ユグノアの子守歌 4.ハンフリー

 参加闘士の一番後ろから一人の男が進み出た。その姿を見送って、闘士たちが茫然とつぶやいた。
「ハンフリーだと……?」
筋骨隆々とした男だった。髪をオレンジのバンダナで押さえ、紫のベストを素肌に直接身に着けている。そしてその腰にはチャンピオンベルトのような幅の広いレザーベルトが巻かれていた。
「な……なんと前大会のチャンピオンであるハンフリー選手が11番の選手のパートナーとなりました!」
ハンフリーは赤い手袋をはめた手を上げた。
「やあ、よろしく。一緒にがんばろうな」
アイマスクの下の目は細く、温和な笑顔だった。
 その瞬間、イレブンベビーが動いた。それまで文字通り幼児が保護者に懐くように老人のそばにうずくまっていたのに、その場からあわてて立ち上がり、本体のそばへ走って逃げた。本体、イレブンサイコの背中に隠れ、怯えた表情でハンフリーを盗み見た。
「何やってんだよ、ほんとに」
もう一度カミュはつぶやいた。
 イレブンサイコは仮面の下から無遠慮に前チャンピオンを眺めた。そしてようやく片手を差し出した。ハンフリーはにこ、と微笑んでその手を握った。
「緊張してるのか?初出場のときは俺もそうだった。まあ、なかよくやっていこうぜ」
「……ああ」
好意的に解釈してくれるチャンピオンに対して、サイコはあくまで冷ややかだった。
「さて気を取り直しましてお次は……十番、十番の方は?」
自分の番号を呼ばれてカミュはあわててステージへ向かった。
「初出場の十番のパートナーは……十五番です!ステージへどうぞ!」
緑の稽古着を身に着けた男の武闘家が上がってきた。その男の品定めをしている間に、ついベビーの奇妙なふるまいをカミュは忘れてしまっていた。
「以上をもちまして抽選会は終了です!選手の皆さんはパートナーの方と協力し、優勝を目指してがんばってください!」
司会者の宣言で抽選会は終わった。

 ベロニカはカミュに話しかけた。
「十五番て、どう?強そう?」
カミュは自分のパートナーにあまり感心していないようすだった。
「ミスター・ハンか?そこそこだな。けど予選は固いとしても本戦でどれだけ通用するかは、わからねぇ」
イレブン、カミュ、シルビアの三人は屋上コロシアムから下りてきて、グロッタの町でラムダ姉妹と合流したところだった
「イレブンのパートナーは、チャンピオンのハンフリーか。お前クジ運いいよなあ」
しみじみとカミュは言った。
「もしかしたらホントに優勝も夢じゃないかもしれねえな。絶対虹色の枝ゲットしてくれよな」
「優勝?当たり前だ!」
ぶっきらぼうにイレブンはそう言った。
「まだ機嫌悪いのな」
「別に!」
と言ってイレブンは横を向いた。
「ちょっと、イレブン!仮面武闘会は競技なのよ?殺し合いじゃないの。手加減しなさいよ、いいわね?」
少し強めにベロニカはそう言った。小さくイレブンは舌打ちした。
「めんどうくさいな」
「自分勝手やらないの!タッグを組む相手にご迷惑でしょ?」
ベロニカの忠告を無視してイレブンは両手の指を組み、双腕を前方へ伸ばしてストレッチをしていた。
「殺る気十分かよ」
呆れたときのくせで、片手を腰に当て、片手を開いて突き出し、ためいきまじりにカミュが言った。ぼそっとイレブンがつぶやいた。
「きみがパートナーならよかったのにな」
 一瞬、カミュが言葉を失った。驚きのあまり毒気が抜けて少年のような顔になっていた。
 右肩を大きく回しながらイレブンは言った。
「きみはぼくに“殺すな”とかそういうめんどうくさいことを言わないだろ?」
「ああ、そういう意味か」
後ろでくすっとシルビアが笑った。
「誤解しちゃうじゃないの。ねえ?」
シルビアは腕組みをして片目をつむった。
「そうそう、吼え癖のある野良犬がたまになつくとキュン、てくるわよね」
「ふざけんなよ」
 カミュはシルビアの胸倉をつかんで後ろへ引きずっていった。ベロニカは自然にそちらへ聞き耳をたてた。
「やあん、モナミ、なあに、ないしょのお話?」
カミュは咳払いをした。
「オレもイレブンもれっきとしたお尋ね者だ。万一このコロシアムでイレブンがおシロウトさんを殺っちまったら目立つだろうが。やつを一段階くらい落としてくれ」
「カミュちゃんやってみる?」
ベロニカは驚いた。イレブンのサイコ状態を好きな時に解除できるなら、それに越したことはない。
「え、どうやるの、シルビアさん?」
ん~、とシルビアはこぶしにした右手で顎を高く支えて考え込んだ。
「あのね、イレブンちゃんはぴかっとしたあとに一瞬暗くなることがあるの。そのときを狙ってツボになってるところをビシってやるといいカンジよん」
ベロニカは心中ツッコミを入れた。
――そんなんで、わかるかっ!
だが、カミュは真顔だった。
「そうか、やってみる」
「はぁ?」
踵を返してイレブンに近寄ると、声をかけた。
「なあ、ちょっといいか?」
セーニャと何か話していたイレブンが振り向いた。
 その瞬間、カミュの手が閃いた。ベロニカの目には、カミュがイレブンの鼻先で指をパチンと鳴らしたように見えた。
 イレブンは目をぱちぱちさせた。
「あれ?」
不思議そうな顔で相棒を見た。
「今、何かしたの?」
 後ろから見ていたベロニカは、口をあんぐり開けてかたまった。イレブンサイコは、もっと素直なイレブンベビーと見事に交替していた。
 カミュは肩をすくめた。
「おまじないさ」
 カミュの後ろから、ぬっとシルビアが顔を出した。
「今回の仮面武闘会……個性的なメンツが揃っててすっごく面白いコトになりそうね!」
シルビアはうきうきしていた。
「ウフフ……じつはアタシ、イレブンちゃんにちょっとしたサプライズを用意してるのよん」
「サプライズって、さっきおっさんも受つ……」
とカミュが言いかけるのを、明後日の方を向いたシルビアが真後ろへぱっと手を広げて遮った。
「おっとこれ以上は言えないわっ!」
 ベロニカも話しかけた。
「闘技場でシルビアさんも抽せ……」
宙を見上げてシルビアは踊るような身振りで片手を差し出した。
「もうちょっとしたらわかるから!楽しみにしててね」
すっかりうきうきしていた。ベロニカたちは逆らうのを諦め、楽しそうなシルビアがハートを飛ばすにまかせた。
「うん、楽しみにしてるよ」
にこにこしてイレブンが言った。ん~かわいいっといつもの調子でシルビアが抱きついた。
 そのときカミュが言い出した。
「イレブン、お前、あの八番の女武闘家をずいぶん気に入ったみたいだな」
イレブンはやっとシルビアのほおずりから逃げ出したところだった。
「ぼくはそんなふうに見えた?」
「ああ。女武闘家も、タッグのじいさんも」
そう?とベロニカは言った。
「観客席から見てたけど、イレブンはむしろにらんでなかった?」
「そんなことないよ」
とイレブンは言った。
「なんかね、あの女の人は、う~」
しばらく考えてからきっぱりとイレブンは言った。
「いい匂いがするんだ」
「どんな」
「たとえるなら、おっぱいの匂いかな」
その場に一時の沈黙が漂った。
 我に返ったカミュがつぶやいた。
「こいつ今、サラッとすげえこと言わなかったか?ふつうだったら恥ずかしくて言えねえようなことを」
シルビアがカミュの肩を軽くたたいた。
「だてに勇者やってないわよ?イレブンちゃんは!」
お、おう、と答えてカミュの顔から表情が抜け落ちた。
「納得しそうになったじゃねえか!」
イレブンに向かってカミュが吼えた。
「お前、ちょっとかわいいと思ってとんでもねえこと言ってんじゃねえぞ。なんだ、その匂いって!」
「わかんないよ。でもそんな感じがしたんだよ」
「それじゃ、ハンフリーは?チャンピオンからはどんな匂いがするんだ?」
イレブンは眉を寄せた。サイコがやると苛立ちや蔑みを含んだ剣呑な表情になるのだが、ベビーがやると小さな子が一生懸命難しいことを考えているようで無駄にかわいらしかった。
「チャンピオンはねえ、ええと、カビくさい、かも」
「よけいにわけわからねえ」
抽選会直後のこのやりとりをもっとつっこんでおかなかったことを、ベロニカたちは決勝戦の後で後悔する羽目になった。

 紫がかった目を見開いて、マルティナはステージを見つめていた。
「ロウさま、夢を見ているのでしょうか、私たち」
 決勝戦で敗退したロウ・マルティナチームは、コロシアムの物陰にいた。チームが負けたことなど、二人はまったく意に介していない。ほとんど忘れていた。二人が目で追いつづけているのは、優勝チームの一人として司会者から祝福された少年だった。
「おおお」
ロウは柱にすがるようにして身を乗り出していた。
「まちがいないぞい。よく見れば、あの髪、口元、全体のたたずまい、なんとエレノアに似ておることか」
はい、はい!と言うばかりで、マルティナはまともに答えられなかった。ロウも泣き笑いをしていた。
「あの子じゃ。アーウィンとエレノアの子、わしの孫。生きておったぞ、姫、生きておった!」
「『イレブン』、と名前も同じだったのに、初めて見たとき、どうして気付かなかったのでしょう。私、パートナーになりかけたのに!」
ロウはマルティナとぐっと手を握りあった。ようやくうれし涙をぬぐってマルティナは提案した。
「行きませんか、ロウさま。一刻も早くイレブンに会わなければ」
またどこかへ行ってしまう、とマルティナは暗に告げた。
「いや」
ロウが短く答えた。その眼が光っているように見えた。
「ごらん、姫や。イレブンの横にいる男、わしらは試合の前に確かめたのだったな?」
やっとマルティナが冷静さを取り戻した。
「そうでした」
常勝のチャンピオン、ハンフリーに、二人は油断のない視線を注いだ。
「あの男、イレブンのそばに置いておけない」

 静かな冷たい空間の中を歩む足があった。その足の持ち主は中央へ進み出ると、それまで肩にかついでいた人質をその場に横たえた。長い緑の巻きスカートの若い女、マルティナだった。マルティナを見下ろして立ち上がったのは、大会チャンピオン、ハンフリーだった。
 そこは異様な場所だった。元は地下ダンジョンの一部の空洞だったと思われる。だが天井に分厚く蜘蛛の糸がかかり、ところどころ糸の塊がそこからぶら下がっていた。糸塊の中には、妙にきらびやかなものが混じっている。よくよく見れば、それは仮面武闘会参加者の仮面だった。
 空洞には石筍も多く、頂点と頂点を蜘蛛の糸がつないでいる。すべての糸が集まるところには巨大な蜘蛛の巣があった。岩壁の一か所に壁掛け松明を掲げてあり、そこだけが明るかった。
 ハンフリーは呼ばわった。
「アラクラトロさま!新しい獲物を連れてきました!」
 奥の蜘蛛の巣が開いた。地響きを立てて現れたのは、赤と黄色の毒々しい縞模様の、馬車よりもひとまわりほど巨大な蜘蛛だった。頭部には紫の角をもち、大きな口には赤い牙を生やしている。どういうわけか、片目が潰れていた。
 アラクラトロと呼ばれた大蜘蛛はシュルルルル……とうなった。
「今日の獲物はそやつか……。ほほう……。これは、極上の女闘士だな。そやつのエキスもしぼりだしてやろう。ハンフリーよ、我に差しだすのだ」
はっ、と答えてハンフリーはマルティナに手を伸ばした。
 いきなりマルティナが目を開いた。寝ている体勢から回し蹴りでハンフリーをけん制し、素早く起き上がって間合いをとった。
「ふっ、姿を現したわね、黒幕。わざと捕まったかいがあったわ。十六年前に町を襲った魔物の群れはグレイグによって倒されたと聞いていたけれど、生き残りがこんな所にいたなんて……」
 カミュたちは、その部屋の石の扉の外からそのようすをうかがっていた。
 その少し前、グロッタの仮面武闘会の決勝戦は、今室内にいるハンフリーと、そしてイレブンのタッグの優勝で幕を閉じた。その日の夜、準優勝タッグの一人、ロウという老人が宿にイレブンを尋ね、孤児院のそばでパートナーのマルティナがいなくなった、事件かもしれないので力を貸してほしい、一緒に探してほしい、と頼んできたのだった。
 そのロウは、孤児院の地下に広がっていたダンジョンをイレブンのパーティと一緒に通り抜け、この隠された部屋へパーティを導いた。
 扉の陰からロウが歩き出した。
「ふむ、姫よ、ごくろうであったな」
何もかも計画の上、ということのようだった。
――計画だとすれば、何のために?
このアラクラトロという化け蜘蛛と対決するために助っ人が欲しかったのだろうか、とカミュは思った。
 ロウはハンフリーに厳しい目を向けた。
「ハンフリーよ、決勝戦の直前でおぬしが飲んでいたもの……。あれこそが闘士たちからしぼりだされたエキスだったのじゃな」
 一度うつむいたハンフリーが、絞り出すような声で言った。
「勝ち進んで金を手に入れるためには強者のエキスが必要だったんだ。孤児院を守るためならなんだってするぜ」
ハンフリーは、いつも柔和だった目をかっと見開いた。
「すまない!この秘密を知られたからにはお前たちを生かしておくワケにはいかん!」
ハンフリーは身構えた。が、いきなり顔がゆがんだ。バトル用の手袋をはめた手で、自分の胸をつかんだ。
「くそっ……。こんな時に……」
ロウはその姿を見て首を振った。
「やれやれ……。おろか者め……。自分の身体のこともわからぬとはな。おぬしの身体はあのエキスのせいですでにボロボロじゃ。そうして立っていられるだけでも奇跡といえよう」
「シュルルルル……これ以上は使い物にならんか。しょせんは軟弱な人間よ……ならばこのアラクラトロさまが直々に貴様らを始末してくれるわ」
大口を開いてアラクラトロは咆哮した。
「私はみんなを救出する!」
とマルティナが言った。
「魔物のほうはあなたたちにまかせたわ!」
マルティナの目はまっすぐイレブンを見ていた。
「あ……」
イレブンは少し、ひきつったような顔をしていた。
「どうした?」
とカミュが声をかけた。
「なんでもない。みんな、行くよ!」
 アラクラトロは焦ったのか、ジュルルル、とうめいた。次の瞬間、八本の足で爪先立つと、背中から何か噴出させた。
「きゃっ」
「なんだこれ!」
放たれたのは鋭いトゲだった。パーティ全体にダメージが来た。もともと守備力の低いベロニカが一番痛めつけられてしまった。
「ベロニカ、危ないっ」
「お姉さま、今回復します」
「覚えたてのハッスルダンスよ!」
おいおい、とカミュはつぶやいた。回復呪文、特技がベロニカに集中し、だいぶ無駄になってしまった。
――何やってんだ。
と言おうとした瞬間、くらりとめまいがした。この嫌な感じに覚えがある、と思い、カミュは短剣を持つ左手の手首に噛みついた。
「メダパニ、いや、メダパニーマか」
ロウの声がした。と思ったとたんに目の前がはっきり見えるようになった。
 シルビアの声がした。
「アタシとしたことが……。キアラルね?ありがと、ロウちゃん」
うむ、とロウは満足げにつぶやいた。
「海千山千の大蜘蛛は思ったより嫌な相手じゃの。油断はなりませんぞ」
アラクラトロはしぶとかった。糸を吐いて動きをとめにかかり、トゲを放ってダメージを与え、毒で、呪文でなりふり構わずに攻撃してきた。
 カミュは妙な事に気が付いた。ロウは攻撃にはあまり加わらずベホイミやキアラルをしてくれるのだが、彼の視線は明らかにイレブンに向いていた。そしてマルティナも岩室の天井近くへ上って糸の塊に捕らわれた闘士たちを助け出しているのだが、彼女もちょくちょくイレブンを盗み見ているようだった。
「むう」
とロウがうなった。
「こやつの体力は底なしか」
攻撃役がメダパニーマや蜘蛛の糸に悩まされているため、一ターンで削れるHPが少ない。しかもパーティメンバーのHPがちょっとでも減るとイレブンがセーニャと二人して回復に回っている。戦いは長引いた。
「イレブン、回復はいいから、あいつ、眠らせて!」
「う、うん」
ベロニカの指示でイレブンが魔法を放つ体勢を取った。驚いたことにロウも同じ体勢になった。二つのラリホーが大蜘蛛を覆った。が、両方ともミスで終わった。
 ううむ、とロウが悔しそうにうなった。
「“ユグノアの子守歌”を使えればのう!」
「なにそれ?特技?」
とベロニカが尋ねた。大蜘蛛の前足が襲うのを杖で弾いてロウは答えた。
「そうじゃ!メタルスライムですら眠りに落とす特技じゃよ。じゃが、こやつ、ラリホーていどの小細工はきかんわ!」
いつも身にまとっていた飄々とした態度を保てずに、ロウは冷汗をにじませていた。
 シルビアが肩越しにカミュを見た。
「こっちの回復魔力が尽きるまでごちゃごちゃやってたらマズイわ!バイシオン、受け取ってカミュちゃん!」
「オレよりイレブンのほうが」
「ベビーちゃんなんだもの。カミュちゃん、落とし過ぎよ」
カミュは舌打ちしたくなった。イレブンはどこか幼い表情のまま、大蜘蛛を見上げておろおろしていた。
「あの子はどうしたんじゃ?仮面武闘会のときとはようすがちがうんじゃが」
とロウが尋ねた。
「あいつ、その、波があってよ」
とカミュは言った。
「その気になりゃ、モンスターの一匹や二匹余裕のはずなんだが」
ふむ、とロウがつぶやき、イレブンに近づいた。
「何をためらっておるんじゃ?」
イレブンはあわててロウを見た。
「あ、あの!」
しばらく口の中で言葉にならないことをもごもご言うのを、ロウは辛抱強く待っていた。
「クモ、嫌いなんです」
ようやくイレブンが白状した。
「それに、昔潰した蜘蛛の仲間が仕返しにでてきたみたいな気がして、うしろめたくて」
ロウは背伸びをして、自分よりはるかに背の高い若者の肩に両手を乗せた。
「後ろを見てみい。おまえの仲間が困っとるぞ」
イレブンはふりむいた。あ、とつぶやいてイレブンは固まった。
「イレブン、いつもみたいにやっちまってくれ!」
「誰もめんどくさいこと言わないわよ」
「あれは蜘蛛じゃありません、イレブンさま。足が八本ある毛深いドラゴンですよ!」
攻撃をかわしながら仲間たちが説得につとめた。こくん、とイレブンはうなずいたが、まだ腰が引けていた。
「よい子じゃな」
低くロウがささやいた。
「何も考えんでええ。前を向いてごらん。今、目の前になすべきことがあるじゃろう。それをやるがええ」
イレブンは目を閉じた。顔のすぐそばをアラクラトロの放った毒液がかすめた。ロウはそっと手を放し、背後へ下がった。
 はっとイレブンが声に出して気合を放ち、目を開いた。カミュには、イレブンの影にベビーがまわりこんですっと消えたのが見えた。
――このじじい、何しやがった?
 カミュにはイレブンの変化が見える。シルビアには落とすことができる。だがロウは、イレブンを、上げた。
 ぷにぷにと丸みを帯びていたイレブンの表情がひきしまった。
「シルビア、バイシオンを。セーニャ、回復をあの人にまかせてカミュに代わって」
イレブン、シルビア、カミュと三人の刃がそろってアラクラトロに向けられた。最後の指示はベロニカだった。
「ベロニカ……焼き尽くせ!」
次の瞬間、白熱の業火にその部屋は包まれた。暴走メラミの造りだした黒煙の背後から、イレブンが飛びかかった。火焔斬りが深々と大蜘蛛の身体を切り裂いた。