マイファーザーズドラゴン

★「エルマーの冒険」(原題名My Father’s Dragon)とのダブルパロです。

 秋も深まった季節、夜も更けたころ、誰かが子供部屋の窓を閉めカーテンを引いた。
「もう、お休み」
 ベッドから、幼い子供の声がした。
「寝るからさ、何かお話してよ」
「何がいい?」
「父さんの竜の話」
 まかしとけ、と大人が言った。
「むかし、空の片隅から、まだこどもの竜がうまく飛べずに雲から落っこちて、ケガをしてしまいました。落ちた場所は恐ろしい動物たちの住むどうぶつ島で、その竜は動物につかまって首に太い綱を巻き付けられ、川を渡る渡し船の代わりにされてしまいました」

 ジャングルを貫いて流れる泥水の川があった。濁流は轟音をたてて流れ、両岸には巨木がひしめいていた。
 小さな竜の仔は、川岸の木の根元にうずくまっていた。島の動物たちはこの竜が逃げ出さないように、竜の首には太い綱を巻いてきつく締めていた。そしていうことを聞かせるためにまだ柔らかい羽の根元を何度もきつくねじったので、そこにあざができていた。
 ねえ、ねえ、と誰かが話しかけた。小さな竜はうっすらと眼を開いた。
「きみは竜でしょう?どうしてこんなところにいるのですか?」
声の主は一匹の猫だった。どうぶつ島にライオンはいるが、猫はあまり見た事がなかった。
「おれ、空から落ちたんだと思う」
 綱で喉を絞められているために、しゃがれた小声で子竜はそう答えた。
「“思う”?」
「ごめんよ、首の綱のお陰でうまく息ができないんだ」
と子竜は言った。
「頭の中にモヤがかかってて、毎日川の上を誰か乗せて飛ぶか、こうやって寝てるかするだけ。他のことはよく思い出せないよ」
猫って、こんな生き物だったけ?と心の中で子竜は思った。水色の毛皮が頭の後ろでくるんと巻いてる猫って、よくいるんだろうか。
「自分の名前はわかりますか?」
子竜は答えようとしたが、名前は出てこなかった。
「……わからないや」
 水色の猫は前足を上げ、肉球で子竜の前足に触れた。
「このままではいけませんね。待っていなさい。私が助けを呼んできます」
そう言って猫は、来た時と同じように突然いなくなってしまった。
 それから何日たったかわからない。時々与えられるスカンクキャベツを食べ、川の上を飛び、うとうとまどろむという生活を子竜はくり返していた。助けを呼んできますって猫が言った、という夢を見たに違いない、とぼんやり子竜は考えていた。
 ある日のこと、にわかにジャングルが騒々しくなった。きっと川の向こう岸で、川を渡りたい誰かが竜を呼んでいるんだ、そう思って子竜は、餓えて力の入らない足を踏ん張ってなんとか立ち上がった。
「っぎゃああああぁぁぁぁっ」
ゴリラの吠える声とはちがう、甲高い子供の悲鳴が聞こえてきた。
「り、りゅうってどこだーっ?」
子竜は眼をぱちくりさせた。
――夢じゃなかったのか!
「こっち、こっちだよーっ」
しゃがれた声でいっしょうけんめい呼びかけ、がんばって飛びはねた。
「みつけたーっ」
小学生くらいの男の子がこちらに気付いて走ってきた。男の子は背負ったリュックからジャックナイフを取り出し、子竜の首の綱にあてて切ろうとした。が、あまりにも綱が太くて、なかなか切れない。
「あ、ありがとう。来てくれたんだね。君は?」
半分泣きそうになってその子は、ナイフの刃で綱を必死にこすっていた。
「来たくて来たんじゃねえって!おれの名はポップ。うっかり水色の猫に『空を飛んでみたい』っつったら、どうぶつ島の竜を助けろって言われたんだ」
すごい勢いで手を動かしながらポップはぼやいた。
「ここまで来たからにゃ、後戻りできねえ。いっしょに脱出以外、助かる道がねえんだよ」
「ねえ、あの騒ぎは?」
涙目なのに、ポップはにやりとした。
「虎とサイとライオンとゴリラと、あとなんだっけ?まとめてコケにしてやったのがバレた!」
子竜は思わず笑い声をあげた。
「見たかったな、それ!」
「命があったら、その話をしてやるよ。あいつら今、ワニの背中を踏んで追いかけてきてる」
子竜は首を伸ばして川の方を見た。川の中に一列になったワニが浮かんでいた。
「ポップ、ゴリラがもう少しでこっちの岸につくよ。おれの背中に乗って。綱の届くとこまでなら飛び上がれるから」
あわててポップが子竜の背中によじのぼった。子竜はせいいっぱい羽を広げて空中へ飛び出した。川岸から伸びている綱はピンと張り切った。
「よし、この方が切りやすい!」
ううっと子竜はうめいた。綱が首にくいこんできた。
「くるしい……」
ギシギシとナイフの刃でこすりながらポップは言った。
「ふんばれっ、もうちょっとだっ!」
その瞬間、綱としてよりあわされた繊維の最後の数本を、ナイフがひといきに断ち切った。いきなり解き放たれて子竜は空中でもんどりうって回転した。

 ポップは悲鳴を上げた。
「お、落ちるっ」
ジャックナイフが手から零れ落ちる。つかまるところなどない。ポップは両手で空をかいた。
「大丈夫!」
誰かの両腕がポップを背中から支えた。
 荒い息をするだけで、ポップは口がきけなかった。
「おれのほうが飛ぶの上手だよ、今は」
なんとか返事をしたかったのだが、涙がぼろぼろこぼれてきて何も言えない。
「おれのために来てくれたんだね?」
それはよく知っている声だった。背中に密着する身体、温もり。
「今は魔法力をもってないのに。ありがとう」
背後から抱いているヒトの腕にポップは自分の手を重ねた。
「勇気だけはもってるぞ」
ようやくポップはそう言った。
「だからおれはどこにだっていくさ」
そしてずずっと鼻をすすりあげた。
「どんなお礼をしたらいいだろう」
ポップは首を少しねじって相手の顔を見上げた。
「礼なんていらねえ。もう一度おまえといっしょに飛べるなら、苦労したかいがあったってことさ」

 窓の外は秋の夜だった。誰かが窓をノックした。ポップは立ち上がり、窓を大きく開いた。夜風がカーテンを大きくふくらませ、子供部屋の中へ吹きこんだ。
窓の外の人影が尋ねた。
「子供たちは寝ちゃった?」
ああ、とポップは答えた。
「大丈夫だ。さあダイ、楽しいフライトだ」
くすくす、と笑い声がした。人影はおもむろにふくらみはじめ、背中に大きな翼のあるシルエットと化した。
「いいよ。出発しよう!」
二つの影はひとつになり、満月を目指して秋の夜空へ舞い上がっていった。

了(2024年10月23日 昨年に続き「#1023純粋と勇気」へ寄稿)