背水の覚悟 4.嘆きの勇者

 デルカダール城潜入作戦は、その日のうちに決行と決まった。ゾンビ軍団が思わぬ負け戦のために混乱しているところを狙うつもりだった。
 王のはからいで、グレイグとイレブンは少し休息を取ってから出発することになった。
 王のテントを出て、グレイグはイレブンに告げた。
「私は時間が来たら砦の外で待っていよう。用意が整ったら来てくれ」
「了解した」
焼きつくような視線とはうらはらの短い返事をしてイレブンは居住区へ姿を消した。
 最後の砦の中は勝ち戦の浮かれ気分からようやく警戒体制へと立ち戻ってきたようだった。グレイグは、二人だけで奇襲をかけると兵士たちに言って留守中の指示を出した。
「俺ぬきで砦を守らせてすまない。どうか王をたのむ」
「……やってみます」
「なんとかなる、いや、なんとかします!」
副官はじめ部下たちは引き受けてくれた。
「それよりグレイグさま、昨夜は一晩中戦場におられたはず。お出かけ前にお休みになってください」
そう言われてグレイグはやっと仮眠をとる気になった。
 仮眠から醒めたとき、出発時間が近づいていた。テントの外は日中だというのに薄暗く、小雨が降っていた。グレイグは黙々と支度をしてひっそりと外へ出た。何気なく目を上げたとき、イレブンを見かけた。そこは砦の中にある大きな樹の傍らだった。
 グレイグは、なんとなく話しかけることをためらった。イレブンはグレイグに気付いていないようだった。小雨のために避難民はテントの中、兵士たちは砦の表側にいて、人影もほとんどなかった。
 イレブンは額を樹の表面におしつけていた。その樹はちょっと変わっていて、樹の幹に奇妙な形の緑の植物が巻き付いていた。イレブンは一度樹から離れた。そして左手の包帯のはしを引いて、ほどき始めた。
 グレイグは息を殺した。イレブンの表情は、強い緊張のためにほとんどこわばっていた。
 むきだしになった左手を、イレブンはおそるおそる樹に近づけた。
 イレブンの呼吸の音さえ聞こえそうな、緊迫した沈黙が続いた。
 何も起こらなかった。
 イレブンの顔がゆがみ、唇がめくれあがって歯ぎしりしそうな表情になった。
 いきなりイレブンはこぶしをつくり、その樹と緑の根にたたきつけた。どしん、という耳障りな音がグレイグの隠れているところまで聞こえた。
「ぼくはもう、諦めてもいいですか、セレン様」
絶望にかすれた声でイレブンはそうささやいた。
 グレイグは顔を背けた。自分と同じくらい絶望している者がいる、とグレイグは思った。が、おそらくイレブンは自分を慰め手として歓迎することはないだろう。
 できるだけ音を立てないように、グレイグはそっとその場を抜けだした。

 小雨の中を重装兵は歩き出した。
――しっかりしないとな。
彼のような末端の兵士ですら、グレイグぬきでモンスターの軍団と戦うのがどういうことかは理解している。気を引き締めなくては。まずは歩哨任務から。バーレルヘルメットをかぶりなおし、マントをつけて兵士は自分の持ち場へ向かった。
 小雨の中、人影はほとんどなかった。と、思った時、居住区の方から誰かがやってきた。濡れるのは気にならないのか諦めているのか、重い足取りだった。
――あれは、勇者さまか。
 グレイグが勇者と盗賊を追いかけたとき、彼はまだグレイグ隊に入っていなかった。だが前夜のゾンビ軍団との戦いには参加していた。そのときの若者の見事な剣さばきと、かなりとげとげしい言動を兵士は覚えていた。
「こんなとこで何してるんだ?」
と、おそるおそる兵士は呼びかけた。彼、イシのイレブンは何も反応しなかった。
「英雄殿は砦の外であんたを待ってるぜ。準備を済ませておちあってくれ」
やっと低い声で、ああ、と返事が返ってきた。
 いくら強くても、二人きりで魔物の巣窟へ潜入する前はやはり緊張するのだろう。砦から送り出す身としてはなんとか励ましたいと兵士は思った。
「危険な戦いになるだろうが、あんたらのその強さなら常闇を生む魔物を討ちたおせるさ、勇者さま」
自分自身がゾンビになったかのように、イレブンはうつむいたままとぼとぼと歩きすぎた。
「オレは信じてるぜ……」
そう付け加えたときだった。イレブンはいきなりふりむいた。
「ヘルメットを取れ!」
必死の形相だった。
「顔を、見せろ!」
今にもつかみかかりそうな勢いでイレブンが迫ってきた。
「ま、まってくれ」
兵士はあわててヘルメットを上からすぽっと抜いた。
 目の前に、愕然としているイレブンの顔があった。
「これでいいか?」
 一瞬、泣きだすのではないかと兵士は思ったが、イレブンは自分を嘲るような辛い笑顔になり、うつむき、言葉を絞りだした。
「悪かった」
兵士はあわてた。
「気にするな。よくあるんだよ。俺たちはメット被ってるから、ときどき知り合いと間違われるんだ。こないだなんか、俺のことを絶対に生き別れた息子だっていうばあちゃんに絡まれちまって」
一度火柱のように噴き上げた気力の炎は消え去った。イレブンは低い声でつぶやいた。
「声が、相棒と」
「そうか、似てたか。誰だか知らねえけど、きっとそいつもあんたのことを応援してると思うぜ。“がんばれ、イレブン!”てな」
 イレブンは重そうな口を開いた。
「もう一回、言ってくれないか」
「え」
――あいつ、強いことはものすごく強ぇけど、謙虚とか気遣いってもんを忘れて生まれてきたんじゃねえか?
ゾンビ師団の襲撃の後、デルカダール三本刀のひとり、イトルが、そう言っていた。
 だが、重装兵のためらいをなんと思ったのか、イレブンは頭を下げた。
「たのむ」
うつむいていたので顔は見えなかったが、小雨に降られ、ずぶぬれのままの彼は、手負いの負け犬のようだった。
 たった一言のために天に届きそうなプライドを打ち捨てて頼み込むのか。そう思って重装兵は驚いたが、とりあえず繰り返した。
「 “がんばれ、イレブン!”。……これでいいのか?」
こくりとうなずき、イレブンは砦の入り口の方へ歩き出した。
「勇者さま、大丈夫かよ」
その姿を見送りながら、自分が間違われた相手に、勇者様はよっぽど会いたかったんだろうなと思った。

 黒雲は低く垂れこめ、相変わらず強い風が吹いていた。小雨はおさまったが、鳥はおろか虫の鳴き声さえ聞こえない。大気の中には緊張が漂っていた。
 グレイグはイレブンと共に、デルカダール城の地下水路入り口のある崖をめざしていた。イレブンは無口だった。
グレイグは出発の時を思い出した。彼の母がただ一人見送りに来ていた。行くなと泣くのかと思ったが、彼女、ペルラは気丈な女性だった。息子を励まし、送り出し、自分、グレイグに対して礼を尽くしていた。
 イレブンは周囲に対して常に敵愾心を燃やしているように見えたが、さすがに母親にだけは、短いながらいってきますと挨拶していたのが印象に残った。
「母上や砦の民のことは心配するな」
二人きりで歩きだしたとき、グレイグはそう言った。
「我が王が約束をたがえることは決してない。命を賭して守ってくださるだろう。我らの使命はデルカダールの丘の崖上にある地下水路への道より城内に侵入し、常闇を生む魔物を討ちたおすこと……」
ペルラには見せなかった表情で、イレブンは一瞥をくれた。
「わかっている」
そう答えて無言で先に立った。
――そしておまえにとっては、俺の口をふさぐこと、か。
 二人はデルカダールのそばの教会へたどりつき、そこから崖を登ることにした。グレイグは蔓をつかんで自分の身体を崖の途中の岩棚へ持ちあげた。先に到達していたイレブンが、空を見上げていた。
「どうした?」
イレブンは何も言わずに身を低くかがめ、空を指した。
 崖ごしにデルカダール城の威容が見えた。城は相変わらず紫色の霞がとりまいていた。頂上近くから何かが跳び出した。先日のゾンビ師団にも加わっていた翼のある鳥型モンスター、エビルビーストのようだった。一頭ではなく、空を覆うほどの大群だった。
「魔物たちが砦の方角に飛んでいく……」
思わずグレイグはつぶやいた。部下たちは、王は、最後の砦は、あれだけの数を撃退できるのか。できることならこのまま最後の砦まで駆け戻りたいと思った。
「戻るか?」
ぽつりとイレブンが言った。彼にとってもあのモンスターの群れは母親と幼馴染の少女、故郷そのものを襲おうとしている敵だった。
 焦りをなんとか納めて、ようやくグレイグは言った。
「我々にできるのは信じることだけだ。グズグズしてるヒマはない。先を急ぐぞ」
そう言って崖に取りつき、登り始めた。
「けっこう冷たいんだな」
という皮肉めいた声が背後から追いかけてきた。

 地下水道の出入り口から城内へ入るルートは荒れ果てていた。壁の松明が叩き落されているのでかなり暗かった。水は絶え間なく流れているが、どぶくさい臭いが鼻をついた。
「ひどくやられたようだな」
そうつぶやくと、イレブンが答えた。
「ぼくが知る限り、こんなものだ。あなたはこの城で育ったのだろう?」
グレイグは言葉に詰まった。
「……幼少期からここで育ったのは確かだが、こんなところまで降りてきたのは数えるほどだからな」
イレブンは何も言わずに先に立った。
 地下水路にもその上の地下牢にもモンスターは大量にいた。それらをやりすごし、時には力づくで排除してグレイグたちは先へ進んだ。
 そういう時のイレブンは物も言わずに二刀を振るい、あっというまに片づけてくれる。だが歩いているときは、口を開けばとげとげしく、含みのある言葉ばかり出てきた。
 たびたびグレイグは、むっとした。だが、怒りに駆られるには、何かが足りなかった。イレブンは本気で自分を怒らせたいというよりも、彼自身の焦りに駆られて人を傷つけるような言葉を口にしているようだった。
「いいかげんにしておけ」
うんざりしてグレイグは言った。
「この階段を上がると城の一階だ。口をつぐめ」
「任務第一か。ご立派なことだ。英雄だものな」
イレブンはそう吐き捨てた。
「でもよくやるよな。あなたは友達に裏切られたんだろ?」
思わず足が止まった。が、胸をさすってこらえ、先へ進んだ。後ろから、ふん、と鼻で笑う声がした。
――二十歳も年下の若造に心を乱されてどうする。
 久しぶりに入る城内は、荒れ果てていた。家具や什器がめちゃめちゃにされている。壁や天井にかかっていたものはほとんど叩き落された。数か月まともな掃除も整頓もされず、モンスターのしたい放題になっていた。思わずグレイグはうなった。
「魔物め、けっして許さぬぞ」
 歩いているうちに、エントランスホールへ出た。その豪華、優美、厳粛、華麗によって見る者を圧倒するあの美しいエントランスは、今は瓦礫まみれの暗い廃墟だった。墜落したシャンデリアは片づける人もなく、落ちたときそのままに放置されていた。そして玉座の間へ至る階段は二基とも途中から壊れて使い物にならないようだった。
「……ひどいありさまだな」
グレイグはそうつぶやいた。
「上に上がる階段まで壊されている。おそらくこの先の玉座の間に常闇を生む魔物が潜んでいるのだろう。神聖な玉座をけがすとは許せぬ。なんとかして上にあがる別の道を探すぞ」
 不気味なモンスターが徘徊するエントランスホールをしばらく無言で探し回ったが、上り口は見つからなかった。
 探す場所に困った挙句、グレイグはエントランスから出られる小さな通路へもう一度入った。その先は井戸のある屋内庭園となっていた。おそらく、万一城が敵に包囲されても飲料水を確保できるように、井戸も城の外壁で囲ってしまったのだろう。井戸の周りはもともと草地で、いくつか樹木が残されていた。
「ここは先ほど探したはずだ」
とイレブンが冷静に言った。
「わかっているが、何か手がかりをつかまなければ」
グレイグは焦りを感じていた。最後の砦が敵を惹きつけている間にこの城をなんとかしなければ作戦は失敗なのだった。
 小庭園にある樹木のひとつに、奇妙なものが巻き付いていた。グレイグにとっては子供の頃から見慣れたものだが、それがイシの村の樹に巻き付いていたのと同じものだとグレイグは気付いた。
「命の大樹の根か」
「そんなもの!」
語気荒くイレブンは言った。
「本体の大樹が地に落ちてしまったのに、もう何の役にも立たない」
「そうとも限らん」
とグレイグは言った。
「勇者は命の大樹の申し子だそうだな。イレブン、何か反応を引きだせないか?」
答えはなかった。
「イレブン?」
イレブンはじっと大樹の根を見つめたまま左手を握りしめていた。
「ほかに手がかりがないのだ。やってみてくれないか」
「……嫌だ」
その顔に浮かぶ表情はほとんど恐怖だった。
 グレイグはカッとした。
「イシの村がどうなってもよいのか?早く村へ帰りたいなら、早く階上へ進まなくては!それとも俺が気に入らないのか?謝れと言うなら謝ってやる。だから、早く」
「できないんだ!」
とイレブンは叫んだ。
「ぼくは、もう」
イレブンは唇を噛んでうつむいた。
 ようやくグレイグは、イシの村の樹にまきついた大樹の根にイレブンが何をしていたかに気付いた。紋章の消えた手で大樹の根から反応を引き出そうとして、失敗したのだろう。
「お前、もう勇者ではないのか」
過激な速さでイレブンは顔を上げた。喚き散らすか、と一瞬グレイグは思った。イレブンはその代わり、左手に巻いた包帯をびしびし解き始めた。
 むきだしになった左手をイレブンは前につきだした。
「見ろ!魔王ウルノーガに、むざむざ勇者の力を奪われた愚か者の成れの果てだ!」
その滑らかな、紋章の消えた手を見つめながら、グレイグは心中で別の声を聞いていた。
――魔王ウルノーガにまんまと騙された愚かな英雄の成れの果てだ……。
「もう、いやだ!勇者だったことなんて、忘れてしまいたい。母さんとエマと村のみんなでひっそり暮らしたい。大樹の根なんか知らない!ぼくは」
くやし涙がひとすじ、イレブンの目からあふれて流れ落ちた。
「大樹に拒まれたんだ……」
――双頭の鷲と呼ばれたことなど、忘れてしまいたい。俺は、ホメロスに裏切られた……。
 自分の鏡像のような少年に、グレイグは話しかけた。
「だから俺を殺したかったのか?」
イレブンは悪びれもなくうなずいた。
「そうだよ。ぼくが大樹の魂の前で失敗したことを、母やエマには死んでも知られたくない。あなたも王も、命の大樹で起きたことを知っている者は全部、口をふさぐつもりだった」
イレブンは疲労に耐えない者のように肩を落とした。
「ぼくに同情してくれるなら、ここで死んでください」
ひどくおっくうなようすでゾンビバスターを抜いた。
 グレイグはためらった。イレブンの気持ちのありようは、手に取るようにわかった。だが最後の砦のために時間が惜しかった。彼を説得しなければ任務を果たすことはできないと言うなら、とにかく話し続けて何か糸口をつかむしかない。
「ひとつ聞かせてくれ」
グレイグは言った
「おまえは勇者ではなくなったことを恥じているのだろう。だが、仲間は?もし最後の砦におまえの仲間がやってきたらどうする?」
のろのろとイレブンは目を見開いた。
「それは」
少しでも彼の気をそらせることを願ってグレイグは言葉を続けた。
「確かに今は、おまえのパーティの仲間は行方不明だ。大樹の爆発に一番近いところにいた以上、死亡もあり……」
「うそだっ」
かぶせ気味にイレブンが叫んだ。その反応にグレイグは驚いた。同時にわずかな希望の光を見たという気がした。
「では、仲間が来たらどうするつもりだ。知られたくないことを知る仲間の口をふさぐのか?」
イレブンは激しく頭を振った。
「ちがう、ちがう!」
「ではどうする!仲間から逃げ回り、一生会わずにすごすのか?」
うるさいっ、と叫んでイレブンは草地に剣を突き立てた。剣の柄を両手できつく掴んでうつむいているために、前髪が落ちて表情が見えなくなった。イレブンは肩で息をしながらしばらく黙っていた。
「……みんなに会いたい」
小さな声でイレブンは白状した。
「でも、合わせる顔がない」
声が震えた。
「みんな、ぼくが勇者だからそばにいてくれたのに」
「本当か?」
とグレイグは言った。イレブンは涙に濡れた顔を上げた。
「少なくともロウさまはちがう。あの方はお前の実の祖父だ。マルティナ姫も違うだろう。姫はお前が勇者であろうとなかろうとお前を慈しんでおられるはず」
イレブンの唇が開きかけ、また、閉じた。自分の言葉が彼の心に届きそうになっている。小さな希望に背中を押されてグレイグは説得を続けた。
「他の者たちも、お前と一緒に長い旅をしてきたはずだ。共に戦ったこと、助け合ったことは、代えがたい絆になる。俺は子供の頃から軍にいて、そういう経験をしてきた。お前たちは違うのか?」
イレブンは不思議な表情をしていた。グレイグの言うことを否定したいのと同時に、もっと話してほしいと思っている、そんな相反した感情にイレブンは揺れていた。
「そんなことはないはずだ。せめて、諦める前にせめて、確認してはどうだ」
「でも」
「万一仲間の誰かがお前を“勇者として失敗した”と責めるなら、そのときは謝ればいい。それともお前は、絆のためでも頭ひとつ下げられないほど傲慢なのか」
イレブンは片手の袖で眼をぬぐった。それとも、かすかではあれ、首を振ったのかもしれなかった。
「そもそも、何をもっておまえのしてきたことを失敗と呼ぶのだ?もう一度始めればいい。最後に成功すればそれでいい。勇者かどうか知らないが、いや、勇者であってもなくても、ひとは何かをなすことはできるだろう」
黙って聞いていたイレブンが、うつむいた。グレイグの欲目かもしれないが、それは、うなずいたようにも見えた。
 突然襲ってきた羞恥心のためにグレイグは顔を背けた。
――偉そうに、何様のつもりだ、俺は!
ひとは何かをなすことはできる、それはグレイグが砦に残して来た王に昔、言われた言葉だった。
――英雄であってもなくても、もう一度始めればいい、か。
 イレブンはゾンビバスターの柄をぐいとつかんだ。そのまま地面から剣を抜いた。もう一度自分に向けるかとグレイグは思ったが、イレブンは静かに剣を鞘に収めた。
「みんなに会うんだ」
さきほどとは違う表情になっていた。
「もう一回仲間を集める。会えたら、ぼくの力が足りなかった、ごめんなさいと言ってみる」
グレイグに、というよりは自分に向かってつぶやいているようだった。あふれてくる涙をぬぐってイレブンは言った。
「そしてみんなを説得して、もう一度、魔王に挑む。みんながぼくを信じてくれるなら、ぼくはまた、立ち上がれる」
グレイグはイレブンから目が離せなかった。ごくわずかな時間に、イレブンは変貌していた。自暴自棄は影を潜め、強靭な信念が芯となってイレブンを支えていた。
「お前」
と言ったままグレイグは言葉を失った。イレブンがグレイグを見上げた。
「ぼくが奇跡を信じてるのかと聞いたとき、ぼくの仲間は“奇跡じゃない、お前を信じる”と言ってくれた」
彼の眼はこんなに大きく、澄んでいただろうか、とグレイグはいぶかった。
「与えられた信頼には、信頼で答えるしかない。ぼくは信じる、きっとみんなは生きてる。ぼくたちはまた会える。だからぼくは」
 イレブンは深く息を吸い、長く吐き出した。
 イレブンは大樹の根に歩み寄り、左手をかざした。
 そのとき、勇者の紋章はひさしぶりに光を取り戻し、眩しく輝いた。