雰囲気とは別にわくわくしていた。
 手首をしならせてシルビアは、たたんだ羽扇をいきなりグレイグの首にあて、そのままぐいと顎をあげさせた。
「それだけ?まだまだねえ」
グレイグが硬直した。
「きさま、今何をした?」
呆然としたグレイグが、驚きのあまり平板になった口調でそう言った。扇を引いて、つん、とシルビアは顔を背けた。
 やばいわよ、これ。そう思ってミシェルは手すりの陰から飛び出そうと身構えた。
「待って、グレイグさん」
ボスことイレブンがいいタイミングで割って入った。
「これからフールフールと戦わなくちゃならないんです。いっしょに戦う者どうしでケンカなんかしないでください」
オホホ、と声を上げてシルビアが笑った。
「そうよ、さすがイレブンちゃん。アタシ、先に行ってナカマを集めてくるわね。村の入り口で待ってるわ」
そう言ってすたすた石段を降り始めた。

 プチャラオ村の中を下っていく間、ロウもイレブンも無言だった。グレイグは咳払いをした。
「すまん……」
ロウは肩をすくめた。
「おぬしの気持ちも、わからないではないがな」
いや、その、とグレイグはつぶやいた。
「その、シルビアという者の態度や口調には賛成しかねるところは多々ありますが、そのことではないのです」
「というと?」
見上げるイレブンの目は無邪気だった。
「口幅ったいようだが、俺もずっと戦いを生業としてきた男だ。一人前の騎士になってからこちら、あの距離であのような打ち込みを受けて避けられなかったことは、今までなかった」
「シルビアは打ちこみなんかしましたっけ?」
「やつの羽扇が短剣であったなら、俺は喉を斬り裂かれて死んでいた」
先ほどシルビアに、たたんだ羽扇を首にあてられたときのことだった。
「それから、さきほどあいつがすぐそばへ来た時、何か不思議な花の香りがしたのだ。イレブン、もう一度聞くがあいつは何者だ?あいつは俺に何をしたのだ?」
 イレブンはちょっと笑った。
「シルビアは世界を笑顔にしようとしているスケールの大きな旅芸人です。さっきシルビアは、あなたを油断させたんだと思う」
「油断だと?」
「すっかり侮っていたでしょう?騎士気取りの軟弱者、って」
グレイグは返事に窮した。
「……守りを固めるだけでは騎士として未熟。不意に打ちこまれれば隙を突かれて滅びる。あの男はそう答えたのか」
「そこまで言ったかどうかはわかりませんけど」
とイレブンは答えた。
「シルビアはとても侠気(おとこぎ)のある人です、そう言われるのは、本人は不本意かもしれませんが。弱い者が一生懸命努力する姿が好きで、強くなれるように援助を惜しみません」
「弱い者とは?」
イレブンは苦笑した。
「サマディーの王子さまなんですが、ぼくのことでもあります。それにシルビアはとても頼りになるパーティメンバーです。もうすぐ確かめられると思います」
グレイグは思わず聞き返した。
「あいつは本当に魔王の手下と戦うつもりなのか?あの……騒がしいやつらもつれて?」
イレブンは逆に驚いた顔になった。
「だと言っていましたよ?何か問題でも」
グレイグは考え込んだ。
「正直言って、本人たちがその気なら何も問題ない」
自分も含め、本当の騎士であれば、王からの命令なしに戦うのは私闘であり、場合によっては叱責の対象となる。
「……彼らは自由に戦うのか」
少々うらやましいと思った。