妖精たちのポルカ 5.アタイのけじめ

「なんですと!」
全員が腰を浮かせた。
 いやいや、とギリアムはてのひらを胸の高さへ上げた。
「盗まれたものありません。資材管理部にはもともと金目のものは置いていないのです」
校長の目が油断なく光った。
「昨日お預けした予備の制服とリボンは無事ですかな?」
一瞬パーティのなかに緊張が走った。
「無事です。ひとつもなくなっていません」
いくつものため息がもれた。
 メダル校長は椅子に座りなおした。
「さらに厳重な管理をお願いしますぞ、ギリアム君。それからお手数だが、グレース先生に明日、抜き打ちの服装検査をしていただきたいと伝えてもらえますかな?今持っているリボンを、生徒全員に提出させたいと申し上げてください」
わかりました、と言ってギリアムは校長室を離れた。
「相手も必死だね」
とイレブンがつぶやいた。
 メダル校長は真顔でパーティを見回した。
「これでかなりはっきりすると思いますな!」
そのとおり、とロウが言った。
「明日服装検査を行えば、明後日にはリボンをつけていない生徒が一人はいるはずじゃ!」
それが一番早いかもしれない、とマルティナは思った。インタビュー方式では、らちが明かないだろう。
 話が終わったあと、パーティは校長室を出た。校長室と呼ばれているが、メダル校長がいるのは校舎の中央ホールの真ん中の濠と円形花壇に囲まれた一軒家である。校長の自宅でもあった。
 シルビアを含めた男性陣はこの自宅の二階にある客用寝室を提供されていた。マルティナ以下女性メンバーは寄宿舎内の空き室だった。
 お休みの挨拶をしてマルティナは、ラムダ姉妹といっしょに中央ホールを歩き出した。吹き抜けなので、二階のガラス窓から月の光が射していた。
 寄宿舎に続く扉の前に、誰か立っていた。メダ女教員のガウンをつけた年配の女性、グレース副校長だった。
「あら、皆さん、ごきげんよう」
「こんばんは、グレース先生」
「服装検査の件、うかがいました」
とグレース先生は言った。
「生活指導のマリンヌ先生にお話を通しておきました」
「ありがとうございます」
 昼間生徒たちと話をした感じでは、グレース先生はかなり厳しい部類の教師であるらしかった。だが、パーティに接する時はむしろ思いやりのある優しい雰囲気だった。
「あの、マルティナさんにひとつお願いがあるのですが、今聞いていただけますか?」
控えめな口調でグレース先生が言い出した。
「なんでしょうか?」
「先日図書館の本を整理していたら古い本の中に1冊の日記帳を見つけました。おそらく卒業生が残した日記なのですが最後のページに書かれていた不思議な伝言がどうにも気になって仕方がないのです。……マルティナさん、もしよろしければ日記に書かれた不思議な伝言についてちょっとした調べものを頼めないかしら?」
「そうですね……」
ちらっとベロニカたちの方を見た。
「そのくらいなら、仕事の合間にできるんじゃない?」
マルティナはうなずいた。
「わかりました先生、やらせていただきます」
月明かりを浴びてグレース先生は微笑んだ。
「どうもありがとう、マルティナさん。さっそくだけど日記の最後にはこんなことが書かれていました……。『私の青春をここに埋めるわ。夕方思い出の木の影がのびる先へ。どうか受け取って、私の親友』。ぐうぜんかもしれないけれどまるで私に宛てた伝言のようで気になって仕事も手につきません……。なんたってわたくしの青春にも校庭に生えたブランコの木の下で親友と語り合った思い出があるんですもの」
美しい月光のせいか、懐かしい思い出のせいか、グレース先生の表情は柔らかく、それでいてせつなそうに見えた。
「先生もこの学校の卒業生ですか?」
ええ、と言ってグレース先生は微笑んだ。
「ですから校庭に行って日記帳の伝言が何をしめしているのか調べてきてください。本当は自分で調べたいけれど、放課後は副校長の仕事が忙しくって見にいくヒマがないの……急なお願いで申し訳ないけれどよろしくお願いしますね」
「明日、調べてみます。明日の夜にでも結果をご報告しますが、それでよろしいですか?」
「ええ、それでけっこうです。寄宿舎の食堂でお待ちしています」
そう言ってグレース先生は会釈し、別れて歩いていった。
「おいくつぐらいなのでしょう、グレース先生って」
後姿を見送ってセーニャがつぶやいた。
「思い出の木のことを話していらしたとき、とても初々しいお顔でした。ここの生徒さんだったころのグレース先生を思わせますわ」
まったく同じことを思っていたマルティナは、ただうなずくだけだった。

 生活指導のマリンヌ先生は、肉感的な唇と情け容赦ない態度を併せ持つ、ベテラン教師だった。
「よいですか皆さん、服装の乱れは心の乱れ。またレディたる者、いついかなる時でも容姿の手入れを怠ってはなりません。肝に銘じるざます!」
マリンヌ先生は、校庭に並んだ生徒たちの前をゆっくり進み、詳細に服装を点検していた。
「ナティ、上着の縁がほつれているなど、もってのほかざます。すぐに直しなさい。メイジー!袖口に朝ご飯の卵がくっついて黄色くなっていますよ。授業前に洗ってらっしゃい。ウキハ、なんたること、リボンがゆがんでいるざます!」
生徒たちは自然に背筋を正した。
「コルトは、よろしいざます。何もかも完璧だわ。イーダ、あなたもすてきだけれど、髪の寝ぐせだけが玉に瑕ね」
閲兵式を終えた将軍のように、威厳をもってマリンヌ先生は振り向いた。
「よろしい。ではみなさん、自分の制服のリボンを外して提出するざます!」
 少女たちはかるくざわめいた。が、マリンヌ先生……厳格なブチュチュンパは有無を言わせなかった。結局、服装検査の最後には、生徒の人数分のリボンが集まった。
「リボンは点検してからお返しするざます。明日は代替のリボンを着用すること。よろしいざますね!?では、解散」
 メダル校長は、生徒たちが引き上げて静かになった校庭でロウに尋ねた。
「これでよろしいですかな」
ふむ、とロウがうなずいた。
「おそらく敵は今日中に誰かのリボンを盗ろうとしてじたばたするでしょうな。警戒を怠らないことです」
ロウはマルティナたちを振り返った。
「みなも、用心してくれ。観察もしっかりとな」
わかりました、と答えて留学生たちも校舎へ向かった。

 現在まで一番疑いの濃いのは、初級の少女、トキだった。二時間目と三時間目の間にセーニャ・ベロニカ組はトキのインタビューに向かった。イレブンが同行していた。
 三人で校舎中央ホールに来ると、ベロニカはちょっとあごを動かして教えた。
「あの子よ」
 思わずイレブンはつぶやいた。
「何をしてるんだろう?」
 ベロニカが指さした少女は、初級の制服を着て帽子を被ったかっこうで、校長室の周りを巡るようにホールをたったっと走っていた。
「見ての通りよ。体力づくりだって」
 トキがこちらへ向かって走ってきた。ベロニカが声をかける前に大声で彼女が叫んだ。
「わあっ!ウワサの本人、ご登場!メダ女史上はじめての客員生徒!それも男の子!わー!すっごーい!」
イレブンはちょっと気恥ずかしくなった。
「そんなにウワサなのかな、ぼくたち?」
「そっりゃもー!じゃねっ」
と言って走り抜けようとする。ちょっと待って、とベロニカが呼び止めた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、待ってくれない?」
「えー?」
貴重なランニング時間なのだが、という顔だった。
 彼女の中に魔王がいるか、と言われたら、イレブンとしては首をかしげざるを得ない。だが、容疑は容疑だった。
「おとといの夜、きみは部屋にいなかったんだって?」
「あー、そのこと……」
トキはちょっとバツの悪そうな顔になった。
「誰に聞いたの?」
「ユーシュカがそう言ってたってウィリアが言ったってキーラが教えてくれたわ」
とベロニカが答えた。
「正直言って伝言ゲームみたいなもんだから、どこまでほんとかなと思ったの。ほんとはどうなの?」
トキは肩をすくめた。
「おとといの夜ね、一度歯を磨いて寝る支度をして、それからわたし確かにお部屋から出ました」
「どうして?」
「自習室に女の子がいるの。その子は夜しか学校に来なくてね。一緒に遊ぼうってわたしに言ったのよ。だから会いにいってあげようと思ってお部屋をこっそりぬけだしたの。だってあの子と約束したんだもん」
イレブンはベロニカの視線を捕らえた。ベロニカは肩をすくめた。
 そのとき、なぜか箒をかかえた、黒髪をポニーテールにした少女がこちらへ向かってきた。上級の生徒のようだった。
「またそんなこと言って。トキちゃんが自習室にご本を忘れた夜は私が一緒に取りにいってあげたでしょ?その時自習室に他の生徒はいなかったわ」
「ええと、きみは」
彼女は明らかに上級の生徒だった。
「ユーシュカよ。このあたりがほこりっぽいのが許せなくて、掃除していたの。夜中に廊下をうろうろしていたトキを連れ戻したのも私なんだけどね。トキの夢遊病って言って、メダ女じゃ有名な話よ」
「その、トキは、自分の部屋がわからなくなったわけじゃないんだね?」
とイレブンは尋ねた。ユーシュカが答える前にトキが言い出した。
「わたし、そこまでおっちょこちょいじゃないですよ。ユーシュカ、わたしやっぱり約束を破りたくないです」
ユーシュカは首を振った。
「きっとあなたはおかしな夢を見たのよ。そんな理由で夜中に学校をうろついちゃダメ。夜はお部屋でおとなしくお眠りなさい」
トキはうなだれた。
 しばらくするとユーシュカはまた箒で掃き始め、トキは走り出した。
「どう思う?」
ベロニカは渋い顔だった。
「有望だったんだけど、これはどうも違うわね。あら」
それまで黙っていたセーニャにベロニカが話しかけた。
「どう?何か感じた?」
セーニャは困ったような顔であたりを見回していた。
「さっき一度、何かいる、という感じがしたんです。でもわからなくなってしまいました……」
「もう、しっかりしなさいよ!」
「ごめんなさい、お姉さま」
セーニャはしょんぼりしていた。
「セーニャ、あんまり頑張りすぎないで」
ついイレブンは声をかけた。
「いつもみたいにおおらかにしていた方がいいよ。何かぴんときたら教えてくれればいいから」
はい、とセーニャは言った。
「あの、私思ったのですが、夜の自習室にしか現れない女の子ってどなたさんでしょう?」
イレブンとベロニカは顔を見合わせた。

 メダル女学園の、蔦の絡まる品のいい校舎は、教室棟と寄宿舎棟に分かれている。寄宿舎棟一階の食堂の窓が開け放たれ、制服の少女たちがほほを染めてきゃあきゃあ言いながら外をのぞいていた。
「イレブンさま~」
「カミュさま~」
「どちらへお出かけですの?」
「お昼をご一緒にいただきませんか?」
 昼休み、カミュはハンナのところへイレブンを連れていこうと、二人で教室を出た。
 髪に櫛を通し、リボンタイを結び上着のボタンを留め、きっちりした制服姿で教科書とノートを小脇に抱えてたイレブンと、タイなし、襟を広げ、袖口をめくりあげたカミュの二人が並んで歩いて行くのはなかなか好対照だった。
 制服を着崩すついでにカミュはいつもの指なしグローブをはめていた。実はジャケットの中にサスペンダーをつけ、右胸に愛用の短剣を装備している。イレブンと二人連れだと完全に優等生と不良に見えるだろうなとカミュは思った。
 イレブンは食堂の前を通りながら片手を上げ、少女たちに向かって軽く振った。
「ごめんなさい、また今度ね」
きゃああああ、とそれだけで盛大な悲鳴があがった。
「あの爽やかなお姿だけで胸がいっぱいですわ」
「ああ、毎日なんて幸せなのでしょう」
「尊くって、めまいがいたしますことよ」
「もういろいろ思いが募りまして、頭痛に歯痛に関節痛、それに、それに」
「みなまでおっしゃらないで。“正直しんどい”でよろしいの」
「ステキなレディ部に眼をつけられなくてよかったですわ」
「さすがに殿方を入部招待はムリですものね」
 そろそろ慣れてきた男子二人は、特に反応せずに歩いていた。
「お前のファンども、熱いな」
両手をズボンのポケットにつっこみ、カミュがつぶやいた。
「何言ってるの。きみのファンのほうが過激じゃないか」
親指でイレブンが背後を指した。一群の少女たちがラブレターを握りしめて木立の陰から熱い視線を送っていた。
「知るかよ」
片手で後頭部をかき、カミュがぼやいた。
「いつまでここに足止め食らうんだ。早く何とかしねえとな」
う~とイレブンはうなった。
「ぼくも限界だ。鍛冶やりたい……。馬でモンスターどつきたい。かぼちゃ蹴飛ばしたい!壺とか樽割りたい!!」
カミュが小さく笑い声をあげた。
「目つきがヤバいぞ、勇者様」
「きみに言われたくないよ」
 校庭の端に立つ大きな樹のところへ二人はやってきた。
「ハンナ、いるか?不思議な鍛冶できるやつ、連れてきたぞ」
樹の後ろから三人の女子が出てきた。
 ハンナは今日も赤い制服に黒いリボンだった。が、ダチ二人は先日と印象が変わっていた。この前はハンナと同じ内巻きヘアで赤制服だったのだが今日は標準の青服になっていた。ただし、カミュ顔負けの崩し方だった。隣でイレブンがぽかんとしていた。
「おい、ハンナ、こいつら何だ?」
ハンナは視線を合わせたくなさそうだった。
「セシルとナンシー。知ってんだろ、ダチだよ」
昨日はアタイのファンだと言っていたが、ダチに変更らしい。
 セシルは痩せぎすでハンナより背が高く、制服のワンピースの裾はくるぶしまであった。その代り袖はボレロごと短くまくり上げている。ウェストに巻いたベルトからごつい金属のチェーンが垂れ下がっていた。髪は濃い茶色で長く、前髪が片目を覆っていた。
 ナンシーはむしろずんぐりした体型で、黒い髪は強く縮れている。ワンピースの裾はかなり短く、ボレロの代わりにレザージャケットを羽織ってなぜか長い棒を抱えていた。
「形から入りすぎだろうよ」
そして二人とも不服そうに腕を組み、こちらをにらみつけていた。
「おまえら、リボンはどこへやった?」
セシルとナンシーは二人とも制服の白いブラウスの襟にリボンを結んでいなかった。
「バカか?」
というのが答えだった。
「今朝マリンヌのばばぁに渡したよ」
「渡したってことは、自分のリボンはあるんだな?」
「アンタ、誰」
ハンナが手で押さえるような格好をした。
「アタイが呼んだアニさんたちだよ。ちょっと話があるから、そっちで待ってな」
ちっとセシルが舌打ちした。
「早くしろよ」
そう言ってセシルとナンシーは行ってしまった。
「おい、ハンナ、友達は選べよ?」
カミュには反応せずにハンナは咳払いをした。
「そっちのアニさんが、不思議な鍛冶をやるんだね?」
「ぼくはイレブン。鍛冶をやるけど、ただの旅人だよ。いったいどうしたの?」
 ハンナはあらためて話し始めた。
「スケバンにとっていちばん大切なことは目をかけてもらった義理ある人にけっして迷惑をかけないことなんだ。それなのにアタイときたらざまあないよ。担任のミチヨ先生が大切にしていた教鞭をうっかり捨てちまうなんてさ」
「ミチヨ先生って、メダル学の?」
ハンナはうなずいた。
「ミチヨ先生は優しく見えるけど怒るとものすごくおっかないんだ。バレたらどんなお仕置きが待ってるか……。新しい教鞭を用意してケジメをつけたくてもあの教鞭はふしぎな鍛冶で作った特注品。スケバンのアタイにはとてもムリさ」
「それでこいつに教鞭を作れっていうわけか」
ハンナはすがるような目をしていた。
「……ねえ旅人のアニさん。アンタふしぎな鍛冶ってのができるんだろ?ミチヨ先生の新しい教鞭にできるような上等のムチをアタイの代わりに作ってくれないかい?」
「作るのはかまわないけど、教鞭のレシピなんて持ってたかな」
ハンナの顔が輝いた。
「作ってくれるんだね、旅人のアニさん!図書館の本を調べてちょうどいいムチのレシピを見つけたんだ。使っとくれ!」
イレブンは渡されたレシピに目を通した。
「女王のムチか。あやかしそうは持ってるし、かがみ石も拾ったのがあるし、あとグリーンアイは購買部で聞けばいいか。うん、なんとかなりそう」
「よかった。じゃ、早いとこ頼むよ、旅人のアニさん。アタイにけじめをつけさせとくれ」
「おまえ、さっさと白状して先生に詫び入れたほうがよくねえか?」
「うるさいねっ、スケバンにはスケバンのやり方があるんだよ。旅人のアニさん、悪いけどせきまえでな!」
+1以上にしろ、装備はするな、と、ハンナの注文は細かかった。
「まためんどうな仕事が来たな」
帰り道、カミュはそう言った。
「そう?久しぶりに鍛冶ができそうで、ぼくはワクワクする。怪鳥の幽谷へ行く途中にキャンプがあったよね。夕ご飯を食べたらそこまで行ってこようかな」
「夜が明けちまうぞ?」
とカミュは言ったが、この相棒がこんな顔をしているときは何をどうしようが抜け出して飛んで行くつもりだということはよく知っていた。

 校長室の前まで戻って来たとき、ベロニカがこちらを見つけてとんできた。
「イレブン、ちょっと来て!おじいちゃんが」
ベロニカがおじいちゃんと呼ぶのはロウのことだった。
「こっちよ!」
ベロニカに連れられてきたのは保健室だった。
 保健室はメダル女学園の寄宿舎の奥にあった。建物の他の部分と同じく、伝統ある女子高らしい、清潔な、センスの良い部屋だった。深緑のリノリウム張りの床の古風な保健室で、窓際に白いカーテンで区切られた二台のベッドが並んでいる。
 ベッドの手前にはルージュ先生のデスクがあり、その反対側は薬棚だった。薬戸棚の横には手洗い台があり、紺の縁取りのある白い琺瑯の洗面器が乗っていた。デスクと棚はどちらもフレンチスタイルのアンティークな調度で、清潔な白木の家具だった。デスクの上には金属の鉗子立てに舌圧子があり、綿球や消毒薬の入ったガラスの角瓶が並んでいた。
「いらっしゃい、かわいい留学生さん」
白衣のルージュ先生が妖艶な微笑みで出迎えてくれた。
「あの、祖父は」
「そちら」
女ざかりのルージュ先生は手前のベッドを指した。イレブンはちょっと驚いた。ベッドのまわりに女子生徒がたくさんいる。青い制服の群がる中にロウが寝かされていた。
「おじいさま!」
イレブンは近寄った。
 見たところ外傷はない。血色はたいへんに良い。そしてロウの表情は苦悶や悲嘆ではなく、むしろ恍惚としていた。
「出血多量で意識がもうろうとしているだけのようね」
ルージュ先生がそう言った。
「出血って、なにがあったんですか?」
 少女たちはもじもじした。
「あの、あたしたち、ロウさまにいろいろ教えを賜りたくて」
「な、何もしていません。ただ、お傍に座らせていただいて」
「メダル学もそうですけど、あの、イレブンさまのことをうかがっていてのです」
「お好みとかお誕生日とか」
「ロウさまはユグノアの名門の方なのだと明かしていただきました」
「ということはイレブンさまも、その、そういう方にありがちなのですが、もう決まったお方がいるのじゃないかしら、と思いまして」
 後ろでベロニカが肩をすくめた。
「イレブン狙いの子たちが、おじいちゃんをちやほやしまくったみたいなの」
彼女の顔にはでかでかと“ったくしょうがないわねっ”と書いてあるようだった。
 ロウは、う、とつぶやいた。
「イレブンか……」
「おじいさま、お気を確かに!」
 薄くロウは目を開いた。どこかうっとりした口調でロウは説明した。
「かわいい女の子たちが、先を争うようにわしへ群がってきたんじゃ。これほどきゃあきゃあ言われるとは若かりしころにもあったかどうか……そして運び込まれた先には白衣の女神がおられたわい……我が人生に悔いなしじゃ……」
イレブンはあわてた。
「そんな、おじいさま、ウルノーガどうするんですかっ」
「すべてはお前に託すぞ、愛する孫よ」
至福の表情を浮かべてロウは目を閉じた。
「お、おじいさまーっ」
 容赦なくベロニカが言った。
「死にゃしないわよ!」
「ええ、鼻血の出し過ぎですからね」
とルージュ先生が言った。